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世界樹の神子は微笑む〜花咲くまでの春夏秋冬  作者: 宮城の小鳥


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71 一枝のミモザ

 西街道を進行する中での昼休憩、一行は細い街道の分岐(ぶんき)脇にある草原で馬の歩を止めた。

 細い街道沿いには、先にある村が管理するミモザの木が並び、黄色の花が春の日差しの中で鮮やかに咲きこぼれている。


 馬車に並走していたルークは、相棒の背から降りると、そのまま御者台へと近づき、エスコートするように手を伸ばした。

 いつもクロードがしていることだが、その様子を見ると満足だと笑みを浮かべ、木箱を積んだ馬車に歩む方向を変え、荷物を(あさ)りながらロズを呼んだ――エルーシアは貼りつけていた神子の微笑みを凍らせ、なんとか維持する。


「あの、一人でも大丈夫です、降りれます」

「攻撃を受けて怪我したばかりだぞ。顔色も悪いんだ、ふらつくと危ない」

「……お気遣い、ありがとうございます」


 突然のことに鼓動が跳ねて頭もまわらず、断りの言葉を探すが出てこない以上、手を重ねるしかない。クロードの提案が、なぜこうなったのか。


「場所はどこがいいんだ?」


 腰を下ろすのに都合のいい場所を求めて辺りを見まわすと、騎士たちが目を見開いて凝視している――過保護な隊長が側を離れ、ルークが寄り添うことについて何も聞いてないのだろうか、向けられる視線が痛い。

 早く移動したくて、エルーシアは目についたミモザの木の下を指定し、手を離そうとするが、エスコートの手が握られてて引き抜けない。


 クロードの指示か、ロズが二人とクルルの分の竹カゴを持ってきたので、ルークは片手で受け取り、もらいにいく手間が省けたと短く礼を返し、指定されたミモザの木へとエスコートの手を引く。

 進むしかないが二人きりではない、仮面をずらしたマント姿のクルルも一緒だ。平常心を保ちたくて歩きながら深く息を吐いた。



「――で、入浴でも下げたままだから気づかなかったけど、痛みも楽になっていた。分かっているのはこんなもんだが、何か聞きたいことはあるか?」


 遠征中の限られた時間内で、情報の共有をはかるために割り振られたのは、昼休憩――不思議な粒についての報告を受けている。

 会話の内容的に皆から距離を置く必要はあるが、ルークは護衛であり問題はない。


 提案を聞いたときは予想していなかった。いや、二人きりになることには躊躇(ちゅうちょ)したが、奴隷紋から解放するのに必要な時間だと、騒ぐ胸より情報を優先したのだ。

 だが、何かあればすぐに警戒体勢をとれるようにと、片膝を立てて正面に座るルークは、守るためにか近い。


「……最後に痛みを確認したのは、いつですか」

「アルニラムに入る前に、ベラトリで革紐を買い替えたから、その時だな。それ以降は体から離していない」

「……その数日後に私たちと会って、同行が始まったんですね」

「そうだ」


 背中を見つめるだけでも苦しかったのに、すぐ目の前から見つめてくる瞳に胸が騒ぎっぱなしである。

 淡々とと言い聞かせながら、大事な情報を聞き逃さないように、やや低い声に耳を傾け、内容を吟味する――神子の表情にまで気がまわらず、素の表情に戻っているが気づかない。


「食欲がないのか?血を流したんだ、もう少し食べろ」


 食を進める手も(おろそ)かになっていた――病み上がり、食べやすいようにとマコンは今日も気遣い、果物とチーズとナッツが詰められている。

 竹カゴに手を伸ばし、聞いた情報から、ほかに確認することはあるかと必死に頭を働かせる。


「あっちでも、クロードが説明を始めたな」


 ルークの視線が、少し離れた草原で輪になった騎士たちの一団へと向けられ、エルーシアも強張(こわば)っていた肩から力を抜き、意識を騎士たちに変えた。


「どう、説明しているんですか?」

「魔力の研究のために、これまでの研究内容を説明……オレの魔法の使用と経歴の聞き取り……王都に戻ってから行う研究について、協力を得るため説得中……だと」

「魔力の研究……ですか?」

「なんだ、聞いてないのか?奴隷紋を調べるための口実みたいだが、お陰で、魔力の指南も剣の使用も不審に思われていない」


 不審に思われないどころか、感謝すらされた。今朝、瘴気溜まりのあった洞窟に戻る獣人の冒険者たちから、魔力研究は、獣人の差別をなくして居所を与えるものであり、半獣人の研究も、彼らの身内や子のために役に立つものだと、協力に感謝されたのだ。


「口実なら、魔力の研究は今の指南だけなのかな?剣を用意したときも、クロードはルークをずいぶん気に入っているので、危険な仕事から身を守る(すべ)を贈りたいだけだと思ってましたが、普通に考えれば、騎士たちの不信感につながるんですね」

「……二人の情報共有も、足りてないんじゃないのか?」

「基本的に、護衛や騎士隊に関しては聞きませんよ。人員の変更とか、大きなことは報告を受けますが、(ほとん)どクロードに任せてます」


 危険な任務での護衛なのに、大部分を任せたままにできるのは、信頼の証である。

 隊の心得も信頼し、安心して背中を預けているのだろうが、重傷ではないからと気を晴らすことは、ルークにはできそうにない無理なことだ。


「昨日は守りきれずに、すまなかった」

「護衛として、十分守ってもらってますよ」

「不十分だ。学びも技もまだ足りないが、これからは命をかけて盾になろう」

「命は大事にしてください。もしかして、罪悪感を持っていますか?気にしないでください、よくあることなので大丈夫です」

「そうか、あれは罪悪感と後悔か……よくあることなら、なおさらだ。もう二度と危険な目にはあわせない」


 決意の言葉とともに向けられる視線に、胸が大きく跳ねる。返す言葉も、情報に関する言葉も探せず、ただリンゴをシャクシャクかじることしかできない。

 騎士の一団では、クロードがロズに土魔法の指南を始め、治療後、魔力の通りが改善した手で発動される魔法は、革袋に詰めた粘土質の土から鋭い石槍をつくることに成功したようで、大きな歓声があがった。


 ※ ※ ※ ※


 この日はルートを変更したため野営となり、箱小屋に到着すると、エルーシアは馬車の中へと駆け込み、破れない誓約書と(にら)めっこを始めた。

 馬車に積む本だけでは解読に限界がある――知っていた一割の単語、新たに調べて分かった一割の単語、製法から推測した一割と手つかずの七割。


 解読のため、王都に戻ってから必要なことは何かと考えを巡らせているとき、扉がノックされた――今夜も馬車で夕食をとると伝えているので、クロードが持ってきてくれたのだろうと扉をあけて、固まった。

 ルークが木箱を抱えて立ち、木箱の上に、一枝(ひとえだ)のミモザと夕食をのせたトレイが重ねられている。


「アルニラムの図鑑は読み終えたから別のを借りたいが、いいか?」


 突然の訪問に、緊張から震え始めた手でトレイを受け取ってサイドテーブルにのせ、背を向けた隙に細く息を吐き、跳ねる鼓動を落ち着かせるが、馬車の中と外、少し見上げるように向けられた視線に、鼓動は再び跳ね上がる。

 焦り騒ぐ心の内を隠して、失礼にあたらないようにと気をつけ、言葉を探す。


「次も魔物図鑑でいいですか?」

「いや、(しばら)くこの国に滞在するから、生き物の生息図鑑を頼みたい」

「でしたら、生態図鑑もあわせて読みますか?理解しやすいですよ」

「そうか、それなら頼む」


 エルーシアが急いで本を手に取り、渡そうと向き直ると、ルークは木箱をあけた――魔物図鑑と桃色のショールが目に入る。

 守りきれずに渦巻いた苦しい感情がなんなのか理解できたルークは、もう一つの罪悪感を告白しにきたのだ。罪悪感を持ったままでは、命をかけて盾になろうと決心しても、寄り添うことも信頼を得ることもできないから。


「すまない、回収できなかったと嘘をついた。身勝手な行動だった、謝罪したい」

「遠征のために用意した品なので、とくに思い入れもないですから気にしないでください。このショールに、何かありましたか?」


 遠征中、突然の雨に濡れたり、枝葉に引っ掛けて破れたり、落ちない汚れをつけることや紛失もある。だから、使い捨てのように用意されたショールの一枚。

 遠征を終えても使用可能な状態なら、寄付へとまわし、手もとには残らない。


 特別な生地ではなく、男性が欲しがるような色や品でもない。ショールの贈り物ももらっているから、買うことに困っているとも思えない。

 この同行中、少ない関わりではあるが、ルークの人となりは見てきている――いつも誠実なのだ。何か理由があるのかと不思議で、エルーシアは(たず)ねた。


「これで、思い出すことがある。風に(あお)られて端がほつれているんだが、使わないなら買い取らせてもらえないだろうか」

「いえ、新しいショールをいただいてますし譲りますよ。でも、ほつれているなら国境の街でお直しに出しましょうか?」


 譲ると聞いて嬉しそうに頬を緩め、礼と直しの断りを口にするとルークは小屋へと戻り、返された魔物図鑑を棚に戻したエルーシアは、ミモザを手に取って寝台に身を預けた。

 ミモザの花は、夕食をトレイに揃えたクロードからの差し入れだろうと見つめる。


 昼休憩が終わる前、ルークからの情報を馬車の中でメモに残したが、馬車から出ると、クロードがデルミーラの墓前に供えたいと枝を切り、数人の騎士もドライフラワーにして土産にすると続いていた。

 あの中にルークの姿もあったが、誰かに贈るのだろう。桃色のショールは誰を思い出させるのか、どこかに残してきた恋人か想い人か。


 秘めた想いは実らないもの、神子の世界に巻き込んではいけない。想い人がいるのなら、諦めもつきやすい。

 このあとの魔力の指南からは、跳ねる鼓動を抑えられる気がする。今後は動揺も少なく、落ち着いて顔を合わせることもできそうだと、エルーシアは寂しげに微笑んだ。


 ※ ※ ※ ※


 ジェイの指南が始まり、ルークが剣に魔法をまとわせて振りまわすのを少し眺めたのち、クロードは馬車の扉をノックした。

 指南のあとは魔力切れで昏睡へと入るから、この時間は、エルーシアとの情報共有にあてると決めたのだが、顔を合わせると頬をわずかに膨らませ、子供のころを思い出させた。


「魔力の研究って、初耳なんですけど」

「私の口から話さなくても、そのうち耳に入ると思いましたが、入りましたね。説明しても?」

「お願いします!」

「魔力量の増加が早いうえに多いです。これが、半獣人の特性かルーク個人だからかは不明ですが、あなたなら調べたいのでは?」

「そんなに増えてるの?」

「今は左手の発動なので不安定で、剣にも魔力を使っているので確かではないですが、右手だけの発動なら、火炎を六発は放てるはずですよ」

「始めたころから三倍近く?半月を少し越えたくらいよね」

「指南の経過は書類に残しています。身体強化魔法はベナットに頼む予定で、私たち二人で進めますから、奴隷紋の片がついたら、研究の引き継ぎをお願いできますか」


 それならと(うなず)くエルーシアの背後に、回復薬の空きビンに挿した目立つ黄色の花の一枝を見つけ、クロードは笑顔を浮かべ、ルークからの贈り物かと口にする。


「クロードからじゃないの?」

「私が花を贈るのは、デルミーラだけと決めていますよ。まあ、受け取っていたのはあなたでしたが」

「ルークからなら、お見舞いの花ね。守りきれなかったって謝罪があったわ」


 体をひねって振り返り、ミモザの花を見つめる顔は寂しげだが、向かいに座るクロードからは見えない。

 その後、わずかに言葉を交わし、就寝の挨拶を告げて馬車を降りたクロードは、御者台に乗って寝転がり、空を見上げた。


「残念、もう一つが欠けていますね……デルミーラ、あなたの愛し子の恋です。見守ってくださいね」


 視線の先では、青い満月がきらめきを振りまいている――


 ※ ※ ※ ※


 ――西街道から脇に入った先に村があるが、細い道はまだ整備されておらず、見落としを防ぐために村が道沿いに植えたミモザの並木が見事に咲いている。

 遠征の進行中、一人だけ馬の向きを変えたクロードは、急いで一枝切り落として列に戻り、満足だと口角を上げた。そのあと到着した別の村で皆が食堂へと集まる中、膝をついてデルミーラに捧げる――愛の言葉とともに。


「秘めた恋と、花言葉にある花です。私の愛と受け取ってください」

「薬にも毒にもならん植物に興味はない。秘めていない恋も愛も不要だ」


 誰がいようと膝をつき、告白を続けるクロードに、毎度嫌そうに顔を(ゆが)めて、諦めろと断るデルミーラ。

 騎士隊の皆にも馴染みとなった光景である。


「ふられ続けて二年目だぞ。いい加減に諦めはつかないもんかね」

「でも、花がないときに出した魔法の火の花は凄かったぞ。これが続くなら、かなりの使い手になるんじゃないか」

「いい使い手は歓迎だが、長く側にいて、あれを女と見れるのが不可解だ」


 どう返してもクロードが花を引っ込める様子はなく、デルミーラはミモザを取り上げて窓から投げようとして、入浴から戻ったエルーシアが目撃して慌てて止めた。


「きれいに咲いてるのに捨てちゃうの?馬車に飾ればいいのに」

「……エルーシアの好きにすればいい」

「クロード、馬車に飾ってもいい?」

「私は、受け取ってもらえれば満足ですよ。次は薬になる花を探しますね」


 まだ続ける気かと威圧的に睨まれても、クロードはさらりと流し、ミモザはドライフラワーに向いた花だとエルーシアに教える。二人が就寝する馬車に、長く飾られることを願う――


設定小話

黄色のミモザは、シークレットラブ

花言葉は色・本・国と異なりますが……秘密の恋の木の下でランチです

初めて二人きりでランチした柳は、フリーダム

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