07 冒険者ルーク
もう一人の主人公、ルーク視点です
冒険者ギルドはベラトリ王国に本部があり、ギルドに登録する者は、年に一月の国境警備の依頼を請ける義務がある。
数年分をまとめて請けることも可能で、ルークは三月を亡国との国境で過ごし、拠点としているリゲル共和国へ戻るべく、アルニラム王国の東街道を移動していた。
東街道から始まる森は崖の上に続き、そこに雪山桃がなごり雪のように実る。以前、依頼で森にきたときに自生しているのを見つけ、相棒が夢中になって食べていた。
それを思い出したルークは、寒い地域で三月も我慢させた詫びに食べさせたくなり、森への寄り道を決めた。
少し時期は過ぎたがまだ残っていればと獣道に足を踏み入れたが、子供だった以前は進めた道が、成長した今の相棒には通れなくなっていた。
期待で目を輝かせているのに諦めろとは言えず、途中の少し開けた場所に残し、一人で崖上の森をかき分けて進む。
だいぶ進んで、遭遇した棘蛇を斬り捨てて魔核を拾うために屈み、低くなった視界の、かなり先に落ちている白い果実らしき物を見つけて頬が緩む。
そこへ足を向けると、時期の終わり、多くが落ちて潰れているが、まだ枝先に幾つか実がついている。
植物採取用の木クズを詰めた木箱に、熟れて柔らかい雪山桃を入れ、サイドポーチに収めているとき、戦闘音や怒鳴り声を耳が拾った。
獣の耳ではないが聴覚はいい。髪色と同じ黒い毛に覆われた尻尾を揺らしながら、状況の確認をしたくて聞こえる方角に歩を進める。
崖端に移動して下を見れば、濃灰色の騎士服を身にまとい、小型の魔物と戦う集団がいるが――統制がとれてない、この一言につきる戦いであった。
魔物は牙鼠か、数が多いから二つの群れにでも遭遇したようだ。
小型で素早い魔物は剣では狙いにくいが、群れて襲ってきたときに魔法で一気に攻撃すると始末しやすい。
延焼の心配がない場所だ、火炎を広域に放ってから――と、考えつつ眺めていたが、剣を振りまわしながら群れに突っ込む、バカ騎士が二人いるのに気がつく。
二人のせいで群れが四散し、また群れをつくりと繰り返し、広域の攻撃魔法が放てずに、一匹ずつ剣や小規模の魔法で討伐している。
素早い小型だから致命傷を与えにくいのだろうか、牙鼠を狙って、剣を振らずに繰り返し地面へ突き刺しているバカ騎士もいる。あれでは剣先が潰れて使い物にならなくなる。
深緑色のマントの大男が槍を大きく薙ぎ払い、視線を移すと傍らにうずくまる女の姿がある。騎士たちに救い出されているのか、討伐に遭遇したのか、運がない。
ポニーテールの騎士が指示を出しているが、バカ騎士三人には届かず、ほかの騎士たちが地道に討伐している。
そのうち騎士が勝利するだろうと森へ振り返ったとき、奥から棘蛇が三匹向かってきた。一匹の首を狙って斬り捨て、残り二匹に視線を向けると、なぜか崖から飛び下りた。
再び崖下を覗くと、ポニーテールの騎士が二匹を素早く討伐している。騎士に好印象は持ってないが腕は確かだと関心していると、足もとから嫌な気配を感じ、尻尾の毛がざわりと立つ。崖に穴でもあるのか、何かが飛び出した。
翼を広げて大きく旋回しているのは、斑大蝙蝠。リゲル共和国の南部に発生する、ここにいるはずのない魔物に固唾をのむ。
騎士と関わってもろくなことはない。立ち去りたいが、翼のある魔物の討伐は厄介だ。
眠りの毒霧も吐くこいつの情報を他国の騎士たちは持っているのか、空に攻撃されるとこっちにも被害がありそうで眉間にシワが寄る。
騎士たちの戦いぶりを確認すると、新たに牙鼠の群れが加わったらしく、斑大蝙蝠を気にしながらも足もとに剣を振っている。
ため息をついて寄り道したことを後悔し、深く息を吸い込んで、勢いをつけて崖から飛び出す。
旋回する斑大蝙蝠の胴を狙い、力を込めて背を斬り裂き、直後に蹴りを入れて体勢を整えながら着地し、振り返って落ちた斑大蝙蝠を見ると消滅し始めている。討伐成功だ――ポニーテールの騎士が片手を上げながら大声を出した。
「感謝します。礼はしますので、こっちも頼みます」
もちろんそのつもりだ。冒険者なんだから報酬はもらって当然であり、牙鼠も片付けないと交渉はできない。
足もとに飛びかかる牙鼠を斬り捨てていると、また嫌な気配で尻尾がぞわっとして、崖に視線を向ける。信じられないことに、ぽかりとあいた穴から、二匹の斑大蝙蝠が続けて現れた。こいつらは群れない。そんな情報はなく、喉に毒を溜めることも公開情報ではない――騎士に毒持ちだと伝えるべく叫ぶ。
「こいつらの喉は攻撃するな。眠りの毒霧を吐くぞ、毒が喉に溜まっているぞ!」
直後に、マントの大男が槍を大きく振りかぶり、投げた――妙な格好をしているが腕はあるようで、槍は一匹の斑大蝙蝠の頭を貫通し、落とした。
残り一匹。ポニーテールの騎士が火炎を勢いよく放つが、器用によけて火炎は崖に当たる。
火炎を嫌がったか、誰かに狙いを定めたか、旋回をやめ、着地体勢に変えてきた。
着地先に選んだ場所の近くにいるのは、バカ騎士の一人。剣を振りかぶり、頭を攻撃するが避けられ、そのまま剣を返して剣先が喉を斬る。
致命傷にはならない浅い傷、だが、眠りの毒が漏れるには十分な傷ができた。
苦痛からか、斑大蝙蝠は墜落して翼を広げたまま暴れまわり、毒が漂い始め、まともに吸い込んだらしく、バカ騎士が膝から崩れ落ちて倒れる。
このままでは毒が拡散すると息を止め、剣を構えて走る。獲物と目が合い、大きく地を蹴って飛びかかり、頭を狙って突き刺し、手応えが腕に伝わる。
だが暴れる体に絡みとられて思わず息を吸い、同時に眠りの毒も吸い込み、押さえ込もうとするが叶わずに勢いよく転がって誰かにぶつかる。
まだ戦闘は続いているのだ、体勢を整えたい、それなのに痛みが走る体は動かない。
毒がまわる体は重くなって眠りへと引きずられ、意識を手放す寸前、子供だったころに会ったエルフが頭を過る。
※ ※ ※ ※
頬を叩かれ、意識がはっきりしてくる。が、瞼が重い。眠りの毒を吸い込んだことを思い出し、寝かせてほしいと眉間にシワを寄せる。
「おい、起きろ!」
再び頬を叩かれ、胸ぐらを掴む手に怠い体を揺すられ、仕方なしに重い瞼を開く。
目の前には牙鼠を散らしていたバカ騎士の一人がいる。こいつに叩かれたのかと思うと腹が立ち、これくらいならいいだろうと胸ぐらを掴んだままの手を払いのける――触れてほしくない。
まわりを見て、雑多に荷物を置いた箱小屋だと気づく。入り口にはロープを張り、目隠しに大きな布が掛かっている。
少し離れた場所では、眠りの毒を吸い込んだもう一人のバカ騎士と、毛布で覆われて顔の見えない騎士が寝かされている。
ご丁寧にここまで運び、誰かの寝袋の上に寝かせたらしい。だが、それならこの手荒な起こしかたは、なんなんだ。
怠い体を動かして背中を後ろの壁に預けて座ると、ずいぶん威圧的な態度で、バカ騎士が目の前で膝立ちになって見下ろしてきた。何が始まるのか、なんとなく読めてくる。
「目を覚ましたなら答えろ。お前、何が目的だ」
「冒険者なんだから、報酬が目的だろう」
心に正直に答えたが気に入らなかったか、バカ騎士は苦々しい顔つきになり、仲間はいないはずなのに荷はどうしただの、誰と組んでるだのと口にする。
寝ている間にサイドポーチを漁ったらしく、手にギルドカードを持っている。腹は立つが、騎士相手にこれ以上手は出せない。
「荷は森の中に置いてきた、誰とも組んでいない。つたない討伐現場に居合わせ、報酬目的に手伝っただけのただの冒険者だ」
バカ騎士の目がギラつき、口角を上げると、拳も振り上げた。
「獣くずれが、何を企んでいる」
怠い体では上手くよけきれず、頬に痛みが走る。また拳を振り上げて打ち下ろし、また拳は上がる。
「本当のことを言え、神子に近づいて何をする気だ!」
「あ?神子……」
あの女が世界樹の神子か?なら、これは春の遠征か?早春の嵐から数えたらもっと先を遠征しているはずなのに、なぜだ。
噂の多いアルニラムの神子。最上の神子から寵愛を受けただの、最年少で神子になっただの、王すら跪くだのと。関わるのは厄介だとの考えしか出てこない。
何度目か、拳がまた上がったとき、入り口の布をめくって、当の神子がポニーテールの騎士と入ってきた。バカ騎士からは誰が入ってきたのか見えないだろうが、背後を気にして拳を振り上げたまま固まった。
神子は驚いたように一瞬目を見開くと、淡い蜂蜜色の髪をふわりと揺らしながら首を傾け、ポニーテールの騎士が神子を隠すように一歩前に出て、顔を険しく変えた。
「干し草を荷馬車から降ろすよう指示しましたよね。怪我人が出て手が足りない中、何をしているんですか」
バカ騎士は拳を下げて立ち上がり、ポニーテールの騎士に振り向く。討伐のときと同じく、また指示を無視した勝手な行動だったと分かる。
しかし選ばれし者たちが崖下に放置せずに連れてきたのは、同じく詮索するためだろう。どっちが相手でも大差ない。
「こいつは何か企みを持っている。取り調べて何が悪い。あんな魔物と一緒に出てきた獣くずれだ――」
「もういい、黙りなさい!」
ポニーテールの騎士がより険しい顔になるが、理不尽な扱いには慣れている。だが、口の中が切れたか、血の味がして苦味が広がり、体が冷えていく。
「何があろうと、尋問する権限はあなたにはないはずですよ。討伐時の勝手に続き、恩人に怪我を増やしたことも報告しておきます。大人しく任務に戻りなさい」
ポニーテールの騎士は布の先を指差し、バカ騎士は歩を進めるが、子爵の出のくせにと悔しそうに呟き、その声が意外に大きくて皆に聞こえる。いや、わざと聞かせているのか――騎士も貴族も色々とありそうだ。
吐き捨てた言葉で何を思ったか、神子がポニーテールの騎士の背後から前に出て、布に手をかけたバカ騎士に声をかけた。
「それでは、怪我人の付き添いは、侯爵家の子息に頼むことにします。搬送中の騎士の命を預かる重要な護衛ですので、よろしくお願いします」
バカ騎士は何か言いたげに口を開くが、神子は何を考えているか分らない、冷たい微笑みを浮かべ続けている。
「私に貴族籍はありませんので、侯爵の子息には護衛対象として不足でしょう」
バカ騎士は乱暴な態度で布を叩くようにめくって去り、箱小屋の中が静かになると、二人は近づいてきて、神子は屈み、吸い込まれそうな淡い瞳で見つめてきた。
「護衛騎士の勝手と非礼を謝罪いたします。話したいことがあるのですが……先に頬の治療をしてもいいですか?」
設定小話
色々とある彼は表情とぼしく、やさぐれ気味です




