69 不思議な粒の謎
「ルーク、洞窟内に魔物は?」
喉に何かが詰まって言葉が出てこない。ルークは首を振って返事とした――それでも、エルーシアからは目を離すことはできない。
「ではここを守ってください。クルル、入り口を隠して」
痛みを隠す顔は消滅する魔物に向けられ、幸せそうに微笑んでいたのに、静かな瞳に戻っている。
クロードは鞄からシーツを引き抜いてクルルに投げ渡すと、エルーシアを抱きかかえて洞窟内に消えた。
茶色いものが追うように素早く跳ねてきたので、ルークは剣を振る――小型の鼬の魔物、図鑑で見た姿だが名は出てこない。
クルルがシーツを広げて、洞窟前に立ちはだかった。
「サイフに、よく似た魔物がいるわ」
「それより治療が先です。回復薬です、飲んで」
「ダメよ。眠たくなるから、怪我人を治療できなくなるわ」
「それなら鎮痛薬を――」
「効かないわよ、止血するから外傷回復薬をちょうだい」
「では先に消毒します」
ルークの尖らせた神経が、洞窟内の会話を拾う――なぜ痛みを隠し、自身の治療を後まわしにして、他者の心配をするのか。誰よりも価値のある存在なのにと、眉間にシワが寄っているのが分かる。
青いものが滑るように視界に入り、剣で払う――青い体に赤い斑点のある蜥蜴の魔物、毒持ちのはずだが、なんの毒だったか、頭はまわらない。ただ、視界に入る魔物に反応して、体が勝手に討伐するだけ。
ジェイの火炎が空で弾けて見上げるが、飛ぶ姿は確認できない。ぼとぼとと地面に落ちる魔核の音を拾い、洞窟内の会話も拾う。
「すみません、焦りから魔物の確認を怠りました。毒持ちの魔物でしたか?」
「サイフの魔物と同種なら、痺れ毒があったはずよ」
「体に異変は?」
エルーシアの返答は聞こえない――不安がかき立てられるが、首を振って返しているのか。
怪我の状態も体調も気になるが、何も持っていない身では、何もできない。
「ルーク!」
名を呼ばれて視線を向けると、騎士が剣で何かを指している。そこへ顔を向け、剣を握り直す――駆けてくる角のある魔物。脚を一本折ったのか、走り方が変だ。
剣先で角を絡めとって横に倒し、足で押さえ込んで、炎をまとわせて胴を切り裂く。名は出てこないが、毒牙を持った鹿の魔物。
「ルーク、クルル、二人はここを守って。ジェイ、南の空から向かってくる影が見えますよ。私は冒険者の中に加わります。皆、乗り切ってください!」
「「「おう!」」」
洞窟から出てきたクロードはジャケットを羽織っておらず、シャツの袖はまくり上げているが、消毒液で濡れたのか、赤い染みができたのか。
そこから伸びた手には力強く剣が握られ、険しい顔で指示を叫び、騎士たちが応え、続々と現れる魔物を皆で討伐していく。
風の刃で赤斑蜥蜴を切り裂き、火炎で枯葉隠れの鼬を弾き、黒角の毒鹿を剣で叩き斬る。水球も飛び交い、魔物の速度を削ぎ、森への延焼を防ぐ。
ジェイが火炎で空を燃やして硬化の渡り鳩を落とし、姿を現す前にクロードが石槍を森に飛ばして、冒険者たちがとどめを刺す。
洞窟の入り口に歩を進めたエルーシアは、そのまま腰を下ろして壁に寄り掛かり、怪我人はいないかと視線を巡らせた。騎士のジャケットを羽織り、左手には小さなランタンがある。
日は傾き、山脈の陰に隠れた洞窟は暗いが、ランタンの明かりで顔色が分かる。血を流し、痛みを隠す顔は青白い。
「すまない」
「討伐が早かったので、抜く前に棘も消滅しました。ありがとうございます」
ルークは顔を歪め、背を向けた――礼をされる資格なんてない、守りきれなかった苦しさが襲ってくる。
※ ※ ※ ※
日が完全に沈む前にと、森を抜け、箱小屋に向かう――クルルがエルーシアを抱きかかえ、歩を進める騎士たちの足は駆けるように速い。来るときに邪魔な枝葉を落としているから、その分、戻る道は楽に進める。
毒攻撃を受けた者はなく、討伐で受けた怪我は引っかき傷や打撲が多く、すでにエルーシアの治癒魔法で治療済み。なら、攻撃を受けた神子を休ませようと、体力ある限り駆けるのだ。
駆ける騎士たちのあとを冒険者が続く――これからも集まってくる魔物を、夜間に三人だけで討伐するのは危険との判断から、小屋での一泊をクロードが指示したからだ。
庶民でただの冒険者が騎士の言葉を無視はできず、明るくなってから洞窟まわりを捜索するだけでも、かなりの数の魔物は残っているだろうと従う。
しんがりをジェイと一緒にルークが務める。追ってくる魔物の気配を探り、見つけ次第に討伐するため。だが、洞窟まわりで周辺の魔物はあらかた討伐し終えているのか、気配も姿も現さない。
追加の討伐で足止めされることもなく小屋に到着すると、クロードは手短に騎士たちに指示を出し、エルーシアを抱えたクルルと一緒に走り、特製箱馬車に駆け込んだ。
騎士たちは馬を繋ぎ場に誘導したり、食事の場として使用する小屋から、奥に配置していたクロードのテーブルを撤去し始める。
目隠しの布を掛けた小屋は騎士たち、調理に使用する小屋は、マコンと雑務員が奥に小さなテントを並べて就寝するから、冒険者三人の就寝場所をつくっているのだ。
「俺たちは、小屋のはずれにテントを張って休みますよ」
「それだと、見張りは表で待機するから、夜間の警戒からもはずれるぞ」
「少し狭いがテントよりは広く使えるぞ」
「久しぶりに安眠できるな。騎士様、気遣いありがとう――」
「ロズ、あとは俺たちが誘導するから、軽く床の泥を掃いてくれ」
「隊長のテーブルは荷馬車に片付けていいのか?」
「副料理長。夕食と朝食は冒険者の分も追加でお願いします」
「渡したシーツはどこですか?」
「ここにあるぜ。エルーシア……様のシャツが中にあるから――」
「なぜ、こんなに汗をかいているんですか」
「たぶん、初めて受ける成分が含まれてるのよ。耐性のお陰で、進行は遅いみたい」
「熱もあるじゃないですか……回復薬です。飲んで」
「マコンたちや馬は平気?騎士たちも、癒しが必要なんじゃないの?痺れが完全にまわる前に治療を終えなきゃ」
「皆は大丈夫です。今はあなたが一番重症ですよ、お願いだから飲んでください――」
抜刀した剣を仕舞うことも忘れ、立ちすくんで馬車を見つめるルークの耳が、色々な会話を拾う。馬車の扉にできた隙間からも。
相棒が近寄り、意識せずに剣を鞘に戻して首もとを撫でるが、繋ぎ場へ連れていくという発想は浮かばない。苦しさに包まれて、頭が上手く働かない。
クロードは図鑑を一冊脇に抱えて馬車を降り、続いて降りたクルルを扉前に残して、首を振りながら歩を進め、佇むルークに気づいた。
「新種ではなく、サイフの魔物のようです。ルークにも確認を頼めますか」
「サイフは寄ったことがないから知らない魔物ばかり……」
「……ルーク?」
交わす会話の途中で何かの音を拾い、ルークは音の正体を確認したくて、目を細めて馬車を睨むように見つめた。その様子でクロードが振り返ったとき、クルルが扉に張りついて甲高く鳴く――なぜか、甘えるときのようにピルルルと。
二人が急ぎ馬車に駆け寄ると、クルルは黒い仮面を向け、奥から小さく鳴き続ける。扉はストッパーもなく、ぴたりと閉められている。
クルルを押しのけ、クロードはノックしながら、どうしたのかと声をかけるが返事はない。
クルルの鳴き声を聞いた騎士たちが集まるが、クロードがすでに駆けつけていることを確認したジェイが押し留め、皆を馬車から遠ざける。必要があれば、指示がくるだろう。
「何を躊躇してるんだ!熱があるんだろ、倒れていたらどうする」
「この扉は――」
ノックするだけのクロードに苛立ち、不安や焦りから、ルークは扉のノブに手をかけて引いた――扉が開くのと同時に、座り込んでいたエルーシアが崩れるように倒れる。
いつもの服装とは異なる生成りのロングシャツのエルーシアは、着替え終えて、扉に寄り掛かりながら気を失ったのか、受け止めたルークの腕の中で、目を閉じて浅く速い呼吸を繰り返している。
「ちょっ、なぜ!」
目の前で起こったことが信じられずにクロードは目を見開くが、疑問も受けた衝撃も後まわしにするしかない――エルーシアが毒で苦しんでいるのだ。
「中の寝台に運んでください」
ルークに頼み、誰かに目撃されてないかと視線を移し、固まっているジェイと目が合う――ほかの者の姿はない。
「私が追及します。他言禁止ですよ」
こくこくと頷き同意する者と、誰も近づけるなと指示したあとも小さく鳴き続ける使い魔を残し、クロードも馬車に乗り込み、ストッパーを挟んで扉を閉めた。
寝台に寝かされたエルーシアにキルトを掛け、慣れた様子であっちの引き出し、こっちの引き出しとあけて、水のみに粉薬を入れて水魔法で飲み薬をつくると、それを飲ませる。
「その薬は効くのか?」
「薬の耐性があるので、解熱薬も解毒薬も気休め程度ですよ。あとは、飲ませた回復薬が効くのを待つだけです」
向かい合わせに横座席に腰を据えると、クロードは険しい目をルークへと向けた――不可解なことが、あり過ぎる。
「この馬車は、エルフから贈られた魔道具ですよ。アルニラムの神子の手でしか扉は開きません。クルルやカティでも無理です、二百年の歴史がそう語っています」
「そんな扉だなんて聞いてないぞ。ただ、女相手だから勝手にあけないだけだと……」
「成り行きに任せたくて、情報をあえて伝えませんでしたが、扉をあけるなんて夢にも思いませんよ。奴隷紋と不思議な粒のほかに、ルークは何を隠していますか」
もう何も隠してなどいない。が、思い当たるものはある。ルークはシャツの中からドングリの飾りを引っ張り出すと、クロードに渡した。なんなのか分からない粒が入ったままだ。
「魔力を帯びた贈り物が原因だと?」
「いや、待て。何かが変だ」
体から離したことで、激痛が全身を襲うと覚悟していたルークは、眉間にシワを深めた――以前より痛みが少ない。
「変なことばかりですよ。説明できる範囲で構わないので、話してください」
「体の痛みが少ない。以前より楽になっているんだ」
「……ほかには?」
「こいつが悪夢で叫ぶ直前、熱を発して激痛で起こされていた」
「魔力切れの昏睡から目覚めたのも、これが原因ですか……エルーシアの叫びに反応?神子の危機を察知する謎の癒しの魔力……何も読めないですね」
クロードはドングリを握りながらストッパーをはずし、ぱたんと閉まった扉のノブを動かして押すが、開かない。
ルークにも試すよう促すが同じで、ドングリを返して試すと――結果、簡単に開き、再びストッパーを挟む。
「そういえば、抜け出して叫んでいたときは、何も変化はなかったな」
「叫びではないのなら、対象は悪夢?分からないことばかりですね……今のままでは、情報の共有が少なすぎですか。まあ、問題の多い遠征中で、魔力や剣の指南、増えていく一方の調べ物、やることは山積みで時間は欲しいのに限られている……少しここで考えるので、先に戻ってください」
呼吸は落ち着いたが、青白い顔に汗を浮かべ、眉をひそめる顔をちらりと見て、ルークは馬車を降り、日も完全に沈んだ暗い空のもと、力なく足を動かした。
薬だけでなく、毒の耐性もつけたのは、やり過ぎではない。守れなかったときへの対策――守りきれなかったのは誰だ。
渦巻く感情が湧き上がり、その場に膝をつき、拳を打ちつける。痛くはない。痛かったのは棘を深く刺したエルーシアのはずだと。
幸せそうに微笑んでいたのに怪我を与えた、毒を与えた、苦痛を与えた――こんなのは、与えたかったものではないのに。
拳を振り上げて勢いよく下げ、誰かに押さえられて、行き場を失った感情が雄叫びとなって吐き出される。
荒い息に肩を震わせ、背中を撫でる感触に気づき、混乱して固まり、次の瞬間押しのけて勢いで尻餅をつくと、ジェイが笑顔で覗き込んできた。
「隊長に厳しく問い詰められたか?ああ見えて過激なとこもあるからな。まあ、解放されたなら気にすることも――」
「なぜ、今、抱きしめたんだ」
「慰めるときするだろ?抱きしめてやったぜ」
喉を鳴らして笑う、目の前のジェイが理解ができない。背を撫でられるのも、抱きしめられるのも、慰め方も――大切な神子が怪我と毒で苦しんでいるのに、なぜ笑顔になれるのか。
「なぜあんたは、笑えるんだ」
設定小話
耐性で色々と効かない体になりましたが、重症にはならないし、回復薬があるから大丈夫
睡眠薬も効かないから、眠れない夜はホットミルクやハーブティーに頼ります
ん?回復薬を飲んだら眠れるな……独り言です、忘れてください




