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65 深い想いがあるから

 エルーシアは馬車に乗り込むと、備え付けの引き出しから書類を一枚取り出した。南東の街で加わるはずだった補充隊員用に準備した破れない誓約書であり、ルークに誓約してもらった書類と同じもの。

 次に寝台下の隙間からサイドテーブルを引き出すと、本棚から数冊の本を抜き取った。


 王都を出発したときより本が増えて詰め込んでいたからか、取り出した勢いで一冊のノートが閉じたまま落ちた――デルミーラが夢のお告げを書いた、使い古して色はあせたが、想いのあふれているノートだ。

 それを拾うと優しく()で、本棚へと戻し、淡藤(あわふじ)色の瞳を真剣なものに変える。


 デルミーラの役に立ちたくて、館にある色々な本を開いた。愛し守ってくれる彼女に、何かを返したかったから。

 薬草学を身につけて手伝いをしたかったが、前世の知識が邪魔をし、薬の開発に向いてないことを理解して諦め、ほかの方法を探して、魔法文字に辿(たど)り着いた。


 エルフの魔法文字は、理解していなくても書くことができれば、魔道具として扱える。

 幼さゆえの思いつき――開発ではなく、文字をそのまま書き写す再現なら簡単かと。


 魔力を誘導するインクで正しい単語と文章を書いて、エネルギー源となる魔石を()めるだけ。

 書かれる道具の材質によってインクの調合は異なるが、無限にあるわけではない。あとは、発動させたい魔法にあった魔石を探し当てればいい。


 特製箱馬車の魔法文字を普段使いの馬車に再現できれば、街中の移動も安全になるかと取りかかり、すぐ壁にぶち当たった。

 どこを探しても、特製箱馬車の車体には魔石がついてなかったから。


 魔石のない魔道具は、インクに魔石の粉が配合されている。その配合を説明する箇所(かしょ)を探して解読しないと、魔法文字を書くこともできない。

 それで文章の解読を試みたけど、学んでいない技術を前に、理解できるのは数単語しかなく、難解な魔法文字に頭をひねる日々を過ごしたが、前世の大学で外国語を学んでいたから、今度は諦めたくなかった。


 二十歳で命を落とすまでの少ない知識は、夢で見たおぼろげな記憶でしかないが、翻訳に必要な初歩的なコツは学んだはずだと、首を傾けて考えを巡らせ、前世の夢を見たときはメモに残そうと決めた。

 お陰で色々なことが分かるようになり、その習慣は、今も続いている。


 魔法文字の辞書はないので、単語は研究書や魔道具の解説書から拾い、前後の単語から文章の流れを推測して、少しずつ解読を進めながら、多くの覚え書きを残して自作の辞書もつくり、何度も書くうちに、解読した魔法文字を覚えるようにもなった。

 回復薬の完成に貢献したからと利益金を分けてもらい、ほかにも転生者への援助金などもあって、研究費用には困らなかったから、多くの試作を行い、新たな魔道具も派生した。


 再現したい道具が増え、魔法文字の研究もずっと続けてきたが、満足できる魔道具の開発はできなかった。でも、続けてきてよかった。

 経験を与えてくれた、協力してくれた、応援してくれた、すべての皆に感謝する。この知識で、忌々(いまいま)しい奴隷紋から、ルークを必ず解放する。


 ※ ※ ※ ※


 調べ物のできたエルーシアは夕食も馬車でとり、食後に現れると、いつもと同じく奥に配置したテーブルで、淡々と魔力の指南を行った。これまで問題のなかった行為なら、奴隷紋への影響はないだろうと判断して。

 小屋内に食事中の騎士たちもいる中で、ルークもクロードもとくに変わった行動を起こさず、足早に立ち去る背中を見送り――クロードはテーブルから離れ、報告があると騎士たちを集めた。


「デルミーラ様の残した魔力の研究ですが、エルーシアが引き継ぐことになりました。獣人の魔力については引き続きベナットを主に調べますが、新たに半獣人の魔力も調べようと考え、ルークに協力を頼んでいます」

「魔力の指南と魔力上げを始めているから、適任だな」

「だからジェイと同じ剣を渡したのか」

「半獣人の魔力を調べたら、ベナットさんの子が入学する前に教えることもできるな」

「ええ。問題が一つ片付き、研究の再開にもいいタイミングですからね。皆もそのつもりで、力添えを頼みますよ」


 いつの間にそんな話になったのか、ルークが眉間にシワを寄せていると、ジェイが隣にきた。なぜか、口角が上がっている。


「初耳だったか?隊長は狙うとしつこいから逃げられないぜ。皆の前で公言もしたからな」

「逃げるつもりはないが……魔力の研究か、上手い口実だな」

「口実?育てる理由だろ。ようやく隊長の考えが読めたぜ。今夜は昨日の分もビシバシいくぜ」


 クロードは二人へと振り返り、この口実が騎士の皆に上手く作用していることに満足し、新たな指示を出す。


「ジェイ、今夜から魔法を剣にまとわせる指南を始めてください」

「早くないですか?俺のときは一月も――」

「亡国ベテルとの国境まで、あと何日だと思っていますか?扱ううえで、最低限、覚えておくことがありますよね」

「……他者に火傷(やけど)させない」

「どう魔法をまとわせるのか、一度でどれだけ魔力を使うのか、どれだけ発動したら魔力切れするのかもです。村や町では無理ですが、これから先の野営で指南しなさい」


 この先で待ち構えている危険を考えれば当然の判断か。ジェイは指示に従い、ルークを連れて小屋をあとにした。

 しかし、小屋や馬の繋ぎ場から離れた場所で、剣に火の魔法をまとわせる説明を聞いたルークは、(つか)を握り火炎を発動するが、炎をまとわせることができずに顔を(ゆが)めた。


 発動は、火の魔法ならなんでもいい。上手く発動できれば、一定の魔力を剣に吸い取られるから――それで、剣が炎をまとう。

 一番慣れた魔法だからと火炎の発動を繰り返しているが、まだ魔力を完全に掴んでないうえに、手のひらを開いて発動するのとは勝手が違い、上手く発動できない。


 気が焦る中、ちらりと特製箱馬車に視線を送る――価値のある人に何をしてあげられるのか分からないままなのに、負担を増やし、また与えられる。

 不甲斐ないままではいられないと、集中力を求めて息を深く吸い込む。


「何か飛んできますよ」


 ルークとジェイから少し離れて、指南の様子を眺めていたクロードは、空を見上げながら指摘した。満月からわずかに欠けた月が昇る空を二人も見上げ、小さな点が羽ばたき、近づいてくるのを確認する。

 月を背負って向かってくる姿は黒い影となり、種類の判別は無理だが、距離から考えるとそこそこの大きさか。魔核の存在は確認できないが、夜空を移動する中型の生き物は少ないから、魔物だろう。


 すぐさまジェイが火炎を夜空に放ち、その羽ばたくものに当てるが、距離があって急所をはずしたか、右の翼を燃やしながらも滑空(かっくう)して速度を上げた。

 見張りで小屋の前に待機していた騎士も、突然上がった火炎で魔物の出現に気づき、ほかの騎士たちに声をかけ、皆が警戒する。


 ルークは柄を強く握り、向かってくる獲物めがけて走り出す。

 馬車には近づけない、エルーシアを襲わせない、これだけは譲れないと――魔物からは必ず守るとの決意で、体中に力を入れる。


 地を蹴って剣をかかげ、翼だけでなくその体を燃やして斬ってやると、想像(イメージ)を確かなものにして、火炎を発動しながら振り下ろす。

 その刹那(せつな)剣が炎をまとい、弾ける火を受けて魔核が光り、魔物の左肩から右脇腹に閃光が走り、ルークの左右後方へと黒い塊が勢いよく転がった。


 肩で息をしながら振り返って確認すると、炎に包まれて消滅する、魔物だった塊が二つある。

 クロードは拍手しながら近寄り、ぽとりと転がり落ちた魔核を拾い、笑顔を浮かべて満足な結果だと伝える。


黒紅(くろべに)(がん)ですね。夜の討伐が難しい魔物ですが、見事でしたよ」

「ジェイが燃やしたから狙いやすかっただけだ」

「そうですね、二人の功績です。ですが、とどめを刺したのはルークなので、どうぞ」


 討伐した魔物の魔核の所有権は、とどめを刺した者だと依頼時の取り決めにはある――騎士なら騎士隊が、ルークならルークに。


「まだ魔道具の材料になっていない魔石の素なので、比較的安価ですが、発生が少なくて、冒険者ギルドでも在庫の少ない魔核ですね。魔石に加工して贈れば、喜ぶ人がいますよ」


 無理やりのように渡された魔核を見て、手にする剣の開発者が誰かを思い出し、ルークは素直にサイドポーチに突っ込む。自身がしてあげられることが、一つ増えたのだ。

 そして、剣を振り上げて月光にさらす。この剣にも想いを込めて使いこなし、守りたい者を必ず守り抜くと、黒い瞳に力を込める。

 先ほどの感覚を忘れないよう、両手で柄を握り直して、火炎を発動する――


 ※ ※ ※ ※


 ――まだ冷たさを残す春の風が庭を横切り、長い髪がふわりと流れて顔をくすぐり、振り払うように首を振ると、エルーシアは不満顔で隣を見上げる。


「私も、デルミーラみたいに三つ編みにまとめてもいい?作業するのに邪魔よ」

「未婚の女性がうなじを出すのはダメですよ」

「なぜ?女性騎士はショートカットもいるし、王城ではお団子にまとめた侍女もいるのよ」

「彼女たちは、務めにあった髪型を選んでいるだけです。それに、その服でうなじを出すのは似合いませんよ」

「だったらもっと動きやすい服を――」

「ダメです。子供のうちは、大人が買う服を素直に着ていてください」


 頬をぷぅと膨らませると、厚手のシャツワンピースについたリボンをひらひらさせながら、インクの入ったビンと細い筆を手に、鋳物(いもの)のベンチに腰を下ろした。

 入学して仲良くなった子がいるらしく、最近はその子を真似(まね)て頬を膨らませることが増えたが、子供らしくて微笑ましいとクロードは笑顔を浮かべる。


 デルミーラが男装に身を包むので、エルーシアには女の子らしくと、フリルやリボンの装飾の多い服を選んでいる――確かに女性らしい服装は好みであるが、理由はそれだけではない。

 服や髪型に関しては、前世の価値観やデルミーラの影響から引き離すべきだと考えているのだ。幼いうちから奇抜な身なりをするのは、悪目立ちしてしまうから。


 最上(もがみ)の神子が引き取って寵愛していると噂もたち、ただでさえエルーシアは目立つ存在なのだ。

 そろそろ早春の嵐がくる時期、その後は春の遠征が始まるが、デルミーラは学校を休ませて連れていく気。反対できるはずもなく、ならばこれ以上、目立たぬようにと気を配るしかない。


 クロードが考えを巡らせつつガーデンテーブルに木箱を一つ置くと、エルーシアはそれにお絵描きを始めた。

 傍目(はため)には子供のお遊びにしか見えないが、魔道具の試作だ。エルフの魔法文字は、学んでいない者からすれば模様のようにしか見えず、あと数日で十一歳になる子が魔道具の開発をしているとは、誰も思わない。


 特製箱馬車の再現なら馬車に書かせたいところだが、試作で(いく)つもの馬車を犠牲にはできないので、第一段階として木箱で再現を試みているのだ。

 エルーシアは、砂色のインクで木箱を飾るように、きれいな模様を描いていく。


 (しばら)く没頭して、終わった様子で筆をビンに立てたとき、木箱がかたかた大きく揺れ始め、クロードは慌ててエルーシアを抱き上げ、(かば)いながら走り出した。

 背後から木材がひしゃげる音が追いかけてきて、周囲に響き渡る。


 音が止まってから恐る恐る振り返ると、ガーデンテーブルには小さな木片が積まれていた。木箱の成れの果てである。

 音の割に大きな被害はないようで、クロードが安堵(あんど)からため息をつくと、館の玄関扉が勢いよく開いた。


「何事だ!」


 一難去ってまた一難。ベナットに引きずられて、クルルが不在なのが幸いか――これを目撃されていたら、抱きかかえたことで焼き餅を焼かれ、爪で攻撃されて二難になっていた。

 エルーシアには、やりたいことをやりたいようにと勧めるが、何か起これば、責任はお世話係にまわってくる。愛がなければ務まらない任務である。


設定小話

この話で、ふと気づいた

クロード→苦労人

確かに苦労しているけど、こんなつもりじゃなかった……彼に謝りたくなった

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