表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
世界樹の神子は微笑む〜花咲くまでの春夏秋冬  作者: 宮城の小鳥


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

53/331

53 対価を要求

 両手の治療を終えると、最後にエルーシアはロズの体に癒しの魔力を満たした。傷はふさいだが、まだ手のひらの魔力の流れや神経、組織のつながりが定着していないので、回復を(うなが)すのである。

 魔力を満たされたロズはそのまま眠りにつき、ルークが抱きかかえて娯楽室に運んだ――看病がしやすいように、クロードが昼食時に侯爵家の使用人にベッドを運ぶよう頼んでいたから、準備は整っているはずだ。


 医師たちは薬品や器具を片付け、癒し手たちと一緒に応接室をあとにし、室内が寂しくなったところで、クロードは部屋の片隅、午前に書類仕事をしていた机の脇から細長い木箱を取り出して、テーブルまで運んだ。

 知の副隊長から届けられた荷である。


「何が入ってるの?」

「ルークに贈ろうと思って準備させました。仕上げてもらえますか?」


 エルーシアは木箱の蓋をあけて中を確認すると、微笑んで(うなず)いた。


 ※ ※ ※ ※


 通常なら国境の街で二日の休暇になる予定が、一日減ったからか、騎士たちは買い物や遊びに外出し、別館は閑散としている。

 そんな静かな別館の娯楽室に、ルークはロズを運んだあとも残り、一人で魔物図鑑を読んで過ごした。エルーシアの書き込みが目に入るたびに、真っすぐ見つめてくる淡い瞳を思い出して首を振る。


 クロードの狙いは読めないが、(たくら)みに乗って手を伸ばしてはいけない。思わず一度は追いかけたくて手が動いたが、この想いは、抑え込んで諦めるべきものだ。

 すべてが違う価値のある人だから、手を伸ばしても拒まれるだけ。背後に近づけるからと、想いが実ることはない――拒まれた先にあるのは、失う信頼。


 忘れようと努力しても、想いは深まる。この想いを抱いて、手を伸ばした先で、すべてを手放すことに耐えられる気がしない。

 それに、殻を破れと求められるが、破った先にあるのは、誰かが寄り添う想い人の姿だ。



 夕刻が近づいたころ、ジェイが娯楽室に現れ、ベッドに寝るロズの様子を確認したあと、ルークに声をかけた。


「ロズを見ててくれたんだな、ありがとうな。ルークの分の木箱を買ってきたぜ。蓋をあけたまま部屋の前に置いてるから、馬に乗せなくてもいい荷物はそれに移しとけよ」

「木箱を買った?」


 なんのことだとルークが図鑑から顔を上げると、先日買った指南書か、ジェイはぱたぱたと扇のように振って、自身に風を送っている。

 短い余暇で用事を済ませるため、慌ただしくあちこち走りまわっていたのか、うっすら汗も見える。


「おう。隊で皆が使ってるのと同じ、盗難防止の魔道具だ。王都までまだ日もあるんだぜ、あんまり馬に負担かけたくないだろ」

「盗難防止?あんたらは、そんな木箱に荷を入れていたのか」

「なんだ、知らなかったのか?閉めた奴にしか蓋は開かないって仕組みで、魔力を覚えさせる必要もないから、手軽で便利だぜ。あとで、隊長に礼だけ言っとけよ」


 ジェイはここに残るようで、ソファに腰を下ろすと指南書を開いた。

 先日エルーシアに荷を増やさない理由を伝えたから、又聞きしたクロードが、荷物用の木箱を用意したのか。しかし、依頼を終えれば当然立ち去る予定のルークは、これ以上の荷を増やすつもりはなく、ただ護衛中の相棒の負担を減らすためと解釈した。


 魔物図鑑を閉じ、寝室へと向かいながら、相棒の(くら)から降ろしたサドルバッグの中身を頭に思い浮かべる。

 数日分の着替えや雨具ケープ、細々とした日用品に寝袋と、とくに木箱に移す荷は出てこない。定住せずに移動を続けていたから、荷は最低限しか所持していないのだ。


 部屋の前に置かれた木箱を確認すると、壁に立て掛けてある蓋の内側に、砂色のインクでエルフの魔法文字が書かれていた。

 野営地で椅子代わりに使っている木箱は、食器や予備の馬具(ばぐ)、騎士たちの寝袋や雨具ケープなどが詰められ、とくに個人の木箱との認識はないが、就寝用の小屋に運び込まれる木箱は大きく名が書かれている。


 無駄に疑われるのを避けて触れることもなかったが、ただの木箱ではなく魔道具だったようだ。ルークが蓋を返すと大きく自身の名が書かれていて、思わず眉間にシワが寄る。

 依頼が終われば離れる身、その依頼も一月もないはずだ。補充用とか目立つ(しるし)でも描けば事足りるのに、まるで所有物。


 魔力上げや知識を与えようとするクロードには感謝するが、何を考えているのか、不可解で不愉快なことにもぶち当たる。当て馬の役目を終えたあとも、なんらかの依頼を出して、背中を守る強者として縛りつける気か、誰かと寄り添う姿を見続けろとの押しつけか。

 ルークは忌々(いまいま)しそうにシワを深く刻み、借り物の木箱なら借り物入れにすればいいと、魔物図鑑を入れて蓋を閉じた。



 日が沈み、食堂に足を運ぶと、広い室内で食事をとっているのは二人の騎士だけだった――いつもに比べ、ずいぶんと寂しい光景である。


「おっ、ルークもきたか。出先で食べた奴が多くて夕食をとる奴が少ないんだ、こっちのテーブルで一緒に食べろよ」

「今夜は隊長とエルーシア様も別室で食べてるから、寂しいんだよ」

「なんだ、二人は別で食べてるのか」

「まあ、たまにあるよな。連絡事項や相談があるときとか……今夜は、夢見が悪くてエルーシア様が叫んだ直後だから、隊長が過保護を(こじ)らせているんだろ」


 ルークも用意された料理を皿に盛ると、二人の座るテーブルに腰を下ろした。


「去年は酷かったらしいな」

「三日、四日に一度は叫んでたな。デルミーラ様が常に側に置いてたから、それだけ二人の絆は深かったし、悲しみも半端なかったんだろうな」

「引き取った直後から溺愛してたらしいからな」


 ルークの頭に昨夜の悲鳴がよみがえる――助けを求める、心が引き裂かれるような悲痛な叫び。

 誰かが寄り添って支えるまで叫びは繰り返され、クロードが求めているのは、その誰かで、半獣人である自身ではない。守りたい人であり、あの悲痛な叫びを止めたいとは考えるのに、殻を破った先の姿は想像したくない。

 悩むルークをよそに、騎士たちは食を進め、会話を進める。


「――そのせいで、去年は知の副隊長も荒れて大変だったよな」

「隊長も押さえるのにぴりぴりしてるし、珍しくベナットさんも(いら)ついてたよな」

「あ?なぜ副隊長が荒れるんだ」

「そりゃあ、初恋の君が目の前で沈んでるんだし、男ならなんとかしたいって思うだろ。まだ若いから、とくにな」


「!」


「あっ、まだそれは聞いてなかったのか?エルーシア様の入学のときに泥団子を投げたのは、副隊長なんだよ」

「ふられて恋心が冷めても、すぐに熱がぶり返して、何度も言い寄ってるんだ」

「あれは、隊長を長年見てたから、ふられても諦めきれないんだろ。でも――」


 騎士たちから聞かされた情報に、フォークを握る手に力を入れ、ルークは苦々しげに奥歯を噛む。



 険しい表情のまま食事を済ませたルークが皿を下げていると、エルーシアとクロード、それとクルルが食堂に入室した。魔力の指南をするためだ。

 交わす言葉も少なく淡々と指南を終え、細長い木箱を抱えたクロードは、テラスにルークを誘った。今夜はクルルが張りついているから、馬車への送りは不要なのだ。


 娯楽室へ入り、指南書を読んでいたジェイに剣を持ってくるよう指示を出すと、クロードはそのままテラス窓から外に出て、抱えていた木箱を置いた。

 続いてテラスに出たルークは、二人きりになったタイミングで突っかかる。あんたの狙いが読めたぞと――狙いが何をさす言葉か分からず、クロードは眉をひそめて問う。


「オレに殻を破らせて、知の副隊長をあてがうつもりか」

「……部下たちから、何か聞きましたね?誤解を招くような情報を」

「誤解じゃないはずだ。公爵家の養子になった副隊長が、惚れてるんだろ。殻さえ破ればお似合いだ」

「彼は私の目から見て、不合格ですよ。権利がありません」

「それなら、あんたの狙いはなんだ」

「狙いならはっきりしています、エルーシアの無事と幸せです。それ以上は、話しませんよ。手を伸ばして権利を掴み取りなさい」


 ルークは険しい顔で(にら)みつけるが、クロードは涼しい顔でかわし、黙るように口もとに指を立てた。

 テラス窓から、剣を手に持ったジェイが出てきたのだ――怒りに熱くなりすぎたようで、気配も足音も拾えなかった。


「隊長、何をするんですか」

「その剣の使い方をルークに指南しなさい」

「えっ?だって、これは――」

「同じ剣を準備しました」


 クロードは木箱から剣を取り出すと、ルークに渡し、抜刀(ばっとう)するように告げる。

 ジェイの剣の(さや)は黒い革に銀の細工がついた、騎士団で配る剣と同じだが、ルークが受け取った剣の鞘は淡い黄色。ではなく、淡い蜂蜜色に染めた革に、黒く(いぶ)した銀細工がついている。抜刀すると、多く出回る両刃の剣ではなく、厚みのある片刃で少し反りがある。


「渡されても、慣れた型じゃないと扱いにくいんだが」

「ジェイ、魔法の発動を許可します。振りなさい」

「おう、久々だな」


 ジェイは抜刀してテラス前に下り、剣を大きく振りかぶるとルークを見て、にやりと口角を上げた。次の瞬間、剣が炎に包まれる。

 ばちばちっと炎が弾ける音を立てながら振り下ろされた剣は、静かに炎を消し、ルークは目を見開いた。


「なんだ、今のは」

「魔法の制御が難しいジェイに、エルーシアが開発して与えた魔道具です。火の魔法をまとわせる剣ですよ。出回るのは危険と判断したので、討伐以外での発動は禁じますし、詳細についても口外を禁止します」


 ルークは見開いたままの目で手もとの剣に視線を落とし、クロードは説明を続ける。

 片刃なのは、(むね)の部分に魔法文字の細工があるからで、反っているのは、炎をまとわせるためだから型はこれしかないと。これに慣れろと笑顔を見せる――国境の街でのお楽しみだ。


「そんな前から……いや、こんな短期間で準備できる剣なのか?」

「知の副隊長に剣を準備させて、魔法文字は先ほどエルーシアが仕上げました。手に入れたいでしょう?あとは、使用者として、ルークの魔力を覚えさせるだけですよ」


 この剣があれば、先日戦った(しび)れ大熊を一撃で討伐することも可能か、群れる魔物も一振りでせん滅できそうだ。明日からは西街道を北上して、亡国ベテルとの国境へ向かうのだ――待ち受けるのは、攻めてくる野放しの魔物の群れ。

 ルークの目が力強く光る。戦技が増えれば、守る(すべ)も増える。


「対価は?」

「護衛なので不要と告げるつもりでしたが、要求しましょうかね」

(いく)らだ」

「取りあえず、名呼びに慣れるために騎士の名を口にしなさい。それが対価です」

「……」

「返事は?」

「……クロード、感謝する」


 返事に満足だとクロードはにっこり笑い、ポケットから赤いインクの入った小ビンを取り出して、剣に魔力を覚えさせる。

 だが、炎をまとわせるのは扱いに慣れてからと指示し、ランタンの光と月明かりを頼りに、ジェイの指南でルークは剣を二時間ほど振り続けた。


 体力をずいぶんと消耗させたあと、左手で火炎を放つ――疲れた体と頭では集中力が落ち、一発目は不発に終わり、二発目と三発目は上手く石壁に当たったが大きさは制御できず、四発目は頼りなさげに夜空へ消えた。

 魔力切れで昏睡したルークをテラスに運び、ジェイも座り込んで疲れた体に休息を与える。


「隊長は、何を考えてるんですか?ルークは育てても、他国の冒険者なんですよ」

「身分も立場も関係ないなら、出身国も関係ありませんよ。エルーシアの背中を守る者が強者なら、頼もしいじゃないですか」

「だからって剣まで与えるなんて……よく、副隊長が素直に準備したな」

「彼も納得するように、上手く説明していますよ。私の考えなんて、ちゃんと観察眼があれば読める程度ですから、ジェイも学びを頑張りなさい」


 ジェイは汗をシャツの(そで)(ぬぐ)い、少し頭をひねるが、考えが読めずにため息をついた。

 続いて隣からも大きなため息が聞こえ、失望させたかと(のぞ)き見ると、クロードは眉をひそめてテラス前を(なが)めていた――立ち上がると、火炎を当てていた石壁をもとの地面に戻す。だが、二人が踏み込んでえぐれた地面、荒らした芝が一面に広がっている。


「ここまで荒らしたのですから、侯爵と執事への言い訳を考えないといけませんね」

「許可は得てなかったんですか?」

「考えることが多いと、抜け落ちるものもありますよ……これから先、街道での討伐時の指揮を任せます。魔法を剣にまとわせる禁止も解きますので、頑張りなさい」

「!」

「学んでいるでしょう?」

「おう、期待に応えます」


 丸く膨らみつつある月のもと、クロードは満足だと笑い、ジェイは表情を引き締めた。


設定小話

クロードが木箱に書類や連絡板を仕舞ったあと、雑に置きっぱなしにするのは、誰もあけられないからです

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ