表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
世界樹の神子は微笑む〜花咲くまでの春夏秋冬  作者: 宮城の小鳥


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

52/331

52 警戒心と治療

 治療を控えた午前、エルーシアは街の院の院長たちとの会談で時を過ごし、クロードは応接室の片隅で書類仕事を片付けながら付き合った。

 昨夜の串焼きで紅葉(もみじ)の熊の匂いが別館に残る中、マコンがベーコンづくりに精を出し、濃く漂う熊の匂いに反応したクルルが尻尾を逆立てて警戒し、キッチンから離れないのだ。それでクロードも、エルーシアの側から離れることができない――相手が責任あるギルドの職員たちとはいえ、護衛なく一人にはできないからだ。


「軽傷回復薬が売れ始めて、在庫を増やすべく製造を進めていますので、外傷回復薬の製造量も例年より増えると予想しています」

「薬草クリームを任せている工房をすべて、軽傷回復薬の製造に切り替える検討もしています」

「保湿やお手入れで薬草クリームを購入する方もいらっしゃるでしょうから、すべてを切り替えるより、製造の割合を考えるべきではないでしょうか」


 報告する院長たち、意見するエルーシア。交互に発言し、紅茶に口をつけ、また発言しと、会談は続く。


「これからの季節は、保湿よりも虫刺されや汗による湿疹(しっしん)が増えますので、需要は高まります。秋冬も売れ続けるはずなので在庫が必要です」

「安価で購入できますから、広まれば、重度になる前に完治する者が増えます。売れ始めた今、一気に認知度を上げるべきです。ですが、在庫の世界樹の葉の粉だけでは、年末まで持ちません」

「そうですか……私は現場をみているわけでもありませんし、生産量や割合は院に任せたほうがいいですね。世界樹の素材は夏の間に量産しますので、必要な分を院本部へ通知してください」


 書き物の合間に会話を聞いていたクロードは、ぽつりと(つぶや)く――また神子の務めが増えますかと。


 院本部へ雑な治療の報告を託して会談を締めるとき、院長たちも午後の施術の見学を希望したが、見学者が大人数になると、緊張した癒し手の魔力に乱れが出ると理由をつけて、エルーシアは断った。

 院長は、各治療院の運営で任される務めが多く、知識があっても直接治療に(たずさ)わる機会は少ない。治療方法に興味があるのなら、癒し手が院で行うときに見学すればいいとエルーシアは判断したのだが、院長たちの興味は神子の指導の現場であったのに、それは伝わらなかった。


 予定より長引いた会談を終え、エルーシアとクロードが食堂へと廊下を歩いているとき、扉の開いた娯楽室から、ぽそぽそ話し声が聞こえてきた。

 休暇なのに誰が残っているのか室内を(のぞ)くと、ルークとロズが図鑑を前に、魔物談議をしていた。二人は朝食後に買い物へ出たはずだったが、すでに戻っていたらしい。

 魔法の学びに意欲を燃やし始めたロズは、ノートやインクを購入したくて、ルークの買い物に同行したのだ。


「この土竜犬(もぐらいぬ)は、土竜ではなくて、土竜みたいに地中を進むんですよ」

「これは、どう討伐するんだ?」

「飛び出したあと狙います」

「それまで、どこにいるのか気づかないのか?何かあるだろ」

「分からないですよ。だって、地中は見えないですから」


 魔物談議の内容が気になったのか、クロードは一人で入室して加わった。


「リゲルやベラトリにも、地中を移動する魔物はいますよね?それは、どう討伐していたのですか」

「リゲルのは大型が多いから、地中でも近づけば気配がある。ベラトリのは、潜る兎しか討伐したことないが、向かってくる前に顔を出してキチキチ鳴くから気づく」

「土竜犬は、いきなり飛び出しますよ。中型ですが、ルークが気配を察知できることを願いますね」


 眉をひそめて目を険しくするが、すぐにその表情を隠し、振り返ってエルーシアのもとに戻り、二人は食堂に向かった。


「なんか、一瞬、隊長が怖い顔になりましたよね」

「……ああ」


 ※ ※ ※ ※


 午後の指定の時刻になり、四十代から五十代の癒し手が三人と、医療鞄を下げた医師が三人訪れ、応接室で待っていたエルーシアは、通された六人に治療の詳細を説明し始めた。

 (しばら)くして女性雑務員が紅茶を運び、一緒にルークとロズも入室したが――経験を積んでいそうな三人の癒し手に、ロズはこっそりと胸を()で下ろした。


 紅茶を飲みながら皆を紹介すると、一番年嵩の癒し手が、治療前の確認で、患者であるロズの魔力の流れを診てもいいかと願い出た。

 その発言に二人の癒し手も同じくと(うなず)き、離れた場所にぽつんと一つだけあるソファにロズを座らせ、皆が取り囲む中、三人の癒し手が順に手のひらを重ねていく。が、癒し手は確認を終えると、順に困惑の表情を浮かべた。


「えっ?神子様の見立てが間違ってたんですか。治らないんでしょうか」


 癒し手の表情で、安心感から引き離されたロズはあわあわとし始め、癒し手の一人が恥ずかしそうに顔を下げ、残す二人の癒し手も、困惑した様子のまま顔を見合わせた。


「いいえ。あの……私には、魔力の流れが(いびつ)だと判断できませんでした。分からないものを治療できる自信はありません」

「私もです。欠損があれば分かるのですが、古傷だけでは判断できませんでした」

「私は気づきましたが、よくよく注意しなくては見つけられない引っかかりでした。神子様は、よくお気づきになられましたね」

「手のひらはとても繊細なので、古傷から傷を負ったときの状態を推測して、神経や血管の位置と照らし合わせます。それを考慮したうえで魔力の流れを診ると、歪さが際立ちますよ」


 クロードはロズの肩を叩き、不安を取り除くように笑顔を向ける。


「医師と並ぶ知識を持った、一流の癒し手が治療するんです。エルーシアの腕を信じなさい」

「えっ、神子様が治療するんですか?」

「神子も癒し手ですよ。施術は任せてください」


 頬を緩めて告げ、消毒で指輪をはずしたエルーシアはソファの斜め前に移動したスツールに腰を下ろし、医師が渡す薬品や器具をサイドテーブルに並べ、クロードはさりげなく背後に移動して、他者がまわり込まないように背中を守る。

 準備が整うと、医師はノートを開いて何やら書き込みを始め、一人の癒し手がロズの背後から両手を肩に乗せ、二人の癒し手が真剣な眼差しで控える。


 暴れたときのため、エルーシアとは逆の位置にルークは(かが)み、ロズの胸と肘置きにある治療する左腕を押さえた。その左手を消毒すると、エルーシアは薬品に浸したメスを手に持ち、古傷の一つに当て、作業を淡々と進める。

 朝食の場で痛いのか(たず)ねたあと、治療の流れを説明されたロズは、目を閉じて歯を食いしばった。


「ほう、見事ですな」

「切った直後にふさぐんですか」

「これは、医師と癒し手の連携が密に必要ですね」

「はい。古傷を切るのと同時に、まわりの組織を薬品でわずかに溶かして、魔力の流れや神経のつながりを診ながら適切な位置で素早くふさぎますので、連携が大事です」


 医師たちとエルーシアの会話が始まり、ロズが目を開くと、一番大きく目立って引きつっていた古傷が、細い瘡蓋(かさぶた)を残す傷に変わっていた。


「あれ?一つ治ってる……痛くなかったです」

「鎮痛が上手く効いたみたいですね。後ろの癒し手のお陰ですよ」

「ありがとうございます」


 ロズはわずかに半身をひねり、肩に手を置いている癒し手を見上げて礼を伝え、先ほど恥ずかしそうに顔を下げていた癒し手は、にっこりと笑った。


「患者を不安にさせるような態度をとり、失礼しました。鎮痛は得意なので任せてください」


 そのやり取りに、屈んでロズを押さえていたルークは、眉間にシワをつくる。


「あ?暴れる危険がないなら、オレは離れていいのか」

「それでは、ルークもここから治療の見学をしますか?」


 クロードが隣に(うなが)すので、そこへ立ち、暴れるほど痛いんじゃなかったのかルークが耳打ちするように問うと、涼しげな顔で返す。


「誰が鎮痛を担当するのかで変わりますよ。前に私が見たときは、カトリーナ様でしたから」

「……雑そうだな」



 左手の古傷の治療を終えたとき、クロードが一度休憩にしようと勧め、テーブルに戻って紅茶を飲むが――これは質疑応答の機会だと、前のめりになった癒し手や医師が順に質問して、エルーシアが順に答えていく。


「処置前から鎮痛を最大限にしないのは、なぜでしょうか」

「普通の切り傷と違って、魔力の流れが歪なまま定着しているので、ふさぐときに正常な位置に戻すための確認が必要です。なので鎮痛を強くすると、魔力の流れが緩やかになりすぎて、判断しにくくなりますね」

「それで切るたびに、鎮痛を行うんですね」

「意識を失っても流れは緩やかになりますし、神経の状態も確認しますので、できたら患者には起きててもらうほうがいいでしょう。睡眠中に治療を行うのは、非常に集中力が必要になります」


 やり取りが続く中、ロズも疑問を口にする。


「癒し手さんは、鎮痛するとき、痛み止めって呟いてましたが、神子様は傷をふさぐのに口が動いてませんでした。どうやってるんですか」

「見える傷なら治る想像(イメージ)はしやすいので、無詠唱で治療できますよ」

「「「!」」」


 驚きから目を見開いて固まる癒し手や医師たちを横目に、クロードは隣に小声でささやく。


「熟練の六人が驚くような、恐ろしい生き物です」

「……そう、育てたんだろ」

「育てたのはデルミーラですよ。私はお世話係で、実験台を務めただけです」


 育てるのに十分貢献していると、ルークは胸に秘める。それと、何を考えて場に残し、情報を与えるのか、横目で観察する。



 エルーシアの指示のもとなら失敗もないだろうと、右手は癒し手と医師が治療を担当すると決め、サイドテーブルを右手側に移動しているとき、ノックの音を響かせてクルルが入室した。

 初対面の者たちがエルーシアを囲んでいることに警戒した使い魔は、マントの下で尻尾を膨らませ、黒い仮面を一人ひとりに近づけて凝視し、クロードを押しのけて、いつもどおりに背中にぴたりと寄り添う。


 その威圧感ある行動に、癒し手と医師が顔を引きつらせて後退(あとずさ)りし、エルーシアが慌てて口を開く――使い魔で、危害は加えないので大丈夫だと。

 お役御免となったクロードは、ルークの肩を叩いてテーブル側のソファへと誘い、二人で腰を下ろす。


「あれが、本来の警戒心か?」

「少し度合いは強いですが、あんな感じですよ。熊の匂いで、警戒心が強くなっているみたいですね」

「そこは、普通の生き物みたいだな」


 背後にマント姿を張りつけたエルーシアが古傷の一つを説明し、その指示で医師が古傷を開いて、癒し手が閉じる。閉じたあと、魔力の流れや神経などの具合を確認する。

 繰り返される様子を(なが)めながら、ルークは先ほどの魔物談議の話題を掘り返した。


「瘴気を(はら)うとき、あんたがいつも硬い台座をつくるのは、地中から飛び出す魔物から守っているのか?」

「さすがですね、観察眼が警戒に向いてるだけあって気づきましたか。以前、発生地から遠いので油断して、不意をつかれましたよ。魔物の移動は読めないので厄介ですね」

「あいつは大丈夫だったのか」

「それは話しませんよ。まだルークは、覚悟を決めてないですからね。知る権利が欲しいのなら、手を伸ばして殻を破りなさい」


 クロードは冷たく感じる視線を投げ、ルークは強い拒否感を放つ視線を投げる。


設定小話

手のひらは繊細で神経が多く、注射でも悲鳴ものです

治療で説明していることは……私の知識が足りないので、小説だと流してください


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ