05 序幕・目覚め
予定外の事件に時を使って日も高くなったころ、村の入り口にある広場で騎士隊が出立準備をする中、十代後半ごろの少女が木箱を抱えて特製箱馬車に近づき、馬をつないでいたクロードが気づいて、急いで駆け寄った。
「この馬車に近寄ったらダメですよ」
小さな村で、こんな大勢の騎士が出入りすることもないからか、少女は萎縮した様子で、おどおどしながら木箱をクロードに差し出した。
「あの、すみません。あの……これ、エルーシアに、渡してください」
「君の名前と中身を聞いていいかな?不審な物は持ち込めない決まりなんだ」
「私、ハンナです……すみません。これ、不審……エルーシアの……あの、資料なん、です」
「困った……意味が分からない」
助けを求めて見まわしても、皆が忙しそうだ。クロードはハンナを落ち着かせ、ゆっくり聞き取りをして木箱に手をかけ――馬車から降りたデルミーラの目にとまり、色男が差し入れをもらったのかと声をかけられた。
ハンナは顔を真っ赤にしてあわあわし、クロードがまとめて説明する。
「違いますよ、彼女はハンナさん。エルーシアに遺された風読みの手引書を持ってきてくれたんですよ」
「あの、教わってて……借りて、その……あの、違って……離れるって……あの、謝りたくて」
最後は小声になっていく言葉に、また意味が分からなくなったとクロードは困り顔になるが、デルミーラにはばく然と通じた。
「ハンナは風読みの後継者か?」
「いいえ、まだ……全然、です」
「学びの途中か。移住してくる次の風読みの民からも教わるのか?」
デルミーラの問いかけに、ハンナは無言で頷く。騎士相手にも緊張するのに、神子を目の前にしているのだ。もう呼吸するので精一杯である。
「エルーシアはまだ寝ているから会えないが、そのうち連れてくるから、そのときに謝罪して、仲直りして、新しい知識を教えてあげてくれ」
再び頷くと、ハンナは何度も振り返りながら村の中に戻った。
「エルーシアを気にかける人が、村にいたんだな」
安心したようにデルミーラがこぼした言葉に、クロードは笑顔で同意する。
※ ※ ※ ※
エルーシアが目覚めないまま遠征は順調に進み、幾つかの町や村に寄り、そのたびに少女服を買いに走らされるクロードは、デルミーラに呼び出されて、目覚めたあとのお世話係に任命された。
「僕は護衛騎士です。あと、馬の世話が担当のはずですよ」
「少女の扱いに慣れているだろ」
「変な言いがかりはやめてください。少女の世話は管轄外です」
「楽しそうに服を選んでいたんだろ?」
「………」
「瞳の色のリボンも探していたらしいな。贈り物選びは楽しかったか?」
「………」
誰に目撃されて何を報告されているのか。これ以上は変に誤解されたくなくて、任命を受け入れた。
どんな誤解をされているか知らないが、側にいれば誤解は解消されるだろうと、深く考えずに。
※ ※ ※ ※
眠り続けて一週間になり、北西の辺境伯の領地に入る前夜、騎士隊は小さな村の倉庫で夕食をとっていた。
この倉庫は、秋は収穫物の保管、冬は食料備蓄に使われるが、春は使用していないので、毎年一泊している馴染みの場所である。
早々に食事を済ませたデルミーラとアインが地図を広げ、翌日のルート確認や予定のやり取りを交わし始めると、倉庫の外から悲鳴が聞こえてきた。
直後、表の見張りをしていたクロードが、皆が注視する中で倉庫に転がり込んだ。
「目を覚ましました!」
※ ※ ※ ※
大学の課題のために閉館まで図書館にねばり、駅に向かって歩いていると、急に後ろから伸びてきた手に腕を掴まれ、振り返ったら無言でにやつく男性と目が合う。知らない男性、ギラギラした目が怖い。
体当たりして、手が離れた隙に走り出す。
街灯は少なくて人影もない、喉が震えて悲鳴もあげられない。怖くて心臓がばくばく鳴る。
駅には誰かいるはず。そう思って必死に足を動かすけど、追いかけてくる足音が聞こえて涙がにじむ。怖くてもう振り返ることもできない。
駅に逃げ込むけど、人影がない、誰にも助けを求められない。あふれた涙で視界が悪くなって逃げ道は探せず、次に取るべき行動も思いつかない。
追いつかれて後ろから絡めとられ、今までに感じたことのない恐怖感に襲われて、全身がざわりと冷える。
夢中で抵抗して、鞄を武器に大きく振りかぶって男性を叩くと、本で重くなった鞄に引っ張られてバランスを崩し、どこかに勢いよく転がり落ちる。体中に痛みが走り、上手く息も吸えない。
地響きと眩しい光が段々と迫って、転がり落ちた先を理解したとき、震える喉がようやく悲鳴をあげる――
※ ※ ※ ※
悲鳴をあげて上半身を起こすと、不思議な小部屋にいた。正面には小さな引き出しと木箱が並んだ壁、左側は何もない壁、右側は細かい細工を彫った扉のある壁、体をひねって後ろを見ると、たくさんの本と木箱が並んだ壁。
向かい合わせの二つの横座席に置かれた台の上で、体に毛布が掛けられている。電車の個室のようで、全然違う。視線を上に向けると四角にシンプルで古めかしいランタンがあり、淡い光を放っている。
急に上を向いたのが悪かったのか、頭がぐらぐらして重いので、左側の壁にもたれ掛かって考える。電車に轢かれて救護室に運ばれた?いや、違う。轢かれたから、死後の世界か――まわらない頭で嫌な想像をしていると、扉が開いて、三人の男女が顔を覗かせた。
同い年くらいの、紺碧色の少しクセのある短髪の男性が、栗色の瞳をきらきらさせている。
「よかった、目を覚まして安心したよ」
鶯茶色の髪を後ろに流した体格のいい男性も、深緑色の目を細め、頬を緩めて頷いている。
鶯茶色の髪を長い三つ編みにした女性は小部屋に入り、不思議と見覚えのある気がする樺色の瞳で視線を合わせ、質問してきた。
「一週間寝ていたが、体調はどうだ。痛いところはあるか?」
一週間寝ていた?病院でもないところに?この三人は医者?大学とバイトは?色々な疑問がぐらぐらする頭を駆け巡り、大変なことに気づく。
「お母さんに怒られる!」
「「「は?」」」
三人は同時に眉をひそめ、母は五年前に亡くなったが性悪女のことかと男口調で女性に問われる。しかし、心当たりはない。
「あの、母は身勝手な人ですが、性悪ってほどではないですし、まだ元気です。私は……」
名前が出てこない、頭がぐらぐらする。色々な記憶が頭を過るが、まとまらず、上手くつながらない。
不安に包まれて鼓動が速くなり、息苦しくて胸を押さえると違和感があって――視線を下げて息をのみ、驚きのあまり、眉をひそめたまま見つめる三人にバカな質問をする。
「体が小さくなってるんですが……なぜでしょうか」
まずは自己紹介をと、三人が名前を教えてくれた。不思議な格好をしているけど、親切な人たちかも知れない。
覚えていることを尋ねられ、簡単な身の上話を辿々しく語り、気がついたらこの部屋にいたと伝えるが、変質者については、なんとなく話せずに言葉を濁す。
「二十歳で、学生で、デンシャに轢かれた」
アインハードさんが呟き、デルミーラさんは眉をひそめて目を閉じ、クロードウィッグさんは顔を青くして固まった。三人を困らせているのは分かるが、どうすればいいんだろう。
目をあけたデルミーラさんに、真剣な眼差しで尋ねられる。
「覚えているのは、三年から五年くらい前までか?」
まとまらない記憶を遡るが、思い出せるのは高校生のころまでで、その先が出てこない。
「デルミーラさんの、言うとおりですね」
同意すると、呼び捨てでと頼まれ、男性二人も同じくと願ってくる。幼い体を気遣った優しさか、親しみやすくて話しやすい三人に安心する。
だけど、分からないことばかりで混乱している、まだ胸が苦しい。
デルミーラとアインハードは横座席に腰掛けているけど、クロードウィッグは狭い床に座っている。隣に来るか声をかけるべき、でも絡まれたばかりで、密着するのは避けたくて言い出せない。
ありがとう、ごめんなさいとだけ小さく返すと、真剣な眼差しで覗き込みながら、デルミーラが話を続けた。なぜこんなに見つめてくるんだろう。
「衝撃は大きいだろうが受け止めてくれ、そのときに死亡したと思ってほしい。私たちの世界には、前世の記憶を夢に見る者がたまに現れるんだ。大体、死ぬ直前から、三年から五年内の記憶を――」
「もっと優しく伝えろ。こんな幼い子に……あっ、違うか。女性相手にすまない」
「電車に轢かれたら助からないですし、率直に言ってもらえると助かります。気を使わせて、すみません」
ショックはあるけど、教えてほしいこともたくさんある。死亡したことは不思議と理解できるが、現状が理解できない――頭がまだ重くて、ぐらぐらする。
「体調が悪そうだな。癒しの魔力を少し流そう」
膝に乗せた左手に、デルミーラが右手を重ねて何かを呟くと、体が少し温かくなって頭がすっきりする――すっきりはしたが、今、何か不思議なことが、起こった?
理解できないことに固まっていると、今度はアインハードが尋ねてくる。
「楽になったならもう少し教えてほしいんだが、エルーシアについては、何か覚えてないか?」
聞き覚えのある名前、何か忘れている気がする。温かさで、ほわほわし始めた頭で考える。
何か大事なことだった気がするのに、思い出せない――考えながら首を傾けると、色々な記憶が頭に流れ込んできた。
世界樹や魔法の存在、恐ろしい魔物、丘から眺めた茜色の夕日、塔から青空を羽ばたく渡り鳥を数えたこと、見上げると優しく見つめ返すお祖母さん。
私の名前はエルーシア――思い出したと言葉にすると涙があふれ、あとからあとからと流れ、クロードウィッグが慌てて差し出したハンカチを受け取る。
「ちょっ、隊長のほうがショックを与えてますよ」
泣きやむのを待って、デルミーラが説明を再開したいと告げる――顔を覗き込むのは顔色の確認か、体調を心配しているのか。口調と異なり、もの凄く優しい人だと伝わってくる。
「幼いエルーシアには情報も足りないだろうから話を続けたいが、いいか?前世を夢に見る者はいるが、皆こっちで生きてきた者ばかりだ。地球で生きていた前世を夢に見る者も昔はいて、その知識に色々と助けられているが、ここ百年近くは報告されていない」
では、私はなんなのかと再び固まると、言葉が続いてきた。
「驚かせてすまない、大丈夫だ。過去からの研究で、世界樹のマナの影響が大きいとされている。百年近く不安定だったマナが、昔のように安定してきた証拠だろう」
その説明に、ふと気になったことを質問する。
「百年前に、何かあったんですか?」
「世界樹が一柱と、一国が消滅した」
なんだか怖い話のようなので、別の質問をする。
「じゃあ、私のような転生者がほかにもいるの?」
「そのうち報告されるかもな」
「そちらでは、転生者と呼ぶのか」
「地球にもいるんですか?」
「あっ、いません。小説とか物語です」
三人は眉を下げて、困り顔になった――自分たちの世界を物語扱いされればそうなるか、気づいて謝罪する。助けてもらっているのに申し訳ない。
「……で、最後になるが、夢はあくまでも夢だ。普通は印象の強い記憶は残ったりするが、ほかは日常を過ごすうちに忘れていく」
「じゃあ、もとの普通の五歳児に戻るんですか?」
デルミーラは首を振って否定すると、伝えにくそうに瞳を伏せた。
「憶測だが、もとには戻らない。一週間の昏睡で長く前世の夢を見て、記憶に定着しているようだ。幼い体には負担になる情報量だから、ある程度は忘れるだろうが、また夢に見て思い出すと考えられる」
「この状態が夢みたいです。怖い思いをして、目覚めたら異世界で、なんで私はこんなに冷静でいられるのか……」
「流し続けた癒しの魔力で冷静を保っているんだろう。落ち着くまでは混乱も多いと思うが、対処してほしい」
彼女の言葉に頷くと、クロードウィッグが笑顔で割り込んできた。
「お腹空きません?僕、夕食まだなんですよ。一緒に食べましょう」
空腹感はないけど、誘われて手を引かれ、小部屋をあとにし――小部屋が馬車であることに驚く。
「未来の神子が、転生者」
「幸せ多い未来へ導こうじゃないか」
馬車の中から、二人の背中を見送りながらアインがぽつりとこぼし、デルミーラが微笑む――
設定小話
世界樹は信仰の対象です
神様扱いなので、柱で数えました
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