44 二手に分かれた買い物
購入した本の配達を頼んで本屋をあとにすると、一同は商店街をぶらぶら散策し始めたが、店先に色鮮やかな布地が並ぶ手芸店の前でエルーシアの足が止まった。
「ここに寄りたいけど、皆は退屈でしょ?ジェイと二人で覗いてもいいかな」
「俺は一緒に入るのか?なんで」
「ウィノラのお土産に、海辺の村の染物とか、貝の飾りボタンとか探さない?」
「おう、それいいな」
クロードは辺りを見まわして、五軒先に店構えのいい紳士服の店を見つけ、あとで迎えにくると二人に告げると、ルークとロズを誘って服屋に足を向けた。
「お昼までは付き合っていただけますか?そのあとは休暇にあてますので」
「とくに予定もないので、自分は大丈夫です」
「別に構わない」
「助かります。三十代に囲まれて動くより、同世代と連れ立って歩くほうが、彼女も自然に見えますからね」
一つ不思議に思っていたことが解けたと、ロズは頷いた。
「だから、自分たち二人に声をかけたんですね」
「二人の指南書を探すのも、目的でしたよ。次はルークの服を見繕いましょうか」
「あ?オレの服か」
「三日後には、南西の国境の街で侯爵家の館に一泊しますし、北西の街では、辺境伯の城に連泊します。一着用意しておきましょう」
クロードが足を止めて中の様子を窺う店は、それなりに高級店か、真鍮製の看板が下がり、客を迎えるために開放した扉は重厚なつくりで、窓辺には仕立てのいいジャケットを着たトルソーが飾られている。
「こんな店に、オレの服があると思うのか?前に着た騎士服より窮屈そうだぞ。この町みたいに、ただの護衛だと伝えれば問題ないだろ。そうじゃないなら、また騎士服を借りて着たほうが――」
「一晩だけなら、冗談だと無理を通して誤魔化しますが、騎士服を貸し続けるのは問題になりますね。それに、晩餐には改まった服を着るのがマナーです。体にあわせた服なら窮屈に感じないですし、既製品で獣人や半獣人用のパンツがなければ、仕立て直しを頼みますよ」
話を切り上げたクロードはさっさと入店し、入り口に置かれたベルを鳴らして店員の迎えを待つ。
ルークとロズが続けて入ると、既製品の服や布地がずらりと並ぶ店内の奥から、若い店員が笑顔で向かってくるところだったが、歩みに合わせてゆらゆら動く尻尾が視界に入ったのか、笑顔を消して頬を引きつらせた。
その店員の変化を目ざとく察知したクロードは、冷たく口角を上げて、店員に横柄な態度をとる。
「責任者か、一番手の対応を求めます」
「ただ今、責任者は奥に詰めておりますので、私が対応させていただきます」
「私は、アルニラム王国の子爵家の者です。国で要職にも就いていますので、それなりの対応を求めますが、あなたでよろしいですか」
若い店員は深く頭を下げると、急ぎ責任者を呼ぶと言葉を残し、足早に奥へと下がった。
「隊長が、悪い顔になってます」
「舐めた真似をするからですよ。客として入店するのに、人種は関係ないですからね。肩書きで怖気づくなら、お忍びも考慮して外見で判断しないことです……このことは、エルーシアには内緒ですよ」
呼び出しに、慌てた様子で現れた責任者の前で、クロードは親しげにルークの肩に手をまわした。
「彼に、面接用の服を用意してください。貴族の館を訪ねるに相応しいものを頼みますよ。急ぎ必要なので、今回は既製品であわせますが、オーダー用の採寸表も用意してください」
「何色で、ご希望でしょうか」
「光沢のない無地の、濃灰色で」
「かしこまりました。お二人は待合室へご案内いたしますので、暫しお待ちください」
責任者は、上客を接待するかのように丁寧な対応でルークを連れて奥に戻り、ロズは目を見開いてクロードを見つめる。
「隊長は、ルークさんを子爵家で雇うつもりですか?」
「面接用と伝えれば、無難にいいものを用意してもらえますよ」
「あぁ、そうなんですか。びっくりしました」
案内された待合室のソファに落ち着き、紅茶を飲んでいると、ロズは悩みがある様子で、言い淀んで、質問してもいいかと口にした――隊長と二人きりになるなんて、なかなかない。聞きにくいことを尋ねるなら今かと。
「自分は、すべてが中途半端なんです。身分も知識も、戦技も魔法の発動もです。だから、隊長は指南書を買ったんでしょうか?」
クロードは紅茶のカップをテーブルに戻すと、口もとに指を当てながら少し考えを巡らせ、答えではなく、問いかける――質問が多いが、これは身につけた処世術か。
小さく息をのんだロズは、手に持った紅茶のカップに視線を固定し、淡々と自身のことを告白する。
「そう……です。子供のころ、庶民からは貴族だからと、遠巻きにされました。学んでないのもありますが……貴族からは、下位だと扱われることが多かったです。でも、避けられてても、質問すれば返事があるので、仲良くなる切っ掛けになりました。それで質問が増えました」
クロードは優しげにロズの顔を覗き込み、にっこり笑う。
「いいと思いますよ。それに、質問があるということは、物事を知りたいと思っている証です。成長する切っ掛けにもなりますので、これから伸びますよ」
「でも、覚えは悪いです。すべてが下手で、失敗ばかりで……」
「少しずつ覚えればいいだけですよ。疑問に思うことを質問し続けて、伸びなさい。伸びると思ったから、指南書を探したのですよ」
人懐っこく、いつも明るく振る舞っていても、苦悩することの一つや二つはある。ロズは顔を上げると、唇を震わせながら、笑顔のクロードに一言質問する。
「伸び、るでしょうか?」
「北西の国境でも、部隊長は伸びると判断したから、ロズを第二に派遣したはずですよ」
「使えない奴でうるさいから、他所に移した……とか」
背を正し、隊長として真顔になると、クロードは悩める部下を見据えて、はっきりとした口調で諭す。
「ベナットの指南は、そんな扱いじゃないですよ。伸びる者しか受け入れません。派遣されるほどの騎士だからこそ、補充隊員にも選びました。ロズワルドは素直です、このまま学びを重ねて成長しなさい、自信を持ちなさい」
ロズは涙ぐんだ顔を隠して下を向くが、クロードは手を伸ばしてハンカチを渡し、震える肩を励ますように軽く叩いた。
経歴などの書類で選び、面談で決めたのだ。脱落する者はいたが、自身の目は信じたい。誓約を交わしてからの日数はまだ短いが、一日の内容は寝食をともにする濃いものであり、信頼を寄せている。なら、悩みにも寄り添いたいと考える。
「中途半端だから、ずっと自信が持てなくて、不安を隠すために……自分は運がいいって、運がいいから前を向こうって、言い聞かせてました」
「私も若いときは、悩みも多くて失敗ばかりでしたよ。今もそうです。皆が悩んで、失敗を経験して成長します。何かあれば、いつでも相談しなさい」
「ありがとうございます」
ノックの音が響き、ロズが急いで顔を拭ったあと、装いを改めたルークと責任者が顔を出し、クロードが満足げに頷いて装いの一式購入を告げた。
もとの服に着替える間に支払いを済ませ、仕立て直し後の服を翌朝までに公爵家の館へ配達するように頼むと、清書した採寸表の送付先としてメモを渡した――王城にある、知の副隊長の執務室の宛先が書かれている。
服屋の責任者は、三人が店から出るのを見送ったあと、腰から力が抜け落ち、メモを握りながら暫く扉前に座り込んだ。
今朝まで自国の神子が滞在していた館への配達依頼や、メモにある宛先などから、隊長と呼ばれていた客が何者で、誰がこの町に滞在しているのかを悟った結果である。
エルーシアとジェイを迎えに、三人は手芸店に踵を返すが、予想より長く服屋で時を過ごしている。
「あの二人は、まだ店にいるのか」
「だいぶ時間は経ってますが、まだ手芸店で買い物中なんでしょうか」
「買い物で外出なんて滅多にできませんから、色々と選んでいると思いますよ。そもそも、女性の買い物は長いものですからね」
しかし手芸店を覗くと、エルーシアとジェイはスツールに腰掛けて店主のご厚意のハーブティーを飲み、クルルは床に座り込んで、クロードを待っていた。
「私の小切手、クロードが持ったままよ」
「俺の持ち金じゃ、立て替えできないぜ」
「……」
二人と一匹の後ろのカウンターには、染物や織物に刺繍糸、ボタンやビーズの入った箱が山のように積まれている。その量に、ルークは目を見張り、ロズは目を白黒させたが、クロードは涼しい顔でジャケットの内ポケットに手を入れた。
「待たせたうえに、小切手を渡し忘れていましたね。ほら、今も失敗します」
支払いをする背中に、なんのことかと皆が視線を向ける中、ロズだけが何かを納得したように頷く。
運がいいから大丈夫だ。どんな失敗をしても前を向き続け、騎士として成長し、いつか胸を張りたいと考えを巡らせる。
設定小話
エルーシアの小切手は、事情があってクロードが管理してます
昼食まで続けて書いてましたが、長くなり過ぎて二分割したので、いつもより若干短い二話になりました
ので、明日は昼食のお話です(予告)




