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世界樹の神子は微笑む〜花咲くまでの春夏秋冬  作者: 宮城の小鳥


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42 撮影のあとの談話

 晩餐のあと二人で談話室に移動すると、アリッサは一冊の文献をエルーシアに渡した。神子のお守りについてまとめた文献である。


「ありがとう。読み終わったら館に送るわね」

「同じ物を書き写したから、それはあなたに譲るわ。私が試した手順も紙に書いて挟んであるから、気づいたことがあったら教えてね」


 ソファへと腰を下ろしたアリッサは、食堂ホールで見せていたような堂々とした貫禄を消し去り、物憂(ものう)げに視線を落とした。


「何度も挑戦したのに、神子のお守りができないのよ。母としての想いが足りないのかしら……」

「そんな事ないわ、アリッサは素敵な母親よ。何か見落としがあるのよ」

「だから、あなたから癒しの魔道具を質問されたときは、天の啓示かと思ったわ。夫と違って、子は館に閉じ込めて置けないもの。どうしても、あの子のために欲しいのよ、あなたの知恵を貸してね」


 期待のこもった瞳を向けられ、エルーシアは少し困り顔になる。子供のころからの知り合いであり、アリッサに建前は通じないので、取り繕いの表情は不要である。


「前世は、魔法も魔道具もない世界よ。そんな知恵は持ってないわよ、期待しすぎないでね」

「それでも、私たちとは異なる豊かさからの気づきがあるわ。お陰で、一つの村に産業ができたの。髪ピンの真珠は、あなたから教えられた養殖真珠よ」

「なんの話?」


 不思議だと首を傾けるのを見て、アリッサはくすくすと笑い、九年前の国巡りで、初めてアルニラム王国を訪れたときの思い出を聞かせる。

 着けていた真珠の指輪を見て、地球では真珠を養殖していたと教えられたことを――幼いとは呼べないが、学び始めたばかりの子から与えられた知識だ。


「入学一年目の秋?覚えてない……わよ」

「詳しく知らないとは口にしてたけど、貝に真珠の核を入れることと、貝を養殖することを教えてくれたわ。それをヒントに、兄に事業を起こさせたの。海沿いの村で、海水を引いた人工池をつくって養殖したのよ」


 エルーシアは驚きから唇を震わせ、アリッサを見つめながら(たず)ねる――なぜ、そんな事業のことを今まで黙っていたのか。


「事業が失敗したら、気に病みそうじゃない、あなたって……ふふっ。十年を目処(めど)に成功しなかったら諦めるつもりだったけど、見事にできたわ。その髪ピンは、情報料として受け取ってね」

「ヒント二つの情報料としては多すぎるわよ」

「そうでもないわ。私は歪な(バロック)真珠の権利を半分も手に入れたもの。あなたの情報がなければ、養殖真珠の発想はなかったのよ、少ないくらいだわ」


 長年、発案者に秘密で進めていた事業である。アリッサは報告できるのが嬉しい様子で言葉を続ける――公爵家の事業は増え、村は潤い、大公が大喜びしているから、次の収穫分で追加の礼を兄に交渉中だと。


「話が大きくなりすぎよ。なぜ大公まで喜ぶの」

「大公女のドレスに縫い付けたいと望んで、その髪ピン以外の真珠をすべて買い上げたわ。真珠が連なる見たことのないドレスは、目を引くわよ。王太子と大公女の結婚式は、養殖真珠のお披露目にもなるわね」


 アリッサはくすくす笑うが、子供のころの(つぶや)きが拾われた先で大きく変化したことにエルーシアは顔を引きつらせ――少ないヒントから事業を成功に導いた者たちの苦労が報われたことに、胸を撫で下ろした。

 無理難題を押しつけるのは高位貴族だ、目標達成できなかったときの状況なんて考えたくない。


「撮影のあと、エルフの目撃情報も詳しく聞きたいけど、魔物の情報も伝えなきゃいけないのよね。護衛たちは出立まで休みを与えているから、私から報告するわ。クロードウィッグも同席が必要かしら?」

「通常と異なる場所に、魔物が発生したの?」


 アリッサが(うなず)き、エルーシアは少し考えて、ため息交じりに許可を求めた。進める話題には、クロード以外にも、もう一人の同席が必要だ。



 使用人の案内で、ルークとクロードが談話室に足を運んだとき、ちょうど写真撮影が行われていた。

 写真家の勧めたポーズか、美しく着飾った二人の神子は手を取り合い、ライトに照らされる中で微笑んでいる。


 その姿にクロードは笑みを浮かべたが、ルークは息をのむと、そのまま壁へと視線をはずした。

 カメラがシャッターを切る音を響かせたあと、アリッサは(いぶか)しむように目を細めてから声をかける。


「少し考えた結果を聞きたいわね。エルーシアと二人で撮るのが嫌なのかしら?それとも、噂みたいに秘めた想いでも生まれて、気まずいのかしら?」


 問いかける最後の言葉に、エルーシアは思わず顔を下げ、ルークは壁に掛かる絵を見続け、クロードは眉をひそめた。


「アリッサ様まで噂を聞いていましたか。私は、デルミーラを裏切りませんよ。エルーシアも成人したので、節度ある距離をと思っただけです。願えるなら、時計の蓋に貼るために、彼女一人の写真をいただきたいですね」

「噂は信じていなかったわよ。でも即答しないから、過保護な保護者を辞めたいのかと、疑いが生まれたわ。そこの写真家さん、エルーシア一人の写真もお願いするわ」


 エルーシアが言われるままにポーズをとり、何度かシャッターを切り、写真家が重たそうな機材を抱えて退室すると、入れ替わりに入室した使用人が紅茶をテーブルに並べた。

 皆でソファに落ち着き、遠征に同行している冒険者だとルークを紹介して、クロードは本題前の確認をする。


「ルークも呼ばれたのは、東街道の斑大蝙蝠(まだらおおこうもり)の話をご所望ですか?」

「そちらの魔物の話は連絡板の内容で十分よ」

「それなら、なぜルークも?」


 二人から視線を向けられ、気まずそうにするエルーシアは短く説明する――ルークは、エルフの目撃者であると。


「あら、彼がそうなの?」

「エルフの目撃者?初耳ですね。なんのことでしょうか」

「なんだ、誰にも話していなかったのか?」


 エルーシアから視線をずっと()らしていたルークもちらりと見て、不思議に感じて閉ざしていた口を開いた。

 自らの価値観を口にすることにエルーシアは少し言い(よど)んで、黙っていた理由を伝える。


「神子にとってエルフの目撃情報は重要だから、名を伏せて連絡板には書いたけど……遠征中に新情報の話なんてしたら、クロードは誰の情報か気づくでしょ?個人的なことは、許可なく他言できないわよ。なのに、こんな場で明かして申し訳ありません」

「なぜ他言できないんだ?」

「なぜって、嫌な思いをするじゃない。隠していることかも知れないのに……」


 秘密にされていた不信感も持たずに、クロードは納得の表情を浮かべ、アリッサは納得ができないと眉をひそめた――差別や身分差のある世界、理解できる方が少ない。


「ずいぶん前に話していた、プライバシーの保護って奴ですね」

「名を伏せていたのは、それが理由?私には……よく分からないわ」

「別に隠してはいない。信用されないから話さなかっただけだ」


 もちろん、差別にまみれた世界を生きてきたルークにも、理解できない価値観である。

 エルーシアは視線をテーブルの紅茶に向けて、小さなため息をつく。


「神子の談話になんて、巻き込むつもりはなかったのよ。でもアリッサは詳細を知りたがっているし、尋ねられたら隠せないし……お願い、話したくないことまで聞くのはやめてね」

「あら。彼には、まだ何か秘密があるのかしら――」

「アリッサ!」


 エルーシアに(にら)まれ、アリッサは残念そうに小さく息を吐き、クロードに口外禁止の誓約書は交わしているのか問う。

 頷く返事をもらうと贈り物(ギフト)の説明をするように告げ、口外禁止の情報だと前置きしたうえで、クロードは言葉を続ける。


「アリッサ様は、嘘を見抜く目をお持ちです。質問には正直に答えて、隠したいことには口をつぐみなさい」


 短く承諾の返事をすると、偽りの証言は不要だと告げるようにアリッサは目を細め、目撃したときの状況を話すように(うなが)し、ルークは当時のことを思い返しつつ説明した。

 人買いの手引きで転々と鉱山の下働きをし、十歳ごろのある晩、鉱山の入り口に(たたず)んでいた(まぶ)しく輝く人に会ったことを。


 エルフからの贈り物には触れずに話を終え、アリッサは質問がある様子で、飲んでいた紅茶をテーブルに戻した。

 だが優雅な仕草はゆっくりと行われ、口を開くより先に、クロードが三人を見まわして否定する。


「眩しく輝く光の人は、ほかに目撃情報がありますよ。その者は、エルフではありません」

「エルフじゃないのなら、何かしら。光る粉を被るのが流行ったとでも?」

「私がデルミーラの隊に入り、初めて遠征に参加したときに出会いましたよ。その、眩しく輝いて顔の判別のできない人に……急に皆の前に現れて、ふと消えました。あのときデルミーラは、エルフではないと断言しました」


 不思議だとまた目を細めたアリッサが質問を投げるが、間を置かずにクロードは返し、そのやり取りに、ルークは思い続けていた考えを否定されて眉間にシワを寄せる。


「オレのときも急に消えたが、エルフじゃないなら、あの輝く人は何者だ」

「分かりません。エルフは光を放ちますが、顔の判別ができないほど眩しくはないと、当時デルミーラも不可解だと告げていました。この話題は不機嫌になるので避けていましたが、エルーシアは何か聞いていますか?」


 問いかけられても心当たりはなく、エルーシアは初耳だと返し――アリッサも初耳だったのか隣で首を振り、尋ねたかったことを確認したくて、ルークに顔を向ける。


「その鉱山の場所は、分かるのかしら?」

「いや、鉱山の地名は知らされてない。あそこは、季節も分からないくらい風が強くて、いつも寒かったのを覚えてるくらいだ」

「風が強いということは、標高の高い山脈でしょうか」


 クロードはベラトリ王国の地図を頭に描き始めたか、眉をひそめると黙り込んだが、今度はエルーシアが否定を告げる。


「場所が特定できても、十五年前の出来事よ。ほかの目撃情報がないなら、立ち寄っただけで長居した可能性はないわよ。もう痕跡は残ってないでしょ」

「そうね。当時なら調べることもできたかしら……」

「当時、ルークが報告しなかったのは、悪目立ちするのを避けてですか?」

「そうだ、半獣人の証言なんて本気にされないからな。嘘をついたって殴られるか、目立つ行動で時間を無駄にさせたって殴られるか、どっちかだ」


 アリッサは何かを思案するように眉をひそめ、ルークに再び質問を向ける――身分や立場から、ベラトリの一般人と会話を交わしたことなどない。繕って隠された情報ではない、現状を知る機会である。


「ベラトリ王国では、獣人や半獣人の扱いは酷いと聞いているけど、殴られるのは日常茶飯事なのかしら?」

「殴られるか、絡まれるか、避けられるか……そんなもんだ」


 差別の話に、紅茶をすする手を止めて、エルーシアが硬い表情をする中、アリッサは細くため息をつく。


「欲しかったエルフの情報が消えたうえに、不可解なことが増えていくわね……不可解といえば、異なる場所に発生する魔物だけど、変な魔物がいたわよ」


 突如移った魔物の話題に、クロードは前のめりになる。


「変とは?新種ですか」

「新種ではなく、海の魔物じゃないか護衛が話していたわ。綿畑(わたばたけ)(はし)で、尾びれをばたばた振って土地を荒らしていたわよ」

「尾びれのある魔物の行動としても変ですね。水辺を目指すこともなく、畑に留まって……ですか?」


 アリッサは立ち上がり、棚から二枚の紙を取り出してテーブルに置く。一枚は発生場所の地図で一箇所に(しるし)があり、もう一枚は魔物の姿かたちの絵と特徴が書かれている。

 赤黒い五メートル弱の体長に、独特なひれ、目にしみる毒が胴体からにじみ、鋭い歯が並ぶ中で二本だけ牙を長く伸ばしている――それを見て、心当たりからエルーシアは呟く。


「これって、鮫の魔物?」

「さめ……ですか?」

「海の沖にいる生き物よ。鮫に長い牙はないけど、こんな風に背びれや尾びれがあるの。地球の生き物だけど、この世界独自の鮫がいても変じゃないし、その魔物かも――」

「ちょっと!エルーシア」


 説明をしていると、アリッサが慌てて止めに入った。視線はルークに注がれ、クロードが苦笑いを浮かべて、心配は不要だと教える――転生者だと、すでに伝えているのだ。了解を得る前に。

 一介の冒険者相手に秘密を暴露するのは不可解であり、眉をひそめて睨むアリッサに、苦笑いを崩さずに続ける。


「この件については、アリッサ様に()()()()()()()()()


 異なる場所に発生する魔物については、王都への報告と、遠征後に詳しく調査を始めようと締め、談話室をあとにするが、別れ際クロードは、口角を上げながらアリッサに振り向いた。


「写真の送り先として、騎士宿舎の住所と部屋番号のメモをあとで届けに参ります」


 ※ ※ ※ ※


 この晩の魔力上げは執事の勧めで、敷地の端に設けてある護衛の訓練室で行い、ルークを寝室へ運ぶようにジェイとロズに任せたあと、クロードは再び本館に足を延ばした。

 本館前の庭にあるガゼボでは、ショールを重ねて巻いたアリッサがすでに待っていた――会話の聞こえない離れた場所では、執事と侍女が控えている。


「魔力上げの手助けまでするなんて、あの冒険者に、ずいぶんと肩入れしているみたいね。夜更けに嘘で私を呼ぶなんて、どんな話が聞けるのかしら」

「ただ、エルーシアの前で話したくないだけですよ」


 アリッサはクロードにホットワインのグラスを差し出し、自身の分のグラスに口をつける。まだ春だ、夜も遅いと風の冷たさは一段と増す。


「過保護なあなたが隠し事なんて、何かしら」

「恋に落ちたようです」

「あなたが?」

「忘れないでください。私は、デルミーラを想い続けて死ぬと決めています。エルーシアですよ」


 アリッサは目を細め、ポニーテールに手ぐしを入れるクロードを睨みつける。嘘は見破れるが、心は覗けない。何を考えているのか、言葉として引き出さなくてはならない――かつて、エルーシアの身の安全を約束したのだ。不可解なことは見逃せない。


「過保護なあなたが、それを応援するのかしら。相手は半獣人の冒険者よ。恋ではなく、可哀想な境遇への同情だとは思わないの?」

「アリッサ様と同じですよ。身分も立場も関係なく、愛は始まります。確信があります、彼はエルーシアの運命ですよ」


 クロードは真面目な顔つきになると、願いを口にする。


「エルーシアは恋心を拒んでいます。幸せに導くために、邪魔をせず、応援をいただきたいのです」


 偽りのない言葉を聞いたアリッサは、どんな応援が必要なのかと問い、ワインで体を温めながら二人は相談を重ねた。


設定小話

アリッサは嘘も取り繕いも見破るし、部下たちもいない場なので、クロードはデルミーラを呼び捨てにしてます

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