41 他国の世界樹の領域
長テーブルの奥、向かい合わせに二人の神子が着席すると、エルーシアの隣にクロードが腰掛け、ほかの皆も少し離れた椅子に落ち着き、前菜が並び、アリッサはワインの注がれたグラスをかかげた。
「それでは、久しぶりに会えたことに感謝を」
「素晴らしいもてなしに、感謝を」
エルーシアもグラスをかかげ、一口飲み、皆も続いた。晩餐の始まりである――目の前の皿には、三種の前菜が美味しそうに盛りつけられている。タコとセロリのサラダ、エビのカプレーゼ、生ハムを巻いたグリッシーニ。
癒しの魔力を流してもらったからか、エルーシアの食は進み、クロードは胸を撫で下ろして続いた。
前回の国境の街での晩餐と同じく、騎士たちは早々に前菜の追加を求め、給仕に忙しそうな使用人たちを眺めて、アリッサは会話を始めた。
神子同士、色々と話したいことはあるが、今はその場ではない。まず、口から出たのは素朴な疑問。
「私の護衛もそうだけど、騎士って、なぜこんなに食べるのかしら」
「魔力の使用は食欲が増すらしいわよ」
「あら、面白い説ね。詳しく聞いてもいいかしら?」
その返しに、エルーシアは申し訳なさそうに眉尻を下げる。
「……リゲルの文献で私は読んでないの。カティに借りるわ」
「私にも内容を教えてね。あと、友人なら、カトリーナに注意してほしいわね。神子同士に様付けは不要よ」
「神子になってまだ日が浅いから、未熟だと思っているのよね」
この説明は可笑しくて、アリッサはくすくすと笑い出す。
「エルーシアは呼び捨てなのに、私には様が付くのよ。会うのが楽しみな子ね」
神子たちは秋に順番で他国に赴いて交流を深めてきた。連絡板ができるまでの交流は、やり取りに時間を要する手紙か、直接会うしかなかったからである。
去年はサイフが国巡りをしたが、カティがリゲルの首都に到着したのは、すれ違いのようにアリッサが出立したあとで、まだ二人は連絡板だけの付き合いだ。
今年はベラトリの神子の番、来年はエルーシアが国巡りをし、リゲルはその次だから、二人が会うのは再来年となる。
ほうれん草のラビオリやカツレツ、クラムチャウダーなどが続く中、騎士は騎士たちで盛り上がり、神子は二人で会話を弾ませた。
久々の対面であり、神子同士の話題以外にも、昔馴染みとしての会話は尽きない。そしてアリッサは、一つ許可を求める。
「折角のドレスだから写真家を呼んだわよ。食後に談話室で撮影してもいいかしら?」
「もう呼んでいるなら決まりよね」
「あら、デルミーラと違って、あなたは断らないでしょう」
「その写真、一枚いただけますか」
二人の邪魔をしないようにと口をつぐんでいたが、クロードが会話に加わった。過保護な保護者として、望みを口にせずにはいられなかったのだ。
「いいわよ。なんなら、二人の写真も撮りましょうか?」
「二人の……ですか。少し、考えさせてください」
「俺も……いいえ、私も一枚欲しいです。妻のウィノラが喜びます」
はっきりしない返事に違和感を覚えたアリッサは目を細め、問いかけようとしたが、同時にジェイが身を乗り出して願い出た。
直後にクロードの眉がぴくりと動き、不穏な空気をまとい出す――それを見て、騎士たちは顔を引きつらせる。
「写真が欲しい?ジェイの口からは、聞きたくない言葉ですね」
「爆弾投げるなよ」
「ああ、ご馳走食べてるときに説教かよ」
「写真を欲しがるのも禁句ですか?」
ジェイは慌てて顔を下に向ける――何かを反省しているようだ。
「もう、許してください」
「エルーシアに泥団子を投げたことは、絶対に許しませんよ」
「違います。俺は投げてません」
エルーシアは眉を下げてクロードの袖を引くが、アリッサはくすくす笑い、神子に泥団子がどんな経緯の話なのか聞きたいと望む。
他国とはいえ神子、頼みを無下にはできない。クロードはちらりと離れた席にいるルークを見て、言いまわし方などを少し考える。
「十二歳の少年が、淡い初恋で、気を引きたくて泥団子を投げ、十歳のエルーシアの服が汚れました。お陰で、入学の帰りに写真を撮る予定がなくなりましたよ」
アリッサは、身を乗り出しているジェイに視線を向ける――いつの世も、身分や立場は関係なく、恋愛話は興味が惹かれるものである。
「あら。あなたの初恋は、エルーシアなのかしら」
「違います、初恋は妻です。それに、俺……私は投げてません」
「ジェイは隣で見てただけですが、止めるべきでしたよ。十五歳なら分別あるでしょうに……デルミーラ様の写真は少ないのですよ」
「確かに彼女は写真嫌いだったわね、私も一枚しか持っていないわ。存命だったローザも一緒に四人で撮ったけど、エルーシアは覚えているかしら」
「ええ。デルミーラの国巡りについてきたときよね」
初めて会ったとき、エルーシアは九つで、十歳年上のアリッサはまだ公爵令嬢で、神子になったばかりだった――
※ ※ ※ ※
――サイフ公国の神子の館で、神子の談話の場に、デルミーラは緊張した顔のエルーシアも連れて入室した。
用意された席につこうとはせず、フリルの多いお出かけ服に身を包んだエルーシアを気遣って肩を抱いている。
その様子に、アリッサは高位貴族としての教育の賜物か、冷たい眼差しをエルーシアに向ける。
初めての談話で親睦を深めるやり取りや相談は多いのに、無関係な子供がいては邪魔。
「最上の神子の寵愛を受けているらしいけど、わがままに育った普通の子みたいね。困らせずに、控えの間で待機してなさい」
「エルーシアが普通の子に見えるなら、アリッサの贈り物は疑わしいな」
最上と呼ばれる先輩神子デルミーラの言葉に、アリッサは不快感から目を細め、エルーシアを睨みつけて質問を投げる。
「この場に同席できるほどの、何があなたにあるのかしら」
「前世の夢を見るだけ、です」
「前世が、神子だったのかしら?」
エルーシアはふるふると首を振り、普通の学生だったと答える――前世の夢は命を落とすまでの五年内、学生ということは同情するが、特別な知識や経験はないと判断できる。
「あら、若くして亡くなったのね。可哀想だけど、特別な魅力はなさそうね」
それなのになぜ孤児が寵愛されるのか、投げる視線に冷たい侮蔑の感情が含まれ、エルーシアはデルミーラの背に隠れた。
「おびえさせるな、まだ子供なんだぞ」
「でも九つだわ。可愛がっている子で離したくなくても、四年前と同様に、神子の談話に同席していい年、ではないと思いますよ」
神子ローザが紅茶を飲みながら、年配者らしく窘めるが、折れる気のないデルミーラは、真剣な眼差しを席に座る二人の神子へ向ける。
「ちゃんと理由がある。絶対に口外しないと誓約してほしい」
「こんなかたちで誓約するなんて初めてだけど、神子同士で誓約書を交わすことはあるのかしら?」
「そうね、異例なことだわ」
「異例なのは十分に承知している、だが譲る気はない。誓約しないと説明できないんだ」
デルミーラは破れない誓約書をジャケットの内ポケットから取り出し、テーブルに二人分重ねる。エルーシアの情報の口外禁止と、身の安全を約束するように記入がされている。
続けて取り出す赤いインクの小ビンが誓約書の隣に置かれ、デルミーラの意志の固さを知っているローザは、ため息をついて誓約し、若いアリッサにも勧めて――渋々といった様子でアリッサも誓約を済ませた。
「エルーシアは、地球の夢を見る。私たちは転生者と呼んでいる」
「あら、ただの学生ではなかったのね。地球の知識なんて、百年と……どれくらいになるのかしら?」
「保護するのは理解できるけど、私たちが誓約するほどではないわ」
デルミーラは背後に隠れるエルーシアを隣に引き寄せ、この先の会話は聞かせたくないから両手で耳をふさぐ。
「二年前の春、エルーシアは神子になった」
「「!」」
アリッサとローザは目を見開いて、大人しく耳をふさがれている子に視線を向ける――告げられた言葉は嘘ではないと分かるが、素直に信じられるものでもない。
「待って、この子がアルニラムの神子だと仰るの?」
「こんな年齢で世界樹の領域に入れるなんて……二年前って、私が国巡りで訪ねたときは、何も言わなかったじゃないですか」
「あのときは神子になったばかりで、まだ私も動揺していたんだ。それにエルーシアも……体調が悪くて、寝込んでいた」
高齢のローザは、深いシワの刻まれた顔に、さらにシワを増やして怪訝な表情を浮かべる。
「新しい回復薬が完成したあとで、あなたも側にいるのに、寝込むことなんてあるの?」
「薬や毒の耐性をつけるために、色々と飲ませている。あの時期は、眠りの毒を試していた」
「なっ、そんな恐ろしいこと……間違えれば死ぬのよ」
「貴族でもそんなことする家はもうないわよ。心配なら癒し手を雇うわ」
二人の非難に、デルミーラは樺色の瞳を力強く険しく変える。危険は承知、やらずに済むのなら、どれほどよかったか。
「アルニラムの神子を狙う奴は多い。だから、備えておくべきと判断した……それに、地球の知識を兼ね備えた、前例のない神子なんだ。狙う奴はさらに増えるだろう。質のいい回復薬ができたのも、エルーシアの知識と発想のお陰だ」
苦悩の欠片を理解したのか、眉をひそめた神子二人を凝視したあと、デルミーラは悲しげに瞳を伏せ、耳をふさがれたままのエルーシアの頭にキスを落とす。
連れてきたのは、神子の秘密を検証するため。この国の神子にしか頼めないことがある。
「二人は、他国の世界樹の領域には入れないはずだ。他国の世界樹にも寄り添えるのは、アルニラムの神子だけだ。エルーシアもそうなのか、確認させてくれないか」
その後、四人は連れ立って館の裏に広がる森を進み、深層部へと向かった。
アルニラム王国の世界樹の領域とは異なり、きらきらと露草色に輝く幹だけの木に囲まれた、一回り小さい世界樹が鎮座する領域に、エルーシアは目をうっとりとさせて、難なく足を踏み入れた――
※ ※ ※ ※
「私が神子になって初めての談話だから、記念にと写真家を呼んだのだけど、あのころの私は気位が高くて、わがままだったわ。森で撮影をしたいと写真家に無理を言っていたら、あなたは泣いたのよ。覚えているかしら?」
思い出に浸りながらアリッサはスープを飲んでいたが、懐かしげな表情で問いかけ、エルーシアは少し考え、思い出せずに首を振る。
「子供だったからかしら、それは覚えてないわね」
「神子はただの職種で、横暴の理由にはならないし、貴族も庶民も同じだから、理不尽に写真家を困らせないでって、泣きながら抗議したのよ」
「そんな失礼なことを……」
前世の価値観と、十分ではなかった今世の常識、その狭間でまだ区別ができていなかったのか、今でも悩みの種ではあるが、他者に簡単に言っていいことではない。
アリッサは優しげに微笑み、申し訳ないと眉を下げたエルーシアを見つめてグラスをかかげる。
「お陰で、目が覚めたのよ。立場に振りまわされず、一人の人間として心を持てたわ。アルニラム王国の神子、エルーシア様、感謝しております」
呼び捨てで同格にと付き合いを深めても、尊敬の念は生まれる。感謝の想いを伝え――食事の皿が下げられているとき、ふと思いついて、アリッサは話し相手をクロードへと変えた。
「遠征を終えたら、私の持っているデルミーラの写真を送るわ。クロードウィッグは飾りたいでしょう?」
クロードは思いがけない幸運に目を瞬かせ、笑みを浮かべて感謝すると返した。
その後デザートに、シャンパンのシャーベットとズコットケーキが出たが、アリッサは三度もおかわりを求め、エルーシアは隣から、こそりとささやかれる。
「アリッサ様は食事ではなく、デザートで魔力を補っているようですよ」
これは同じようにおかわりしろとの期待か、エルーシアは聞こえなかったふりをして、返事をせずに最後の一切れを口に入れた。
設定小話
地球からの情報が百年以上も途絶えているので、カメラや懐中時計に対する知識も百年以上前のものです
この世界独自の加工や進化も少しはされ、カメラは魔道具です




