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世界樹の神子は微笑む〜花咲くまでの春夏秋冬  作者: 宮城の小鳥


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39 七色の桑の実

 朝食後、ルークが相棒に人参を与えて、(くら)を装着する前にとサドルバッグの中を整理しているとき、エルーシアとクロードが会話をしながら厩舎前を通り過ぎた。


(しばら)く、移動は馬車の中にいませんか。一時間ごとに停車して、辺りを確認するとか」

「でも、それだと瘴気溜まりを見逃しそうじゃない。私情で、遠征の本質を無視はできないわよ」

「あのとき、(のど)を潰す毒を飲ませていたら――」

「危害を加えたら、王都裁判にかけられるわよ。バレるんだから」


 たまに過激な発言があるなと頭に(よぎ)らせ、ルークが二人に視線を向けると、クロードが脇に抱えた書類の束から、一枚がひらりと落ちた。

 前髪をかきあげて空を見上げているクロードも、腕にクルルを抱くエルーシアも、気づいていない様子で、ルークは厩舎から出て書類を拾った。書き付けを表に落ちたのは、宿の支払いに関する書類のようで、二人を追い、出立の準備で一列に並べた馬車の前で立ち止まったところで声をかけた。


「落としたぞ」


 二人が振り返り、エルーシアはルークを見上げるがすぐに顔を伏せ、クロードは礼を口にして書類を受け取り、束ね直して視線を上げ、視界の(はし)に誰かいるのに気づき、そこへ素早く顔を向け――ジェイと目が合う。

 離れた場所で木箱を手に持つジェイは、荷馬車に向かう途中だったようだが、足を踏み出したまま(たたず)んでいる。


「では、通常の進行で。私は指示を伝えてきます」


 クロードはエルーシアに声をかけると、ジェイのもとへと歩き出し、出立前の準備もあって、ルークも厩舎へ戻ると告げて歩を進めたが、背後から、ため息をつく小さな音を耳が拾う。

 厩舎に入ろうとしたところで、ジェイの抗議の声と、それを(いさ)める声が辺りに響いた。


「なんで!」

「黙りなさい!」


 ルークが二人の方を見ると、ジェイの持つ木箱に書類をのせて、クロードが何かを書いている。

 耳のよさを知っているクロードが、騎士だけに伝えたい指示があるのだろうと、ルークは相棒の(かたわ)らで荷の整理を再開した。


 護衛で同行はしていても、騎士隊の一員ではない。個人に依頼された冒険者であり、知らされない指示があっても不思議ではない。

 そう考えるが、なぜか胸の奥がざわついた。


 ※ ※ ※ ※


 村を出て南街道に向かっていると、街道沿いの草原に黒塗りの馬車が停まって六頭の馬が放されていた。

 二人の人影があるが、騎士隊の姿を確認し、さりげない様子で馬車の陰に隠れた。


 これは警戒する対象か、ルークがまわりの騎士たちに目を向けると、皆が注目しているようだが、クロードは気にする素振りを見せずに手綱(たづな)を操っている。

 御者台に座るエルーシアも、ちらりと見たあとは、首を傾けるだけで、ほかの動作は見られない――唯一、小さくピルピルと鳴く声を耳が拾った。


 南街道に合流して、すぐ先の橋を渡ると、ぽつぽつと低木の茂みのある、(ひら)けた草原が川べりに広がり、そこで昼休憩をとることにした一行は、思い思いの場所で食事を始めた。

 ルークとロズは並んで竹カゴを(から)にしたが、食後、ロズは草の上に寝転がり、目を閉じた――春の日差しが暖かく、夜番の疲れが残る数人の眠気を誘ったのか、同じように寝転がる者もいるが、辺りを警戒し続ける者もいる。取り決めがあるのかもだが、ルークには知らされていない。


 荷馬車のへりで食事していた男性雑務員へ二人分の竹カゴを返しているとき、側に停めた特製箱馬車の中で昼食をとっていたエルーシアとクロードが降りてきて、自然とルークは視線を向けた。が、クロードの陰に隠れ、エルーシアの姿は確認できない。

 エルーシアは辺りを見まわし、川べりの茂みに何かを見つけ、昼休憩の残り時間を(たず)ねた。クロードはポケットから金の懐中時計を取り出す。


「あと、十五分くらいですね」

「川べりを(のぞ)いてくるわ」

「魔物が出たらどうするんですか」

「魔物はいないはずよ、妖精がいるの」


 歩き出したエルーシアの背中を見つめ、妖精相手では反対もできないとクロードはため息をつき、竹カゴを返すために振り返り、ルークがいることに気づく。


「聞こえてましたよね、側にいてもらってもいいですか?」


 昼休憩中とはいえ、護衛である。ルークがエルーシアに近づくと、七色の実をつけた(くわ)の茂みから、川へと葉が投げ出され、緑の濃い葉はひらりひらりと風に乗り、川に落ち、今度は流れに乗った。


「そこに、妖精がいるのか?」

「茂みに隠れてるんですが、見えますか」


 (かが)み込んで茂みを観察するエルーシアの背後から、ルークも茂みの奥を覗いた――色とりどりの桑の実と、茂った枝葉の間から、ちらちらと光が動いている。

 そこから、また一枚の葉が川に投げられ、ルークは川べりに腰を下ろし、流れていく葉を(なが)めた。とくに変わった様子は見られない、どこにでもある葉だ。


「そいつは、何をしているんだ?」

「ただ遊んでいるだけか、意味があるのか、分からないですね」


 エルーシアが振り向くこともなく答え、ルークは辺りを見まわして、近くに誰もいないのを確認した。誰もいないのなら、破れない誓約で禁じられたことも、(たず)ねることができるはずだ。


「地球の奴は知識が豊富と聞いていたが、分からないことがずいぶんとあるんだな」

「地球は、魔法も魔物も、妖精もいない世界です。この世界の文献にあることしか知らないですよ」


 返された言葉で地球について少し考え、ルークの口角が上がり、(つぶや)きがこぼれる。想像できない世界だと――エルフの魔法文字と魔核からつくられる魔石がなければ、魔道具もないのだ。魔法や魔物は、この世界の日常に溶け込んでいる。

 呟きを受け、間をあけて、エルーシアは小さな声でぽつりと尋ねた。


「……転生者と聞いて、どう思いますか?」


 近づいても振り返らないエルーシアは、何を考えているのか、何を思っての質問か。ルークはその背中を見つめる。

 目を合わすことが減り、ため息が増えたのは遠征の疲れか、兄のことで気落ちしているだけなのか、ほかにも何かあるのか。気になるが、寄り添い支えるのは騎士の任務で、ただの護衛が立ち入るべきではないと考える。


 名呼びを許されているが、誰かと親しく名を呼び合うなんて今までなかった――昨夜、特別だと告げたのは、呼ぶなという牽制(けんせい)か。牽制などしなくても、胸がざわついて、躊躇(ちゅうちょ)して呼ぶことはできない。

 浅いままに忘れたいのに、想いは深みを増し、姿を探す。名を口にしたら、隠す想いがこぼれそうな気がする。


 目の前にあるのは、触れたくなる柔らかそうな髪だが、手を伸ばしてはいけない価値のある人の髪。

 その髪の向こうに見える色とりどりの小さな実から、ふと思い出したことで、質問に答える。


「価値がある。転生者のお陰でオムライスが食べられたが、あれは美味(うま)かった」


 エルーシアは驚いたように振り返り、次の瞬間、頬を緩めて笑う。


「オムライス……ですか。ありがとうございます」


 茂みからピルピルと鳴き声が聞こえて、桑の実で口もとを赤色や黄色に染めたクルルが飛び出し、ふわふわの紅色の尻尾を追うように光も続けて飛び出した。


「そいつの好物か?」

「初めて食べさせましたが、そうみたいですね」

「なら、相棒も好みかもな」


 草原に放した馬の中から鎧馬(よろいうま)を探すが、見つけたのは、低木の茂みに頭を突っ込んでいる姿。すでに美味しさを楽しんでいるなら、そっとしておくべきだろう。

 二人の間では、クルルが尻尾を右へ左へと振り、妖精がそれに合わせて跳ねている。


「妖精がいると、魔物はいないのか?」

「いえ。妖精は臆病なので、魔物が近くにいたら、逃げるか姿を隠すんです。ぱっと、見えなくなるくらい素早いですよ」


 エルーシアが説明を終えたとき、ルークの目の前に素早く動いた妖精がぱっと現れ、ふわふわと光を揺らすと、葉っぱを数枚投げた。

 突然のことに二人は目を丸くするが、数秒後には、揃って頬を緩める。何かのお遊びだろうと。


「桑の実なら服に染みができたが、葉っぱで助かったな――!」


 馬車と馬の駆ける音を耳が拾うのと同時にルークは体勢を変え、街道側から隠すように、草の上に座るエルーシアを背後に(かば)った。

 街道に現れた四頭の馬の背には、黒ずくめの服に身を包んだ四人の男性、続く二頭立ての黒塗りの馬車の御者台にも、黒ずくめの姿――今度は騎士隊に目もくれずに、南街道を一定の速度で通り過ぎ、姿が小さくなってから、クロードは休憩の終わりを告げた。


 ※ ※ ※ ※


 野営地の箱小屋に到着すると一軒が使用中で、表側は目隠しにか、シートがぴたりと張られていた。小屋の脇には、黒塗りの馬車と六頭の馬たち。

 意図的な行動か、ただの偶然か、騎士たちは警戒するが、クロードはいつもどおりにと指示を出し、皆は隣人を気にしながら野営準備を始めた。


 カティから贈られた連絡板の二枚が副隊長たちのもとに届いたようで、エルーシアが保管していた分に、到着の文字が浮かび、一枚をクロードに渡すと、定時連絡には早い時間だが、さっそく新しい連絡板でやり取りを始め、それは食事中も続いた。

 エルーシアは馬たちの疲労回復を頼まれ、一頭ずつ撫でながら癒しの魔力を流していたので、通信内容は目にしていないが、それはいつものことで気にもしない。必要であれば、あとで報告があるからだ。


 夕食後、クロードは地図を広げて皆を集め、翌日の遠征ルートを変更すると告げた。

 この先、国境沿いの長く広い森は終わり、サイフ公国との国境は、うねりながら少しずつ幅を広げる川へと変わる――地図上をなぞり、説明の言葉を続ける。


「ここの橋を渡ってサイフ公国に入り、この町を目指し、町の端の丘に建つ、サイフの公爵家の館に二泊します。一日を休暇にあてますので、南西の街の滞在を一泊減らします」

「二日連休ではなく、二箇所で一日ずつの休暇になるのか」

「エルーシア様の遠征で予定外に国境を渡るのは、初めてじゃないか」

「公爵家って、サイフの神子様の実家か?」


 騎士たちは地図を覗き、ルートを確認しながら意見を口にし、まだ魔力の指南を行っていないので、エルーシアも場に残っており、説明に加わった。


「はい、アリッサの実家の館です。避暑用の別荘で、客人を迎えるための別館もあるそうなので、そこを借ります。急な変更ですが、対処をお願いします」

「変更は、南東の街では決まっていましたが、皆に報告を伏せていました。予定になかった神子同士の対面です、理解してくれますね。元公爵令嬢である神子様の、わがままが発端の対面ですが、事前に知られたくない方がいますから」


 クロードは地図から顔を上げ、騎士たちをぐるりと見まわす――どこで漏れるか分からないから、秘密裏に進めたルート変更だ。意見があるなら受け付けると。


「事後報告でも、騒ぎそうだけどな」

「でも、事後なら邪魔できないぜ」

「隣の小屋の奴らは大丈夫か、つけられないか?」

「王都から寄越された邪魔者じゃないか?」

「彼らは関係ないですよ。気になるなら、明日は隣が出立したあとに出ましょう」


 血気盛んにざわつく騎士たちに向けて、クロードは首を横に振り否定した。しかし、否定する根拠までは口にしない。

 エルーシアは女性雑務員の側に移動し、これは個別への説明だと、声を落とす。


「館に到着したら、アリッサが馬車と人員を貸してくれるので、出立まで好きに動いて下さい」

「感謝いたします」


 女性雑務員は頭を下げて礼を述べたあと、灰色の瞳で地図を凝視する。動くべきルートを探すように。



「箱小屋の隣人ですが、騎士かも知れないです。馬に飼い葉を与えていた人に、見覚えがあります」


 報告のあと魔力の指南を終えて、魔力上げのために小屋から離れた場所へと移動しているとき、昏睡したルークを運ぶためついてきたロズが、クロードに告げた。

 野営準備のときか、食事中の交代の見張りで見かけたのか、その報告に、クロードは関心を持たない風である。


「隣だからと、あちらが挨拶も詮索(せんさく)もしないのなら、こちらからも詮索はやめておきましょう。貴族が退役騎士を雇うことはありますし、お忍びなら、邪魔をするのも野暮ですよ」

「あぁ、そうですね。分かりました」


 この夜のルークは、頭の大きさで三つの火炎を放ったあとも魔力がわずかに残り、頼りないほど小さいが、四つ目を絞り出せるようになった。


設定小話

雪のような山桃、蔦になるレモン、桑の実が七色なのは、世界樹のマナの影響で、植物も独自の進化をしたからです

その内、作中にも出る予定です


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