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世界樹の神子は微笑む〜花咲くまでの春夏秋冬  作者: 宮城の小鳥


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36 食欲を失った日

 魔物の出現が落ち着きを見せ始めると、クロードは魔力に余裕のある風魔法の使い手に、辺り一帯に風を吹かせ、まだ漂っているであろう癒しの魔力を拡散させた。

 次に、防御の腕輪を回収しながら、騎士たちの怪我の有無を確認していく。大きな怪我をした者はいなかったが、筋を痛めた騎士がいて、これはエルーシアが治療にあたった。


 クロードも指示を出すが、流れを把握している騎士たちは、散らばり落ちた魔核を回収したり、馬を箱小屋(はこごや)から連れ出して馬具(ばぐ)をはずしたりと作業に移り、ルークは慣れた作業になりつつある、馬の繋ぎ場を準備する。

 ジェイは箱小屋の屋根にのぼり、一角に樽のような台を設置して、その上にガラス玉を置いた。


 山間の村の灯台で使用しているのと同じ、照明の魔道具である。これを灯していれば、遠くまで明かりが届き、夜間の討伐が楽になる。

 普段は使用しない魔道具を設置するのは、このあとも討伐を手伝う冒険者たちへの配慮であり、騎士隊の作戦が終了した合図にもなる。


 三軒並んだ箱小屋のうち、調理場と就寝用に騎士隊が二軒を使うが、一軒は冒険者たちが使用する。

 集まった全員が寝るには足りない広さだが、一晩のことであり、荷物を置き、休息をとるだけなら十分な広さだ。


 一人の冒険者が騎士に近づいて何やら相談し、その騎士に添われてエルーシアのもとへときた。

 冒険者の手には、赤くにじんだ布が巻かれている。


「神子様。(やいば)の鼠に斬られたのですが、お願いできますか」


 エルーシアは微笑みながら請け合い、布をめくり、深い傷を負った手を消毒して、治癒魔法をかける。

 馬車がいつもの配置に移されるころには、西の空が茜色に染まり、東が金青(こんじょう)色を帯び始め――それを見上げて、クロードは遠い日を思い出して顔を険しく変えた。


 ※ ※ ※ ※


 この日の夕食は、箱小屋の前にテーブルを二台並べ、簡素(かんそ)なメニューではあるが山のように積まれ、冒険者たちにも提供された。

 油紙に包んだキャベツたっぷりのメンチカツバーガーと、同じく油紙の中にある(ます)と野菜のフライ。いつもと同じ三種類の飲み物に、そら豆のポタージュが入った深鍋が二つ――器は隊の分しか用意していないので、冒険者は持参のカップを使用する。


 遠くで配置についていた冒険者たちも入れ代わり立ち代わりと集まり、小屋の前はがやがやと賑やかになっていく。

 辺りにスープの香りが漂う中、治療の声をかけられなくなったエルーシアは、馬車のタラップに座り、扉に寄り掛かって何かを思案していた。が、クロードが声をかける。


「夕食の用意ができましたが、食欲はありますか」

「スープだけでもいい?」


 魔力を多く使い、いまだ青白い顔をしているのにかとクロードは眉をひそめるが、ため息をついて、優しげに目を細めた。


「ダメと言いたいですが、私も食欲がないので説得は無理ですね。相談がありますので、真ん中の小屋を人払いします。そこで――」

「それなら馬車の中で」

「いいえ。冒険者の目がありますので、二人きりになるのはやめましょう」


 エルーシアは立ち上がって馬車の扉をあけるが、クロードは首を振って断る――神子と隊長が恋仲、との噂を気にした発言であるが、エルーシアも首を振った。


「知らない人が何を言っても気にしません。クロードは気になる?」

「……いいえ、()()気にしませんよ」


 それから二人は(しば)し、スープを口にしながら、馬車の中で顔を向き合わせた。



 一方、ルークは箱小屋のへりに腰掛け、木箱に座るロズとともに夕食をとっていたが、視線は周囲のあちこちへと向けていた。

 荷物を小屋に置いたついでに油紙の包みをサイドポーチに入れる冒険者、森に向かって構えながらバーガーを食べる冒険者、先ほど治療してもらった冒険者は、スープを飲むと草原に向かった。討伐を続けるのだろう。


「騎士が、ずいぶんと冒険者を大事にするんだな」

「冒険者も、王国の民ですからね」


 アルニラムを拠点とする冒険者に、他国の者は少ない――ルークが納得して(うなず)いているとき、ジェイが包みを(いく)つも盛ったトレイを手にして、側に転がる木箱に腰を下ろした。

 夕食を用意したテーブルは近くにあるので、会話が聞こえたようで自然と加わる。


「国民じゃなくても同じだ。サイフの冒険者もいるはずだけど、明日の朝にはエルーシアからの差し入れで、皆に二種類の回復薬も配るんだぜ」


 木箱の一つを三人の前に引きずって移動させると、その上にトレイを置いて、ジェイは続ける。遠征初参加のロズとルークでは、知らない情報だからだ。


「アルニラムの神子は、自国と他国の区別がないんだよ。だからデルミーラ様は、ベラトリで命を落としたんだ」


 また絡まれるのかとの思いで、ルークがうんざりとした顔をジェイに向ける。慣れていても、面白いものではない。


「オレがベラトリの出身だから、文句でも言いたいのか?」

「いや、そんなつもりじゃない。てか、ベラトリの奴なのか?」

「なんだ、知らなかったのか」

「尻尾のある冒険者としか……」


 ジェイはバーガーを手にしたままルークの尻尾に視線を落とし、尻尾の先が動いて地面に当たり、ぱしんと音が出る。不愉快そうに。


「尻尾が珍しいか?」

「違う違う。エルーシアがまた拾ったって、副隊長が連絡板に書いてたんだ」

「また拾ったって、なんですか?」

「たまに拾うんだよ、尻尾のある奴。クルルだろ、ウィノラが飼ってる三匹の猫、副隊長の執務室の兎に、三年前は、リゲルで獣人の捨て子も拾ったぜ」


 ロズがジェイの顔を(のぞ)き、不思議な発言だと(たず)ね、ジェイは指を折りながら説明し、ルークは不可解だと片眉を下げた。


「オレは……拾われたわけじゃない」

「雇うのも、拾ったって言わないか?俺は、デルミーラ様に拾われたって言われるぜ」


 ジェイに悪気はないようだが、なんとも釈然としない空気が漂い、ロズが話題を変える。


「ジェイさんの攻撃魔法、凄いですね。あんな大きな火炎、初めて見ました」

「火と水だけだけど威力があるだろ。あんまり数は放てないが、飛んでる魔物は任されるんだ」


 得意そうに口角を上げたジェイの背後にクロードが立ち、ぽんぽんと肩を叩く。


「任されている自覚があるなら、制御を覚えなさい。火種を消すのに、あの水球は威力がありすぎです。それとも、火種ではなく大熊を狙いましたか?そのうち、魔法抑制の腕輪を()めますよ」


 ジェイが青ざめ、口をあわあわさせるが、鳥の魔物が向かっているのか、遠くの空から複数の鳴き声が響いた。


「飛ぶ魔物です。いってきます」


 ジェイは立ち上がると、空を見上げて駆け出し、クロードは深くため息をこぼして、たった今、空席となった木箱に座る。伝えたいことがあって、二人のもとを訪ねたのだ。


「こんな状況ですが、今夜も訓練していいですよね」

「ここで、魔力切れで昏睡しろって言う気か」

「箱小屋に、魔物よけでも置くんでしょうか?」

「エルーシアが癒しの魔力を放った直後なので、魔物よけは効きませんよ。ですが、冒険者もいますし、ジェイも加わったので討伐の手は()ります」


 ルークは眉を寄せて考えるが、決断できない。大型の魔物も現れたあとで、迷いは当然である。


「一度始めた魔力上げは、続けたほうが上がりやすいですよ。上限まで継続するのが最短です。安全は約束します」


 しかし、考えている間もクロードの説得は続く。魔力上げを始めたときのように、折れる気はなさそうだ。

 魔力量があれば、戦い方も守る(すべ)も増える。安全がどこまで約束されたものかは分からないが、信頼すると決めたはずだ――ルークは頷く。


「分かった。食後すぐに始めるのか?」

「エルーシアの指南はすぐでもいいですが、魔力上げの前に、二人に伝えることがありますので、ロズも時間をあけてください」


 そう告げると立ち上がり、空腹を知らせる小さな音が鳴った。ロズが目の前に取り残されたトレイをそのまま差し出すが、クロードの手は伸びない。


()いてますが、食欲がないんですよ」


 少し冷たく感じる顔で腹をさすり、クロードは書類と連絡板の入った木箱を取りに、荷馬車へと向かった。

 

 ※ ※ ※ ※


 真ん中の小屋の片隅で指南を淡々と終えると、藍色狼(あいいろおおかみ)に足を噛まれた冒険者がいると呼ばれて、エルーシアはクルルを(ともな)って隣の小屋に消えた。

 ルークとロズがクロードを探すと、荷馬車の中に座り込んで、連絡板でやり取りしている姿を見つけるが、二人に気づくと連絡板と書類を仕舞い、草原へと誘う。

 暫く歩き、近くに誰もいないことを確認しながら、話も始まる。まるで密談だ。


「この先の遠征で一つ問題がありまして、許可を得ましたので、二人に知らせることにしました」

「自分たち二人だけに、ですか?」

「いいえ、正規隊員は知っている情報ですよ。エルーシアの兄についてです」


 ロズは不思議そうにしているが、ルークは本人から、罪人になった兄がいると聞いた。だが詳細は知らない――依頼を請けただけの冒険者が聞いていい話とも思えず、眉間にシワを寄せる。


「オレが知っていい情報なのか」

「この先、接触があるはずなので、頭の片隅に入れてください。彼は王都への出入りを禁止されていますので、遠征中を狙ってきます」

「でも、ご兄妹なんですよね。接触くらい――」

「虐待する兄でも、ですか」


 元罪人と知らずにロズが尋ね、二人は想像もしてなかった返答に息をのんで固まった。

 向けられるクロードの目は険しく、魔道具の明かりを受けて光っている――思い出すのも語るのも、不愉快なのだ。できることなら、こんな話題は口にもしたくない。


「五歳のエルーシアをデルミーラが引き取ったのは、なぜだと思いますか?兄妹でも、許せないことはあります。彼は罪を重ねて、罪人として十年務めましたが、今でも苦しめるんですよ」


 デルミーラを呼び捨てにしたことで、酔った隊長の戯れ言かもと淡い考えを胸に、ロズがぽそりと口にする。


「隊長……今日は飲んでますか?」

「お酒ですか?こんな状況ですから、飲んでないですよ」

「……ですよね」


 不思議な質問に気を抜かれたか、クロードのまとう空気が変わり、つらそうに眉を寄せた。

 頭を巡るのは、救出した晩の出来事。出会ったばかりの幼い子は、言葉も交わしていないのに、同情心から流れる涙が止まらないような状態だった。


「彼女の置かれた環境は酷くて、兄の了解のもと、兄嫁は弟を使って、人買いに売る計画も立てていました。売り払ったあとは、森ではぐれたと報告して、死亡扱いにするつもりで。幼い子なら、魔物に遭遇すれば命はないですからね」


 ルークは人買いの扱いを思い出し、顔を(ゆが)めて左脇腹を押さえた――同じ扱いをエルーシアが受けた可能性を考え、怒りから体の内が冷えてヒリヒリと小さな痛みが走る。


「私たちが出会ったのは、その計画の最中です。エルーシアに、出会った晩の記憶はありませんし、教える気もありません……幼い彼女は、思い出すと食欲を失うような状態でした」

「それで、食べてないんでしょうか?」

「若いときは気力で食べられましたが、この年になると、苦しいですね」


 このあとの魔力上げのため、二メートルほどの壁をつくると、クロードはそこへ寄り掛かる。

 疲れた顔をしているが、この疲れは、遠征や今日の討伐でのものではないだろう。胸に秘める心配事や悩みは、山のようにある。


「どんな状態だったかは詳しく話せませんが、幼い子を酷く追い込んで、今も苦しめ続ける兄なんです」

「神子様を苦しめてるなら、罪にならないんですか」

「今は騒いで責め立てるだけで、罪に問えません。他人なら不敬として捕らえますが、血のつながりがあるので、不敬にならず、法律上は家族間の揉め事です。罪人として過ごす間に悪知恵を仕込んだようで、精神的に追い込んで、手を出しません」


 手を出す素振りがあるなら、傷害で罪に問える、また虐待の加害者として捕らえることができるのに。今なら、未遂でも神子への攻撃として重罪に問えるのに、知ってて避けている。

 クロードは瞳を伏せてため息交じりに告げ、聞いているうちに背中まで鋭く冷え、尻尾の毛を逆立たせたルークは歪めた口を開く。


「神子は、国が保護するんだろ。対策は何もないのか」

「ええ、だから王都へは入れません。他国に追放もできませんし、監禁も軟禁も法の下では無理で、これが限界でした。それでデルミーラ様は先を危惧して対策を立てましたが、彼女が去った途端に、また騒ぎ出したんですよ」


 クロードは再び目を険しく変えて、ぎらりと光らせる。受け取るルークの目も鋭い。


「昨年は、不意をつかれて対処もできませんでしたが、今年は策も練っています。この先の、南西の街に出入りしているので、近郊で現れるはずです」

「現れたとき、自分たちはどうすればいいんでしょうか?」

「何もせず、エルーシアを馬車へ避難させてください。今年で、悪夢を終わらせます」


 振り返ると、壁に(こぶし)を打ちつけ、顔を歪めた。騎士として、剣を握る手を自ら傷つける行為は褒められたものではないが、抑えられない怒りと決意がある。

 ルークも同じく拳を握ると、煌々と輝く魔道具のある方角に視線を向ける――小屋にいるのか馬車に戻ったかは知らないが、魔物からも人からも守りたくて、先ほどまでとは異なる感情で、冷えていた体を熱くさせる。


設定小話

食べられなくなったのは、年のせいが半分、残り半分は、過保護な保護者として大切な存在になったから……ですね

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