33 崩落していた橋
エルーシアたち一行は、南街道から逸れた街道を進行していたが、橋を目の前に足止めを食らった。
川幅は広くないが流れはあり、橋を利用せずに渡るのは困難なのに、その橋が壊れ落ちていたのだ。
「雪解けで増水する時期に雨が降って、古い橋だから流れに耐えられなかったようなんです」
そう説明するのは橋の修繕作業の監督者である役人たちの一人で、崩落は彼の責任ではないのに、頭を深く下げている。
その後ろで、土嚢を運んだり建築用の魔道具を操作して石材を造っている作業者たちは、騎士隊をちらちらと見たり、睨みつけたりしている。彼らは皆、蜜柑色の作業服を身につけている――実刑を言い渡された罪人たちが、罰金や賠償金に応じて作業をこなしているのだが、騎士に恨みを持つ者も混ざっているゆえの態度であり、互いに居心地は悪い。
舗装された街道はすべて国か領主の管理下にあり、架かる橋も同様で、問題があれば遠征中の騎士隊にも連絡があるはずなのに、副隊長からの報告はなかった。何か報告を阻害される事由が王都にあったのか確認したいところだが、それは後まわし、まずは遠征ルートを考える必要がある。
クロードは地図を広げて役人と相談を始め、離れたところに停めた馬車の脇で、相棒から降りたルークは疑問を口にした。
「あいつらは逃げたりしないのか」
同じく馬を降り、自然と馬車の近くに集まったロズや騎士たちは、他国の事情には疎いだろうと説明を始める。
「破れない誓約で、魔法も行動もガチガチに固められてるから大丈夫ですよ。彼らは、支払いが終わるまで街道整備です」
「街道整備する奴は、賠償金も高いんだよな。お陰で街道も箱小屋も利用できるけどな」
「これに懲りて、まっとうな奴になれば……いいんだけどな」
数人の騎士が御者台に座るエルーシアに視線を送るが、ショールを頭から被り、無関心を装っている。
進行先を決めたクロードは皆のもとに来ると、地図を見せながら告げ知らせる。今後の予定もあるので大幅な変更はできず、川の上流にある橋を渡り、その先にある村で一泊することを――街道を戻る時間はないので、このまま川沿いを進むのだ。
整備されてない川沿いを進行し、村に到着したのは宵の口。急な来訪ではあるが、二人の騎士を前触れに向かわせたので驚かせることはなく、村長を筆頭に、宿の者や村人たちは一行を歓迎した。質素ではあるが、十分な夕食まで用意して。
しかし、村に一軒しかない宿では寝室の数が足りず、騎士たちは二人で一部屋を割り当てられ、厩舎も狭かったので、隣接する馬車置き場にも馬をつなぎ、特製箱馬車と荷馬車二台は宿の前に一列に停車することになった。
夕食が配膳される中、クロードは連絡板でやり取りをしたが、副隊長二人は橋の崩落を知らなかった。
療養中のベナットが知らないのは仕方のないことだが、知の副隊長は連日にわたり執務室にこもっているから、報告がまわってこないのは不自然である。
遠征の状況を尋ねに、頻繁に執務室を訪れる王太子からも崩落の話題はなかったとのことで、どのような意図で情報が遮られたのか、遠隔地にいるクロードにできることはないため、調べは知の副隊長に任せることとなった。
狭い食堂で夕食を始めながら、クロードがエルーシアに報告しているとき、隣のテーブルで耳を傾けていたロズが質問を口にした――ここへ来る直前に、罪人たちを目撃しているからだろう疑問。
「これって、何かの罪になるんですか?」
「故意に情報を隠したなら、遠征の妨害になりますよ。王国の安全に関わることなので、もちろん罪です」
「報告を忘れていただけなら……職務怠慢になるな」
「どっちでも、責任者たちは副隊長の尋問から逃げられないな」
クロードと騎士たちが答えていると、ルークも少し考えて違和感を尋ねる。責任者は貴族や役人じゃないのかと。
貴族や役人を相手に、罪を尋ねるのは簡単じゃないはずだ。少なくとも、ベラトリでの彼らは尋問できるような身分や立場ではなく、勝手放題だった。
「身分も立場も関係ないですよ。知の副隊長は公爵家の養子なので、逆らえる者は少ないですからね」
「故意なら、貴族でも蜜柑色の服を着ることになるな」
「副隊長は怒らせたら、とことん追い詰めるからな」
クロードや騎士たちが話す中、エルーシアはスプーンを持つ手を止めた――昨夜は眠れない夜を過ごし、今日は上手く微笑むことができず、硬い表情で過ごしていた。ルークの声が聞こえると体が固まり、ふと視界に入る姿に胸が苦しくなり、ショールでそれを隠していたのだ。
この感情を忘れるべきだと理解しているのに、心が存在を意識して、想いを手放さない。
学生のころ、カティに転生者だと打ち明けたときは、詰られて珍しく喧嘩をしたが、ルークはどう思ったのか。どう思われようと依頼人と請負人の関係でしかなく、何も変わらないのに気になって、胸がざわついて落ち着かない。
美味しいはずの料理に味はせず、このあと、魔力の指南で向かい合うことを思案して、眉をひそめて手もとを睨む。
※ ※ ※ ※
魔力の指南を終えたあと、クロードはルークとロズの二人を連れ立って、村の外へと向かった。
小さな村の中で火炎を放つのは危険なため、今夜は村の外で魔力上げを行なうのだが、村を出ると、ロズが心配顔でクロードに質問する。
「今日の神子様は、何か悩んでいたんでしょうか?」
言葉も少なく、時折眉をひそめ、先ほどの指南でも顔を強張らせていたからだろう。
エルーシアが何に悩んでいるのか知っていながら、クロードは涼しい顔で返す。
「いいえ、ただの遠征の疲れですよ。癒せないのが残念ですね」
浮かない顔で、二人より数歩後ろを歩いていたルークは、聞こえたやり取りに加わりたくて、歩みを速めて並んだ。
「疲れは、癒せないのか?」
「癒しの魔力は自然治癒力を上げるので、回復を促して疲れを癒すことは可能です……ルークは、自身が発動した火で火傷しますか?」
問いかけに答えながら、ルークの知りたいこととは違うと気がついたクロードは、途中で質問に変えた。
「いや。熱さは感じないが、火の魔法はそんなものだろ」
「癒しの魔力も、四大魔法と同じです。自身に魔力を流しても、ただ魔力が戻ってくるだけですよ。循環するだけで、回復も治療もできません。ほかの癒し手でないと治療は無理なんです」
クロードは蛍火と呟いて、手のひらに小さな炎を発動させると、指先でくるくるまわし、拳を握って消した――自らの魔法でつくった炎なので、開いた手に火傷はない。
手のひらを見つめながら、何を思い出しているのか眉をひそめる。
「エルーシアに何かあっても、回復薬は常備しているので多少は大丈夫ですよ。対策はとっています。今の彼女は、ただ気疲れしているだけですよ。酷くなるようなら、回復薬を飲ませます」
「……自分も、火の魔法の適性が欲しかったです」
踊るような炎を羨ましげに見つめていたロズが呟き、部下への励ましか、肩を叩きながら、クロードはその顔を覗き込む。
「水も風も土も、あるじゃないですか。三つの適性ですよ」
「でも、一番攻撃力があるのは火です」
騎士として戦技を求めた、ないものねだりだ。しかし、適性は生まれ持ったもので選べないから、ほかの方法で頑張るしかない。
クロードは目を細めて笑うと、また手のひらを見つめる。
「ないものねだりをするなら、私は癒しの魔力が欲しいですよ」
「男なのに?」
「癒しがあれば、エルーシアに使えましたからね」
手のひらをひらひら振って優しげに微笑むクロードは、どこまでもエルーシア第一の考えである。
ないものねだりすら縁のなかったルークも、自身の手のひらに視線を落とした――魔法に頼らず、剣のみで討伐に挑んできたから、まめや古傷が多い。
「オレは魔力が少ないうえに、適性は火の一つだからな。発動してなかったから、扱いも下手だ」
「少しずつですが魔力は増えますよ。訓練を続ければ、扱い方も増えます。それに、四大魔法の適性が一つなのは、エルーシアも同じです」
その言葉に、ロズは驚きから立ち止まった。神子に選ばれるほどなのに、風魔法だけなのかと――なんでもないことのように、風だけだとクロードは歩を進めながら返す。少ないが、そのような者は世にいるのだ。
「半獣人でもないのに適性が一つだけなんて、珍しいな」
「その代わり、学びを深めて、理解も制御も想像も一流ですよ。自身に必要な知識を深めることは大事です。今夜は、ロズに壁を頼めますか、そこでいいですから」
クロードは振り返ると、数歩離れているロズに指示を出し、足もとに両手をかざして土魔法を発動させるのを観察する。と、ルークが隣に寄り、声をかけた。
「昨日の話を聞いたから態度が変なのかと思ったが、違うのか?」
「それはないですね。報告しましたが、何も変わらないと断言していましたよ」
即答される言葉に、安堵から小さくため息をつく――今日のエルーシアの様子が気になっていたのは、ルークも同じ。
先ほどの指南で重ねられる手は、時折小さく震えていた。だから、罪人の子の意味を知り、視線を合わせるのも魔力の指南をするのも嫌になったかと考えた。
初めて会ったときから、逸らすことなく目を合わせてきた。蔑みを含まずに見つめる者はこれまでいなかった、あの瞳から嫌悪感を読みとりたくない。
神子であり、転生者でもある、価値のある人。手を伸ばしてはいけない相手ではあるが、重ねられる手を拒むことも、鼓動を抑えることもできずにいる。
蔑みを含まずに、信頼なんて言葉を向ける者はいなかった。裏切りたくはない。だからこそ、想いは秘めて、忘れる努力をする。
自らの回復や治療ができないなら、なおさらに――護衛として戦い方を磨き、亡国の国境で待ち構える危険から守りたいと、想いを強める。背中を守る、信頼に値する強者として側にいることを望まれ、半獣人だからと拒まれないのなら、その信頼に応じたい。
気合を入れたルークが勢いよく火炎を放つと、石の混ざった土壁は三分の一ほど崩れ落ち、魔法の仕上がりに残念だとロズは肩を落とした。
音にかき消されるように、クロードは独り言を呟く。
「少し、タイミングを間違えましたね……どうしましょうか」
前髪をかきあげて見上げる夜空には、輝く星々が瞬いている。
設定小話
エルーシアは風だけ
クロードは火と水と土
上手く支えてもらってます




