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世界樹の神子は微笑む〜花咲くまでの春夏秋冬  作者: 宮城の小鳥


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32 神子の表情のない夜

性犯罪的な表現があります

苦手な方は、ご注意をお願いします



 あのとき、(のぞ)き込む顔の近さに、息をのんだ。まだ、胸がばくばくと激しく鼓動している。

 棚にある鏡を動かすと、表情が抜け落ちて固まった顔がこちらを見つめ、速い呼吸にあわせて肩が小刻みに動いている。


 深く細く息を吐き、一度吸い込んで、また深く吐く。動揺してはいけない、激しい鼓動を抑えなくてはいけない。悟られてもいけない。この感情を抑え込んで、忘れなくてはいけない。

 自らに強く言い聞かせる。これ以上、巻き込んではいけない――薬草図鑑を取り出して開き、意識を別のところに切り替える。



 ノックの音が響き、不意のことに、エルーシアの胸がどくんと跳ねた。しかし、夜も遅くに訪ねるのは一人しか心当たりはない。

 馬車の扉をあけると、立っているのは思ったとおりにクロードで、トレイを持っている。


「ルークの魔力上げが終わりましたので、少し話したいのですがいいですか?」


 ホットミルクの香りが漂う――断られることを想定してない行動だが、家族同然の仲。昔からよくある、いつもの距離間。

 馬車へと招き入れ、咄嗟(とっさ)の時にクロードが馬車から降りることができるよう、扉にストッパーを挟む。


 寝台の下からサイドテーブルをずらしてトレイをのせ、向かい合って横座席(クロスシート)に座る。

 すぐ隣にある寝台には、開いたままの魔物図鑑がある――何度も薬草図鑑に目を通したが、文字は頭を通り抜けて気を落ち着けることができず、恐ろしい魔物の絵ならと引っ張り出して、まだ読み始めたばかりのページだ。


「調べ物ですか?」

「なんとなく、読んでいただけよ」


 平常心を求めて、エルーシアはホットミルクに口をつける。蜂蜜がたっぷりと入った甘口のミルクが体を温め、自然と頬が緩む。


「美味しい」

「ホットミルクは安眠を(うなが)す……ですよね」


 こぼれた言葉を聞いて、クロードは笑顔になって(うなず)き、楽になった鼓動に、エルーシアも微笑んで頷く。


「ルークの火炎ですが、頭の大きさを保てるようになりましたよ。威力も維持したままです。誰にも教わらずに身につけているので、コツを掴むのが早いようですね」

「今は、魔力切れで昏睡しているの?」

「ええ、二発放って寝袋の中ですが、また夜中に目を覚ますでしょう。彼の分の夜食も用意してますが、余分もあわせてぺろりと完食ですよ」


 ルークの話題でほんのり耳を赤らめたエルーシアは、それには気づかず、カップをトレイに戻して少し首を傾ける。


「魔力を使うとお腹が減るって、本当かな」

「どうでしょうね。あなたには当てはまらないみたいですし」

「文献を読まないと、何も分からないわね……カティに借りようかな」

「文献にあるから確実な情報、とは限らないですよ。それに、あなたには当てはまりません」

「少食の人は、魔力へのエネルギー変換を抑えてる。とか、書いてあるかもよ」


 クロードは、いたずらっ子のような笑みを浮かべる。


「それは、恐ろしい生き物だという証明の一つになりますね」

「違います」


 からかわれて軽く(にら)みつける様子は、年相応の女性であり、クロードは肩を震わせて、くっくっと小さく笑う。


「今夜は、真面目な話をしたいんですが――」

「クロードが茶化したんです」

「そうですね。でも、愛し子の成長が嬉しいんですよ」

「意味が分かりません」


 エルーシアは睨みながら再びミルクを飲み、クロードもカップを手に取り、一口飲んだ。

 それから話し始めたのは、知の副隊長が独断でルークの経歴を調べたこと。調査の継続やエルーシアへの報告を、ルークが承諾したこと。そして、経歴の内容。


「なんで、勝手に……」

「そういうものです。神子の側にいるなら、どんなつながりがあるか、しがらみがあるかと調べますよ」

「騎士隊も調べられるから?」

「ええ、皆と一緒です」


 また不愉快な思いをさせたとエルーシアは不満げに眉をひそめて(たず)ね、即座にクロードは返す。

 貴族も庶民も関係なく、護衛騎士隊は入隊時に一人ひとり調査される。エルーシアの隊は四年前に編成されたばかりで、そのときに、デルミーラの隊から異動したクロードとベナット以外は、全員調査された。


 家のつながりや友好関係から、神子に橋渡しを頼まれたり、画策に狙われたりするからだ。

 対策として、入隊時の破れない誓約書に、神子への紹介不可だとか多くの禁止事項を記載して、そのことを相手に伝えるが、すり寄ってくる者は皆無にはならない。


「それと、今後のことも考えて……()()()()の説明も……したいと思います」

「冒険者ギルドでの、(さげす)みの言葉ね」


 クロードは頷くが、話しづらいのか、ため息とともに顔を下に向けた。


「獣人は差別されていますよね。その獣人と、結婚しようと考える人はいないです」

「でもベナットは結婚したし、彼女は人種なんて気にしてないわよ。恋心に人種は関係ないじゃない」

「アルニラムには多少いますが、ベラトリは差別が激しいので、獣人は獣人と結婚します。だから、あの国で半獣人は、罪人の子だと蔑まれるんです」

「……えっ?」


 言葉の意味を理解できず、エルーシアは不可解だと表情(かお)に出したが、クロードは視線を下げたまま、言いづらさから口も(ゆが)める。

 いつもは目を合わせて話すのに、顔を上げようともしない。


「獣人は粗暴だとされて、そう振る舞う者も多いです……獣人が無力な女性に、暴力的に行動を起こして、その被害者から生まれたのが半獣人だと――」

「言いがかりじゃない。すべてがそうじゃないでしょ」


 エルーシアの周囲には、粗暴な獣人は少ない。むしろ、差別で傷ついた姿を見てきた。

 それゆえ、咄嗟に湧いた怒りから反論の言葉が出たが、クロードは顔を隠すように(ひたい)に両手を添えて、一気に説明を続ける。居心地の悪さから、伝える言葉を選ぶ余裕もなくなる。


「娼婦の子もいますし、結婚せず、一時の付き合いで生まれる子もいます。ですが、そう生まれた半獣人も多くいるので、片親が罪人だから、罪人の子だと決めつけられるんです」


 エルーシアは反論の言葉を失い、目を見開いた。知らなかった差別のもとが、まだあったのだ。

 衝撃でまわらなくなった頭に、クロードの言葉が次々と流れ込む。


「ベラトリの差別の話は酷いものが多くて、耳に入れるのは成人してからと、デルミーラは決めていたんです。でも、成人したあと彼女が去って、落ち込むときが増えて、機会を逃していました。山間の村でも差別の話はしましたが、これは、その、話しづらくて……」


 父親のような気持ちで側にいるクロードには、二年前に成人したとはいえ、まだ年若いエルーシアへの説明は難しい内容であったのだろう。

 手を下ろした額はうっすらと汗ばみ、張りついた前髪の間から、落ち着かない様子で目が泳いでいる――それを見て、気苦労をかけていることに、胸が申し訳なさでいっぱいになる。


「教えてくれて、ありがとう」


 クロードはカップを手に取り、ミルクを飲み干して深く呼吸をして、伝えにくい報告は終えたと気を落ち着かせ、目を合わせる。


「エルーシアは、ルークへの見方が変わりますか」

「変わるわけないじゃない」


 まわらない頭ではあるが、これには即答できるとエルーシアの口が動き、(から)のカップに魔法で水を満たして、それも飲み干したクロードは優しげに笑う。


「さすがですね」

「もし仮に親がそうだとしても、彼は彼よ。兄があんなでも、私が私であるのと一緒」


 苦笑いするエルーシアからクロードは視線をはずし、説得力のある言葉に、ぎらりと目を険しくさせる――忌々(いまいま)しい過去を頭に(よぎ)らせたのだろう。


 汗ばんだ髪が不快なのか、クロードはポニーテールを結い直しながら話を報告に戻し、差別の衝撃から抜けきれず、エルーシアはぬるくなったミルクをちびちびと飲みつつ耳を傾けた。


「ルークは出生や本人証明がなく、今の誕生日も仮で、秋生まれとしか情報はありませんが、副隊長は親も調べるつもりです。ルーク自身も調べたらしいですが、個人では難しかったようで、詳細を調べる許可も得ました。何か情報があれば報告します」

「別に報告は――」

「しますよ。書類上ですが、彼の依頼人はあなたです。騎士が冒険者に護衛を依頼したら、笑い者ですからね」


 残ったミルクを飲み干して答える――依頼人として、何かあったときに対処できるよう、情報は必要だと判断して。


「はい。何か分かればお願いします」

「それと、ベナットからルークの耳のよさの確認を忠告されて尋ねましたが、かなりのものでしたよ」


 クロードは空になった二つのカップをトレイの中央に移動させながら報告を続け、エルーシアはきょとんとした顔を見せる――いつも神子らしくと微笑みを貼りつけるからか、少し幼くも見える。


「そんなにいいの?」

「内緒話には、かなりの気を使いますね。なので、口外禁止で、あなたが転生者だと伝えました」

「えっ!」


 トレイを手にして立ち上がるクロードを、エルーシアは驚きを隠さないまま、目を見開いて見上げた。


「彼が信頼して経歴を明かすなら、こちらも誠意を……ね」

「なんで、その誠意が私の経歴になるの」

「ほかから聞かされたり、中途半端に拾って聞くより、先に知らせたほうが、誤解もなく心の準備もできますよ」

「護衛も魔力の指南も順調なのに、なんの準備が必要なのよ。これ以上巻き込むのは、彼に迷惑よ」


 耳を赤らめて抗議するエルーシアに、クロードは頭を抱えたくなったが、手にするトレイは空のカップがあり、重心が不安定だから我慢する。木製のカップだが、落とせば割れることもあるのだ。


「……そうですか。ええ、そうなりますよね。()()デルミーラの愛し子ですからね」

「一人で何を納得してるの!」


 クロードはエルーシアに向かって謎の笑顔を見せ、就寝の挨拶を告げると、用件は済んだので、ストッパーの挟まる扉を押して馬車からさっさと降りた。

 一人残されたエルーシアは顔を手で覆って、(しば)し唇を震わせながら小さく(うな)っていたが、勢いよく手を引き離した――この手は先ほど、魔力の指南で、ルークの手に重ねられていた。


設定小話

デルミーラの考えで、成人まで神子になったことは伏せるはずでしたが

今→20歳 成人→18歳 神子だと公表して騎士隊編成→16歳


誤字脱字で訂正の多い、いたらない作者ですが、これは計算ミスではありません

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