03 序幕・出会い
怪我の状態や治療で、痛々しい表現多いです
デルミーラの一行が分岐点に向かって西街道を進んでいるとき、空に吸い込まれるような火炎が上がった。
遠目だから判断は難しいが目立つような大きさではなく、討伐や緊急信号のように弾ける様子もなく、静かに消えた。しかし、警戒していたのもあって皆が目撃し、瞬時に馬の歩を止めて神経を尖らせる。が、その後の異変はない。
「風読みの村の方角です」
ベナットが隣に座るデルミーラに告げたのを皮切りに、騎士たちがざわつき、アインは声を張りあげる。
「襲歩で風読みの村に向かうぞ。魔物の襲撃なら各自の判断に任せる。警戒し、前進せよ!」
騎士たちを乗せた馬が次々に全速力で走り出し、アインはデルミーラをちらりと見て、すまないと一言謝って馬を走らせ、毛糸の帽子を親指で押し上げて目を険しくしたベナットも、すぐさま手綱を操る。
デルミーラは御者台で拳を握り、行く先にある危機に考えを巡らせる。状況で推測できるのは魔物だが、そんな単純なお告げとは思えないから。
※ ※ ※ ※
騎士隊は朱の馬を導入している。赤い蹄を持つ黒毛の馬たちは魔力を持ち、疲弊ある中、騎士たちを風読みの村へ速やかに運んでくれた。
そして皆より少し遅れて到着したデルミーラは、御者台から困惑して村の入り口を眺めた。村をぐるりと囲む石積みの塀、途切れた場所にある入り口を前に、騎士たちが抜刀もせず、ただ立っているのだ。危機の対処はどうしたのか、降りて近づくと、通れるように間があけられる。
村に足を入れると、馬車の出し入れや方向転換のためか、少し開けた場所で、右側にレンガ造りの建物があり、幼い少女が一人だけ佇み、正面から左側には、村中から集まったのか人混みができ、少女を遠巻きに見ている。正面の奥にも広場があるのか、幾つものランタンの光が村人の頭越しに確認できる。
正面の人混みの最前列で屈んでいたアインは、デルミーラの到着を知って名を呼ぶ。
「軽い火傷を全身に負っているみたいだ。呼吸に乱れはないが診てくれ」
傍らには、寝かされた男性、泣きながら喚き散らす女性、女性の肩に手をまわして支える男性がいる。
デルミーラは周囲を観察しつつ、アインに向かい、ゆっくりと歩を進める。魔物に襲撃された様子はなく、煤けた跡もない。軽度の火傷を負った男性の存在。何かが焼けた匂いと、わずかに漂う癒しの魔力を感じとりながら、再び少女にも視線を向け――驚きで固まった。
ランタンの明かりも届かない場所で、暗い色のワンピースのため遠目では見落としていたが、月明かりでも近寄って注意すれば気づく、それは――だらりと下げられた両腕の、黒く焼け焦げた剥き出しの肌。目は虚ろに見開き、まるで置物のように痛みも感情も失い、立ちすくんでいる。
デルミーラは急ぎ少女に向かい、アインと騎士たちに叫ぶ。
「アイン、こっちが先だ。誰か手伝え!」
火傷の男性を後回しにされた怒りか、泣き喚いていた女性は雄叫びをあげて抗議し、支える男性は女性を抱きしめ、アインを激しく責め立てる。
アインは騒ぐ男女に、冷静に応対する。騎士として多くの事故や事件に関わってきたのだ、これくらいでは動じない。
「急を要する状態ではありません。治療はいたしますので落ち着いてください。状況を確認したいのですが、村の責任者はどちらですか」
「俺が、村長のオアマンドだ」
男性はギラギラと敵意を込めた、深く濃い青紫の目で睨みながら返した。
※ ※ ※ ※
クロードウィッグがランタンを持って駆け寄り、デルミーラは観察しやすくなった明るさのもと、屈んで診断を始める――軽度の火傷で、頬も赤くなっている。
腕の治療は消毒が必要と判断し、まずは鎮痛と頬の治療をしようとデルミーラが少女の頬に手を近づけたとき、わずかに肩をすぼめた。
「大丈夫、痛いのを治すんだよ。優しくするから怖がらないで」
クロードウィッグも屈み、どこを見ているのか分からない瞳を覗き込み、言い聞かせながら触れようとするが、また肩をすぼめた。
しかし、淡藤色の瞳がゆっくりと動き、デルミーラを捉えた。
デルミーラは目を合わせながら手を近づけるが、今度はおびえた様子もないので、そのまま頬に触れ、何かを呟き、癒しの治癒魔法をかけた。
頬の赤みが消え、手を離すと少女は目を閉じ、糸の切れた人形のように崩れた。だが間一髪、クロードウィッグが瞬発力を発揮し、崩れるのと同時に抱き上げる。
咄嗟のことでランタンは手を離して落としてしまったが、問題ない。光源は火ではなく、魔石が光っているだけなので火事の心配はない。
この子の治療を優先するとデルミーラはアインに声をかけ、喚き声を背に、少女を抱えたクロードウィッグとともに馬車へ急ぐ――背後から届く支離滅裂な喚きの中から、エルーシアなんかよりと聞こえたことで、少女の名が分かった。
馬車の扉前で、エルーシアの腕と裸足のため汚れていた足を消毒液で流し、中の簡易寝台に寝かせると、デルミーラは備え付けの棚から一枚の書類を取り出し、クロードウィッグに押しつけた。
口述するから外で記入しろと馬車から追い出すが、神子を相手に抗議する。
「外で記入なんて無理です、聞き取れませんよ」
「こんな幼い子の裸が見たいほど飢えているのか?違うなら出ろ。扉はストッパーを挟んで少しあけてやる。聞こえるように声を出すから、すべて書き写せ」
そんな風に言われると抗議もできない。クロードウィッグは馬車から降りて従う。
怪我の状態、治療の流れなどを説明しながら二度三度と魔法も唱え、デルミーラは腕の皮膚の再生をし、次に汚れを流したときに見つけた足裏の切り傷や擦り傷も魔法でふさぎ――ワンピースにハサミを入れたところ、少し鼻声の邪魔が入った。
「ちょっ、ワンピース切っちゃうんですか。着れなくなりますよ」
「もう着れないぐらいぼろぼろなんだよ、可哀想に思うなら新しいのを贈ってやれ。あと、終わるまで話しかけるな!」
静かになったので、続ける。はぎれになったワンピースを取り、異常は見られずに安堵するが、うつ伏せに返して息をのんだ。
小さな背中には、ミミズ腫れや裂傷が数多くある。古い傷から新しい傷まであるのは、日常的に虐待された証拠か。
記録する必要性から自然治癒した傷痕も含めて数え、怒り震える唇でクロードウィッグに伝える。
魔法で裂傷をふさぎ、最後に癒しの魔力を小さな体に流して回復力を上げるが、すでに治った怪我は治す必要がないから、癒しの魔法も魔力も効かず、自然治癒して、肉が盛り上がり、赤くなった線が幾つも背中に残った。
デルミーラは、らしくもなく涙がにじんだ目を押さえ、毛布で丁寧にエルーシアを包んで頭を軽く撫で、寝台に残したまま馬車を降りた。
外では、クロードウィッグがぼろぼろ涙を流しながらも、書類を濡らさないように細心の注意のもと記入を続けていて、その様子を目にして肩を叩く。
「これからはクロードと呼ばせてもらう」
設定小話
癒しの魔法→怪我の治療
癒しの魔力→大気に放って瘴気を祓うほか、体に流して、回復力UPや鎮痛とかします
お読みいただき、ありがとうございます