289 任務を負った妖精
かつていた転生者は同国の者――伝えられた情報に、予想どおりだとアクセルとカティは頷き合う。
「馬車止めで面白い飾り物の話を聞いて、まず始めに商業ギルドの支部に向か――」
「そこのホールにね、潰れないようにビンに入った、紙の鳥があったの」
「おい、欲しいからって話に割り込むな、説明させろ。大きさは手のひらに乗るくらいで、一つしかない貴重品だとかで断られて入手はできなかったが、踊る紙と同じ技術に見えたぞ」
「エルーシアなら同じものをつくれるんじゃない?」
紙飛行機と同じ技術の鳥、思い当たるのは折り鶴で、何かを理由に前世で友人に頼まれて五十羽渡したが、折った記憶は出てこない。つくれるのか。
エルーシアは風車を包んでいた包装紙を試しに折り、あっさりと完成させて皆を驚かせ、カティを喜ばせる。
「あっ、これよ。やったぁ、これでノイエにお土産で渡せる」
「折った覚えはなくても、意外と指先は動くものなのね。これは折り鶴といって、折り紙の定番よ。これを千羽つなげた飾りもあるの。クロード、あとで説明するから資料にお願いね」
「アイン隊長経由でランベルトに指示をまわしておきます」
「おう、これは俺にくれないか。踊る紙より複雑だから練習させてくれ」
折り方を覚えて土産にしたいらしく、折り鶴はジェイの手に渡り、カティは花柄の包装紙を用意するから折ってほしいとはしゃぎ、これも転生者と関わりがあるのかと、アクセルは商店街での購入品を広げる。
どれも珍しいと感じた品で、発色のいい色とりどりの布地の束に、糸を紡ぐ細長い棒のある魔道具に、乾燥した赤い豆を加工したネックレスやボタンやマラカスなど。
「この布地は新しくできた染色の技術だと思うわよ。ルークがぬいぐるみを買ったんだけど、売り場の棚も鮮やかだったもの」
「それなら布地は土産で配るか」
よく観察するため皆で品を囲む中、布地の束は脇に寄せ、エルーシアは糸紡ぎの魔道具に興味を持つが、もっと便利な品が開発されて廃れた魔道具だった。
「これは回転するだけの魔道具で、糸の太さも調節できる糸紡ぎに改良されたのは三十年以上も前よ。もう売れるような魔道具じゃないけど、在庫がある限り店先に並べているのね」
豆の加工品については、リゲルの別の地方でありふれた品だとルークが教える。自生した豆を相棒もよく食べていた。
「ここよりもっと南は乾燥した土地が目立つんだが、そこで育つ豆で、南東部では栽培して保存食にもしていた。樽爆弾が転がっている辺りだ」
春の遠征ではラーレが担当した方角で、寂れた地方だから工房巡りでも立ち寄らなかった、それでカティも豆の加工品を知らなかっただけ。
この視察での収穫は、寝衣と風車と折り鶴か――あと追加で、住民向けの商店街で買い込んだマコンが用意した夕食から、焼きはんぺんを見て、これも転生者が伝えたものだとエルーシアは指摘した。
「ナマズのすり身を使った総菜で、初めて見る食材なので、簡単にですが加工方法も聞いてきましたよ」
「はんぺんはね、煮込みに入れても美味しいのよ。今度おでんをつくるときに加えてみて」
はんぺんの加工方法は知らずに再現できずにいたが、冬に美味しいおでんの具材が一つ増えた。
ほくほく顔で頷いたマコンは、秋の間にはんぺんの加工を習得するそうだ。
そして夕食後、焚き火を用意して、購入していた皆で占いの紙をポケットやポーチから取り出した。
とくに占いは信じていないが、騎士たちは余暇の一環で楽しみ、ソニアは石畳の占い結果を大切にしたくて占いの紙をラーレに譲り、仕掛けが気になっていたクロードは、文字が浮かぶ様子を観察する。
「特別な紙には見えないですから、インクに細工があるのですかね。金運、恋愛運、仕事運、すべて良好……これだけ足掻いているんですから当然ですよ」
クロードはなんの感情もなく占いの紙を焚き火に投げ入れ、黒く縮んでいく紙をレイは羨ましそうに眺めた。
「良好な運か、いいなぁ。俺も頑張ってるのに、女性に振りまわされ続けるって言われたんだぜ」
石畳の占いに続き、誕生日占いの結果もよくなかったらしいレイは、別行動だったので炙り出しの紙はなく、エルーシアは自らの分を差し出す。
「私は別に占わなくてもいいから、これもらう?」
「ああ、お嬢さん、ありがとう……尊い神子様から譲ってもらった占いだ、いいお告げを頼む」
しかし力がこもって火に近づけすぎ、紙がちりちり燃えて手を離し、文字は読まれることなく焚き火の中に吸い込まれ、雄叫びが響いた。
石畳の占いを残した賢王は女性で、占いの紙を譲った尊い神子も女性。また、夢で見る前世も女性だったころの記憶――ルークはぽそりと呟く。
「当たってるんじゃないか?」
炙り出しの占いを伝えた転生者も女性か、そんな考えも過るが、性別を判断するような情報は得られなかったし、別にどちらでもいい。
運気は上昇中だが困難あり、の文字を浮かべた紙もどうでもいいから焚き火にくべ――魔道具製作の知識だと嘘を伝えてエルーシアが皆に披露する、レモン汁で炙り出しの紙をつくる作業を、これは趣味だからよく観察し、限定の外傷回復薬の缶にある蜜蜂と同じ絵を譲ってもらう。
皆が自作の炙り出しで遊び始めたら、本当はどこからの知識かとクロードが追及ですぐ隣から睨み、エルーシアはしどろもどろと、ファミレスの飲み物で子供たちが遊んでいたのだとかを教え――炙り出しは占い師が継承している術なので、何もせずに目をつぶると決める。
面白い遊びだと、ソニアから孤児たちに広まるか、騎士たちが家族や同僚に披露して広まるか、誰に教わったのかだけを他言禁止にして、成り行きに任せる。
※ ※ ※ ※
クロードが兵士から得た情報は、ルークとベナットは聞き耳を立てて知っているため、女性陣がシャワーを浴びている間に行った定時連絡の際にアクセルとジェイに共有され、エルーシアへの報告だけが残った。
これはルークから必要分を伝えるよう頼まれ、二人きりになったときに共有される。はずだったが、まだゲルの外や水場に騎士の姿があるのに、カティを伴ったアクセルが荷馬車へと誘った。
「ほかにも報告することができたんだ。それにリゲルの問題はカティも知るべきだからな、神子と同じ情報を聞かせたい」
「守られるだけじゃなくて、私も一緒に戦うんだよ」
まだラーレも就寝していないが、クロードが炙り出しで気を引いている。それなら四人で密談に入っても大丈夫か。
飲み物と昼に買ったトマトを用意し、どこかで寝る前にクルルも呼んでトレイに乗せて移動したら、直接兵士の言葉を聞いていたルークから報告を始める。
「アルニラムとの関係で各地に不安が広がってるが、新聞すらもまわってこなくなって、金のある奴らが首都に押しかけているんだ。それで首都の出入りは検問が厳しくなって、外壁門の近くには入れない大勢が居座っているらしい」
国巡りで入国したはずの神子の情報は掴めないが、新聞を発行するなら、記事にしないのは不自然でしかない。また逆に、国内の情報をこちらに掴ませないためにも規制をかけたか。情報を得られない地方では不安を募らせている。
それと、この町の町長も三日前に情報確認のために出発したが、同行は不要なはずなのに、家族たちも消えているとのこと。
「まだ回復薬の在庫が消えるには早いけど、院の崩壊を予測した権力者が首都に逃げ始めてるのかな」
「あの兵士は変に頑固で、この町は女と年内に出会えるから安全だって考えだったが、その線だろうな」
「考える力のない兵士か、上の指示だけで動くいい駒の愚か者だな」
「二号や昔のジェイも一緒だよね、アクセルの指示だけを待つの。あの二人も愚か――!」
鋭い意見を出すカティの口にトマトを突っ込むと、アクセルは連絡板で仕入れた情報へと話題を移す。
「二種類の回復薬の配達が完了した。それとサイフの実験から一月だが異変は何も確認されてない、リゲルの洞窟でも檻を設置して準備の最終段階に入る」
「そう……順調ね」
「ああ、すべて順調だから計画どおり推し進める。神子は痛い思いをするだろうが、このまま流れを掴むぞ。いいな?」
また痛々しく全身を赤く染めることになる。しかし治療は可能なのだ、アクセルは承諾の返事を求めて真剣な目を向け、どうにかしたくて、カティはトマトを飲み込んでエルーシアの手を握る。
「次の実験のとき、モウの掛け布を巻いてエルーシアの後ろに立ちたいの。難しいことは何もできないけど、瘴気を祓うエルーシアに回復をかけ続ければ、怪我は避けられるでしょ」
「カティ!そんなこと考えてたのか、魔物があふれるんだぞ」
「簡単な回復なら片手だけでもできるもん!」
この策はカティの独断のようでアクセルは驚くが、これでエルーシアは無事になる、しかし護衛対象の神子が二人になる、リゲルの地でどれだけ安全を約束できるかと考えを巡らせ始め――エルーシアがほかの策もあると考えを中断させる。
「ルークが気づいてくれてね、一つ試したいことがあるの」
そうエルーシアは微笑むと、あとは任せたとルークに視線を向け、ルークはポーチから双葉を出して手に乗せる。
双葉はペットのようにまとわりつき、ふらふらと遊び、マナの影響あるクルルと休むが、他者には近寄らない。
ガリーナからは隠れ、カティやアリッサに自ら近寄ることはなく、ラーレからは逃げた。しかし、エルーシアの呼びかけには応じる、これに希望を持っている。粒のときもエルーシアの悪夢には反応していたのだ、いけると。
「双葉、教えてくれ。オレを包む魔力、絶大な効力があるだろ、これでエルのことも瘴気から守れるんじゃないのか?」
双葉はぽかんとした顔で見上げて動かず、問いかけの返事を読み取れないルークとカティ、そもそも妖精が見えないアクセルは、エルーシアの応えを待つ。
「えっと、ルークの質問の意味が分からない、みたい」
「そうか、それなら頼みに変えよう。魔物があふれる危険な場所にいくんだが、必ず守る。だから怖くても逃げずに、エルに張りついてほしい。どうだ?」
内容を理解したのか、双葉は羽を忙しく動かすと、ぴゅいっとエルーシアの胸もとに張りついた。
頼んでいるのは今ではないが、大丈夫そうだ。握っているカティの手は、エルーシアを包む魔力の存在を感じる。
新しい遊びを見つけたかのように双葉は笑顔で頭を振り、エルーシアも頬を緩めて、そのことを伝える――直前にお願いしても利いてくれそうだと。
※ ※ ※ ※
皆を就寝させて恋人の時間を過ごすとき、空っぽの荷台でルークに向き合うエルーシアは、トレイの上で丸くなったクルルの背を撫でて休ませ、寄り添う双葉に声をかけた。
「双葉は、もう少しだけ付き合ってもらえる?」
羽を震わせ、何かと首を傾げる双葉は、生活をともにして言葉を学んでいるようで、意思の疎通が日々楽になっている。今なら、もっと深く解明できるはず。
返答の様子が目視できるようにと、エルーシアはルークの手のひらに双葉を乗せ、顔を合わせる。
「双葉が食べた粒、あれは世界樹の種よね?」
頷きの返事をもらい、種は奴隷紋からルークを守っていたのか、食べた今も守り続けているのか、だから側にいるのかと質問を重ね、こくこく頷く返事をもらい続け、これまで推測でしかなかったことを確定させていく。
「でも今は、再発……えっと、また痛くなることなんだけど、今は再発の心配はない。だから、ルークから離れるときが増えてるんじゃない?」
上下に揺れる突起で、頷いたのだとルークにも分かり、再発するときは体に異変があるのかと問う。
この質問には頷きでははなく、両腕を広げてわたわた振る――この動作はルークの目では判断できず、エルーシアは様子を教え、返答の意味は分からないと眉を下げる。
「そうか……今は再発しない。それが分かっただけでも有益だな」
「ええ、本当によかった」
聞こえる声が気になったクルルの耳がぴくぴく動き、双葉も顔を向けて羽をぱたぱたさせる。
まだ尋ねたいことはあるが、そろそろ双葉も休みたいか、礼を伝えて解放すると、すぐにクルルの背に飛びつき、エルーシアもルークに抱きつく。今は再発の心配がない、それが嬉しい。
「お礼の言葉以外で返せるものがないのが申し訳ないわね」
「何も食べないし、何も欲しがらないからな……玩具を用意して遊びにでも付き合うか」
「あっ、それなら余分に買っているから、風車を一つ双葉用にするわ」
嬉しそうにするエルーシアを見れるのはルークも嬉しく、抱きしめる腕に喜びを感じ、そっと髪にキスをして、双葉がいるであろう場所に視線を向ける。
再発で体に異変があるのか――答えを知りたかった。すぐに消えたが、前に一度、負の感情を抑えきれなかったとき、左脇腹がうっすら赤くなっていたから。
エルーシアが痛々しい赤に染まった晩、思わず憎しみをあふれさせた。シャワーを浴びる中で体を刺す冷えはなく、痛みは壁を殴りつけた拳だけだったが、奴隷紋があった場所に浮き出た赤みを見て、疑問を巡らせた。
治療した新しい皮膚だから熱いシャワーで赤くなっただけか、もしくは、感じる苦痛が表にまで現れたエルーシアの赤くなった皮膚と同じか。
完治はしていない、負の感情を持ち続けたら、いつかは再発するだろう。それは前と同じく冷えと痛みの蓄積か、そのとき、奴隷紋も再び現れるのか。
エルーシアに相談すべきだろうが、目前に迫った問題が多い、今は尋ねられない。双葉からも情報は得られなかった――どうするべきなのか。
今後憎しみを向けるとしたら、世界樹ではなく、特定の人物だ。亡国への国境を越えて以降の目撃情報がないから、まだあの地にいるか、会う機会がないのなら、なんとか感情は抑えられ、双葉の張りつく先がクルルの間は再発の心配もない。
それなら後まわしにしていいか、今は大切な恋人の時間――鼻先をこすり合わせ、くすぐったそうに頬が緩んだら食み、何度も角度を変えて就寝前のキスをする。
設定小話
エルーシアの前世の記憶に小中学生時代はないので、炙り出しを習った記憶はありません。
ただ、たくさんのジュースがあるからと、習ったばかりで試して遊ぶ子供たちの接客をした記憶があるだけです。コンロを貸してほしいと頼まれ、直火は危険なので、トースターをお薦めしました。




