284 重ねる嘘に痛む胸
外壁をぐるりと描いた簡単な地図には、南西部に入り口の門があり、西には野営地、東には裏門と畑の文字があり、南側も畑。この村の位置関係であり、賢王の家は、村内の東寄りに描かれている。
それを皆の前――村から戻ったルークとアクセル、ラーレを落ち着かせたエルーシア、石畳の占いの真の意味を知ったジェイの前に広げたクロードは、一点を指差す。
「光粉の柊です。これも、賢王ゆかりの品です」
賢王の家から離れ、起点はどこかと考えを巡らせながら戻り、情報共有をはかり、思いついた予測場所だ。
どこに何を隠したのか、何も知らぬが、文字を読み解く者が現れるまで、手つかずで維持できる場所を探したはずだ。
「占いに頼る習慣から、石畳の小屋は大切に保管されるかも知れませんが、家は改築や取り壊しの可能性があります。ですが、街道があるので門は残ります」
さらに、新しく街道を整備して門が移設されたとしても、村の敷地を広げるために外壁がつくり直されても、柊の木は残る。
ぼんやりとした明かりだが、大きな立木へと育っているのだ、使いようはある。もし枯れても、跡地として何らかの噂は語られる。
クロードの説明で読みを深くまで巡らせたアクセルは、門から入った広場脇、南東には建物が二棟あったと指摘する。一棟は枠組みだけの厩舎だったので、もう一棟を推測するなら、馬車置き場か倉庫だ。
賢王が辿り着かせたい場所も、手つかずのままで残されるような何かのはずだが、建て替えや増築が簡単な建物。
「隠した場所の上に何かを建てられたら、捜索は困難だぞ」
「散策に見せかけて、歩いて確認してくるか……いや、下手に動いて目撃されるのは避けたほうがいいな」
「ええ、ルークの警戒どおりです。今、ロズを案内役に、ベナットがカトリーナ様やユアンと一緒に占い小屋へ向かっています。様子を窺うよう伝えたので、戻れば情報があるはずです」
村の入り口に位置しているので、人目のある昼に堂々と調査はできない。掘り起こすなんて、もってのほかだ。ベナットからの追加情報を待ち、夜陰に乗じて行動に移すと決める。
今夜は夜更かしが決定だ、アクセルとジェイは仮眠をとるためにゲルに入り、エルーシアはクロードを夕食に誘う。
「クルルと一緒に双葉を紹介して、ラーレの様子がだいぶ落ち着いてきたの。ここを出立する前に、クロードも紹介したほうがいいでしょ」
「ええ、そうですね。何かあったときのために会話ができると助かります」
考えること、やるべきことが押し寄せている。労うように肩を叩くと、準備をするためクロードも腰を上げ、エルーシアは申し訳なさそうにルークの手に触れる。
「約束してるのに、一緒に食事ができなくてごめんなさい」
「いや、状況が状況だ。説明は受けているから気にしなくていい」
不満はない、ラーレの目に、恋人のやり取りを映すわけにはいかない。食事はちゃんととるよう注意して、約束だと髪にキスをするが――疲れた顔をしているのに、このあと気を使うゲルに引きこもるのが苦しくて、膝に乗せて背後から包み込む。もう少しだけ、五分だけでもいい、留めておきたい。
「双葉が上手く気を引いてくれたか」
「ええ、頭に生えた芽に驚いて、触ろうとしたんだけど双葉が逃げて、今は大人しく観察しているの」
「リゲルに入って、魔物の遭遇が多いからだろうな、双葉が肩に張りつかなくなったんだ。今日はクルルと一緒にいたのか」
「そうね、最近はよくクルルと一緒に……いるわね」
何かが引っかかり、エルーシアは眉をひそめるが、背後から包んで髪に顔をうずめるルークには見えない。
「ああ、御者をしないからクルルも小さいままで、いい遊び相手なんだろ。ほかに遊び相手もいないし……な」
何かにルークも引っかかり、顔を上げるが、確証は何もない。どう調べを進めればいいか――きゅっと抱きしめる腕に力が入る。どんな危険からも守りたい。
エルーシアも、力強い腕に、想いとともに手を重ねる。同じく、守る術を求めている。
※ ※ ※ ※
夕食時、今日の名はジェニーだと前情報を伝えたエルーシアが扉をあけ、ユアンが隠れるように脇に控えると、三人分の食事と荷の包みを持ち込んだクロードは、初対面のように紹介された。
「ラーレおばさん、こちらは母の弟の、クロードウィッグです」
「あら、それならジェニーの叔父で、私とも親戚になるのね」
「アルニラムで騎士をしていますので、今回の国巡りでの護衛を任されています。気軽にクロードとお呼びください」
お近づきのしるしだと開く包みには、社交始めの夜会でエルーシアが着たドレスによく似た仕立ての人形服があり、従姉妹で揃いになるよう準備させたと贈る。
「あらあら、もしかして、毎年贈ってくださるのは、あなただったのかしら。お名前を覚えてなくてごめんなさいね」
直接顔を合わせるときは、会ったときに挨拶の品として、別れるときにはエルーシアから気を逸らすため、二着贈っている。
会わない年も、再会したときの布石として送り続けているので、なんとか欠片をラーレの記憶に残せる――今差し出しているのは、南東の街に届けるよう注文を改めて急がせた品。
「何度か館に荷を送ってはいますが、お会いするのは初めてですから、私の名をお忘れしても当然です。神子様は多忙でいらっしゃいますので」
「ここは首都から少し離れているのよ。数日はクロードの指揮で移動するから、クロードのこと、覚えててくれる?」
「ええ、もちろんよ。ジェニーと揃いのドレスなんて嬉しいわ、ありがとうね。あの子やあの人も喜ぶわ」
人形は寝ているかのように脇にあり、ラーレは青い刺繍の入った淡い灰色のドレスを大事そうに受け取った。このやり取りで、数日は、縁者としてクロードを認識してくれる。
さらに円滑に事が運ぶよう、会話を弾ませながら食を進め――人参ポタージュは護衛が手伝ったと話題にされ、皆の気遣いを感じつつ、エルーシアは重ねる嘘でちくりちくりと痛む胸で飲み干した。
※ ※ ※ ※
皆が寝袋に潜ったのち、夜番の二号とともにジェイを残し、何かあれば笛を吹くよう指示し、エルーシアとルーク、クロードとアクセルとベナットは野営地を離れ、外壁沿いを進み、門が近づいたところでベナットがひょいっと壁に立ち、辺りを窺った。
警戒するものは視界になく、異音もない。それほど遅い時刻ではないが、村の中は静かだ。
村の中の木立の陰で縄ハシゴを両側に垂らし、皆で塀を越えてベナットには待機させ、向かうのは鉄柵で閉ざされた村の入り口。
石畳が示す起点は、左右どちらにある柊か、もしくは二本のちょうど中間か、まだそこまでは読めていないが、そう距離があるわけではない。
ルークは手前にある柊の裏手で方位磁石を取り出し、数をかぞえながら小幅に東へ歩き、立ち止まると南へと向きを変え、また歩き、問題にぶち当たる。
あと数歩なのに、目の前には簡素な馬車置き場がある。中を覗くと、荷を詰める用の空樽か、壁に沿って積み重なり並んでいる。
「指定は、たぶん樽の下だぞ」
「それでしたら……」
樽を移動して調べるか、それとも別の場所か――辺りを見まわしたクロードは、あれが指定箇所ではないかと少し離れた地面を指差す。
厩舎脇に、まるで休憩用のベンチのように、膝の高さで積み上げた石が、二メートル弱の円を描いている。
「埋めた、井戸みたいね。あっ、水浴びで頭を冷やせって、この井戸に導くための言葉なのね」
「ええ、埋めても、井戸は井戸です。水を連想しますし、一度埋めた井戸が掘り返されることは滅多にないですよ」
水を出す魔道具が普及して不要になったか、枯れたか、瘴気が溜まって魔物が発生したか。どれを理由にしても、長年放置されるだろう場所だ。
それに、地下の水気を気にして、建物を上に設計されにくい。
アクセルは覆い被さる土に触れるが、何も発見できずに首を振り、見落としを防ぐためにランタンを灯した。
突然の明かりや人の気配で目を覚ました馬が厩舎内で嘶き、エルーシアは眠りに戻るよう魔力を飛ばす。これで、朝まで邪魔されない。
この嘶きで誰かが様子見に訪れるかとルークは耳を研ぎ澄ますが、向かってくる音はなく、大丈夫だと調査を促す。
アクセルに代わり、井戸の中に手を当てたクロードは、ごそりと地面から土を消して一つのレンガを発動させ、ぽいっと投げ捨てて、発動を繰り返し、井戸を掘り下げていく。
「おや、この下に何かありますね」
そうクロードが告げたのは、体を井戸の中に移し、二メートルほども土をレンガに変えたころで、賢王の示す場所はここで間違いないのかと、ルークが井戸から逆に進んで確認をし――もう一本の柊が起点で間違いなさそうだと報告した直後だった。
何を発見したのか、アクセルは井戸へと身を乗り出してランタンをかかげ、クロードはもう一度魔法を発動して、書類でも仕舞うような大きさの、黒く塗られた箱を出現させた。
箱はアクセルへと託し、ほかにも何か埋まっているかと確認するが、その様子はない。
黒い塗装は濡れから守るものだろう、土で汚れているが破損はない。緊張した面持ちで振るとゴトゴト音が鳴り、あければ、今度は明かりに反射する銀製の薄い箱がある。
ごくりと喉を鳴らし、続けてあけようとしたアクセルを、エルーシアは止める。
「銀ってことは、魔力を帯びる何かが入っている可能性があるわよ」
隠したのは、魔道具製作の腕がある者。音が鳴ったり何かが飛び出すことも考えられる。野営地に戻ってから確認すべきだ。
それなら井戸を再び埋め、撤収か――と、その前に、アクセルはメモ用紙にさらさらと文を書き、黒い箱に入れ、あったままに戻せとクロードに渡す。
「今後、あの文字を読み解いて、井戸に辿り着く者が現れたときの対策だ」
ルークがレンガを落とし、クロードが土くれに戻して井戸を埋める中、エルーシアは何を書いたのか尋ね、教えてもらう――メモを持ってアルニラムの王家を訪ねたら、知識を称えて褒美を約束する文だと。
アクセルがこの地に立ち寄ったのは、噂になる。直筆で署名が入っているから、不審感を抱かずに訪ねてくれるだろう。いないとは思うが、秘密を口止めするために、万が一の策を残す。
※ ※ ※ ※
『私は時折不思議な夢を見る。遠い遠い過去と、明け方に見る、当日の行動。その過去を懐かしく思うことはない、血なまぐさいからだ。しかし、当日の行動とは面白い妄想である。
時に夢の中の私は、興味もないのに乗馬の訓練をし、用もないのに洞窟探険に出かける。その通りに行動すると、不思議なことに、面白い発見に巡り合う。
別に夢と同じ行動をとらなくてもいい。いつもと変わらぬ日常が過ぎるだけだ。
しかし面白い発見を期待し、夢に任せて行動することは多い。実家に贈られた寒冷地の植物を真逆の環境下に植えてみたり、占いに凝ってみたりだ。
ただの夢、ただの妄想、しかし、これはどんな面白い発見につながるのか、光る粉を集めさせている』
文章を淡々と読んでいたエルーシアは、一枚目を終えて皆の顔を見まわす。ともにランタンを囲むのは、情報を共有すべき者たち。
野営地に戻り、慎重に銀の箱をあけると、入っていたのは、夢小説の原稿と書かれた封筒――こちらの文字だったので、先にアクセルが確認すると思ったが、転生者に残されたものだと辞退され、中の小説を音読している。
「この、遠い過去は前世で、当日の行動は、贈り物みたいね」
「小説や妄想と記しているのは、偶然に発見されたときのための偽りでしょう」
「おう、それだと、植えた寒冷地の植物は光る柊で、珍しいから王家に贈られた品で、もとはベラトリかベテルの植物だな。図鑑にはなさそうだぜ」
珍しくジェイが読みを閃かせるが、ベラトリで見聞きしたことのないルークが否定し、アクセルは亡国ベテルかと目星をつけ、王太子に追加の情報を伝えておくとし、原稿の先を促す――それでエルーシアは、二枚目へと音読を移す。
『遠い過去の夢で支え、妄想のような面白い夢で導きたかったのに、悲運に見舞われることもあり、私には重い罪がある。
敬慕する父を励まして送り出したのは、死地となった。敬愛する兄は私を守るために戦い、目の前で命を燃やし尽くした。
愛する二人を失った母を、私は慰めることができない。失意に沈めたのは私だ、そんな資格はない。
病床についた母は弟に任せ、罪滅ぼしのように私は駆けまわったが、結局は罪を重ね続けることになった。騙した者は星の数ほどいる。
掴みようのない夢で振りまわし、大勢を巻き添えにして私は生きてきたが、今振り返ってみれば、好き勝手した効果か、不思議と悔いはない、一つを除いて』
賢王の功績は、前世の知識に加え、贈り物の能力だったらしく、続く三枚目の告白を待つ視線を受け、エルーシアはぺらりとめくる。
『母はずいぶん前に世を去り、昨年は家を継いだ弟が去った。だから私は、大勢を偽ったまま、栄誉ある眠りにつくだろう。
本来なら、兄がいるべき場所だ。偉大なる兄は、私に代わり、ひっそりと偽りの場にいる。私がすべてを奪ったからだ。
偽られた兄の魂は、祈り場の皆に迎えられたのだろうか、確かめる術がないのが心苦しい。
こんな後悔が胸にあるから、数奇な身の上を書く夢を見たのか、面白い結果になることを願う。
原稿を読む者よ、あなたが偶然これを手にしたのなら、駄作だと笑うがいい。
しかし、意図して手にしたのなら、伝えたいことを理解してくれるだろうか。一つの思いを託したい。知り得たすべてを、知るべき者に伝えてほしい。
いつの日か、歴史に隠された者を、あるべき場所で眠らせてほしい』
夢を題材にした小説ではなく、遺言の手紙として、アクセルに差し出す――知るべき者は、同じ血を引く、アルニラムの王族だ。
「公にはできないけど、二人のお墓を……」
「そうだな。国巡りから戻ったら、父たちと兄の四人で、墓荒らしでも計画するか」
この心残りの告白から知り得た一番の収穫は、贈り物持ちであったことと、能力の内容か。
デルミーラの予知に似たかたちで、取るべき行動を世界樹に示されたのだろう。功績の数々は、世界樹の望みだったようだ。
「飛竜の災害に父王を送り出すくらい昔から贈り物があるなら、神子になったときに授かって、今も……」
多くを知ったが、まだ辿り着けないこともある。輝く人と同一人物かということ。
確信がなく、誰も返事ができない。クロードは考えを巡らせて黙り、ルークやジェイ、ベナットは力なく首を振る。
アクセルは手紙を内ポケットに入れようとして、かさりと何かに引っかかり、昼に書いたメモがあることを思い出してエルーシアに見せる。
「少し気になって書き残したんだ、どんな意味か教えてもらえるか」
「難しい単語ね……えっと、これは……戴冠式が素晴らしかった、だと思うわよ」
「そうか、賢王は甥の戴冠式に参列したんだが、それが最後の帰国なんだ。遠い地で思い返して、祝福し続けてくれたんだな」
今度こそメモと一緒に手紙をポケットに入れたアクセルに、エルーシアは一つの頼みを伝える。正しき場所に移したあとは、パイを供えてほしいと――姫神子の記録は少ないが、賢王の文献は多く残っている、調べれば、好物のパイは分かるだろう。
二つの月が輝く夜空をそっと見上げ、皆も続く。アルニラムの空もリゲルの空も同じだ、いまだ賢王は漂って、世界樹のために能力を行使しているのか。
設定小話
クロードは土をレンガに変えて掘っていますが、ウィノラを助けるときに編み出した効率のいい土掘りです
一般的な方法かは分からないです。土魔法は発動にばらつきがありますからね




