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251 何があろうと隣を望む

 ――明日には国巡りで発つというのに、エルーシアは午後一番の授業までと頼んで通学した。どうしても受けたかったのだ。

 前日に騎士科の学生が火傷(やけど)を負い、その治療を医師教室で予定されて、術後に魔力を流す役割で癒し手の学生の立ち会いが求められたから、立候補した。皮膚の切除を見学する機会だ。


 癒し手がいれば皮膚の再生で治療が可能で、不在の場合、回復薬や医師に頼るしかないから医療科では施術を学ぶが、本来なら癒し手は関わらなくてもいい分野。しかし、皮膚を剥ぐ手順を学べば、治療の幅は広がる。

 実際に見学した医師の施術は、本以上に気づかされることが多く、エルーシアは満足して帰宅したが、送迎をしたクロードはぶつぶつ文句をこぼした。


「年ごろの子が興味を持つ分野ではありませんよ、何もこんな多忙なときに無理して登校しなくても――」

「ごめんなさい。でも、三月(みつき)近くも遠征するのよ。一つでも技術があがるなら、見学してから出発したいじゃない」

「火傷なんて、あなたもデルミーラ様も簡単に治すじゃないですか。無理に身につけなくてもいい技術です」

「でも皮膚を剥ぎ取る(すべ)があれば、古傷を消したり、毒で変色したままの皮膚も治せるのよ」


 遠征中に自主学習する予定の教科書をまとめたり、馬車に持ち込む本を図書室から選別しながらエルーシアは考えを伝え、理由には納得したいが、不満もあるクロードは手伝いつつも愚痴が続く。


「今日の護衛当番は私だったのに、隊長に取られました」

「……ごめんなさい」


 不満のもとは、デルミーラの隣に立つ機会が逃げたこと。これから遠征で寝食ともにするが、二人きりではない。大勢で移動する前の、ゆっくり並んで歩く機会だった。

 エルーシアは再び、謝罪の言葉を伝える。この午後、デルミーラはアインを連れて王城に出ているから――そして人払いをした謁見(えっけん)の間では、無理を通せとの指示が飛び、抗う陛下の声が響いていた。


「これ以上の無理は無理です。いくら優秀でも、まだ十三歳の学生です。春でも異を唱える者が多いのに、さらに長期で連れまわすなんて、自国他国から非難が集中しますよ。今なら間に合います、考えを改めてください」


 五歳で転生者だと認められたが、不安定に泣き続ける時期や、幼すぎて知識の説明がおぼつかない時期に資料はつくれなかった。

 転生者が一人現れたから、これから昔のように増えるはずだ、デルミーラが保護したから、これ以上の特別な保護は不要なはずだ、そう陛下は考えていた。しかし、そうはならなかった。


 百年もの時を越えているのに転生者はただ一人のままで、エルーシアも年を重ねて資料が増え始め、今では保護の手を貸したい存在になった。

 だから使い魔をこっそり学校に連れていくと決まったときも黙認したが、デルミーラのわがままが度を越えている。


 子は未来を担うからと就労を規制させたのに、長期の連れまわしを容認したら、学びの妨げだと抗議される。さらに、この国巡りの締め、ベラトリからの帰路には、留学する向こうの王子も同行するのに、無関係の子がいては護衛に障りがある。

 側に置いて守りたいのは理解するが、他国を巡るのだから穏便にと陛下は願い、不満で目をぎらりと光らせたデルミーラは、ずかずか真実の椅子に近寄って腰を下ろす。


「よく聞け、エルーシアはただの転生者ではない、七歳で神子になった。サイフのアリッサにも明かしているぞ。国を巡る資格も、神子の交流に参加する権利もある。貴族や役人ども、他国の邪魔者もすべて抑えろ」


 無理を通すために、デルミーラは秘密を明かすと決め、信じてもらうために謁見の間での面会を求めたのだ。そして、公表は成人するまで控えるつもりだから、他言せずに守ることに尽力せよと、破れない誓約書を取り出す。

 こんなことは想定外だ、驚愕から陛下はらしくもなく頭を抱えて座り込み、アインは隣で膝をつき、協力を求める。


「世界樹が救出を望んだ神子です。隠す中では護衛騎士隊を編成することもできませんが、私の隊で、何がなんでも守り抜くと誓います。どうか、寛大なるお心をください」


 エルーシアを残せなんて押さえつければ、デルミーラはきっと、自らも国巡りに出ないと無理を言い出すはずだ。それは避けねばならない。

 アインは魔力を覚えさせるため、インクビンを差し出す。一騎士が国王陛下に求めるものではないが、そうしなければ、神子の世界や他国との関係が崩れる。


 なぜ幼い身で神子に選ばれたか、転生者が神子になんてあり得るのか、だから幼くして目覚め、いまだ唯一の転生者なのか――驚く頭に巡る言葉は多いが、最善の対処をしなくてならない。

 震える手でインクビンを握った陛下は、まずは誓約書の内容を確認させろと視線をデルミーラに向け、びくりと体を強張(こわば)らせた。


 デルミーラが脅すために鋭く睨んでいるのだろうと、注意するつもりで視線を追いかけたアインは、立っているときは死角になっていた真実の椅子の脚の奥に、別の足が生えているのを見つけ、剣に手を伸ばす。

 二人の態度に何かあると気づいたデルミーラは、椅子の背後を確認して、(いら)つくガキを発見した。


 なぜこんな場に潜んでいたのか、蹴りが飛んでくる中、アクセルは笑みを浮かべる。

 七年後に諦めを突きつけられるが、狙う先が確定したと、わずかに残っていた初恋の熱をぶり返した瞬間である――


 ※ ※ ※ ※


 夏の終わりか秋の始まりか、風はまだ東から吹いている朝、国巡りの準備を整えた一行は出発し、王城の正面で一度進行を止めた。

 見送りの陛下たち王族から無事を願う言葉を贈られて、集まる人々に手を振られ、第二騎士団が整備してラッパの音で先導する街道を進み、王都の外壁門を抜ける。


 離れる前に花を手向(たむ)けたいとエルーシアが希望を伝えていたので、王都郊外に出ると最初に墓所へ立ち寄った。

 クロードではなく、ルークと一緒に墓前に控えたエルーシアは、ただ一人の者と出会い、添う道を望んでいることを報告し、ルークも隣から、無事にまたここへ送り届けると誓う。ほかの皆も出発の挨拶を伝えたのち、次の目的地に向かった。


 それで到着したのは、郊外で計画が進む新施設である。広い敷地を囲む石塀は簡素(かんそ)だが、厚みを持たせたから頑丈で、簡単には崩れそうになく、上に乗って走ることも可能に思える。

 昼休憩だと、入ってすぐの広場でレイとソニアが竹カゴを配る中、エルーシアは御者台に立って辺りを見まわしていたが、降りるための手を貸そうと近寄ったルークを誘う。


「伝えたい大事な話があるの、あの先まで付き合ってもらえる?」


 エルーシアが示す方角には、この施設の中央に建つ予定の、つくりかけの塔がある。二人きりで過ごせる時は嬉しいが、出発直後であり、皆に報告があるからと、集まって食べるようクロードが声をかけている。


「まずはここで食べてからでもいいか?クロードが呼んでるぞ」

「何を報告するのかは分かるわよ。秘密の実験をするから、危険な討伐作戦があるって周知するの」


 出発前に皆を集めて説明する機会はなく、ここで必要最低限の情報が知らされるのだ。サイフに入国したら、小型から大型まで、新種も発生する環境で討伐する――どれだけ安全策を張り巡らせても、危険は未知数。

 カティたちや馬の避難所を準備させ、サイフの騎士たちも討伐に加わるが、隊の皆はエルーシアの盾になるため前線で戦うことになる。


 リゲルとの問題があって、通常の国巡りと違うことは皆が理解しているが、危険は少ないから安心をとソニアにも伝えていたのに、想定以上の危ない遠征が待ち構えている。

 心の準備が必要だと説明するエルーシアは、塔に向かいながらルークを見上げ、同じく心の準備と理解してほしいのだと頼む。


「準備が慌ただしかったから、今日の進行はここまでで、入り口から一番近くに並ぶ小屋で休むの。私たちが発つまで、作業員たちには反対側での小屋づくりを頼んだわ」


 これまでのぼったどの塔よりも幅はあるが、まだ完成には遠く、五メートルほどの高さしかない。

 しかし、まわりが何もない広場のままなので、螺旋(らせん)階段をのぼると、ぐるりと外周まで確認でき、エルーシアは指差しながら説明する。

 入り口近くの小屋は、いずれ従業員たちの休憩所になる。ほかにも売店や食堂、利用客たちの着替えや荷物の預かりどころ、簡易宿などを予定しているが、どれも石造りで壁沿いに計画していると。


「なんか、想像したら、北西の国境みたいになるな」

「やっぱり、ルークはクロードと同じで気づくのね。ここは生き物の保護施設で、娯楽施設だけど……討伐の、激戦地にもなるかも知れない」


 笑みのない真剣な顔をするエルーシアに、ルークは顔を曇らせる。午前の進行で魔物との遭遇はなかった。大勢の行き来で一掃されたあとの王都近郊だから当然だが、普段でも危険の少ない場所のはずだ。

 しかし、一つの行動に(いく)つもの意味を絡ませるのが得意でもある。


「何か、危険に転がる(たくら)みがあるんだな?」


 エルーシアは(うなず)くと、練っている計画を教える。石造りの小屋は国境と同じように、集まった騎士たちの休憩に使われ、討伐の足場にもなる。

 これからつくる立体迷路は、有事の際に生き物たちの避難所になり、生き物と触れ合う場の囲いは、馬たちの退避場所。

 滑り台を備えた人工池も予定しているが、それは貴重な水場であり、この塔はロープを張ってジップラインの乗り場になるが――魔力を放つ場所にもなる。


「騎士団は強化されて、混乱は起こさない。ベラトリとサイフは協力を約束したし、リゲルは国家崩壊させない。魔物も群れて来襲しないように、瘴気溜まりをどうにかする。それでも、お告げを回避できなかったときは、ここで癒しを放って迎え討つの」


 そのために、急ぎ防御の腕輪も量産させている。王都の夜空を夕焼け色に染めないように、身代わりを務め、四方八方から群れて現れる魔物をこの塔におびき寄せるのだ。

 世界樹に悲鳴をあげさせないため、ここに毅然(きぜん)と立つ。


「世界樹が悪夢に飲み込まれたら、アルニラムは崩壊するの。これは、万が一に備えた最後の策だけど……耐えられないなら、ルークは私から離れて避難――」

「戦技は増えてるんだぞ、大丈夫だ。何があってもエルの側にいる」


 離れる選択なんてない。失うなんて耐えられず、さらって逃げるのも、できるだけ回避したい。それなら取るべき行動は一つ。その前段階で食い止めて、ジクフリードの狙いを潰すのみ。

 ルークは口角を上げると、そっと背後から包み込み、目の前の淡色の髪に想いを伝える。

 

「何をどうやったって、エルは危険に転がるんだ。それならすべてを受け入れて、どんな危険からも守り抜くだけだ。この背中から離れる気はない」


 背中に伝わる鼓動は、絶対に守ってくれる安心をもたらすが、同時に、守らなくてはとも思う。だから、力強い腕に手を添え、自衛できるように不安を与える。


「ルーク、ありがとう。それと……ごめんなさい、まだ完治じゃなかったわ」


 双葉が完治を否定したと教え、道中でほかの奴隷紋の解読もして治療方法を探るが、サイフでも、かつて保護した奴隷紋を刻まれた者たちの記録を読ませてもらうつもりだと伝える――常に側にいるルークには、隠したまま事を進められない。


「そうか、まあ気にするな。痛みはないし動けるんだ、妬みに気をつけて生活すればいいだけだろ」


 さらりとルークは流すが、諦めで埋め固めた世界を抜け出したのなら、負の感情を胸に溜め込まずに無視するなんて難しい。エルーシアがそれを指摘すると、難しくはないと否定される。


「命をかけるほど惚れた女が隣にいて、オレのために必死に心を砕いてるんだぞ。しかも世の中を変えるほどの女だ。誰に妬みを持てばいいんだ、無理だろ」


 そういうものか、よく分からないが、それなら何があろうと隣にいようと心にエルーシアは頷き、不安や引っかかりがあれば、どんな些細なことでも教えてほしいと願う。

 もうカティの魔力は流し、昏睡時間も判明したから、嫌なことを頼むのも控えると――それならと、ルークは背後から顔を覗き込む。


「不安はあるが、一ついいか?」


 こくこく頷くエルーシアは、昼を食べる気はあるのかと問われ、階段に座る。どれだけ重い話や危険を伝えても、ルークの頭の中心はこれだと理解し、並んで竹カゴをあける。

 堂々と趣味だと宣言されたが、大勢とともに移動する遠征中、何かあれば腰に手をまわされ、食が少なければ口もとに運ばれ、髪や頬へのキスを目撃され続けるのか――旧知の者ばかりだ、想像しただけでも恥ずかしくて頬が染まる。


 そして食後、皆のもとに戻ろうと立った二人は、高くなった視線の先、馬車や馬を街道の遠くに見つけた。

 始まったばかりの神子の遠征だ、邪魔しないよう注意が飛び交い、第二や第三騎士団が街道の規制をしているはずなのに、この未完成の施設に立ち寄る気なのか、向かってくるようだ。


設定小話

今回の国巡りは、繰り上げで急いで予定を立てましたが、瘴気の実験やリゲルへの対処などで、通常より他国での滞在が数日長くなります

ルートで変更があれば、王都でアインがバタバタするか、いいえ、無理を通せと誰かに指示します

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