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202 赤い尻尾の獣人

 襲撃を受けた第三王子の一行は、数人を犯人追跡にまわしているが、無事に別ルートへと移行できたようで、明日にはアインと合流し、明後日は王都へ帰還する予定である。

 事の黒幕は第二王子しか思い浮かばず、命を狙う理由は、エルーシアの恋の相手を消して座を奪うことだと推測できる。クロードの読みでは、神子の警告で逃げ出した側近も多く、残っているのは弱みを握られた数人で、手の内の者が減った、焦りからの行動ではないかとのこと。


 アクセルが郊外に出ているため、第二王子の様子は伝えられない。しかし、不穏な動きがあれば、内偵する二号から連絡があると考えられる。

 いつ緊急連絡がきてもいいようにと連絡板を居間に持ち込んでいるが、浮かぶ文字は、ほかの免除組がだらけているとの文句ばかり――目立った魔物の出現はなく、平和のようである。


 資料の学びがある日ではないが、手紙の束と紙袋を持ってきたロズは、護衛として待機し、魔物図鑑を読んでいる。

 黙々とエルーシアも歴史書に目を通し、読み終わった本を受け取って、ルークも続く。別の視点から気づくこともあるのではと考えてだ。何を調べているのか内情を知る者はいないが、それぞれに役割が振られたから、ロズは突っ込まない。


「もう(しばら)くしたら、ランベルトとの待ち合わせ時間ね」


 傾いた日の位置に気づいて顔を上げ、エルーシアは壁掛け時計を確認する。朝食の時間にあわせてランベルトは宿を訪ねたが、ガリーナは昨日から戻ってないらしい。

 ランベルトにも務めの予定が詰まっているので、終業後にまた訪ねてみるとメモが届いた。


「今日のランベルトさんは、冒険者ギルドと商業ギルドに立ち寄って、会議も二つ予定してるので、忙しいですね」

「それと、午後の最後に転生者の会談か。さすがクロードの手下ってところだな」

「忙しくさせてるのは申し訳ないけど、別にランベルトは手下ってわけじゃないわよ」

「本人がそう言ってたぞ」


 ルークはさらりと返すと本を閉じて、研究部屋に向かう。このあとの外出のために、サイフで購入したスーツに着替えるのだ。

 出てきた腰にいつもの剣は下げておらず、離れる挨拶でエルーシアの髪にキスを贈り、ロズから紙袋の中身を受け取ると一人で玄関前に立つ。


「エル、またあとでな」


 危険から守れるのだとの考えからルークは優しい視線を投げ、よく見える尻尾を揺らしながら館をあとにする。折角の三つ揃え姿なのに胸を高鳴らせることなく、エルーシアは複雑な想いからキスされた髪に触れて見送った。

 何か胸騒ぎがする。しかし予定は変更された。深く息を吐き、この時間を無駄にしないよう歴史書に視線を戻す。


 ※ ※ ※ ※


 森の下草を踏みながら、膝丈の黒いマントを羽織(はお)ったルークは、飴を口に含んでから仮面も装着した。

 飴は世界樹の加工を終えたあとにエルーシアが調合した毒入りで、少し苦味もあるが、蜂蜜が練り込まれて、花の香りとともに甘味が強く広がった。


 王城の向こう側にある路地に入り、やたら豪華で大きな館に、これが公爵家だったかと眺めつつ進み、表街道に出て、混み合う人の間を抜けてランベルトに合流するが、隣には同じく姿を隠したレイがおり、飴を渡し、堂々と正面から王城に入った。転生者として。

 それからは、王城の一室、こじんまりとした会議室で、待っていた記者に案内役のランベルトが紹介をして、転生者の会談が始まる。


「すみません。まず始めに確認したいのですが、お二人は、すでに面識があるということでしょうか」

「ああ、二月(ふたつき)ほど前に訪ねてくれたんだ」

「その前にも一度会ってるぜ、王都での再会を約束して別れたんだ」

「そうでしたか。すでに交流があるのでしたら、今回のこの会談は、どのような考えで行われるのでしょうか」


 飴の効果でざらつく(のど)で発する声は少しかすれ、面識のあるルークを初対面だと認識したようで、記者は質問を続け、好調だとランベルトは笑みを浮かべて会談の意図を伝える。

 国内に二人目の転生者が確認できたので、これを機会に、なぜ身を隠しているのか世間に知ってほしいのだと。


(たくら)みを持って近寄ってくる奴には、うんざりする」

「これまで、その……デンシャーさんは、そのような経験があるのでしょうか?」

「金や知識を狙われるからな。だから正体を隠すんだ」

 

 ルークが尻尾を振って吐き捨てるように返す言葉は、エルーシアを想ってだ。

 会ったこともない者から不愉快な手紙が届き、会えば薬を盛られ、金をせびられ、狙われ続けている。


 記者はノートに文字を書き込み、普段の生活を聞いてもいいかと、期待した顔を向ける。

 リバーシを世に出してから十四年も隠れているのだ、この機会は嬉しく、少しでも多くの情報が欲しい。


「一定に(とど)まらず、他者と交流を避け、旅を続けていた」

「そうでしたか……援助金や情報料があるので旅費には困らないですが、魔物がいる中を移動し続けるなんて、落ち着かない生活になりそうですね」

「そう思うなら、転生者には関わるなって記事にしておけ。探る奴がいたら、この先一生隠れて、情報の提供を止めるぞってな」

「それは部署の者として困ります。記事にはこう書いてもらえないでしょうか、転生者は担当の者以外に正体を明かさず、特定される情報は伏せるので、詮索(せんさく)しても無駄であり、王国は縛りつけずに保護していると」


 脅し文句より、ランベルトの言いまわしが受け入れやすい。記者はペンを動かし、新たに転生者となったレイへと質問相手を変える――隠れた生活で、デンシャーは(すさ)んでいると勘違いした。

 いつ夢を見始めたのか、これまでどのような記憶を見たのか、この先どう過ごすのかと問われ、答えられることだと、レイは次々と返す。


「――それで、暫くは王都でデンシャーさんと交流して、どんなのが資料にする情報か教わるつもりなんだ」

「それでは、提供した情報は、まだ二つだけですか」

「料理が一つと、シートベルトだけ。で、シートベルトは、なんかお嬢――」

「その情報の権利は神子が買い取ると決まった」


 レイがぽろりとしかけて、ルークが早口で被せて(さえぎ)る。それと、ランベルトが担当の者として説明を引き受け、記者に資料まで見せる。

 ドライブをした夢から、車のシートベルトという事故防止の器具を資料にし、それを知った神子が支援を思いつき、御者用に改良して準備を進めている最中だと。


「使用する権利を王国に譲渡し、今ある馬車に関しては神子様の支援で希望者に取りつけ、来年から製造される馬車は標準装備にするよう、議会に提案しています。権利買い取りに問題はなく、金額についても双方納得しています」

「俺も、受け取る金を支援にまわすように頼んだぜ。これで、御者台から落ちる事故は防げるんだ」


 仮面に隠されているが、レイは笑顔を浮かべる。大した知識はないと考えていたのに、役に立てるのだ。

 目の前で神子が渓谷(けいこく)に落ちていく衝撃は大きかったが、これでもう、誰かがあんな思いをしなくて済む。利益金をもらう権利も、情報料としての大金も手放すことになるが、後悔はしない――落ちる恐怖で叫ぶ者も減るはずだから。


「なるほど、デンシャーさんがリバーシの利益を寄付し続けたのと同じく、オフロードさんも最初の権利を寄付なさるんですね」


 関心したように、記者は次回の目玉になる情報を書き続け、仮面の奥で、ルークは頬を引きつらせる。

 エルーシアの転生者としての通り名にあわせて、レイは乗っていたバイクの種類で、偽名をオフロードと決めた――転生者の名は、乗り物で続くのが恒例になりそうだ。


 レイの持つ情報は少ない、質問相手はルークに戻り、神子が始めた生き物の保護はどう思うか、再び動き出した留学はどうか、資料を切っ掛けに開発された魔道具に満足しているかなど問われ、ルークはすべての感想を伝えていく。

 資料を学び、本人から不十分な点も聞いているので、言葉が詰まることはない。だから、守るために代役を買って出たのだ、嬉しくて口角も上がる。


 会談の時間も終わりが近づき、ノックの音を響かせてクロードが入室し、二人を迎えにきたと告げる。

 ここで姿を見せたら、転生者に近しい者が代役を務めているとの疑惑を持たれることもない。ルークからの提案を聞き、策を張り巡らせた。


「このあとお二人は、エルーシアと会食の予定があります。転生者と神子と、初めての会談ですよ。よき場になるよう、遅刻しないように向かいましょうか」

「ああ、初対面で遅刻は避けたいな」

「待ってました。どんなご馳走か楽しみで、昼を我慢したんだ」


 席を離れた二人に対して、記者は最後にもう一つ尋ねたいと手を伸ばした。こんな機会は、たぶんもう二度とない。

 記事に書くかどうかは了承を得てからにする、だから聞かせてもらいたいと、ペンを持つ手に力を込める。


「その、デンシャーさんが隠れるのは……獣人であることも、理由になりますか?」

「この国は、差別がマシな国になった。二人の神子に感謝している。別に獣人だと記事にしても構わないが、毛色は伏せてくれ。ああ、それともう一つ情報を追加しよう」


 噂があるようだが北西の街の出身ではない、そうルークは告げると、マントの裾からよく見える尻尾をぱしんと振る――先日ロズが使用した髪染めの残りで赤毛に変えたから、よく目立つ。


「アルニラムに半獣人が少ないので、獣人だと思い込んだようですね」

「ますます本人から遠ざかったな。当てはまる奴は身近にいないし、よかったんじゃないか?」

「そうですね。盗み見している者たちから毛色が噂になっても、定住していないと書かれるので、特定は難しいでしょう」

「あれ、クロードさんも会話を聞いてたんですか?」


 ずっと扉前で待機し、かすかに漏れる声に耳を傾けていたとクロードは明かす。転生者に近づこうと侵入を企む者を退(しりぞ)けていたのだ。

 神子の背を守る者に盾突く者が消えたので、(たたず)むだけで効果がある。


「だけど、獣人の転生者なんて、この前頑張って読んだ記録にはいなかった気がするけど、大丈夫なのか?」

「前世の夢を見る獣人には会ったことがある。そのうち、転生者も出てくるんじゃないか?」

「ああ、それなら出てきそうですね」


 こそこそと会話を交わしながら廊下を進む三人は、騎士や文官、出入りする貴族たちから注目されているが、これで一つ肩の荷が下りたと安堵する。

 自室から出た第二王子も、転生者を味方に引き込みたくて王城正面で待ち構えているが、三人が退出するのは館へ向かう通用門。手が足りず、情報もまわらなくなった。


 このあと、ランベルトは一度館を訪れる。今夜はアクセルも館に立ち寄るから、付き人も門前に張りつく。ジェイは館に寄ってから帰宅するよう指示しているし、ルークは尻尾を洗い流してから館を出る。

 館を見張る者がいたとしても、出入りが激しいので追跡は困難で、身元を隠す転生者は暗い森から帰るとも誤解させやすい――それと、手も出しにくくなる。神子の邪魔をしてはいけないから。


 ※ ※ ※ ※


 二人の喉を治療して皆でテーブルを囲むが、ジェイは夕食前には帰宅し、アクセルはデザート前に到着したが遠出の疲れがあって、密談の場にはならなかった。

 そもそもレイがいて、画策やお告げの話題は出せない。遅くなる前にと解散し、エルーシアは自室で一人、頭を抱える。


 会談は問題なく終えたとの報告で胸を撫で下ろしたが、その直後にランベルトが持ってきた報告が悩みを生んだ。ガリーナは宿に戻っておらず、行方が分からない。

 荷のすべてを部屋に置き、着の身着のままで一人の女性が姿を消したのだ。宿に失踪届を出すように頼んできたとのこと。


 時期が悪い、事が起こりすぎている。これの意味するものは何か、辿(たど)り着かなくてはと考えを巡らせる。

 関わったせいで何かの画策に狙われたか、それとも縁を切った実家や元恋人と問題が起こっただけか。別の何かか、研究所の協力は関係なく、不安が胸を埋める。


 一方で、館をあとにしたルークは、レイを連れて運動場に移動し、魔力上げに付き合う。ランタンは用意していないが、月明かりで十分に辺りは見える。

 そして、レイの上達具合を確認するために、アクセルもついてきた。あと、皆と歩を進めたロズも。


「お前たち、三人揃って面白い訓練をしているんだな」


 アクセルが感想を漏らす光景は、石礫(いしつぶて)を投げるレイと、叩き落とすルークと、(かが)んで石串づくりの自主練習をするロズ。

 こんな世の中なのに、武器も持たずに誰かに同行して旅することを選んだ、魔法を扱う腕もないレイの雑務員採用に不安を覚えたが、いい案を思いついたと口角を上げる。


「レイ、弓を贈ってやろう。魔力や腕力に頼らず、技術で身を守れるからな。あとお前も、こんな石礫より、速度あるほうが訓練になるだろ」

「弓ですか……両手がふさがるので武器として選択する騎士は少ないですけど、レイさんなら合ってるかも知れないですね」

「石串を長くして使えば、矢が足りなくなる心配もないな」

「それ、俺の意見は聞かずに決定の話かよ」


 訓練が増えれば遊ぶ時間が減るとレイは不満を漏らすが、技を身につけたら、来年の秋には他国で美味い飯屋に連れていくとアクセルは褒美をつける。

 高位貴族が紹介するお気に入りの店だ、これまで食べたことのないご馳走だと頭に浮かべ、努力すると約束を交わす。


 それからレイが魔力切れで昏睡し、なぜだとアクセルは怒鳴る。まだ、転生者の魔力の特性を教えられてなかったのだ。

 魔力上げではなく、ただ訓練で石礫を発動していると考えていた様子に、ルークとロズが先日のやり取りを伝える。


「レイを誘って飲みに出るつもりだったんだぞ」

「あっ、それで終わるまで残ってたんですか」

「悪いか?忙しくてデート相手も選んでないんだ。俺様は気兼ねなく話して、気分転換できる奴が少ないん……」


 尊大な性格で友人がつくれないのかとルークとロズが向ける視線に哀れみが含まれ、違うとアクセルはまた怒鳴る。

 賢王になるため手の内を増やし、あちこちに介入して警戒もするから、利害関係なく、気を許せる相手が少ないだけだと――そしてふと気づく。目の前にいる二人は、クロードと誓約があるうえに、裏切る心配がない。


「今夜の相手はお前たち二人でいい、付き合え。俺様と一緒ならハーゲンも姿を現さないから、ロズも安全だ」


 これも決まりのようで、鞄を預けて付き人は帰し、レイを宿舎の部屋に送ったあと、毒を出す店は避けてくださいとか、夕食をとってないから空腹だとか言葉を交わしたり、就寝の挨拶をする時刻までに戻れるかと心配しつつ表街道を歩いたが、このあと三人は、揃って消息を絶った。


設定小話

アクセルがプライベートで飲む相手は少ない

付き人や部下たち、職場の同僚には愚痴れないから除外、クロードは一杯しか付き合えない

ジェイは、画策を警戒してウィノラの側にいるから誘えない

ルークとは直接の雇用関係なし、ロズはこれから、兄になり、上司になる……今後、誘いは増えそうです

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