表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
世界樹の神子は微笑む〜花咲くまでの春夏秋冬  作者: 宮城の小鳥


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

169/320

169 空を彩る花

 三時と定めた方角、目の前に広がるのは、家畜の姿がない牧草地。黄色のショールを大きく左右に振り、ベナットは壁上(へきじょう)から視線を巡らせ、異音に神経を(とが)らせている。

 二十メートルほど離れて、一組ずつ騎士と村人も剣を構えているが、討伐の腕はあっても手が足りない。外壁のすべてを守り切ることができない。もう少し距離をとるよう指示する。


 討伐する魔物に優先順位もつけるべきかと、指示を追加する。中型は確実に討伐、小型は壁を駆け上がるものを討伐。

 この地域で大型は発生しないが、近郊を移動中がいる可能性を考える。現れるなら、種類は何か――かさかさ聞こえた場所に向け、すぐさま石槍を投げる。生息する生き物は、大勢が壁上を駆ける音で遠くに逃げるか巣穴にこもっているはずだ、魔物だと判断する。


 まだ作戦前、魔物よけは効果を発揮している。一つの音は止んだが、近寄れない何かが、木の陰に隠れ、下草に潜んでいる。近場で発生する脚黒鼬(あしぐろいたち)か。

 外壁を越えるだろう魔物。注意を(うなが)す指示を追加した直後、笛の音が届き、石槍を束で取り出す。



 響く笛の音が止むと同時に、風に(あお)られて首をくすぐる青いショールを払い、九時の方角でアインは指示を叫ぶ。攻撃魔法を出し惜しみするな、魔力切れ寸前まで戦えと。

 魔力の温存は必要ない、短時間の戦いだ。第三が到着するまで壁を越えさせなければいい。


 癒しの魔力を放っていると悟ったか、鼬の魔物が跳ねる姿が見え、即座に風の刃を放つ。硬い毛皮ではない。小型だから、狙いさえ()れなければ討伐できる。

 問題は中型だ。素早く移動する緑頭白蛇(りょくとうしろへび)も発生地が近い。(うろこ)が硬くて剣で叩き斬る必要がある、備えて抜刀(ばっとう)する。


 片腕なのがもどかしくて顔を(ゆが)め、下草から飛び出す魔物に注意しろと叫び、頭上を飛んでいく黒い影に目を見張る。

 誰か魔法を放てと指示し、左側の組から風の刃が放たれるが効果なく、別の者が火炎を弾けさせて落とす。あの技を早くものにしたいと奥歯を噛んで(つか)を握る。



 赤いショールをなびかせ、ジェイは剣を片手に壁上から下りた。村の真後ろにあたる十二時の方角、低木の果樹が並ぶ中に火炎を放つわけにはいかない。

 剣に炎をまとわせ、締めつける力を持つ蛇の魔物を斬り、跳ねる黒い姿を視界の(はし)(とら)え、顔を向ける先の外壁に立つロズに指示を飛ばす。風の刃で対処しろと。


 丘が重なって遠くは確認できないが、中型の山羊(やぎ)が発生する崖があり、牛の魔物が発生する川沿いの草原があり、赤銅(しゃくどう)(とび)が発生する沼もある。

 春や秋の遠征とは異なる。慣れた討伐でも、十分な準備を整えた作戦とは違う。不測の事態が起きやすい。


 壁上でできる討伐をと周知されても、魔物を確認したら体が動く。もう、あんな思いはしたくない。視界に入る赤色が不安を呼び寄せる。

 だが四年前とは違う。まだ制御は下手なままで、魔力切れもよく起こすが、確実に斬りつける剣技をものにした。燃える特別な剣でだ――どんな魔物も斬ってやると高く構えて、下草をかき分けて迫ってくるものに立ち向かう。



 ロズは脚黒鼬に風の刃を当てるが、わずかに狙いがずれた。背後から響いてきた二度目の笛の音を聞きながら、尻尾を失った体に向かって二発目を放つ。

 治療後から、無理なく連続で発動できるようになった。威力も増している。狙いをはずすことも減少した。あとは動きを読み取り、致命傷になるよう命中させるだけ。


 ほかの隊員とは異なる薄灰色の襟を見て、組んだ村人二人は不安そうな顔を見せたが、騎士として払拭(ふっしょく)しなくてはいけない。数メートル離れて立つ二人に、討伐の腕を見せて安心させる必要がある。

 鼬は外壁に飛びつこうと跳ねたが、二発目が胴を切り裂き、消滅を始めた。それを確認したあと、ジェイに壁上に戻るよう叫ぶ。


 二匹目の緑頭白蛇を討伐したジェイは、ショールをはずして投げる。攻撃魔法で討伐しにくい魔物を迎え討つため、下で待機する気だ――隊の武を引き継ぐ者としての覚悟か。

 ロズは風を操ってショールを引き寄せ、頭に巻く。補充隊員、この場に足りないものを補充すると、伝令を引き受ける。そして、遠くから疾走してくる青い魔物を見つけて水球を当て、速度を失った隙に風の刃を発動する。



 村の入り口で侵入を食い止めるため、魔物の姿がちらつくたび火炎を放つクロードは、笛の音を聞いて、背後の空を見上げる。まだ、空に上がった火炎は一つ。到着した第三をどの方角に走らせるかは決まった。

 手助けの声かけはないが、ちらりとルークの姿も確認する。いや、声をかけられても、今は手助けできない。


 視線を入り口に戻して、飛び跳ねる姿にまた火炎を当て、鎌首(かまくび)を上げて突進する魔物を斬りつける。

 外壁すべてに配置するには人数が足りない。どれだけ侵入しているのか不安はあるが、頼もしい者が背後にいる。第三の到着に備えて、場を離れるわけにはいかない。


 街道とは異なる方角、遠くから滑空してくる黒い点が視界の端にあり、火炎を放とうと手のひらを向け、発動より先に空を走る炎を確認する。

 恐ろしい生き物に成長したと笑みがこぼれる。ともに見守ろうと三つ編みに結んだ革紐を()で、姿を現した第三の騎士たちに、集まるよう手をかかげて呼びかける。



 どんな魔物からも守りたくて、ルークは拾う音と気配に集中する。すぐに侵入するのは近場に発生する魔物が多い。

 駆ける音を響かせる小型は石槍を投げるが、まだ動きまわる獲物への命中率は低い。消滅しなかったら剣を払い、気配を振りまく中型は気づくと同時に叩き斬る――炎はまとわせない、もしもの時のために魔力は温存する。今は身体強化魔法だけ。


 何かが()い上がっていないかと、討伐するたびに塔も見上げる。音も気配も拾えない小型が、すでに侵入している可能性はある。考えられるすべてに警戒する必要があるのだ。

 塔の上から炎が走るのを目撃する。遠くで一瞬、青白い炎の花が咲く。何がいたのかは知らないが、青い炎は高温だと聞いているから、きっと討伐は成功だろう。


 あの距離に火炎を放つことも、炎を変色させることもできない身だが、情けなさはない。今は役割が違う。

 どれだけのことを同時に行い、何を考え、何を見つめているのか――邪魔はさせない。支えて守ると剣を振り、到着した第三の騎士たちの馬と馬車の音も拾う。雑多な音の中から、魔物の音を探す。



 第三の騎士たちに指示を終えたクロードが紙をひらひら振るので、発動する魔法を止めたエルーシアは、別の発動で右手をくるくる動かして引き寄せる。

 塔のへりで手早く紙飛行機に折り、目立つ三色のショールに向けて次々と飛ばして風を操作し、最後に飛ばしたベナットがいる方角の空に黒い点々を見つける。


 群れているのに真っすぐ向かってくるのは、魔物の証拠だろう。生き物である小鳥とは飛び方が異なる。

 大気を操り、一本の松明(たいまつ)から炎を引き剥がし、黒い点々に向けて道をつくる。滑るように移動した炎の周囲で酸素を集め、濃度を高めて青白い爆炎で包む。


 消えた松明に、もう一本から炎を移す。発火できず、炎も松明に残せないのが難点だが、塔のへりに隠れて行うこの作業を、遠目に確認するのは不可能。

 さすが世界樹に認められた者の火炎だと称賛されるなら、利用する。見たことのない爆炎を操れるのだと新聞に載るだろう。


 アルニラムの神子が背負うもの、行っていること、操る魔法を知らしめて、画策する者を追い詰める。絶対に逃さないと心を強くする。

 空をぐるりと眺め、飛来する魔物がいないのを確認して、再び右手で渦風を生み出し、また街道の先を走る騎士の一団を見つけ、クルルに笛を吹くよう頼んで鼻歌を口ずさむ――皆が無事に作戦を終えることができるよう祈る。


 ※ ※ ※ ※


 最初に到着した一団、支部隊長と御者をしている数人を残して、村の入り口から九時の方角、越えて十時の方角までの壁上に配置させる。残った者は、持ち込んだ物資で、騎士たちの休憩所となる天幕を村の中央に張り、いつ怪我人が運ばれてもいいように準備させる。

 現時点で九時を守るアインは、発生した問題の対処を指示して、十一時の方角に移動する。これで村の外周半分の守りは固められる。


 続いて到着した一団は、先に到着した町の騎士たちより人数が少ない。クロードは同様に指示して、村の入り口から反時計まわりの配置を伝えて走らせる。距離がある者は馬に乗ったままに。

 魔力のない馬なら、回収はあとからでも問題ないのだ、戦いには優先順位がある。


 五時から二時まで完了と、急いで短く書きなぐって、塔に向かって三枚のメモを振る。これでベナットが、二時の方角に移動する。

 魔法を発動させながら横目で確認していたか、エルーシアに向かって飛んでいくが、受け取ると同時に、塔のへりから身を乗り出して叫んだ――後ろを見てと。


 クロードは振り返り、突進してくる大角縞山羊(しまやぎ)青炎(せいえん)と口にしながら攻撃魔法を放つ。使い慣れている火炎より、集中力も魔力も使うが、一発で討伐できる。

 肩で息をするが、まだ気を緩めるわけにはいかない。少し離れた場所に発生する魔物も現れた、入り口は守ると剣を握る。


 討伐の様子に胸を撫で下ろしたエルーシアは、紙飛行機に折って次々と飛ばす。三時の黄色と十二時の赤、それと壁上を移動中の青いショールに向けて。

 第三の騎士がもう一団到着したら、壁上から隊の皆と村人たちは撤収できるか。無事を祈りながら青空に手を伸ばし、魔力を渦風に溶かす。


 (あご)を伝う汗を手の甲で(ぬぐ)い、青く弾けて消滅し始めた魔物をちらりと確認して、ルークは別の方角に走り、緑色の頭を持ち上げた蛇を叩き斬る。

 魔物の分類で、角の大きさは体長に含まれない。肩に届く山羊の頭、ぎりぎり中型に分類される大きさなのに、それを一発の炎で討伐した。あんな腕は初めて見た――ジェイの爆炎とも異なる。


 あの腕がこれまで守ってきたのだ。作戦が始まってから、あちこちから魔物が向かってくるが、一人で守っている村の入り口を突破する魔物はいない。

 さすがだなと(つぶや)き、塔に張りつく紫色の蜥蜴(とかげ)を発見して石槍を投げ、笛の音と一緒に、遠くの空から響く炎が咲く音を耳に入れる。


 ※ ※ ※ ※


 三色のショールが壁上から下り、飛来する魔物を討伐する騎士たちも村の外に配置され、支部隊長たちに指揮を引き渡したクロードが手を振り、作戦を締めてもいいとの合図を送る。

 汗に濡れた前髪をかき上げ、防御の腕輪を着けたルークが塔の上に迎えにくる。と、クルルは姿を小さく変えた。


「護衛ありがとうございます……怪我はない?」

「いや、汗をかいただけだ。大した魔物はいないから、いい運動になった」


 負担を押しつけてないかと不安そうに見上げる瞳に、負担を感じてほしくないと返す軽口。

 神経を研ぎ澄ましながら討伐していたのだ、疲れはある。だが、そんなのは見せたくない。安心させたくて寄り添っているから。


 道中の討伐と変わらないと続けて告げる態度に、エルーシアは安堵(あんど)して微笑み、竹カゴの蓋をあけて、色とりどりの花びらを風魔法で空高くに上げる。

 村長に頼んで、各家の庭から集めてもらった――この村の人々の安全を、澄んだ夏の空に願いつつ、癒しを風に溶かす。これが、作戦終了の合図。


 ひらひらと舞う、赤や黄色や白、紫に桃色、濃淡や大小さまざまな花びらが鮮やかに、目視しにくい風の流れを彩る。

 渦風ではない、遠くに送る風でもない。花びらとともに癒しの魔力が近郊に降り注ぎ、村近くの瘴気を祓う。この流れを確認し、各支部隊長があちこちに指示を飛ばすだろう。


 クルルが手放した槍を回収しながら、ルークは笛も拾い、笑みを引き出すような空に向かって、透きとおるような音を長く響かせた。

 花びらと一緒に笛の音は周知されてないが、討伐する者、引き揚げる者、家や宿の窓から覗く者、皆が見上げるはずだ。偉業を目に焼きつけてほしい。この美しさは、重責ある者が届ける世界だから。


 一度吹いてみたかったと頬を緩めた笑みを見せると、エルーシアはすぐさまフードを被り、顔を隠した――ぽそりと奥から呟く言葉は、反則。

 意味が分からずにルークは片眉を下げるが、無事なままに作戦を終えることができたなら、どんな反則技を使用したとしても追及はしない。先ほどまで力強く剣を握り、石槍を投げていた手を、エスコートするために優しく差し出す。



 十二時の方角に集結し、討伐していた皆に大きな怪我はない。外壁をのぼるときに手のひらを擦った者と、空の爆炎を正面から目撃して驚き、落ちて足首をひねった者と尻餅をついた者がいるだけ。

 クルルとは異なる笛の音で見上げる空は、守り抜いたことを祝福して、色鮮やかに輝いている。


 壁上や村の外から討伐する音や指示する声は聞こえるが、これは第三の務め、隊が気にするものではない。休暇に戻ろうと意識を変える。

 村人たちは無事な姿を家族に見せるために家へと走り、隊の皆は侵入した魔物を探しつつ、宿に歩を進める。


 降って湧いた討伐任務を終え、笑顔を浮かべながら交わす雑談は、最初に空に上げた火炎は問題発生の合図でないことや、遠くで咲いた青白い花は(いく)つだったか、誰か数えていたかなど。

 素早く足もとを通り過ぎる蜥蜴を剣で討伐し、いつものことだと他愛のない会話を続ける。


 一人指示を無視して、外壁から下りて走りまわっていたジェイは、作戦が終わってから返されたショールで汗を拭い、食べ残した昼食はまだ食堂にあるのか口にする。

 渡した手前、何も告げないが、神子の持ち物でいいのか、ロズは困り顔で見つめる。


設定小話

クロードが炎の色を変えるのは、集中力と魔力が必要

でもエルーシアの爆炎は、ただ大気を操るだけ。コツは掴んでいる、爆炎にも慣れてきた


お読みいただき、感謝します

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ