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168 風を読む塔

 個室が三つしかない宿、すぐ隣が気になるような大部屋で雑魚寝するしかないが、騎士たちやレイは遅くまで飲んで寝床から離れられず、広い食堂で数人だけの朝食をとったあと、クロードにエスコートされ、エルーシアは村の入り口近くにある塔に向かった。

 館にある塔より低いが、丘の上だから十分に周辺を観察できるのだろう。ここで風読みの民と約束をしているのだ。が、なぜか、民らしい四十代の女性とともに、村長も二人の到着を待っていた。


「神子様の邪魔をして申し訳ありません。ですが昨夜は作戦の説明があるかとお待ちしていましたが、知らせがなかったもので、直接お(たず)ねしたいのです」


 クロードに向かって村長は説明するが、作戦の言葉に心当たりはない。もちろん、エルーシアにもない。

 予定どおりの日程だとしても、民との会談と研究資料を読ませてもらうだけで、作戦というほどのものはない。滞在の挨拶はするつもりだったが、それはこのあとにと思っていたし、これも作戦とは異なる。


 意味を問うと、瘴気を祓う作戦だと答えが返ってくる。春の遠征で、山間の村の灯台で行うように、塔の上から魔力を放ち、近郊の地を癒すのだろうと。

 昨夜二人きりで食事をしたのも、作戦について相談をしていると考えていた様子。


「隊長である私に、心当たりがないのにですか?誰が、その作戦をこの村に届けましたか」

「騎士団の上の方から通知が届きましたよ。神子様の偉業を記事にするために新聞記者も派遣されて、私の家に滞在しています」

「それにしては、第三の騎士の姿がありませんが?」

「そうです。なので、私も詳しくお尋ねしたくて、お待ちしていました」


 ポケットから取り出した書類には、第一騎士団の団長の署名がある。だが、見覚えのある字とは異なる。何か(たくら)みが投げられている。

 記者もいる場で断りを入れると、期待を裏切る心無い行動だと新聞に載るか。討伐の手が足りずに、魔物に襲われることを狙っているのか――クロードの裾を引っ張り、エルーシアは作戦遂行に知恵を絞るよう告げる。


 村の滞在は明日の朝まで。これから準備を整えて作戦を行うなら、午後一番か。暗くなる前にある程度は収めたい、急ぐ必要がある。

 アクセルに指示を飛ばし、休暇だと喜んでいる隊の皆に活を入れ、村人は家に退避させ、集まる魔物をどう討伐するのか策を練る。ベナットが復帰し、急な対処に慣れたアインがいるのが救いか、クロードは(うなず)く。


 しかし、民と会談するエルーシアを放置はできない。小さな姿のクルルが、武器も持たずにマントの中に隠れているだけだ。遠くで朝の散策(さんさく)をするルークを呼ぶ。耳はいい、少し声を張りあげれば聞こえるはずだ。

 マント姿を目で追っていたか、呼ばれると、すぐに走り出した。


 ※ ※ ※ ※


「準備なんかしていないのに、灯台と同じ作戦をして大丈夫なのか」

「アクセルが指示して、回復薬や夜間討伐の準備をしたうえで、近隣の町から第三の騎士が呼ばれるはずです。隊の皆には到着するまでの討伐をお願いして、集まり続ける魔物は第三に任せます」

「口調が丁寧だぞ……すまない。もしかして、変えるほうが気を使うか?」


 塔の階段をのぼりながら、二人はぽそぽそと小声で会話を交わしているが、エルーシアは首を振り、少しずつ慣れると返す。口調が原因で気を使わせるなら、望みに応えたい。

 急には無理かと頭の片隅で考え、隊の動きや作戦には関わらないのに、よく読めるなとルークは漏らす。


「入学前はお告げの出発にも一緒で、そのあとも、遠征には同行していたので、なんとなく流れを把握しているだけです。細かい作戦内容までは読めないで……わよ」


 エスコートしながら(のぞ)き込む様子に、思わず語尾だけ変える。レイのように、簡単にはいかない。慣れるのに時間がかかるか。

 二人を先導するように進んでいた民は、最上階に出る扉をあけて振り返り、マントは暑くないかと尋ねる――本当は、もっと違う言葉で尋ねたい。なぜ、ぼろぼろのマントを羽織(はお)っているのか。


「ここへ来る途中、少し事故にあったもので、こんな格好で失礼します。暑さはないので、どうぞ、お気になさらないでください」


 フードの奥から微笑む口もとだけを見せ、そう告げられると、深く追及はできない。相手は尊い神子様なのだ。

 本来なら、肩を並べて塔に立つこともない。面会を望まれたのは、西の風読みの村出身で、研究に関心を示しているから――西の村のように粗相をしてはいけないと、緊張して背を正す。


 一年を通した風の流れ、この地から観測できる生き物、植物や気象の変化、多種な話を二人は交わす。

 切りっぱなしの裾がはためき、こすれて傷んだ生地から飛び出た糸が揺れ、大きすぎるマントをたぐって、あちこちを指す手には、一つだけになった水晶玉と指輪が光っている。


 行動に(いく)つもの意味を持たせるエルーシア。裾上げは簡単だと話していたのに、剣先で切り取っただけの、ぼろぼろなままに羽織るマントは、どんな意図があるのか。

 護衛として背後に(たたず)みながら、ルークは静かに(なが)める。


 ※ ※ ※ ※


 倉庫に片付けていたテーブルや椅子も並べて、少し早い時間に提供される昼食、起こされて慌てて準備していた騎士たちにとっては遅い朝食。

 手を付けずに残っていた朝食に加え、ふわとろの卵焼きを被せたナポリタンや、チーズが入った肉団子やポテトのフライ、レバーソーセージを乗せたクラッカーなど、マコンが急いで用意した料理を囲みながら、クロードは作戦についての報告をする。


「第三は向かっている途中です、数は確保しました。この村の外壁には五つの魔物よけが設置されてます、魔力を放った直後では効果はあまり期待できませんが、周辺に発生する魔物は、中型の蛇と毒のない小型ばかりです。注意すべきは移動してくる魔物、手に負えないときは指示を仰いで――」


 村長の声かけで、討伐の腕がある村人にも集まってもらった。戦えない村人たちは、魔物よけに魔力を満たしたあと、家に退避した。

 食堂に集まる皆の目は真剣である。予定になかった討伐だが、指示があるなら従うと(こぶし)を握る騎士たち。村の安全を願う、村長や村人たち。ただ派遣されただけと判断された新聞記者。


 村の入り口を六時の方角と定め、塔の近くで指揮をするのはクロード、十二時の方角からジェイが指揮をとり、三時をベナット、九時をアインに任せ、騎士一人と村人二人を一組として、外壁に配置。

 塔の上に立つエルーシアには、マントはないがクルルを付き従わせる。下で配置につくのはルーク。到着した第三の騎士は、その都度、指示して各方角に向かわせる。


「正妃の追放により、第一の団長も多忙で報告に漏れがあったのでしょう。この遠出の準備で、私も走りまわっていましたからね。どこかで行き違いがあったようです。降って湧いた作戦に思えるでしょうが、やることはいつもと同じです――」


 なぜ作戦の通達に漏れがあったのか、不審を取り除くように説明される言葉に、そんなこともあるかと村の者や記者は納得するが、隊の者は納得しない。

 騎士になるより前から、ロズに誓約があったと教えられた。対処をアクセルがしているので、心配は不要、疑いの目を向けるなと。しかし、橋の事故から、獣人の冒険者を拘束し、いまだ連れているのだ。


 エルーシアを中心に、不可解なことが続いている。周囲への気遣いをするのに夜会で叱責し、大勢の前で正妃を追い詰め、怪我はないのにマントで姿を隠す。なぜアインが同行しているのか、瘴気を祓ったあとでの調査はなんだったのか、考えれば考えるほど、腑に落ちないことは増えていく。

 だが踏み込んではいけない。隠されているのは、巻き込まないためと知っている――考えることを止め、忠誠あるままに従うだけ。


「私たちが守るのは、王国を背負う神子です。エルーシアが癒すと決めたのなら、それを支えるのみです。皆、全力を尽くしなさい!」

「「「おう!」」」


 ※ ※ ※ ※


 階下の食堂は熱気に包まれているが、二階の客室、アインの部屋では、淡々とした別の雰囲気が漂っている。

 届けられた資料の一部を手に取って、エルーシアはページをめくり、ルークとアインは食を進めながら、リバーシの対戦をしている――賭けたのは、どっちが獣人を(かつ)ぐか。


 エルーシアが魔力酔いさせ、目覚めたら食事を与え、回復薬で眠らせる。起きたらまた食事を与え、魔力酔いさせる。と、繰り返している。

 自力で逃亡する危険はないが、無人になる作戦中の隙をついて、誰かが連れ出す可能性はある。それで、意識を奪ったまま、特製箱馬車の床に転がす予定なのだ。侵入も脱出もできない。


「おい、愛し子。学びに熱心なのはいいが食べない気か?今夜の回復薬を賭けて、勝負してもいいんだぞ」

「待って、このページだけ読んだら食べるから……」


 食を気にかけるアイン、同じく心配するルークは懐中時計を取り出し、余裕はないと指摘する。これから魔力を放つなら、十分な食事をとってほしい。

 資料を閉じ、エルーシアも皿を引き寄せて食事を始める。そうしないと口もとに運ばれる。ケチャップで汚れた口もとなんて見られたくないから、素直に従う。


 ポケットに仕舞われる時計に目をとめたアインは、譲られる意味を知っているのかと眉をひそめ、貴族を威嚇(いかく)して守るためだろうと返される。深い理由は知らない。

 あのバカは何を考えているんだと眉間を揉むが、もう騎士でも上司でもない、怒れる立場ではない――しかし(いら)つきは残る。だから、目をぎらりとさせて勝負に本気を出す。


 勝敗が決まり、手錠を()めたまま寝袋に詰められた獣人は、勝利したアインが担いだ。馬車は就寝する場所、そう簡単に出入りしてほしくないから。

 負けた者が担ぐと考えていたルークは、不可解だと眉間にシワを寄せ、エルーシアの手を引く。フードで視界が狭いから、階段は危ないと考えて守る。


 ちょうど食堂前の廊下を進んでいるとき、士気を高める大きな声が響き、塔の周辺を守るとしか指示されていないルークは、急な作戦だが問題は少ないか、大丈夫そうだと安堵(あんど)する。

 順調だとエルーシアも頬を緩める――どんな画策だろうが迎え撃つ。黒幕を叩く動機を積み上げてやるとの考えを胸に、クロードを呼び出す。


 ※ ※ ※ ※


 緩やかな丘が続く地形、塔からの眺めはよく、村を囲む二メートルほどの高さの外壁はすべて目視できる。竹カゴを足もとに置き、視界を確保したくてエルーシアはフードを取り、あちらこちらと視線を巡らせる。

 外壁に立つ者たちの姿は小さいが、アインは青いショールを頭に巻き、裾がひらひら舞って目立っている。ベナットは黄色、一番遠くで配置につくジェイは赤いショール。


 村へと伸びる街道も確認でき、駆けつける第三の騎士たちの姿も目視は可能。

 近隣の町を任される第三の支部隊長たちにも、作戦の通達は何もなかったが、アクセルと総団長の署名入りで連絡板に指示を書いたら、即準備を始めたとのこと。


 画策側の手の内の者がいたとしても、大勢の目のある場所で、二人からの指示を無視できる者はいない。反論することもなく、最善に見えるよう行動するはずだ。

 十分な人数と物資を確保して、移動する魔物を討伐しながら馬を走らせる。遅くても、作戦終了は夕刻にはならないだろう。


 少し離れた場所に建つ宿をちらりと見る。目視で確認はできないが、二階の廊下にある窓から、記者が双眼鏡を覗いている。

 ここで下手を見せてはいけない。偉業を記事にするために派遣されたのなら、予期せぬ出来事でも頼もしい隊の姿を見せ、隊長の完璧な采配(さいはい)を見せ、どんな魔力で神子が王国を守っているのか見せつける――倒れる姿を記事にさせるわけにはいかない。


 塔から下を覗き見ると、クロードが竹筒をルークに渡している。中身が何か推測できる、水分ではない、硬く仕上げた石槍だろう。いつもベナットが腰に下げている。

 見上げる二人に、問題ないと告げて手を振る。大声で叫ばなくても、ルークの耳には届くと期待する。


 片手を上げたクロードは、三つ編みを少し触ってから村の入り口に向かって足を進めた。確認も言葉を交わすこともしないが、水晶の深い想いが守っていると伝えたいのか。

 場に(とど)まるルークも手を振る。手首に花輪はないと知っている。妖精とともに大部屋に残してきたと、宿から出るときに聞いた。


 塔のへりに立て掛けた、すぐ側にある二本の小さな松明(たいまつ)の燃え具合を確認する。燃える布に油は十分に染み込ませた、消える心配はなさそうだ。でも、別の心配事はある。

 炎に気をつけるよう、槍を持って後ろに立つクルルに告げる。使い魔になって、火を怖がる素振りは見せないが、生き物の本能として、本当は逃げ出したいかも知れない。


 謝罪の言葉とともに撫でて、笛を吹くように頼む――ピルピル鳴くのは、怖くないと伝えるためか。違う、笛を吹く機会を喜んでいると気づく。

 恐怖しないのは嬉しいけど、尻尾が揺れると毛に燃え移らないか不安になる。紅色の毛は、燃えても分かりにくい。

 笛を吹く前に、もう一度、松明に気をつけるよう注意する――そして、遠くまで届く、笛の音が響く。


 作戦に向けて深く息を吐き、集中する。動作一つ、操作一つ、判断一つ、間違えてはいけない。世界樹の悪夢を阻止するためには、立ち続ける必要がある。王国の明日の希望を支える。

 身勝手な考えかも知れないが、深く向けられる恋心も取りこぼしたくないと瞳を真剣なものにする。神子のやり方で、ただ守り抜きたい。


 私欲だけの画策に進む道を邪魔させないと、力強く右手をかかげる。渦を巻く風を生み出し、南南西の上空に向けて操作する。

 風は東から吹いている、このまま癒しの魔力を放っても大して意味がない。この塔から西に向かう先には王都があり、世界樹がある。この地から放つ理由がない。北寄りに風を操っても、今はまだ北側に瘴気溜まりはない。なら、狙うは王都より南側。


 たった一人で操る風が自然の風に立ち向かっても、微力でしかない。だから、土地の起伏や、先にある山々に当たって、変わるであろう風の流れを読む。

 突き出した右手に左手を添えて、先の山々の瘴気を祓うよう、流れに乗って、南側へ拡散するように祈り、鼻歌を口にして、癒しの魔力を溶かす。一度だけ見た、幸せに包まれた前世の夢を思い出す。


 右手で渦風を直線上に遠くへ、左手では癒し。異なる操作だが、発動を維持するだけの、難しくはない慣れた扱い。視線を動かすことはできる。

 雲が漂う青空を眺め、外壁の目立つ三色を確認し、街道の先で動く集団を見つけ、わずかな間、鼻歌を止めてクルルの名を呼び、再び魔力を溶かし始める。


 クロードと遠くにいる皆に知らせるため、クルルが笛を吹く。終わりの合図は別に決めている、この音で勘違いする者はいない。

 魔物が現れ始めたかは知らないけど、待っていた第三の一団は現れた。これで皆の討伐は楽になると安堵する――あとは華々しく作戦を飾り、神子として微笑むだけ。


設定小話

宿の三つの個室はツイン

使用するのは、ベナット一家、アインと獣人、クロードとマコン

大部屋で雑魚寝でも、騎士たちは問題ない。野営に比べれば、十分に寝心地いい

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