144 転生者の悩み
ルークが再び館を訪ね、ジェイが門前に立ち、ベナットが王城に向かい、庭の手入れをしていたバイトたちが登校したあと扉を開放する。
その後、アクセルに指示を終えたクロードが現れ、エルーシアはルークと一緒に世界樹を癒しに出かけ、戻って昏睡を確認して、素材の加工のため地下で小一時間過ごし、色々な務めを終えて、アクセル以外の皆が小屋に集まったのは昼時だった。
皆がいるので、相棒を運動場に放すためにルークは場を離れたが、竹カゴに詰めた昼食をとりながら、報告会は始まった。
「午前の指南は、ロズも加わった第二の組と、王太子だから参加したが、午後は自主練習を指示して、いつでも抜けれるようにしておく」
「隊長の指示どおり、指南と部長の手伝いを終えて、いつもと同じで資料を持ってきました」
「俺はエルーシア様に呼ばれたって、隊の奴と交代してきたぜ。おう、今日はステーキのブリトーか。こうやって食うと、なんか遠征みたいだな」
「ジェイは昼食後、また門前に立って、知の副隊長を待ってください。付き人から荷を引き取る必要があります」
「いつも門前で待機してますが、アクセルさんの付き人は館に入れないんですか?」
「隊の者以外は許可しませんよ、けじめです」
皆がブリトーを食す中、寝不足で青白い顔をしたエルーシアは竹カゴには手を伸ばさず、ポケットから缶を取り出してドライフルーツを一つ二つと口に入れ、ため息をついて残りをクルルの前に置いた。
その様子にクロードは眉をひそめるが、睨み返される。
「飲み屋に忘れた木箱を盗られたのは痛いですが、店主から話を聞いて、探しています。目立つ色なので見つかりますよ。ジェイも酔っていたので仕方ありません」
「別にジェイを責めるつもりはないわよ。でも本人確認カードがあれば、本名が分かって、教会に問い合わせもできたのに」
「荷を漁るなんて、らしくありませんよ。あれば助かりましたが、知の副隊長が準備しているので、聞き取りに問題は出ません。何に苛ついているんですか」
苛つく原因は、無許可で写真を譲ったことだ。考えたいことは多いのに、恥ずかしさがぐるぐる頭をまわっている。しかし、ジェイやロズ、大事にするとポケットに仕舞ったルークの前では詰め寄りたくない。
この悩みをどこかに押し込め、心を落ち着かせたくて、エルーシアは小屋の奥に寄り、一人でうずくまった。
「飲んでるときに、愛称じゃなくて本名は何か聞いたら、はぐらかされたぜ。罪人の経歴でもあるんじゃないですか?」
「それでしたら辺境伯は同行を許可しませんよ。ウィノラ様の側に、危険人物は置かないはずです。辺境伯と話す時間が欲しかったのですが、報告会議に出てるんですよ」
「面会の予定は、明日だったな」
「ええ、面会の予定があるのに、予定外で館を出入りしているところを、他者に見られるわけにもいかないですからね」
「なんか、色々と厄介ですね」
画策の手が伸びている最中である。あちこちから見張られている可能性があるから、警戒は続けるべきで、気を緩めるわけにはいかない。
しかし、ここ一番に危惧していたレイは手中に落ちた。魔法の発動を封じ、身体的にも拘束しているのだ。あとは準備を整えて聞き取りをするだけ――まだ小屋の中央で、昏々と寝ている。
「悪い、遅くなった」
「いいえ、構いませんよ。準備が整うまでは、目覚めても、また昏睡してもらうだけですから」
戻ってきたルークの手には幾つもの竹筒があり、一本を残して皆の前に転がした。よく屋台などで売っている飲み物の入った竹筒で、花屋の前で荷車の移動販売に遭遇したと説明する。
花屋が開くより前から館にいるので、この時間を利用して、表まで足を延ばしたのだ。手には桃色の濃淡がきれいな、ゴデチアの花かんざしも残っている。
「いつも瞳の色を選んでいるが、今日は服に合わせたんだ」
そう告げながらエルーシアの側に腰を下ろして、嬉しそうに目を細めて髪に花を挿す。水色に桃色の刺繍のあるワンピースを着ているが、桃色は好きになった色だ――出会った意味を思い出させるショールの色だから。
だが、水色は顔の青白さを際立たせる。寝不足なのは一目瞭然であり、こんな時でも魔力上げのために昏睡する身が申し訳なく思える。
「食欲はないだろ。果物のジュースだ、せめてこれくらいは飲んでほしい」
栓をはずして差し出される竹筒を素直に受け取り、一口飲んで、ミックスジュースねとエルーシアは頬を緩める。マコンに教えて広まった飲み物であり、ミルクと果汁と蜂蜜は栄養が豊富で――甘味が安らぎを呼んだ。
餌付けは順調だと胸に秘め、クロードはルークに二人の竹カゴを渡す。
※ ※ ※ ※
何か大きな物が落下する音に驚いて、エルーシアは目を覚ました。正面には、目を見開くアクセルとジェイがいるが、その背後に広がる景色は、夕刻が近いと知らせる色をしている。
薦められたブリトーは食せなかったが、とろりとしたジュースに満たされて居眠りをしたらしい。
「俺様の前で口説くのは禁止されたはずだ!」
「口説いてない。寝てる間、肩を貸しただけだ。大きな音を出すから起きたじゃないか」
アクセルの怒鳴りに返すルークの声は、すぐ隣から聞こえ、顔を向けてエルーシアは赤くなって固まる。また恥ずかしさの原因を増やしてしまった。
この話題には介入したくないのか、ジェイは落とした大きな木箱を持ち直して小屋の脇に置き、中から立派なつくりの椅子を取り出す。
「ほかの皆はどこ?」
肩を借りた礼を短く伝え、恥ずかしさから立ち上がってルークから離れたエルーシアは、ジェイに近寄る。椅子が衝撃で破損してないかも、気になるから。
「ロズは資料を返すために王城、ベナットはまだ就業中、隊長はクルルを連れて運動場」
「クロードは何をしに運動場に?」
「悪い、オレが頼んだ。バイトが来る時間だから、相棒を厩舎に移すためだ」
相棒はルークにしか誘導できないが、肩を貸してて動けない。だからクルルに頼んで、そのクルルの作業を手伝うためにクロードは付き添ったのだが、説明にエルーシアは口をつぐむ。恥ずかしさに上塗りをして、負担まで増やしている。
諦めると決めたとしても、二人のやり取りを目にするのは気がささくれ立つ。アクセルは視線をはずしてレイの寝顔を見て、にやりと笑いながらルークに顔を向けた。
「おい、クルル、この男を寝袋から出せ。いや、名が似ているから間違えた。だけど尻尾の生えたペット同士だ、気にならないよな」
「ちょっ、アクセル。ルークに絡むのはやめてよ」
エルーシアは抗議するが、アクセルの嫌み程度ならどうでもいいとルークはレイに近づき、寝袋に手をかけて違和感に気づく。寝息が先ほどまでと異なる。
「おい、こいつ起きてるぞ」
レイは瞼をあけ、バレて残念と呟いて口角を上げる。大きな音を切っ掛けに目を覚まし、様子を探っていたのか。
アクセルは抜刀し、ジェイは椅子から手を離して鈴の音を響かせ、起き上がらないように寝袋を押さえた。ルークも剣を握りながら背にエルーシアを庇う。
だが、エルーシアは前に出て、今の髪色のほうが好みだと軽口の挨拶をもらい、こちらが自前の色だと微笑みで応える――待ち望んでいた再会の時がきた。
資料を部署に返したロズが戻り、再び閉じられた扉の隙間から入ると、不思議な光景が小屋内にはあった。
どこから運び込んだのか、皆が真新しい木箱に座って並び、寝袋から出て立派な椅子に座るレイは、二つの手錠を嵌めたままブリトーを食べている――昼食で残った竹カゴの分だ。
「十八時間近い昏睡のあとですからね。お腹が空いたそうです」
クロードが説明しながら空席を勧め、ロズは腰を下ろして、あとはベナットの到着を待つだけかと揃った皆の顔を見る。だが、バーニーも帰宅したから、ベナットは館だと返される。
この小屋で何が行われているのかは、幼い子には秘密にしておきたい。父親を探して、うろうろされたら大変だ。
「見た顔の騎士が増えたな。お嬢さん、あんた何者だ?辺境伯のとこの婿さんと、ほかにも第一の騎士が二人に、でかいマントの男と睨む半獣人の護衛。次に現れるのは、第二の騎士か?獣人か?」
「いえ、揃いましたよ。食事が済んだのなら話を伺いたいのですが、よろしいですか」
笑みを向けるエルーシアに、レイは体を椅子に固定しているベルトを叩いて、よく見えるように手錠でつながる両腕を突き出す。
「こんなことされて、断る言葉なんて出ないぜ。何もしてないのに、なんで二つも手錠を嵌められてるんだ」
「ええ、何もしてないですね。なぜ申請をしないのかを聞きたいんです。転生者の申請を」
この返しは予想外だったか、わずかに肩を動かすが、お嬢さんの勘違いだと口にする。勘違いだから解放してほしい、美味しいブリトーをご馳走になったから訴えない、このままなかったことにしようと笑う。
エルーシアが首を振ると、頼まれていたハーモニカの件も考え直すことになるとか、ジェイにも親しみやすい笑顔を向け、楽しく飲んだ仲じゃないかと次々と逃げ口を探す言葉を続ける――転生者であることは、隠し通すつもりなのだろう。
聞き取りはエルーシアに任せると決めている皆は、口を挟まず、ただ大人しく見守り、耳を傾ける。間に入るとしたら、それはレイが攻撃を仕掛けたときだ。
そしてレイの言葉が途切れたとき、エルーシアは優しい声で、淡々と詩を朗読するように、抗うことのできない愛の言葉を綴った。
この伝えている愛は、レイの奏でた曲の歌詞だとルークは気づくが、想いの深さを口にするエルーシアに胸が高鳴って息をのみ――同じく、息をのむ音を拾う。
「誰だ。それをお嬢さんに教えた転生者は、誰なんだ!」
愛の言葉を向けられていたのに、レイは笑顔を消して必死な形相でエルーシアを睨み、囲む皆の顔を睨み、視線をクロードに固定し、あんたが教えたのかと噛みつく。
なぜそう勘違いしたのか、理解できる者とできない者に分かれるが、クロードは理解したらしく、口角を上げて騎士服の襟をつまんだ。
「教会で会う予定だった、金襟のクロードです。ほかにも多くの名を持っています」
「俺はあんたを探していた。教えてほしい、死んだ――」
「その質問に答える義理はありますか?まず、こちらの質問に答えていただけるのなら、正直に秘密を打ち明けますが、どうしますか」
クロードの提案を受け入れるのか、真剣な顔で頷き、それを合図にアクセルは立ち上がり、立派な椅子の背の上部にある、幾つもの鈴が下がる銀細工の中央部分に、大きな緑色の魔石を嵌め、座るレイの顔を覗き込む。
「これは王国内に三脚しかない、真実の椅子だ。聞いたことあるか?王城の取調室と謁見の間、王都裁判所に備えた魔道具だ。嘘をついたら椅子が教えてくれるから、返答には気をつけろ」
「そんな大層な椅子でブリトー食ったのか……ここは王城じゃないよな。裁判所にも見えないけど、どこだ?」
「知ったら質問に答えられなくなるぜ。レイ、騙すような真似をして悪かった。昨日はいい奴だったが、あれが本性だって証明してくれ」
ジェイが前のめりになって伝えるが、楽しく飲んでいたのに、気がついたらこんな扱いを受けているのだ。レイは応えずに、ふいっとクロードに顔を向け、質問は何かとふる。だが、質問はエルーシアの口から出る。
火薬の調合を知っているか。爆弾の知識はあるか。瘴気の何を知っているか。魔物を操れるか。国や民に危険をもたらす企みを持っているかなど――すべての質問に、レイは身の潔白を証明し、皆は安堵のため息をついた。
「お嬢さん、質問が変だぜ。魔物を操る奴なんているわけがない。俺は小さな村出身で、湖で漁をする仕事をしてたけど、知りたいことがあって旅に出ただけだ。誰かを騙す企みなんてない」
「レイさん、ごめんなさい。転生者なのに隠しているから……なんか本当に……深読みしすぎたのね。申し訳ありま――」
「神子、謝るな。俺様より上に立つんだ、堂々と偉ぶって、すべての者を呼び捨てにしろ。こいつの聞き取りは必要なことだぞ」
この最後の説明で注いだ魔力を使い切ったようで、魔石は透明に変わり、椅子からはずしながらアクセルが注意し、レイの目を丸くさせた。
謝罪の言葉は遮られたが、エルーシアは申し訳なさそうに、罪のない者に不当な扱いをしたと眉を下げている――この様子からは想像できないが、決定的な言葉を聞いた。
「お嬢さんは……神子様、なのか?」
「おう。ウィノラのこと雲の上の人だって言ってたけど、もっと上にいる女神だぜ、驚いただろ。ここは神子の館の、魔道具をつくる作業小屋だ」
ジェイが手錠をはずして説明すると、すぐさま手を口もとに運んだ。知らなかったとはいえ、気安く話しかけ、デートにも誘っている。緊張から吐き気が込み上げたのだが、すぐに治まった――魔力を満たした昏睡から目覚めたばかりだから、体調はいい。
普通に生きていれば、出会う機会のない人である。それを知っているロズは、落ち着いてほしくて竹筒を差し出す。これにはレモン水が入っているから、喉を爽やかにしてくれるはずだ。
皆は警戒を緩めたが、ルークはまだ剣の柄に手を置いて瞳を険しくしている。まだ謎が残っているからだ――なぜ、転生者だと隠すのか。
クロードも同じで、それを不思議だと尋ね、神子の側にいる騎士なら、選ばれし騎士隊の者たちだと気がついたレイは、態度を改めて答える。
「国から援助金や情報料をもらってる金持ちなのに、唯一の転生者が隠れているからです。国が閉じ込めてるって噂もあります。どうしても会って確かめたいことがあるから、故郷の北西の街なら、本人か情報があると思って探しに行きました。騎士だから、騒がれるのが嫌で隠すんですか?」
緊張していても、言葉がすらすら出るのは本心だからか、椅子から魔石をはずしたが、レイの表情を見るに信じられる話のようだ。
探し人は、輝く人ではなく唯一の転生者――しかし不思議な話である。確認されている転生者の身元は、名も年齢も性別も、居住地どころか出身地もすべて隠し通している。わずかに、通り名を知る者がいるくらいだ。
「なぜ、北西の街を故郷だと思いましたか?」
「故郷だから、最初に金を生んだリバーシで支援を続けてるって、子供のときに聞きました」
自分も入学したころ耳にしたと、ロズも噂があったことを教える。聞けばレイは北東部の出身らしく、かつて王国の北側に流れていた噂かと判断する。
支援を受けて街が変わっていく様子が羨ましかったのだろうか。そんな考えを頭の片隅に、転生者に確かめたいこととは何か、エルーシアが口にする。
「死んだときの話です。もうすぐ俺は、死ぬかも知れないから」
「なんだ、あんた病気か?」
ルークの問いかけに首を振り、レイはクロードに真剣な眼差しを向ける。確認されている転生者だと信じ込んでいるから。それから、尋ねる――死んだのは、幾つのときだったか。
質問には答えず、なぜそれを気にするのかとクロードは返す。質問の意図が読めないのだ。
「子供のころ、村に前世の夢を見る人がいました。転生者じゃなかったけど、魔物に襲われて死んだ夢を見て、よくうなされてた。その人が、死んだんだ……前世で死んだのと同じ年齢のとき、魔物に襲われて……」
また事故にあうと、レイは目に涙を溜める――前世は、落石に弾かれて、バイクごと崖から落ちた。落下しているのに時はゆっくり進み、なびいた髪が頬をくすぐり、落石の当たった右腕は動かず、夕焼けの空に左手を伸ばすが何も掴むことができず、先に落ちたバイクのひしゃげる音が響き、視線を向けると地面が迫ってくる。
もうすぐ死んだときと同じ二十二歳になる。秋になったら誕生日がくるが、それを迎えたら恐怖の日々が待っていると顔を歪めて涙をこぼす。
死の告白にルークは隣に視線を向けるが、首を傾けて何かを考えているようだ――学生で命を落としたとは聞いているが、詳しく年齢は聞いていない。死因もだ。
悲痛な叫びが悪夢から出て現実となり、繰り返されるのか。不安で鼓動が速くなり、考えの邪魔はしたくないが、膝にある手を握る。この柔らかな温もりを消したくない、そんな運命は想像したくない。
設定小話
レイの奏でた曲のイメージはありますが、ここに書いていいものなのかな?少し不安
好きにならずに……たくさんの方がカバーしている曲です
コリーさんがカバーする曲が好きですが、男性目線の歌詞だし、あくまでもイメージです