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世界樹の神子は微笑む〜花咲くまでの春夏秋冬  作者: 宮城の小鳥


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130/320

130 紙飛行機は踊る紙

 朝食をとりに皆が集まった食堂で、クロードは隊員たちに護衛のシフトや部署に提出する書類を配り、ルークのいるテーブルで食を進めた。

 当たり前になりつつある光景だが、誰も不審に思わない。クロードの部署に異動するロズや、護衛でやり取りの多いジェイも同席することが多く、ルークも護衛や魔力の研究で情報交換があるから。


「外出の予定はありませんが、訪ねる者が増えますので、今日から(しばら)く、ルークは午後も館で過ごしてください。ジェイは自身の判断で同席してください」

「おう、昼食も館で食べていいですか」

「……お好きに、どうぞ」

「ルーク、一緒に食おうぜ」

「また朝から昼食の話か……クロードに聞きたいことがある、昨夜はエルと約束していたんだろ、契約の内容は納得したのか?」


 エルーシアは護衛契約をギルドに秘密にしておきたいと告げていたが、クロードはギルドに依頼を出した。それで、ふった話。ただの依頼人ではない、納得してもらいたいのだ。

 魔力研究の協力者としての名目だけでは、宿舎で寝泊まりし、付き従うには理由が弱い。これから先、ルークはマントで姿を隠さずに護衛する機会も増える。画策から守りたい気持ちは理解できるが、堂々と隣に立つには必要だとクロードは判断した。


「理由を説明したら分かってくれましたよ……私からも一つ(たず)ねたいのですが、エルーシアの髪にキキョウが咲いていましたが、あれはルークの贈り物ですか?」

「ああ、森にいく前に挿したが、何か問題が?」

「いいえ。問題はないですよ、素敵な花でした。ただ、なぜキキョウを選んだのかを聞いてもいいでしょうか」


 また髪に花を挿したのかと、ロズはピザトーストをかじりながら耳を傾け、贈る花は決めているジェイは、熱々の大皿が運ばれるのを見て、おかわりを求めて立ち上がり、ルークはキキョウを選んだ理由を説明する。


「服の色に合わせたくても、会う前じゃ分からないからな。瞳の色なら、どんな服でも似合うと思ったから選んだだけだ」

「花言葉を知ってて選んだわけじゃないのですね……そうですか。エルーシアは花言葉に興味がないですから、知ってて贈っているなら、傷つく前に教えようと思っただけです。素敵な選び方ですよ」

「キキョウの花言葉は何なんで――」

「花を贈るなら、バラが一番だぜ。俺はそれで幸せを掴んだ。赤いバラを一輪、毎日届けたんだ」

「それは前に聞きました」


 ロズの質問は、焼き立てのピザトーストを持ったジェイの言葉で消え、ビーツの入った赤いスープを飲みながら、ルークは眉間にシワを寄せる――赤い食べ物を食することはできるのに、赤い花は選べないし、贈りたくない。(とげ)のある花も、躊躇(ちゅうちょ)する。

 その様子に、自身が始めた話題は、何か悩みを与えたのだと気づいたクロードは、さりげなく締めの言葉を口にする。


「私は、毒を持つ花を選んで、よく贈りましたよ。それぞれの選び方や贈り方でいいと思います。想いの伝え方は皆が違いますから、花にこだわらなくてもね。ロズも、恋に落ちたら応援しますよ」


 毒性で選ぶことはないとルークは頬を引きつらせ、受け取ったあと燃やされ、赤い煙を出した花は何だったかジェイは考え、ロズは恋に落ちる予定はまだないと告げ、デザートを求めて席を立った。

 今朝は大皿の隣に、ルークからの差し入れで、カットされたウリが並んでいる。甘い香りを漂わせているが、毒を摂取し続けた後遺症で、クロードには分からないはずだ――毒は怖いと顔を強張(こわば)らせる。


 ※ ※ ※ ※


 この日に採取した世界樹の素材を加工し終え、エルーシアは解読作業で自室に戻り、ルークは作業小屋の扉を開け放って剣を振りまわした。音にさえ注意していれば、訪問者にも気づけるはずだ。

 鍵は掛けてないから好きに使っていいと告げられ、午前の帰宅前や、夕方の魔力を流す前に、何度か小屋で体を動かしている。


 湿度がある中で体を動かし、シャツが汗で濡れた頃合いで剣を腰ベルトに戻し、そろそろ昼食だろうとシャツを替え、これまでの生活で必要だとは思っていなかったが、やはり懐中時計も購入すべきだと考えを巡らせる。

 次に商業区へ行ったときに値を確認しようか、エルーシアが身につけていないのは理由があるのか、贈り物として探そうか――ウリや花で遠慮するくらいだ。気を使わせるかと呟く。


 昼食時には、ジェイと一緒に、書類鞄を抱えたロズも訪れ、頭にバラを編んだ花かんむりだけを乗せたモウに驚いて、目が無いと叫び、購入したばかりの鞄から手を離した――すぐさまルークが受け止め、重たい鞄は壊れることも、足に当たって怪我をすることもなかった。

 森に出かける前、レウィシアの花を髪に挿しているとき、見送りに現れた異様な姿に、ルークも驚いたから予想できた。


「バラは副隊長からもらった奴で、オレがエルの髪に花を挿すから、真似(まね)たらしい。挿さらずに落として歩くから、乗せるように編んだって説明された」

「副隊長は、なぜバラを……いや、その前に、松ぼっくりで隠してた目はどこにいったんですか」

「モウは毛しかないし、何を顔に貼るかは、その日の気分だぜ。新しい趣味を見つけたらしいな……編んだのはエルーシア様か?よく覚えていたな」


 どういう意味かルークは問い、入学してから二年、ウィノラとともに手芸の教室に通っていたが、その記憶はあまり残っていないと教えられる。昏睡で、前世の記憶と引き換えに失った経験だ。

 裁縫や刺繍は、過保護なデルミーラが禁止していたから、教室では編み物や押し花などを学んでいたと、聞いている情報でジェイは補足する。


「学んでいるころの記憶を失っても、体は覚えてるってことでしょうか?不思議ですね」

「だからレモンの(つる)も、簡単にリースにできたんだな」


 なんのことかと二人から顔を向けられ、ルークはただ、部屋の飾りとしてリースをもらったと伝える――奴隷紋をつけられた話はしたが、痛みや不思議な粒、その効果は秘密なままである。もちろん、妖精の光を見ることも秘密。

 妖精は、今日も肩に乗っているが。いや、行動が読めない不可解な生き物だから、張りついているのかも知れない。


 叫び声を聞いたエルーシアが自室から下りてきて、ハリエットやバーニーも席に着き、皆で昼食をとったあと、ジェイは門前に戻り、ルークとロズは筆記用具を渡された。

 これからロズは新しい任務の勉強であり、ルークもそれに付き合う――エルーシアの世界を理解するため、クロードに頼んだ応援である。資料管理部で保管している、転生者の資料を読みたいとの。


「資料の原本は持ち出し禁止なので、閲覧用の複製を持ってきました。分からないところは、神子様に教わるように指示されてます」

「結構あるな」


 書類鞄から取り出したファイルの束を見てルークは呟くが、ロズは首を振った――(ほとん)どが数ページの書類だが、これは今日のノルマであり、全資料のごく一部。

 学ぶ対象はエルーシアの資料だけではない。先人の転生者たちの知識にも補足があり、世に広まった事柄なども含め、部署では大きな棚が埋まっている。

 当面のロズの日課は、午前は書類の書き方などの実務を教わるか、ベナットの指南。午後は神子の館で過ごすこと。


「まず、ファイルを一冊ずつ読んで、分からないところをメモに残してください。読み終わったら交換して、二冊を読み終えたら、二人の疑問点を説明したいと思います」

「あっ、二人で一冊を読むより、そのほうが集中できるから効率がいいですね」

「私はソファにいますので、読み終わったら声をかけてくださいね」


 二人が一冊ずつ手に取って読み始めると、エルーシアは一度自室に上がり、数冊の本を持って戻り、ソファで調べ物を始めた。ロズは奴隷紋の存在を知ったが、禁忌(きんき)の文献まで目の前で開くわけにはいかないので、離れた場所で解読するのだ。

 声かけがあれば、しおりを挟んで本を重ね、二人の向かいに移動する。


「この資料は先人のだが聞いてもいいか?この気球って乗り物は、火をつけるだけで、なぜ魔道具じゃないのに浮くんだ」

「大気や水は、温めると上に移動します。その性質を利用して空を飛びますが、魔物に遭遇したら危ないので、この世界では使用できない乗り物ですね」


 カゴを大きくすれば乗れる人も増え、立ちまわりも楽になり、討伐が可能だとロズは意見を出すが、大きく変えれば風の抵抗も増えて、バランスを保てないと返される。

 この世界、空を自由に行き来するのは難しい。飛ぶ大型の魔物が絶滅するか、大型も退(しりぞ)ける魔物よけが開発されるまで、飛行の技術が日の目を見ることはない。いつの日か活用されるだろうと、知識を保管するだけである。


 この日、ロズが持ってきた資料は乗り物の区分からだったようで、先人が残した自転車や蒸気機関車、詳細が分からないままエルーシアが伝えた車や電車。すでに手紙の配達などでも活用されているキックボードや、気球と同じく、今は活用できない大型船などの説明が続いた。

 地球のエネルギー源については、電気やガス、石油だと簡単に教え、これらは別にファイルがあるとのことで、詳細は後日だと締められる。


「蒸気機関車は、もっと詳しい人が転生者にいたら、線路を走っていたかも知れないんですね」

「この知識を残した人は、ただ利用していただけですからね。私に機械工学とかの知識があれば補足できたんですが、残念です」

「機械工学?だが、エルの時代には、馬車も蒸気機関車もなかったんだろ」

「どこかにあった気はしますが、乗った記憶や身近にあった記憶はないですね……できましたよ」


 モウの入れた紅茶で一息入れながら、エルーシアは一枚の紙を折っていたが、できた品をよく見えるように二人の前に置いた。

 飛行機の説明のために、紙飛行機を折ったのだ。単純なつくりだが、理解しやすくなる――人の乗る胴体があり、翼があり、鳥のように羽ばたかなくても、風に乗る。


「実物は風だけではなく、エンジンを積んで操ります。飛行機も、乗った記憶がない乗り物なので詳しくないですが、空を飛ぶ姿はよく見ていました。空港が近かったのかも知れないです」


 説明を終えると、エルーシアは投げるよう(うなが)し、ロズが紙飛行機を手に取って投げるが、ぽとりとテーブルに落ちた。ルークが拾い、何がしたかったのかと二人で視線を注ぐが、また投げるように促す。

 エルーシアが折った紙飛行機。雑に扱いたくない考えから優しく投げると、大気を滑るように飛び、大きく弧を描いて足もとに戻ってきた。


「あ?ただの紙でも、飛ぶのか」

「なんなんですか、これ!」

「紙飛行機です。バイト先で、ぐずる子に配っていたんですよ。折り方は色々あって、翼の先を曲げたり、先端を重ねて重心を変えたりと工夫もできます」

「これも教えてください」


 理解を深めることにつながりそうで、ルークとロズに折り方を教えていると、楽しそうな様子からバーニーも加わった。

 ハリエットが配達された食材の確認をしている隙に、覗き見ていたらしい。


「明日ね、友達とね、保育園で遊ぶの。いっぱいつくって」


 まだ幼く、教わっても上手く折れないバーニーに代わり、三人で紙飛行機を折ってカゴに入れると、満面の笑みで礼を伝えた。人見知りする年ごろだが、楽しみのほうが(まさ)ったようだ。

 嬉しいとぴくぴく動く耳に頬を緩め、王城に戻る時間になったロズが館をあとにし、ルークも魔力を流してもらって宿舎に戻ったが、夕食でまた館に向かうことになった。涼しげな笑みを浮かべるクロードから声をかけられたのだ。


 今度はどんな密談かと、ルークとロズは連れ立ったが、夕食後に始まったのは密談ではなく、エルーシアへのお小言であった。

 紙飛行機は、まだ転生者の資料になっていない知識であり、広める前に書類の作成と準備が必要なものだと。


「ロズはまだ、資料の全貌を把握していません。あなたがしっかりしなくて、どうするんですか」

「でも、ただの紙飛行機よ。販売するような品じゃないし、何かの権利が発生するわけでもないでしょ」

「飛行機と名がつくなら、転生者の知識からの発想だと気づく者がいます。知識の使用に対しての金銭が発生します。それに、魔道具でないなら、発案者を伏せる必要もあります。どこから転生者だとバレるか分からないですよ、気をつけてください」


 クロードのお叱りに、エルーシアは浅はかだったと頭を下げ――ルークとロズは困惑する。自身の知識から、ちょっとした玩具を折っただけだと思ったが、違うらしい。

 その後、説明されたのは、転生者の身元を伏せるため、魔道具の開発者として知られるエルーシアとは、知識や口座などを分けているという事実。


「資料にある知識を使用する場合、自身の知識ですが、エルーシアも使用料を払います。前世から思いついた事柄は、すべて先に書類に仕上げる必要があるんですよ」

「自分が資料を学ぶのも、そのためでしたよね。新しく思いついたことを書類にするために……気がつかなくて、すいません」

「初日で気づくのは難しいですよ。ロズは責任を感じなくていいです……そうですよね、エルーシア」


 画策の手を(あざむ)くための措置であり、エルーシアは反省して下を向くことしかできない。バーニーから紙飛行機を取り上げ、口止めする必要もある。

 気落ちしたのを慰めたくて、ルークは寄り添い、狙う画策があれば守ると告げ、クロードはにっこりと笑う。


「守るために、ルークにお願いしてもいいでしょうか。あちこちの地を渡り歩いていますので、どこかで似たような玩具を見たことにして、発案者になってください。紙飛行機の名は変えます」


 販売するような品ではないから、商業ギルドに申請は不必要。名を変えるなら、資料にある飛行機との関連に気づく者もいない。思いつきを身近にいた子に教えたと、世間に思わせるだけ。

 簡単である。明日、保育園で遊ぶのを楽しみにしているバーニーに、ちょっと言い聞かせるだけだ――半獣人のお兄さんが考え、つくってくれたと。これなら、楽しみを取り上げなくて済む。


「それ……変にルークを巻き込むんじゃないの?」

「冒険者ギルドを通して二つの依頼を契約しています。館に出入りするのは当然で、バーニーと顔見知りになるのも自然な成り行きです」

「それで問題が解決できるなら、喜んで名を貸そう」

「紙飛行機、名を変える。何がいいでしょうか……飛ぶ紙、舞う紙、大気に乗る紙、あとは……」


 問題は解決だと進む話とは別で、あることを思い出し、エルーシアはクロードを見上げ、どうしようと焦る――カティにぱらぱら絵本を託している。これも、前世から持ち込んだ発想である。

 詳細を聞いたクロードはため息をついて、連絡板を持ってくるように頼み、紙飛行機の新たな名はルークとロズに任せた。


 エルーシアの世界に関われば、新たな知識に触れることができ、驚きと発見があり、振りまわされる。

 これまでにない楽しい日の過ごし方に、ルークは口角を上げ、ぱたぱたと二階に上がる背中を見つめながら呟く――踊る髪だと。


設定小話

振りまわされるのが楽しいのは、命を捧げるほど想いが深いからですね

あと、世の中を変える知識や発想だからか


提供して資料になった知識は、広くて多くて……浅い

花火の調合、車のエンジンの仕組み、強化ガラスはどうやって作っているのか、身近にあっても分からないことばかりです

さらに、日常にあった事柄なので、どれが資料になったのか、把握してないものもあると思います

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