表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
13/349

13 悩みと嘆き

 標高はさほど高くない山地だけど、この地域は瘴気溜まりができやすい条件が揃い、デルミーラが手を焼いていた。

 だから村の再建を勧めて、間伐で風の通りをつくり、癒しの魔力を流しやすくするために灯台を建てさせた。


 今日は南南東から、緩やかないい風が吹いている。大気に溶かした癒しの魔力を、この風に乗せる。魔力を含んだ風は周囲の山々に当たり、複雑に流れを変え、広範囲に舞い降りて瘴気を(はら)ってくれる。

 濃度はいつもと同じに、溶かす量を少しずつ増やす。抑えている力を解放するだけなので、増やす操作は簡単にできる。


 ふと目に入った左手の指輪に、デルミーラを思い出す――エルフの魔法文字を彫った金の指輪は、幅広で存在感があり、神子として公表するときに贈られて、いつも人差し指に装着している。

 意志が強くて、揺れることなく、いつも毅然(きぜん)としていたデルミーラ。


 いつだったか、彼女のようになりたいと伝えたとき、返ってきたのは、ありのままでいて欲しいとの言葉と、優しい笑みだった。自身の考えで発言して行動しろと。

 しかし、どこにいても人の目につく神子としての存在は、自分らしさは抑え込んで、不安を与えないように毅然と振る舞い続ける必要がある。


 騎士に守られて、不自由しない環境を与えられている。だから、神子として務めを果たし、安心を与えるために微笑まなければいけない。

 なのに、治療院の一件から気持ちが落ち込んで、浮上してこない。何度も見てきた胸の痛くなる現場が頭を(よぎ)って、苦しくて頬が動かない。


 生まれも育ちも違うから、価値観も違う。だからこそすり合わせて生きていくべきなのに、差別や偏見が横行し、蔑んで傷つけ、暴力や犯罪につながる。

 悩んで落ち込む気持ちは体の中で(よど)み、苦しさが支配し、神子らしさも自分らしさも分からなくなる。


 抑え込まれて不安定なままに、何もかもが揺らぎ、価値観という土台が揺らぐから、何もかもが分からなくなる。

 今世の価値観だけだったら、苦しむこともなく、すべてを受け入れられたのか。しかし、それは嫌だと胸の奥が叫んでいる。


 立ち(くら)みを起こして(かが)み込む――どれだけ経ったのか、いつの間にか魔力切れ寸前まで大気に溶かしていた。

 左の袖下から革紐を編んだブレスレットをずらし、飾りのようについた白い水晶玉に触れる。


 自身の魔力を入れていた水晶から、少しずつ魔力を体に戻し、白い水晶は徐々に色を失う。

 その隣で陽光を反射させて、赤い筋のある透明な水晶がきらきらと光る。デルミーラの魔力が入っていた水晶玉――かけがえのない存在が恋しくて涙がにじむ。


 終わりの合図で、クルルが二度目の笛の音を響かせる。この音は、空のどこまで届くのか。


 ※ ※ ※ ※


 迎えにきたクロードは、赤くなった目については何も聞かずに馬車へ送り、夕食まで休むことにしたエルーシアは、寝台でクルルの背を()でた。

 ピルピル鳴きながら、先ほど使用した笛を小さな前脚で抱える姿は可愛らしい。たまにしか吹かせてもらえない笛は、お気に入りの玩具だ。


 (しばら)くして響いたノックの音で扉をあけると、クロードが苦笑いを見せる――夕食の時間だと告げ、騎士たちに声をかけてほしいが大丈夫かと問う。

 そんなに酷い顔をしているのかとエルーシアは手早く身なりを整えて、息を深く吐き、なんとか神子の表情(かお)を貼りつけて(うなず)く。だが、上手く微笑んでいる気はしない。


 背を撫でていたからか、クルルは寝ているので起こさずに、二人だけで食事の用意がされた天幕に足を運ぶ。皆に怪我はないと報告を受けたが、広げたシートの上でくつろぐ姿に安堵(あんど)する――聞くのと目で確認するのとでは、安心感が違う。

 討伐を労う言葉をかけて腰を下ろし、食欲はないのでそう伝えるが、スープの入ったカップを渡される。


「飼い主とペットは似ますよね。落ち込んでいても、これくらいは口にしてください」


 隣に座るクロードは、小声で話すと目を光らせる。しかし、小さな体のクルルは食欲を失うだけで命が危機にさらされるが、人はそうではない。

 でも心配をかけているのは分かるので、大人しくスープをすする。口にしやすい甘みの強いカボチャのポタージュは、食欲がないから用意させたのか、気遣いに身も心も少し温かくなる。


 今夜は第三騎士団が夜通し討伐をするので、夜番の必要がない騎士隊は深酒しない程度に飲酒が許可され、村からの差し入れを囲み、ささやかな宴会だと皆の顔がほころんでいる――気を張り続ける遠征中、気分転換できる時間は貴重である。

 今の落ち込んだ気分では場を盛り下げるかとエルーシアが立ち上がると、クロードもあとに続いた。


「馬車はすぐそこよ。一人でも大丈夫だからクロードは乾杯に付き合って」

「少し、星を見ませんか?高い石塀に囲まれて、あまり見えませんがね」


 話がしたいのだろうとエルーシアは解釈し、誘われるままに資材置き場の(はし)に向かった。

 天幕を張るために一箇所に集められた木材の陰で、二人腰を下ろすと、ランタンの明かりが届かないからか思ったより星の(またた)きは見え、心配げな顔を浮かべたクロードが顔を(のぞ)き込む。


「昨日の一件から、何を思い悩んでいるんですか」


 エルーシアはどう話すべきか少し悩み、重い口を開く。


「私には、デルミーラのような強さがないのよ。もっと毅然とすべきなのに」

「そうですね。彼女なら蹴り飛ばして、義足も()らないだろうって火をつけたでしょうね」


 思わずエルーシアは苦笑いする。悩む心を軽くするための冗談だと考えて。


「さすがに、それはないでしょ」

「あるんですよ。あなたの前では蹴りグセを抑えていただけです。彼は確実に数発は蹴られる対象です」

「何度か蹴るところを見たことはあるけど、激怒したときだけよ」

「愛し子に危険が迫ったときは別として、暴力の場を見せたくなかったんですよ。悪癖がうつるのも危惧していましたね。ですが、あなたに隠れてばしばし蹴るのは、いつものことでしたよ」


 激怒したときだけでなく、蹴るのは日常だったとポニーテールが揺れるほどクロードは首を振って説明し、告げられた言葉にエルーシアは驚く――長く側にいたのに、知らなかった一面である。


最上(もがみ)の神子って、呼ばれていたのに……」

「それは、夢のお告げで事故や災害にいち早く駆けつけていたから、そう二つ名がついたんです」


 目を見開くエルーシアを見つめながら、クロードは悩む心を楽にしたくて優しげに微笑んでいる。その瞳に込めた愛情に偽りはない。


「でも、どんなことにも毅然と立ち向かっていたわ」

「あの性格もありますが、お告げで悪夢を知っているからこそ、強気で向かっていたんです。だから、夢に現れないあなたを心配して、守るために知識と経験を与えたんですよ」


 デルミーラはエルーシアの夢は見なかった。出会う切っ掛けになった夢にも、姿を見せてはいない。

 このことは、エルーシアも本人から聞いて知っていた。しかしデルミーラは、姿を現した夢を一度だけ見て、隠していた――葬儀のあとに見つけた手紙に書いてあった、別れを予知する夢の存在。


「たくさんの知識と経験をもらったわよ。だけど、価値観の違いで苦しくなるの。獣人も人も、痛む心も体も同じなのに、庶民も貴族もただの身分で、何も変わらないのに……人種も身分も職種もすべて関係ない、皆が同じなのよ」


 エルーシアの瞳から涙があふれ、クロードがハンカチを差し出して涙を押さえても、一度あふれた感情は止まらない。


「横暴の権利なんて誰にもない、差別が当たり前の世界なんて理不尽すぎる。苦しいのも、痛いのも、つらいのも皆一緒なのに、なんでこんな扱いを受けるの。なんで、こんなに苦しいことが当たり前なの……」

「あなたの価値観は受け入れられます。すでに学校の教科書は変わりました、涙する気持ちも広がりますよ。少しずつですが、世の中は変わっています」


 守られてきたのに誰も守れないと苦しい胸の内をこぼし、エルーシアは涙を落とし続け、背中を撫でながらクロードは慰め続ける。


「デルミーラの望みは、あなたの無事と幸せです。何を悩もうと、好きに選択してください。多くを望んで、やりたいことをやりたいように……それが、私のすべてですよ」



 連れ立って離れた二人の会話に集中して耳を傾けていたルークは、驚愕(きょうがく)した。

 国境の街まで日も少ないから、てっきり首から下げた物について問い(ただ)す相談をするものだと思っていたのに、神子という立場の者が悩み、涙しているのだ。


 ルークにとって、世界は蔑みと暴力であふれ、理不尽が当たり前で、諦めに塗り固めて受け入れていた。

 受け入れていたこの世界を、差別が理不尽だと(なげ)いている。


 一時の哀れみではなく、本気で嘆き悲しんでいる様子に、胸の中で渦巻く感情がなんなのか理解できず、眉間にシワを寄せて胸もとで(こぶし)を握る。

 首から革紐で下げた小さな飾りは、シャツの下でいつもと変わらずに存在するが、いつもとは異なって安心感を与えてはくれず、眉間のシワが深くなっていく。



 また、少し離れた暗がりから、二人が寄り添う姿を一人の騎士が見つめていた。


設定小話

エルーシアの魔力は膨大です

制限なく放つ側にいても、使い魔クルルは平気です

使い魔とは……謎多き、生き物です

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ