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HexenKammer -月の夜の薬膳ラーメン-  作者: 伊藤 金平
プロローグ
5/5

05 トバイの副業 ②/アフター

前回のあらすじ

月に1度、満月の夜に『Towser』の一角を間借りして、薬膳ラーメン屋『HexenKammer』を開店し、お小遣いを稼いでおります。好評です、『魔女のラーメン』。



「ワタハベ閣下。お帰りなさいませ」

白い軍服を着た女性士官がワタハベに敬礼と共に話しかける。ワタハベの顔には先程までの好々爺な表情はない。



ノヨチタ地区の東に位置するガカリ地区。もはや生物が生きていけないほどに汚染された海に面しているガカリ地区には軍港がある。かつて生きていた海洋生物たちの恨みのごとく非登録住民が海から厄災を運ぶ。

それに対抗すべくガカリ地区アーギ港には統合海軍の第1艦隊が停留している。そのつわものを支えるための工業地帯、造船所が隣接し、夜も明々と周辺を照らし続け、煙を吐き続けている。



そんなアーギ港の一角に統合海軍省の鎮守府が建てられている。

『統合海軍情報局局長室』にワタハベは入っていった。



「やはり『魔女』のラーメンは良いものだ。3か月振りに食べたが、あれを食べると政治家や企業のパーティで出される食べ物が喉を通らなくなる」

ワタハベは、くたびれたスーツを女性士官に手渡し、自身の軍服に袖を通す。

『Towser』のドレスコード。高等国民であることを偽るためのくたびれたスーツ。

準1等国民のワタハベが袖を通すにはあまりに粗末な服であるが、これがなければ『HexenKammer』に通えない。


「さて」

着替え終わったワタハベがデスクにつく。デスク上には2通の書類が置いてある。



1枚は中央医療ギルドからの検査診断書。さっと目を通し、口角をあげるワタハベ。


「これは先日の検査だな。播種していた悪性腫瘍がまた消退傾向だそうだ」

「それは喜ばしいことです。閣下」



――― ―――



軍学校を卒業し、士官として働き続けたワタハベは、幾度と訪れた命のやりとりに勝ち続けた。

士官として艦に乗り、兵站局とやり合い、気づけば上るところまで上りつめ、情報局の局長の座についていた。

情報局から海軍の底を支え、非登録住民や他国と戦う上での戦略を練った。それだけでなく、陸軍、国益よりも私服を満たさんとする政治家、企業との利権をめぐってしのぎを削っていた。

自分の身体を労わらず数年、ほんの少しの不調が気になり、調べてみればすでに悪性腫瘍が全身に播種していた。


弱みにならぬよう気をつかい、自身の容態を隠しながら治療に臨んだ。しかし、既存の治療法では改善なく、高額な未承認薬を使用しても腫瘍の増悪は止まらなかった。神経に腫瘍が食い込みはじめ、余命2ヶ月を宣告された。


海軍情報局の中でも特に信用できる人員を用い、民間療法や他国の治療を手に入れたが変わらなかった。



そこに現れた胡散臭い情報。『魔女のラーメン』という3等国民のバーで出される謎の食事。

下肢に力が入りにくくなりつつ体をおして食べに行き―――



「閣下、お喜びください。神経に播種していた腫瘍群が消退しております。依然予断は許さず、腫瘍は多く閣下を蝕んでおりますが、腫瘍マーカーは以前より14%も改善しております。いずれかの薬剤が効果を示したのだと思われます」と医師から聞かされた。


薬剤ではない。おそらくは―――


折をみて再び『魔女のラーメン』を食べに行った。「2度目のご来店ありがとうございます。美味しかったでしょう」と『魔女』から問われた。ここでワタハベは、興奮のあまりに難病が治ったことを告げてしまった。これが問題だった。



2度目のラーメンを食べ、しばらくしてから検査を受けたところ、臓器内に播種していた腫瘍がまた少し消えた。医師から「この2か月で腫瘍マーカーが25%改善しています」と言われた。


この科学文明の世の中に舞い降りた奇跡に胸が熱くなった。



3度目の『魔女のラーメン』を食べに行く前に秘書である女性士官より「『HexenKammer』が閉店した」と聞かされ、膝から砕けそうになった。信じられなかった。何故だ?と理由を問い詰めたところ、「閣下の容態の改善による『魔女』の争奪戦の勃発と、その危機を感じた『魔女』自身の隠遁です」と答えられ、自己嫌悪に陥った。


しかし、ここであきらめるワタハベではなかった。半年間をかけ『魔女』の情報を集めたワタハベだったが、ラーメンで抑えられていた腫瘍は、摂取前と同等まで再度進行してしまった。

『魔女』についての情報戦は熾烈を極めていた。独占しようとする者が多く存在した。大企業、統合陸軍、中央医療ギルドが『魔女』についてのダミーデータを散布したりと足の引っ張り合いをしていた。恩恵のレベルが桁違いであり、仕方なしと考えた。


そんな『魔女』狩りの中で、統合海軍情報局は、『魔女』の足取りをつかむことに成功した。

ノヨチタ地区総合統括ギルドに被疑者はいた。

本人はその特異性を隠しているつもりのようであったが、軍情報局が総力をあげれば、プライベートなどあってないようなものであった。


『魔女』に雲隠れされないよう監視に気づかれないように確定作業に入った。そこで確認出来る限りの『魔女』の秘術の確認と、トバイの善性が確認された。


模範的な国民であるトバイは統合海軍情報局の最優先保護対象として『魔女』である情報は隠蔽され、怪しい行動の記録は改竄された。トバイ本人には統合海軍情報局から潜入士官をつけることとなり、業務中の監視が行われることとなった。またトバイの両親にも24時間の警護を『トバイに気づかれないように』開始した。



そこからは『HexenKammer』の再開をトバイに検討してもらうことに必死だった。潜入していた士官に思考誘導まで念頭に計画を立案させたが、予想を裏切る程にスムーズにトバイは『HexenKammer』を再開した。潜入士官も「噓でしょう」という程だった。



――― ―――



「『魔女』様に関しましては、情報部の部下よりレポートが上がっております。机上させていただきました」

女性士官が診断書と別の書類について説明をする。


「大変読みやすいレポートだ。彼女は優秀だな」

「昨年度の軍学校の主席です。潜入先でも良い後輩を演じているようです」

「ふむ。『魔女』からの胃薬についてのレポートの記載があるな。配給の胃薬は成分の変更はなかったようだ。やはり、『魔女』自身の加工過程が必要、もしくは素材に特殊性があるのだろう」


ソモモトという偽名で潜入している士官は、『魔女』であるトバイを間近で観察し、詳細にデータをまとめレポートで郵送している。一部暗号化されており、2か所以上の逓信を経由しており、発信元もその内容も符号が合致しなければ読み解くことができない程に保護されていた。

レポートには、ラーメンの食材の収穫場所がナルチタ地区の地下に存在している可能性があること、高高度監視ドローンに気づかずに住居の屋上で陸軍の配置転換を見るトバイの情報を抹消する依頼と違法行為の登録削除の要請、アルコールを交友費として経費請求する旨が記載されていた。



「やはり物理干渉無視は『魔女』の秘術か。銃弾や爆撃などを無視できるのは脅威ではあるが、うーむ。普段使いはよろしくないな。物理干渉に衣類なども含まれるとなると、監視に男性を当てにくくなる」

「監視を女性士官に限っており、幸いでした」

監視されていることを知らないとは言え、女性としての恥じらいや、もしかしたらという警戒はしてほしいと思うワタハベ。この手の抜けがあるため、なんとか『魔女』がトバイであるとたどり着いたわけだが。



「他所は?」

「現在、当局が配置した以外の監視ドローンありませんでした。警邏のパトロイドはノヨチタ地区総合統括ギルドのものですのが、遠隔でデータを解析しましたが『魔女』の姿は映っておりません」

「よろしい。当分は当局で『魔女』は管理しよう。『Towser』からクナラダ製薬に情報が漏れる可能性は否定できんが、今日の様子であれば問題ないだろう」

「やはり」

「うむ。ノコシロなどという名前で顔を出していたよ。店長くんが「免職した部下の店に、偽名まで使って飲みに来るとは、変わった思考をされていますね」などと啖呵を切っていたのは見物だったよ」

「実の父にだいぶ厳しいお言葉ですね」

「利益至上主義のクナラダ製薬であれば、商業の才がないトミオキくんは実の子でも要らないのだろう。口論になりそうだったが、向こうが私に気づいて、来年度の海軍に卸す食材についての商談に切り替えてきたよ。そこは流石、クナラダだ」

「クナラダにヘッドハンティングするつもりだったのでしょうが、思惑通りにはいかず、せめて何か利益を得ようとされたのでしょう。商魂たくましくらっしゃいます」

「あまり、粘るようなら『魔女』から痛い目を見させられるだろう。いい薬だよ」



――― ―――



本日の副業は終了です。家に帰るまでが業務ですので、依然気はぬけませんでした。


なんとか『統一消灯時刻』5分前に自室へたどり着きました。官舎の管理人さんから「遅くまで出歩くのは模範公務員らしからぬ行動です」とお小言をいただきました。まさにその通りです。

『HexenKammer』の開店日はいつもギリギリですが、今夜は特にギリギリでした。



『HexenKammer』の業務終了後、パトロイドや警備ドローンがないことを確認し、『透過』と『浮遊』でナルチタ4番街の地下鉄駅を潜航します。仮面とドレスとかばんは破棄された駅員室のロッカーに隠しておきます。『悪魔』などにも遭遇しますが、秘術でやり過ごして、服を着替えて、急いで官舎へ戻ります。だいたい15分は『統一消灯時刻』までタイムリミットがあります。いつもならば。



それもこれでもノコシロ様とヨシイド様を撒くのに時間を要したためです。


閉店後、ワタハベ様がお車で帰られた後、お二方から企業への勧誘をされました。

そこでみせていただいた名刺には、食品産業の大企業のクナラダ製薬の名前がありました。


重ねてお断りとするにも関わらず、食い下がられます。


そうするとどうでしょう。「3等国民があまり自分の意見をいうものではないよ」と笑みを消されました。


そして、スーツの内側からテーザーガンをお出しになられました。

自衛目的でしたらば上等国民様は武器の所有が認可されていますが、これでは武力行使です。


いつもの私でしたば両手を挙げて終わりですが、満月の夜の私は『魔女』です。残念でしたね。

こういうときは『病の魔術』の出番です。筋肉の機能を落とし、全身の筋肉が弛緩してしまう『病』を魔術で発症させます。魔術が成立すると、お二方は立てなくなりました。呂律も回らなくなり、だんだんと目も開けていられなくなります。アカシックレコードによりますと『重症筋無力症』という疾患でした。

本来であれば徐々に発症するらしいのですが、魔術です。急性発症ともなれば、対応が難しいでしょう。


立位を維持できなくなり、手にしていたテーザーガンを落とし、忌々しいものをみるようにこちらをにらんでこられました。


私兵の方が私を拘束しようとしましたので「急いで人工呼吸器につながなければ、呼吸筋も弛緩しお亡くなりになりますよ」と教えて差し上げます。すると慌てて介抱し始まました。

そのうちに私は『浮遊』で空中から逃走しました。私兵の方も武器はお持ちだったでしょうが、反撃が怖かったのか、見送られました。



そして今に至ります。


窓から見える明かりはほとんどなく、私も急いで消灯しなくてはいけません。



今夜は魔術を使いすぎました。使えはしますが、やはり使うと疲れてしまいます。

『Towser』の店主さんから小瓶でカップ1杯分のライ麦酒をもらっております。寝酒にちょうど良いです。消灯後、暗闇に目が慣れた頃合いを見計らい、これを飲みましょう。今のうちに水道からコップに水を入れて置き、飲み終わりに口腔内を洗浄し寝るのです。


フッと電気が消えました。


月明りだけが室内を照らします。

思ったよりも明るい夜です。頑張った1日の締めにアルコールを嗜みましょう。

お疲れ様でした、私。



プロローグはここまで。

また書き溜めたら再開致します。

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