04 トバイの副業 ①
前回のあらすじ
他人のおごりのアルコールはおいしいものです。それで終われば良かったのに、『魔女』の秘術でノヨチタ地区の防衛能力の低下を知ってしまいました。一抹の不安。
「―――最後に。ノヨチタ地区駐屯軍より配置転換の報告がありました。詳細に関しては―――」
カラマ課長が、朝礼時に『統合陸軍の配置転換』を通知いたしました。
私が屋上でニシュナ地区へと移動していく戦車群を見たのは、もう7日も前のことになります。
私たち3等国民に軍の情報が降りてくるのには、それだけ時間がかかるということなのでしょう。
「あ、あの」
ソモモトさんが申し訳なさそうに声をかけてきました。
「トバイ先輩。こういうことってよくあるのでしょうか?」
小声でソモモトさんが聞いてきます。その声色には不安が混じっているのが分かります。
「私がこの職務に就いてからは初めてですね。ただ、何故かは推測できます。この4年間、軍への非登録住民駆除要請がありませんでした。非登録住民や他国との衝突の件もありますし、さすがに遊ばせておく余裕はないと判断されたのではないでしょうか」
私がそう答えると、なるほどという顔をするソモモトさん。
「もし、ノヨチタ地区内で軍への駆除要請が必要になったら?」
「その時はその時です。完全撤収ではない、とカラマ課長はおっしゃっていたではないですか。戦車以外の兵器群、ミサイルなどに関しては残っていると思いますよ」
「そうですね。すみません、不安になってしまいました」
ソモモトさんはそう答えると姿勢を戻し、業務連絡をするカラマ課長の方を向き直ります。
軍は保険です。何かあってたとしても軍という最後の砦があると安心できます。
その最後の砦が削れた、というのはショックが大きいのでしょう。周りをみるとソモモトさんだけではなく、その他の新入職員も不安を顔に出していました。
最後にスピーカーが無機質な声で、国家への奉仕の精神について訓示をします。復唱後、朝礼は解散となりました。
「さあ、悩んでも仕方がないことを考えるのはやめてましょう。仕事の時間です」
――― ―――
18時。タイムカードを切り、ギルドを出ます。
本日も業務に邁進いたしました。
軍の配置転換など微塵も関係ない業務、地区管理課の主たる業務である『書類仕事』に勤しみました。
出生や死亡による新規の住民登録や登録の抹消。転居や転職、賞罰などの住民の皆様の登録内容の変更です。記載が間違っていれば、訂正し、承認したら課長に回し、と色々していました。
午後の勤務は、座りっぱなしでした。
そのためか足が張っている感じがあります。また腰や肩も重いです。業務終了のアナウンスの後、ストレッチのため少し体を動かしましたが、ほんの少し動かすだけでもコキコキと小気味良い音が鳴りました。実に不健康です。まったく。
さて、本業はこれで終わりですが、本日は満月なのでもう一働きする予定です。
満月。1か月に1度やってくる月の変化。大変分かりやすい指標だと私は思っています。
その満月の日は、半分趣味でやっている『副業』の日なのです。
もちろん公務員の仕事だけしておけば、貯金はできなくとも、慎ましく生きていけます。しかし時々贅沢はしたいものです。
頭をよぎる『パンとサーカス』の言葉。
色々制限は設けられておりますが、食料の配給とアルコールとタバコなどの嗜好品に関しては制限をされておりません。私たちのストレスコントロールだとわかっていますが、制限されるよりはマシだと思います。
もちろん贅沢もなのですが、何よりの理由は『貯金のない者は魅力がないので結婚できない』です。
資本があるというステータス。自分の価値を少しでも底上げするため、隠れて副業を行っているわけです。
――― ―――
閉店30分前の『Towser』。その古いプレハブハウスの前には、明らかに3等国民では手に入れることができないであろう車両が2台止まっている。車両の周りには、その車両の持ち主の私兵であろう集団が周囲を見渡している。
『Towser』の店頭には「本日、貸し切り」の立て看板。
普段の『Towser』とは異なる明らかに物々しい雰囲気。
満月の日の『Towser』はいつもと業務が異なるのを、周辺の住民は知っている。触らぬナントカに祟りなし、である。
そんな誰も近寄らない『Towser』に、仮面をつけた黒いドレスの女性が近寄る。勿論、私兵の警戒度は上がるが、それを制止するように、『Towser』の店主が声をかけた。
「ああ、良かった。『魔女』さん。本日予約の3名様がお待ちです」
「申し訳ありません。遅くなりました」
店長に誘導されるままに『魔女』は店内に入っていく。
生活感溢れるバーカウンターに似つかわしくないスーツの男性が3名、パイプ椅子に腰かけている。
テーブルに置かれているアルコールは店からの提供ではなく、持参のもの。特上の大麦の蒸留酒。ガラスのコップに丸く削られた氷が浮かべられ、匂いと味をたしなんでいる。
「大丈夫だよ、『魔女』さん。楽しく待たせてもらっていた。今夜も美味しいものを頼むよ」
やつれ気味な顔、皺の多い灰色のスリーピーススーツを着た男性が笑顔で『魔女』に話しかける。
「ああ、あなたが『魔女』さんでいらっしゃいますね。待ち時間も商談に利用させてもらいましたのでお気になさらず」
ダークグレイ色のダブルブレステッドスーツの男性が『魔女』に話しかける。金のカフスが光度の少ない『Towser』でも輝いている。その隣の席で、これまで机に広げていたであろう書類をカバンにしまっていくもう一人の男性。何も言わないが、店内の雰囲気や上司を待たせたことに不満な表情を浮かべている。
「ワタハベ様、お久しぶりです。この度はノコシロ様、ヨシイド様、ご来店ありがとうございます。お待たせいたしました。『Towser』の一角を間借りさせていただいております。『Hexenkammer』の『魔女』です。心を込めて料理をふるまわせていただきます。どうぞよろしくお願いいたします」
と明らかに社会的地位の異なる男性3人に、マスクで顔を隠し、黒いドレスで肌を隠したトバイは『魔女』と自己紹介して頭を下げた。
ワタハベ、ノコシロの2名は笑顔で対応し、ヨシイドは評価を下す者の目線でトバイをみている。
頭をあげたトバイは、『Towser』の店主にバーカウンターの裏の調理用品の使用許可を取り移動する。エプロンを付けて、持参のカバンより袋に小分けした食材を取り、調理場に広げ、仕上げを始めた。
――― ―――
「ほう。これが『魔女のラーメン』ですか」
ノコシロ様が目の前に置かれた器に入っている料理をみて、感嘆されております。
これが私の副業。月に1度の完全予約制のラーメン屋さんです。
勿論、ただのラーメンではありません。『魔女』の秘術であるところの『病の魔術』『毒の魔術』を応用した薬膳料理なのです。
このラーメン、1杯用意するだけでもかなりの苦労がありました。
作物を作れるようなまともな土壌がありません。海洋汚染も進んでおります。企業や国家機関の作る配給食糧以外ではきちんとした食材が存在しないのです。
仮に畑を耕せるほどの綺麗な土壌があったとしても、土や海を使う権利は私たち3等国民にはないわけですが。
普通ならば食材は調達できません。
しかし、『魔女』の秘術である『浮遊』や『透過』を用いて、廃棄された地下街や地下鉄を探索しておりますと、汚染されていない土地を何か所が見つけることが出来ました。
幸運なことに、化学汚染されていない地底湖もあり、自然界では絶滅したとされるような魚介類の小さな群生地をみつけることができました。光源が乏しい地底湖ゆえ、目は退化し、ややグロテスクになっていましたが、面影は残っていました。
美味しい出汁が取れるお魚です。捕食者がおらず可食部をよくよく実らせていました。
1等国民様でさえも養殖でしか、お目にかかれない生きている魚介類です。初めて見た時は夢かと思いましたが、頬っぺたをつねり、現実に帰ってこれました。
そんな最後の生き残りたちかもしれないコロニーに対して、私は『魔女』の秘術を使いました。彼らを健康にし、水質や土壌の汚染を浄化して、コロニーを繁殖させたのです。「魔法のビオトープ」というとオシャレですが、要は私だけの養殖場を手に入れることができましたのです。
浄化された土地の植物で増えすぎたものや、間引いても問題ないと判断できるほどに増えた魚介を時折美味しくいただきました。
味覚を通し、多幸感を得ていた私でしたが、ある時ひらめいたのです。「これは婚活の材料になる」と。
幸せのおすそ分け作戦です。
ただの料理では付加価値が少ないでしょう。そこに希少性を加え、私の価値をあげることにしました。
それが薬膳料理です。
食材を触媒とすることで『魔女』の秘術を摂取者に付与することが出来ます。毒や病に対抗する料理としてアピールをすることにしたのです。「体が喜ぶ料理」。結婚相手にふさわしいフレーズではないでしょうか?
魚介の出汁をより深みを持たせるために研究し、繊維質な植物を食べれるように試行錯誤しました。しかし、やはりお腹にたまることが料理の一番の重要性だろうと考え―――
最終的に魚介出汁のシンプルなラーメンが出来上がったのでした。
小さいながらも薬草としての性質を持っていた野草を『ネギ』の代わりに薬味として乗せました。
自生していた繊維質な植物は、アカシックレコードで読んだ『メンマ』と呼ばれる食物に加工しました。
大豆性の代用肉と暗闇に生息していたトカゲを無毒化、魔術を加えながら『偽チャーシュー』に加工致しました。
3種類の魔術媒体をトッピングしたシンプルなラーメン。これが私の到達地点でした。これまでの人生で食べたものの中で最上の美味しさでした。幸福を形にすれば、こんな形なのでしょう。
幸せのおすそ分け。
どうにか他人にも食べさせたいと考えた結果、『魔女』として変装し、魔術で変声し、『Towser』を訪れたのです。怪訝な顔をされましたが、作ったラーメンを店主さんに食べてもらった時「本当にこれを食べて良かったのか?上級階級の配給の盗難品ではないのか」と疑われました。疑いながらもラーメンは完食されていました。
胃袋をつかんだ後は、交渉の末に月に1度、誰かに振るうために店舗の一角を貸してもらえることになりました。こうして薬膳ラーメン屋『HexenKammer』は始まったのでした。
――― ―――
最初はたまたま来られた仲良くなれそうな方に何気なく振る舞っていました。
月に1度か2度『HexenKammer』を開いて、ちょっと良い甘味くらいのお代をいただいておりました。
何度か振る舞っているうちに、予期せぬ事態が発生してしました。
ラーメンを食べたお客様、ワタハベ様の患っていた難病が治ってしまったのです。
ワタハベ様のご病気は、様々なお薬を使っても改善せず、徐々に体を蝕んでいたのだそうです。藁をもつかむつもりで、様々なサプリメントを試していましたが効果はなく。噂で「健康に良い」を謳い文句にした食べ物があるからと『Towser』まで足を運ばれたのだそうです。
ワタハベ様は「奇跡が起きた」と喜び、周囲と歓喜を分かち合ったのだそうです。
目論見では、「身体に良いラーメン」として評判になれば、と考えていました。ですが、ワタハベ様の難病が治ったという事象は、少し影響力が強かったようです。気づけば「身体に良いラーメン」から「ラーメンという名のエリクシア」という情報になり、他の地区の2等国民様にまで情報が出回るようになっていました。
そこからは大変でした。「あの女を出せ」「居場所を教えろ」「この店舗ごと利権を買い取る」と『Towser』に高圧的な方が来られるようになりました。そして『Towser』が開けなくなり、店主さんが誘拐されそうになる事態まで発生してしまったのです。
迷惑をかけてしまったことを詫び、一旦『HexenKammer』を中止しました。正体を隠していたのは幸福でした。今頃身柄を拘束されていたかもしれません。
しばらく経ってから『Towser』の店内に伝言が残されるようになりました。仕事の終わりにソモモトさんとアルコールを嗜んでいた時に、その伝言に気づきました。
「『魔女』様へ。『HexenKammer』の再建と安全保障のご提案」
「なんですか、これは?」と店主さんに訊ねてみると
「ああ。トバイさんは知らないかな。少し前に『魔女』さんが美味しいラーメンをふるまってくれていたんだよ。人気になりすぎて、ちょっとおかしいことになってしまってね。もしかしたら、素顔で飲みに来てくれるんじゃないかと思って、伝言を掲げておくことにしたんだ。怖い思いをさせてしまったから、もう来ないかもだけれども」
と店主さんが寂しい笑いを浮かべていました。
むしろ迷惑をかけたのは、こちらだというのに。
「噂のラーメンですね。食べてみたいですね」
とソモモトさんが呟いていたのは記憶に新しいです。
そのしばらく後、私は『魔女』に扮し、『Towser』を訪ねました。店主さんに何度も謝られましたが、その度に私も謝るという謝罪合戦になり、お互いに謝罪をするのはやめようと決着致しました。
そして店主さんから『HexenKammer』再建についてお聞きしました。
なんと再建案も安全保障もワタハベ様の提案なのだとか。
予約制。1か月後の予約チケット3枚、2か月後の予約チケット3枚を店主さんが捌き、公平にお客様を決めてもらうシステムとなりました。その3枚の内訳は1枚はオークションで、1枚は抽選、残りの1枚は抽選で当たった方が好きに1人呼んで良いことにしたペアチケットです。抽選のペアチケットは無償ですが、オークションで支払われたチケット代が私の副業の稼ぎとなります。
なんと画期的なアイディアなのでしょう。私では思いつきも致しませんでした。
そして、その振込の口座ですが、私が作ると正体がバレてしまうため、ワタハベ様と店主さんが開設手続きをして下さいました。中身を確認するのは、正体をバラしても良い時。つまり、結婚資金になる時です。口座を開いて貯金を確認する日が楽しみです。
画期的なアイディアをくださったワタハベ様は2ヶ月毎に召し上がりにいらっしゃいます。
美味しさにも、病気が良くなったことにも感謝しているとワタハベ様はおっしゃっていました。
その過剰な感謝の気持ちが、2か月毎のご来店なのです。美味しいラーメンとは言え、オークションで落札するようなものではありません。おそらく、買い手のいなかった際にワタハベ様がチケットを購入してくださっているのでしょう。チケットのアイディアや2か月毎の購入、口座開設に加え、ご自身がお店に来られない日も店舗警備の私兵さんを配置してくれるという、厚意に甘えすぎていないか心配になる事態にもなっています。
「感謝の気持ちだから受け取ってください」としか返事がないのも、なんともはやです。
本来ならばオークションと抽選なのですが、最初だけ、ソモモトさんを指定させていただきました。頑張っている後輩を労うつもりでした。
そのソモモトさんは、ラーメンを食べて感動したらしく、そこから食にこだわりを持つようになりました。代替コーヒーにまでこだわるようになり、少し後悔しております。
――― ―――
あら、これまでの『HexenKammer』を振り返っていたら、お客様方はすでにスープまで飲み干されていらっしゃいました。満足そうな顔です。作った甲斐があったというものです。
「これでまた長生きできるよ」とワタハベ様。大変良い笑顔です。
ああ、ヨシイド様。スカウトは困ります。お勤めの企業の名前は存じております。大企業でいらっしゃいますね。その社内食堂のシェフがどんなに凄い立場なのかも重々承知でございます。
しかし、他の地区に移動したら、私の料理は作れなくなります。魔法のビオトープありきの私の『HexenKammer』なんです。2等国民の住居が手に入っても、それでは意味が無いなのです、ご了承ください。
「美味しかったのはわかるが、興奮のし過ぎだね。あまりしつこいと『魔女』さんの迷惑になるのではないかな?ノコシロくん」
笑顔でワタハベ様がノコシロ様に語り掛けます。
「指導不足で申し訳ありません」とノコシロ様。ああ、青筋が。これはヨシイド様、帰られる車内ではお説教でしょうか。気づいていらっしゃられないようですが。
もし、また縁がございましたら、食べにお越しください。
本日はご来店ありがとうございました。