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HexenKammer -月の夜の薬膳ラーメン-  作者: 伊藤 金平
プロローグ
3/5

03 アフター/魔女の片鱗

前回のあらすじ

業務が終わりました。流石、信頼と実績のナルチタ警備保障さんです。



備品の返却を行い、宿直勤務の職員に業務の申し送りを行い、退勤のタイムカードを切ります。

これにて本日の業務は終了です。


このタイムカードはとても重要です。

時間内に仕事を終わらせた証明となるからです。

管理職の仕事に『勤務時間外に労働を行った者への査定』があり、労働時間の多さが来年度以降の昇進、降格の材料となります。


ただ多く働けば良いというわけではありません。

でしたらばダラダラとやれば良いのですから。


『時間内にすべての仕事を終わらせる』、これが重要なのです。


しかし、どんなに効率化をしても突然振られた仕事で時間外労働になることはあります。

その場合は前もって『業務時間延長申請』を提出すれば良いこととなっています。むしろ提出しなければ「通常通りに業務をしていれば終わるはずの仕事量を振られた」と、査定する側はとらえるのです。

『業務時間延長申請』を提出していない、つまり「時間内に終わらせられる」と自分で判定していたのに終わらなければ、自己管理のできない人間である、と評価されるのです。


自己管理能力の欠如は、今の業務から外される理由となりえます。

今の業務を続けたければ、身の程を知り、与えられた業務を完璧にこなす必要があるのです。



――― ―――



「トバイ先輩。1杯だけ、1杯だけですからね」

隣の席に座ったソモモトさんが念を押してきます。心配性ですね。



ギルドから数分歩くと3等国民の居住地区に入ります。私の住居である第24号官舎もこの地区にあります。


居住地区の真ん中に軍用車両路がまるで大きな橋のように走っております。その高架下に古いプレハブユニットハウスが乱立しており、その中の1つに『Towser』があります。


『Towser』には私もソモモトさんも、何度も足を運んでいます。お気に入りのお店なのです。


そのお気に入りのお店ですが、見た目はただの古いプレハブユニットハウスです。その軒先に金属製の板がつるされており、『Towser』と書かれているだけです。これが無ければ、見分けはつかなかったでしょう。


店内には金属板を打ちっ放しにしたカウンターがあり、6脚の丸座のパイプ椅子が置いてあります。裸電球が天井から3つ吊り下げられていますが、だいぶ古くなっており、フィラメントの寿命が近いのか、隣の席の人の顔がかろうじて見えるくらいの光度しかありません。


雰囲気作りなのか、こうなってしまったものの果てなのかはわかりませんが、私個人としては好きな雰囲気です。


そんな薄暗い店内を見渡せば、カウンターの内側に折りたたまれたベッドがかろうじて見えます。この店舗は店長さんの自宅でもあるのでしょう。


カウンターには手書きのメニューがあります。

お酒が2種類と炭酸水、それと本日のアミューズです。

お酒はいつも決まっております。化学薬品で風味つけされたジャガイモの蒸留酒とライ麦の蒸留酒です。



「わかっていますよ、ソモモトさん。店長さん、私にはライ麦の方を」

「私はジャガイモ酒をください」

注文とともに、ソモモトさんが店長さんにお金を渡します。


冷えたヴォトカもどきとアクアビットもどきがステンレスのコップに入って渡されました。

それと本日のアミューズが金属製のお皿にのっています。名前のよくわからない植物のピクルスです。多肉植物めいていますがサボテンではないようです。


ソモモトさんには謎ピクルスの毒見をしてもらいましょう。にっこり。


さて。アルコールもアミューズもそろいました。

互いに顔を見合わせます。薄暗くてあまり顔色はわかりませんが。


「では乾杯をしましょうか」

「はい」

「本日の労働の達成に」「明日の労働の成功に」「「乾杯」」

お決まりの乾杯の文句です。


澄み切った液体を口に含ませ、飲み込みます。

アルコールが喉を焼くように口から喉、喉から食道、食道から胃へと伝わっていきます。

胃に入った後の熱い感じがたまりません。


息を吐くと、胃から口へと熱が逆流してきます。

自分の吐息にも酔えそうです。


ああ、やはり他人のお金で飲むアルコールはおいしいですね。



――― ―――



18時20分。ソモモトさんと別れ、第24号官舎308号室に帰宅致しました。私の家です。


いつもならば、仕事の帰りに20時まで営業している公衆浴場に向かい、ゆったりと手足を伸ばして体を清め、温めるのですが、アルコールを嗜んだ後ですので、本日はいけません。公務員は住民の模範たる行動をとらなくてはならず、湯あたりなどで前後不覚となれば、査定で降格待ったなしです。

本日は自宅のシャワーで済ませましょう。


しかし、このシャワー、お湯が出てくれるかは運が絡みます。朝は比較的お湯がちゃんと出てくれます。しかし、それ以外の時間に使用すると、最初はお湯でもだんだんぬるくなり、最後は水になることもしばしばです。官舎の老朽化により、ボイラーの機能の不安定さが目立ってきているのです。何度か修繕を申請しましたが、今だに聞き届けられておりません。


常に肌寒いノヨチタ地区ですが、夜は格別に寒くなります。

出来れば、シャワーで暖まりたいところですが、冷水で体の芯まで冷えてしまう可能性もあります。


せっかくヴォトカもどきで暖まった体ですので、冷やすのはもったいないです。


1杯とは言え、アルコール度数の高いものを飲んだことで、浮遊感を伴っています。

このまま横になれば眠ることが出来るでしょう。



古いはめ込みガラスの窓から外を見ると、まだいくつもの住居の窓に明かりがともっています。


しかし、これもあと3時間ちょっとです。

都市運営のため、21時から電灯の光度が下げられていきます。徐々に地区から明かりはなくなり、登録された数少ない箇所以外は、22時以降は配電すらされなくなります。

電力の再開は翌4時です。

一種の節電なのでしょう。これを『統一消灯時刻』と言います。


22時以降、外を出歩くことは違法行為となります。勝手に出歩き、パトロイドに発見されれば、警備クランに通報されます。



『統一消灯時刻』までまだ2時間ちょっとありますが、やはり本日はこのまま横になりましょう。

この、幸せな浮遊感を抱いたまま夢をみれれば、一日の締めとしては最高と言えるのではないでしょうか。


備え付けの小さなベッドサイドテーブルに飲料水を入れた容器を用意し、就寝です。

おやすみなさい。



――― ―――



目が覚めてしまいました。

時計をみるとまだ3時45分でした。この時間はまだ、ノヨチタ地区3等国民住居地区をパトロイドが徘徊しています。


見回してみますと、1区画に4機も導入されております。

普段はここまで巡回していません。監視の念の入れようがうかがえますね。


パトロイドから目を移すと、住居地区の真ん中を走る軍用車両専用道路を戦車の列が通過していました。

監視の厳重化の原因はこの戦車群でしょう。


戦車と言っても、M1A2のようなものではありません。3脚でローラー移動し、車体は円形、傾斜装甲の極致ともいえる半球体です。電磁装甲を有しており、遠くから見れば、うっすらと光をまとっているように見えます。静粛機動性と隠密斥候性が高いため、極めて静かに移動しています。まるで地上すれすれを浮遊する空飛ぶ円盤の列のような様相ですね。


「統合陸軍の主戦車『マレニトⅡ』でしたっけ」


防衛戦力としてノヨチタ地区に計18両配備されていた『マレニトⅡ』のうち、12両が他重要拠点への移動となるようです。


私が地区管理課に配属して4年経ちますが、住民からの軍への武力要請がないため、ただの1発も発射されたことのない主砲。維持費や人員の調整を考えますと、より必要な場所へ配置転換されることは妥当と言えます。


では必要な場所とは。

ノヨチタ地区の北に位置するニシュナ地区の非登録住民による被害の増加の情報が少し前にありました。また、他国の軍事介入もみられるようになってきています。実際に攻撃を受けたわけではないですが、「ニシュナ地区被災住民保護」という人道支援名目での軍事進攻は、侵略行為以外の何物でもありません。救済名目ですが、やっていることは武力による領地の実効支配です。にらみを利かせるためにも、自国の軍事力の提示は必要だと、私でもわかります。


溜息しかでませんが。



――― ―――



「だいぶ減ってしまいましたね」

第24号官舎の屋上から、ニシュナ地区へ移動していく戦車群を見つめるトバイ。

そもそもにこの時間に屋外にいることが異常である。

『統一消灯時刻』内は、すべての建造物の扉・窓が施錠されている。電子ロックされ、よほど高度な技術が用いられない限りは警報音を鳴らさずには開錠できなくなっている。


しかし、彼女は屋外にいる。


その場所もまた異常。屋上である。第24号官舎には、内側から屋上に上がるための構造がない。


では彼女はどうやって屋上に上がったのか。


さらに加えて、彼女の姿は異常である。

トバイは一糸纏わぬ姿であった。ノヨチタ地区は寒い。夜明け前であり、日中でも上がらない気温は5度前後まで落ちている。普通の人間であれば、気温5度の中で裸でいれば、低体温症も必至の状況である。


しかし、彼女は平然としていた。


いずれの異常も、彼女の持つ『魔女』という特性がなせる事象である。



「久々に早くに起きてみれば、なかなかに残念な光景を見てしまいました。確かに今のノヨチタには要らない戦力ではあるのですが、もし4番街の地下から『悪魔』が溢れ出たらどうするんでしょう。戦車の配置が間に合わないからと、ミサイルを撃ち込まれたりしたら困るんですがね」

だんだんと見えなくなっていく戦車群を見ながら彼女はつぶやく。


「さて」

トバイは屋上の床をすり抜け、自室に戻っていった。



――― ―――



服を着た後、『魔女』モードを解除し、ベッドに戻ります。解除した途端に鳥肌が立ちました。いや、本当に寒いですね。この寒さを前にしますと、夜はずっと『魔女』モードでいた方が良いような気さえしてきます。


しかし、『魔女』の秘術は便利ではあるのですが、やはり色々問題です。壁はすり抜けられますし、重力も無視できますが、衣類もすり抜けて落ちてしまいます。うーん。裸はやはり、恥ずかしいですね。誰かに見られでもしたら、と考えるとむやみには使えません。見つかったりでもすれば、この地区では生きてはいけないでしょう。いや、パトロイドに撮影されていたら、他の地区でも―――


いえ、考えるのはやめましょう。不安が増すだけです。


すっかり寒さで目が覚めてしまいましたが、もう1時間は眠ることが出来きます。眠れるときに眠らなければ社会を生きていけません。なんとかもう1度寝付ければよいのですが。


5時になれば、アラームが鳴ります。そしたらシャワーを浴びて、朝食のクラッカーとチーズもどきを食べて、歯を磨いて化粧をして―――仕事に備えなくては―――グゥ―――



* 魔女とは

トバイだけが持つ特性。月の魔力を用いて超常現象を起こす能力者の名称。神秘の残滓。壁などをすり抜けられるようになる『透過』や重力を無視して飛べるようになる『浮遊』、物体が有する毒性を操作できる『毒の魔術』、人体の代謝や免疫を操作できる『病の魔術』、短時間だが自分の魂をアストラル投射しアカシックレコードにリンクできるようになる『神働術』の5つの魔女術を現在のトバイは使用できる。満月の夜は魔力が多く、魔術の成功率が高くなる。逆に新月の夜はほとんど成功せず、日中は魔術を使えない。3等国民は教育の制限により、知識が限定されているが『神働術』で普通ならば知らない知識を手に入れることができる。その中には『新しい魔女術』もあり、頑張れば習得することもできる。『使役』という使い魔の生成を目論んでいるトバイさんだが、なかなか難しいようである。

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