02 トバイの業務 ②
前回のあらすじ
昼食の途中で業務を振られました。やばそうなマッシュポテトは食べずにすみました。
公用車であるところの、ギルドの名前が側面にラミネートされた装甲軽トラックに乗り、仕事の現場であるナルチタ4番街にやってきました。
ナルチタ4番街は、シャッターの下りた店舗が並んだ商店街です。
私が生まれる前は、ここも人の賑わいがあったらしいと聞き及んでいます。情勢の変化や非登録住民の出現という生活面での危機の出現により商店街から人がいなくなり、無人の店舗は補修がされなくなったそうです。そして、今では雨風でさび付いたシャッターに書かれていたであろう店名も読み取れません。かつて人のいたであろう廃墟、文明の残滓といった風体になっています。
「本日、非登録住民駆除業務の行政監督をいたします、ノヨチタ統合統括ギルド地区管理課のトバイです。よろしくお願いいたします」
首から下げたネームプレートを提示します。
このネームプレート、そのままドッグタグになります。この業務では時々、そっちの使い方をしなくてはならなくなります。できるならば避けたいところです。
「トバイさんですね。本日はよろしくお願いいたします。ナルチタ警備保障第1小隊小隊長タサガレです。第1小隊は私を含め、計6名です。こちら、装備品ならびに駆除業務の遂行要綱です。お目通しください」
帽子をとり一礼するタサガレさんから、要綱を手渡されました。
2mのスキンヘッドで威圧感は凄まじいですが、大変低姿勢でいらっしゃいます。手渡された要綱も行政側のチェック項目部分に付箋が貼ってあります。こういう気遣いは大変に嬉しいものです。
時間との勝負でもあるため、渡された要綱を急いで読んでいきます。修正や指摘箇所に赤線を引き、適宜質問しながら内容を詰めていきます。
今回は特に修正は不要でしたので、数回口頭での確認のやり取りを行った後、要綱のとおりに駆除業務を進めていく方針となりました。
要綱の表紙に承認印を押して、保管用をバックパックに入れます。
内容によっては、計画の再考、要綱の再提出を要求することもあります。ひどい場合は中止もあり得えます。その場合はクランの評価も下がりますし、報酬もありません。そのため、クラン側もきちんと考えてくれています。計画内容はもちろん、必要経費や成功報酬を算出してくれております。そういう計算をする事務所もあります。だいたいがギルドを退職された方の天下り先ですが。
悪徳なクランですと、費用の水増しなどがあったりしますので、注意が必要です。見逃すと、承認した職員の給与から引かれます。1度の見逃しで生活が破綻する金額を引かれますので、こちら側も必死なのです。
そういったトラブルを起こさず、妥当な請求をし、駆除業務の成功率の高いクランは『優良クラン』としてギルドも扱い、便宜を図っています。その実力に応じ、『1つ星』『2つ星』『3つ星』と評価をしております。これは一種の箔付けです。人間の脳は評価されることで快感を得ます。報酬系回路といわれるものです。頑張れば評価されるのであれば、人間は努力するのです。
クラン『ナルチタ警備保障』はノヨチタ地区のクランの中では新興ながらも堅実に評価を上げていっている1つ星優良クランです。安心して当ギルドも業務委託ができます。
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今回のケースには当てはまりませんが、事前に提出された内容によっては、駆除業務の難易度が民間のレベルではないと当方で判断し、ギルドの方から軍へ駆除の依頼をすることがあります。
その際、クランの方には、斥候業務を行ったという名目で情報提供料を支払います。
理由は単純です。
『パトロイド』と呼ばれるパトロール用ドローンが高価だからです。
クランによっては数機配備されているところもありますが、そのようなクランは大企業がバックについており、資本が潤沢なところです。普通の規模のクランは1機で運用しています。
『ナルチタ警備保障』は1機を常時、ナルチタ4番街に配備しており、非登録住民を発見するとギルドに報告するシステムを構築しております。
報告したクランに駆除業務を委託するのが、総合統括ギルドの非登録住民駆除業務のプロトコルです。
パトロイドが最後に送った映像、住民であれば行われない暴力的行為の映像が非登録住民の証明となります。つまり、委託業務の申請は、高価なドローンを破壊されることが前提なのです。壊され損では、情報を提供してくれなくなります。
話を戻します。軍への駆除依頼です。軍は国家の所属のため、私たちと同じ公務員です。別組織とは言え、同族ですので二つ返事で受けてくださります。
しかし、考え方が違います。軍のモットーは『効率的な国家への敵対存在の排除』です。ですので軍の判断次第では、非登録住民の駆除に戦略級爆弾が使用されるケースもあります。実際に使用され、地区の地図を書き直さなくてはならなくなった総合統括ギルドもあります。兵器の費用は軍が負担しますが、地区の復興や後始末は依頼したギルドがしなくてはなりません。そのような前例もあり、安易にギルドから軍に依頼を行わなくなっております。
それがなくても個人的には、民間でなんとかして欲しいとは思っております。
地区の経済は地区内で回さなければ、外にどんどんお金が出て行ってしまうのですから。
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「装備と作戦を確認致しました。駆除業務の監督を開始致します。良いお仕事を」
笑顔で声をかけます。笑顔はモチベーションに関与しますので。
「はい。安全第一で仕事をさせていただきます。良い監督を」
「はい。お互い頑張りましょう」
腕時計で作戦開始時刻を確認、業務記録票に記載していきます。
監督業務後の私が悲鳴を上げないよう、ボイスレコーダーの電源を入れます。
ナルチタ警備保障の構成員は隊長のタサガレさんも含め、全員がしっかりとした作りのPDWを装備しています。ギルドが配給する『NEJi』よりも洗練された形状をしています。消音機構もあると要綱に記載がありました。
今回の駆除作戦の要は隠密性です。ナルチタ警備保障の方々は誰一人声を出さず、ハンドサインを繰り返していきながら、ナルチタ4番街を奥へと進んでいきます。
「14時33分、行動開始。中央通りから旧情報管理センターを右折し、前進」
私は彼らの行動を、時刻とともにボイスレコーダーに残していきます。勿論、小声です。
これが私の業務ですので。
修繕されないシャッター街に人工的な明かりはありません。アーケードの天蓋部の一部が朽ち、そこからほんの少し明かりが差し込みますが、基本は暗闇です。
無人のシャッター街を進んでいくと、壊されたパトロイドを見つけました。ナルチタ警備保障の皆さんが周囲を警戒します。そして、そこから間もなくの暗闇に何か生き物のうごめく陰影を確認します。
タサガレさんのハンドサインで警備保障の他の人員がPDWを暗闇に構え、動きを制止します。
「14時40分、『悪魔』を確認」
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彼らは『悪魔』という名称の非登録住民の1種です。
廃棄された地下道や地下水道、管理外の地下鉄に生息する土でできた巨人です。形状はヴィレンドルフのヴィーナスに似ていますが、腹部と思われる箇所に巨大な口を持ち、かみ合わせの悪そうな歯と長い舌がみられます。また手には長い鉤爪を持っており、接近による捕食が容易に想像されます。
アウトレンジからの一斉射での掃討を行い、彼らを1体ずつ駆逐していくのが、本作戦です。
『悪魔』は攻撃を受けると、周囲の『悪魔』を呼ぶ習性があります。取り囲まれれば、犠牲は必至です。
今回の作戦では挟み撃ちにならない位置取りと、事前に建造物の倒壊を確認しており、『悪魔』の集合に時間差が生じることが盛り込まれています。攻撃を受けたことを感知し、次から次にやってくる『悪魔』を、やってきた順番に駆逐していきます。
距離と弾倉の交換、逃走経路の設定などの安全マージンをしっかり確保した良い作戦であると考えられました。
タサガレさんがこちらに目配せをしてきました。問題ありません。私がうなずきますと、タサガレさんのハンドサインとともに、駆除作戦の火蓋が切って落とされました。
―――結果、危なげなく4体の『悪魔』を駆除することが出来ました。
私としましても引き金を引くことなく業務を終了できたので万々歳です。
「15時23分、非登録住民4体の駆除を確認。作戦終了」
そうボイスレコーダーにつぶやき、電源を落としました。
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「ナルチタ4番街は、旧政府の交通管理政策による地下鉄無人駅がある区域です。軍に要請すれば、航空機からの地中貫通型爆弾の波状攻撃で、原因ごとに解決してくれるでしょう。しかし、旧ナルチタ4番街駅をハブとし、ライフラインの配管が行われています。そのため、駅に攻撃を行うと、想定では周囲4kmが生活困難地域になってしまうと想定されており、駅の爆破処理、崩落による地上との交通の途絶が不可能なのです。非登録住民の出現による危険性により退去勧告がなされ、今のシャッター街が出来上がったと言われています。非登録住民の地上への進出が常なため、パトロイドが配備されているわけです」
「なるほど」
監督業務終了後、ギルドに帰所し、通常業務を再開いたします。勿論、駆除業務の書類関係を並行しながらです。両方しなくてはならないことですから。
幸いなことに、新規の業務がないため専念できています。雑談を交えることもできるくらいです。
「業務に必要なことは把握していないといけません。本年度はまだ情報がありませんが、例年、中央総合統括ギルドの覆面監査官による抜き打ちの口頭試問が行われています。公務員は常に国家の利益となることが義務付けられています。中途半端な知識で、間違った対応を住民にすることが最も許されないことなのです。ですので、こういう雑談も気が抜けないのです。自分の知らないところで評価が下げられる可能性すらあるのですから」
「うひゃあ。怖いですね。私ももうすぐ1年たちますから、免責期間が終わるのですね。ああ」
ソモモトさんが嘆いています。この反応に、ソモモトさんの純粋さが表れています。その穢れのなさに、汚れてしまった自分への悲しみを感じます。
私もこんな時期がありました。苦労が人を変えていくのです。
さて。
まずは『備品返却届』の記載です。最優先です。
備品管理課へ配給備品をもっていかなくてはなりません。絶対にです。返品しないと都合よく、紛失扱いとなり査定で評価を下げられますし、勝手に買い取りとなり、給与から天引きされます。PDWと付属弾倉、それに追加弾倉2本など、とてもじゃありませんが支払いできません。
奴らは虎視眈々とそれを狙っています。職員の犠牲といえど、コストカットになりますから。油断も隙も落ち着く余裕もありません。晴れた日に傘を貸して、雨の日に回収する、かつての銀行のような場所なのです、あそこは。
それが終わりましたら、ボイスレコーダーを起動し、冷めに冷め切った代替コーヒーをすすりながら、駆除業務の終了報告書の作成を進めます。ソモモトさんが昼食の代替コーヒーを取り置きしてくださったのです。大変気の利く子です。良い後輩を持ちました。
「トバイ先輩。頑張ってください」
ソモモトさんが応援してくださっています。応じなくては先輩としての面目が立ちません。業務終了時刻まで後20分弱。さっさと終わらせてしまいましょう。後輩の奢りで飲むアルコールはきっと美味しいでしょうから。
* ナルチタ警備保障とは
地域安全管理をギルドより委託された民間警備保障クランの1つ。社員は全30名。各6名ずつで構成された小隊が3つと事務員、備品整備員、それをまとめる社長で構成されている。住民がいるナルチタ1番街、2番街と無人の3番街、危険地域登録となっている4番街の警備を行っている。4番街はパトロイドを配置しており、1番街、2番街、3番街はそれぞれの小隊が持ち回りで巡回し、治安維持を請け負っている。地域密着型クランであり、装備や会社備品すべてがノヨチタ地区の製品でそろえられている。そのため、住民からの評価がよく、新興クランの中ではかなり早く『1つ星優良クラン』のギルド評価がついた。事務員の数名を除き、構成員のほとんどが男性であり、社長としては「華が欲しい」と女性の新入社員をただただ願っている。