01 トバイの業務 ①
よろしくお願いいたします。
月曜日の朝から読者の皆様を癒すことができるようなヒーリングノベルを目指します。
『12時になりました。職員の皆さんは順番に食堂へ移動してください。配給を行います』
錆びついた金属製スピーカーからノイズ交じりの抑揚のない無機質な機械音声がギルド全館に響き渡ります。
キイキイ音をたてる椅子の背もたれに体重をかけて背伸びをします。今日も朝から5時間、よくぞ頑張りました、私。
「先輩。12時です。ご飯です。急ぎましょう」
背伸びをする私に隣の席から声をかけてくる子。後輩のソモモトさんです。ソモモトさんは食に少しばかりこだわりを持つ子です。
「急いでも変わりませんよ。内容も座る席もいつも同じだもの。職員番号と国民等級に沿って配給されるわ」
そう返答します。そうなのです。急いでも何も変わらないのです。
「でも急げば、ぬるい代替コーヒーがちょっと温かくなりますよ」
しかし、ソモモトさんはほんの少しばかりでも改善する手立てがあれば、それに飛びつくという気質なのです。このやり取りも全く同じものを24時間前にしております。
ちなみに、代替コーヒーという苦い黒い飲み物が配給されます。原材料は不明ですが、大変苦いため、私はあまり好きではありません。代替というのですから、本物があるのでしょう。いつか本物のコーヒーとやらを飲んで比べてみたいものです。色もきっと違うのではないかと推測します。
机の上の書類を整理し、ソモモトさんにせかされながら食堂に向かいます。ついたときには配給待ちの列ができていました。女性が走るのははしたないですので、可能な限り早く歩きました。これでもかなり急いだのですが、やはり食堂に近い職場の人たちが先に並んでいます。ちらりと見るとソモモトさんは「今日もぬるいのかしら」と小声で漏らしていました。
本日の配給も、マッシュポテトと培養肉の入ったシチュー、5枚の乾パンです。ああ、それとぬるい代替コーヒーです。金属片と間違うがごとく固い乾パンは、シチューに入れてふやかして召し上がることにします。歯が折れかねません。きっと労災は下りないでしょう。
『配給は国家からの恵みです。ギルド職員の皆さんの国家へのより一層の奉公を期待します』
私の座った席の上に設置してあるスピーカーから無機質な声でイタダキマスの号令が流れてきました。ノイズがかなり入っており、一部聞き取りにくくもなっています。声には出しませんがなんとも耳障りです。それに、これを聞くと、自分が社会の歯車の1つに過ぎないのだな、と自覚させられます。ただでさえおいしくない配給がより一層おいしくなくなります。
「先輩。今日のマッシュポテト、なんかぴりぴりしますね」
向かいの席でソモモトさんが口をもにゅもにゅさせて、眉をしかめています。フォークにはマッシュポテトの残滓が付着していますが、色が何やら灰色です。これは本当にマッシュポテトなのでしょうか?
「人工の香辛料は、痛覚の刺激を辛さに置き換え、脳に伝え、味覚と勘違いさせているらしい、と以前聞いたことがあります。本日のマッシュポテトは、その人工香辛料の量が多いのかもしれませんね」
そういい、フォークに乗せていたマッシュポテトをそのまま元の皿に戻します。毒見ではありませんが、ソモモトさんにはよくこの手のことでお世話になっております。味にこだわりはありませんが、人体に有害とわかって摂取するほど短絡的ではありません。
「トバイ先輩。胃薬に余裕がありましたら分けていただけたりしませんか?」
やや顔色の悪いソモモトさん。あまり余裕はないのだけれども仕方がありません。胃に潰瘍が出来でもしたら、せっかく育てた後輩がいなくなってしまいます。人員補給はされないでしょう。単純に私の負担が増えてしまいます。
「今度、仕事上がりに何か1杯おごっていただきますね」
「うーん。はーい」
素直なことは美徳です。
――― ―――
私が勤めているのは、ノヨチタ地区の総合統括ギルドです。地区内の小ギルドの統括を行います。その中でも私は『地区管理課』の配属となっております。地区管理課は、その名のとおり、地区の住民の管理と非登録住民の移動が職務内容です。大変分かりやすいため、住民の皆さんも間違えることなく、お尋ねされます。
「トバイさん。お食事中ですが、お仕事です。ナルチタ4番街に配備されていたパトロイドより非登録住民の通報がありました。私の方からクラン『ナルチタ警備保障』に連絡をしておきます。駆除業務の監督をよろしくお願いいたします。すぐに現場に向かってください」
胃薬を飲んだ後も気分の悪そうなソモモトさんを見ながら、冷めきった代替コーヒーを飲んでいると後ろから声をかけられました。
振り返るとそこにはカラマ課長がいらっしゃいました。私がギルドに入職した時から瘦せておりましたが、ここ最近より一層お瘦せになられています。さらには目の下のクマもまた濃くなっています。
きっと短時間の仮眠だけをとり、ずっと仕事をしているのでしょう。満足のいく結果を求めて仕事に邁進する姿勢には感心しますが、その結果がこの不健康体です。そこにしびれはしますが、憧れはありません。
「承りました。ただちに昼食を終了し、現場に向かいます。移動手段に公用車は使用できますか?」
ここできちんと許可をとらないと、移動のために自腹を切らなくてはならなくなります。
「構いません。銃の所持も許可します。出発時に備品管理課を通って受け取ってください。こちらが書類です」
課長は茶色の封筒から2枚の紙を取り出します。『備品受給票』です。これがないと何も備品が持ち出せません。文書主義の不便さが凝縮されています。
「わかりました」
私がそう答えると、その答えに満足したのか課長は食堂から速足で立ち去っていきました。きっと次の仕事を探しにいくのでしょう。
課長が去った後に残されたのは、インクと汗と脂のにおい。それと代替コーヒーのにおいも置いていかれました。あの濃さですと、まだ3日目くらいはでしょうか。長いと1週間は帰宅されないことがあります。
課長の秘書さんはお気の毒です。
――― ―――
「ん。じゃあこれだな。持っていきな」
備品管理課の受付に2枚の受給票を提出しますと、PDWと弾倉を手渡されました。
PDWとは、Personal Defense Weapon(個人防衛火器群)の略称です。突撃銃と短機関銃のいいとこどりをした携帯火器です。当ギルドの職員に配給される銃は、この、ずいぶんと無骨で、スッキリとした、FP-45とFN-P90の合いの子のような銃です。『NEJi』と言います。
「こいつは軽くて取り回しやすい。女性職員もいるからな。こいつが採用されたわけだ。だが侮るなよ。無骨なデザインだが、中身は1流だ。デザインは人間工学に則って作ってはいるし、飛距離もある。最大有効射程は500m。狙撃だってやろうと思えばできる。そんな良銃だが、銃自体の製作費は安価。公務員だからな、俺たちは。安ければ安いほど良い。何よりも良いのは、見栄えが悪いところだ。『公務員は税金泥棒だ』という市民からのクレームを予防できる。こいつは優れた銃だぜ」
一通り説明を受付の方がしてくださいます。この説明4回目です。毎回されるのでしょうね。
わかっていますよ。この後ため息をついて、ネガティブキャンペーンをするのでしょう。
「だがな、すべてが良い銃が安価なはずがねぇ。雑には扱えるが、その分熱に弱い。つまり連射ができねぇ。横のロックを見な。セーフティのところだ。『1』と『3』が書いてあるだろう?つまり、単発か、3点バーストかだ。銃身が溶けちまうのを防ぐには連射性能を落とすしかなかったんだな。それに弾倉が特殊だ。だから高い。弾の方が高い。自然環境保護だとかでな。放置していても数年で分解される弾頭なんだわ。まぁギルドが企業競売で決めた銃だから文句は言わねぇが、自然に優しいが、財布に厳しい銃なんだわ。撃てば撃つほど銃弾の費用で赤が出ちまう。まぁ、企業なんてそんなもんだよな」
そう言った後、追加で弾倉を2つ手渡してきました。
「配給の弾倉には15発込められている。まぁ普通なら撃ち終わらねぇ。撃つのはクランの奴らだからな。だが、もしもって時がある。その時に使うのがこの弾倉だ。こっちは始末書をかけば追加で撃っていい弾倉だ。撃たなくちゃいけなかったら使え。1発でも撃てば、始末書を書いて査定だ。そしてこっちは自腹で購入してもらう方の弾倉だ。1発でも撃てば、まぁ、1月は昼の配給だけで生活しなくちゃいけなくなる。使うのは好きな方にしろ。だが、まぁ、命あっての物種だ。死ぬよりは良い。遥かに良い。要らないとかは言うなよ。所持は業務規程だ」
受付の人は気軽に言いますが、ギルドで職務査定を受ける意味、それは降格と同義です。
ようやく3等国民の身でありながら2等国民のくるぶしくらいの給与を貰えるようになったのです。生活しながら、わずかに貯金ができるくらいにやっと来たのです。もう下には戻れません。
かと言って、1月の給与がなくなるのも考え物です。飲まず食わずでは、どのみちどこかで仕事をミスをして査定を受けることになるでしょう。
つまり、私の今後の生活は『ナルチタ警備保障』にかかっているのです。彼らにはしっかり頑張ってもらいましょう。私は彼らの業務の監督をするのみです。それが私の業務なのですから。
使うことはないですが、業務規程として予備弾倉をバックパックに入れます。受付の人も私がちゃんと弾倉をしまうか監視しています。入れないという選択肢はありません。ですので、できる限り奥の方に押しやります。間違っても手をつかないようにするためです。
くぅ、と私のおなかが鳴きます。代替コーヒーを少し口にしただけで、結局乾パンもシチューも食べれませんでしたから。
しかし、業務であれば仕方がありません。外での飲食は住民の皆様からのクレームにつながりますのでできません。我慢です。
さあ、ナルチタ4番街へ向かいましょう。早く終わらせてソモモトさんに奢らせるのです。
* 代替コーヒーとは
軍の使用する兵器群の一部には土壌や空気の汚染をもたらすものがあり、使用された地域は人間が住めなくなる。商魂たくましい民間企業の一部が兵器汚染地域の植生に目を付け、汚染を浄化するタンポポに似た植物の群生を確認した。動物や人間を使った実験の結果、累積毒性もなく、基本的には無害であったため、嗜好品であるコーヒーの代用品として商品化された。刈っても刈ってもニョキニョキとミントのごとく生えてくる異常タンポポで作った代替コーヒーは安価であったため、統合統括ギルドの食堂のメニューとなっている。本物のコーヒーは1等国民くらいでないと喫飲できないことは有名なため『ギルド職員になればコーヒーが飲める』を謳い文句が、ギルドの人材募集ポスターには記載されている。国家ぐるみの詐欺である。