第二十八話【我々の国を取り戻すとワシの命を狙ったくせに、負けそうだからと命乞いをしても、もう遅い】
シンと静まり返る城内。自分と一緒に攻め入ったはずの仲間達もいつの間にか逸れており、男は、静まり返った城内を慣れ親しんだ迷いのない歩みで歩く。
男の名はビセス。
このゼノギア国にて宰相の職に就き、公爵の位に就く貴族でもあった。
ビセスは今の国王シューザが攻め入る前にこの国に仕えていた貴族で、シューザの国ブルームに送り込んでいたシガレット男爵家の娘の身元が割れた際に、この国の危険をいち早く察知し、自分の経歴をもみ消し、自らをオーギュラ・シッポと名乗り、シューザが納める事となったこの国に潜り込んだのである。元ゼノギア国のビセスの経歴は抹消されている為、自分の影武者として、本物のオーギュラをビセスと名乗らせ影で良いように使っていたのである。
魔族の領土を奪う為に半ば無理やり異世界の聖戦士召喚を決行したが、自分の駒となりそうな人間が二人いた事は僥倖だったと言える。一人だけ武闘家などと言うありふれた職業の人間が居たが、召喚された聖戦士に始末されたと聞いて興味はなくなった。
しかし、無理やりに強行した異世界人召喚が理由で影武者である本物のオーギュラが流刑と言う名の死刑にされてしまったのは痛手ではあったが。
そんな事を考えながら、ビセスは一つの部屋の扉の前に立つとコンコンコンとノックをする。
「このような時分に何用だ?」
「国を返して頂きに参りましたぞ。シューザ国王陛下。」
「ビセスか…」
シューザがそう答えると、無遠慮にビセスは扉を開ける、部屋に入ると剣を鞘から抜き既に臨戦態勢のシューザとその後ろで肩を抱き寄せ合い不安げにシューザを見つめる王妃のローズと王女のアデリアの姿があった。
「これはこれは、王妃殿下と王女殿下もお揃いで。」
「貴様… オーギュラ!?」
「あぁ、オーギュラは陛下方がビセスと思っていた人物です。彼は優秀な影武者でしたな。」
「いつから… すり替わっていた?」
「貴方の国、ブルームがシガレット男爵令嬢の正体に気付いたという情報が入った時からですよ。」
「そんなに前から… このような事を目論んでおったか!?」
考えていたよりももっと前からこの反乱が計画されて居た事に驚くシューザは、剣を向けながら声を荒げる。
「愛国心故ですよ。貴方方侵略者から我が国を取り戻すのです。」
「参考までに聞かせてもらおう、国を奪った先はどうするつもりだ?」
「“返してもらう”のです。そうですね、まずは邪魔な魔族を殲滅、奴隷化し、ブルーム国に攻め入って貴方の元居た国を属国にして差し上げる予定です。」
「そんな事が可能とでも言いたげだな?」
「言いたげ? 可能なのですよ。今の私と私の持つ戦力ならばね! 聞こえませんか? 城下を蠢くアンデットの呻きが! 生者を襲う魔物の咆哮が! 内門を叩く破城槌の音が !」
歌劇の演者の様に大仰な動作でそう言うビセス。それを聞きシューザは耳を澄ますが、ビセスが言うような音を自分の耳が拾っていない。
「何も… 聞こえぬが?」
二人の会話以外には何も聞こえない静寂、敢えて言うなら僅かに虫の奏でる音色が響いている。
「そんな馬鹿な!? アイツら何をやっているのだ! すでに作戦は始まっているというのに!」
「ふ、どうやら、貴様の思う通りにはなっていないようだな。オーギュラ… いや、ビセス・アンラック!」
ビセスの様子から将達が上手くやってくれている事を確信したシューザは、ニヤリを不敵な笑みを浮かべビセスを見据える。
「ふ、ふん! 奴らは所詮囮の様な物よ! 国王である貴様さえ殺ってしまえばどうとでもなる! 安心しろ王妃のローズは私が可愛がってやる。貴様の使い古しなのは面白くはないが美しいのは事実だからな、王女の方も既に貰い手は決まっているから安心して死ぬがいい!」
「今、聞き捨てならぬことを聞いた気がするが… ローズとアデリアをどうすると申した?」
「ローズは私の、王女は発情期の性騎士にくれてやると、そう言ったのだよ!」
ビセスはそう叫ぶと、ロングソードを振りかぶる。見るからに不慣れなのが見て取れるその攻撃は、シューザによって簡単に防がれ、ビセスは払われた剣の重さに引っ張られる様によろよろと身体をよろけさせる。
「なかなかやるな! シューザ!」
「いや、寧ろよくそんななりでワシを殺そうという考えに至ったなと驚いておる…」
「私はただの時間稼ぎよ! すぐに私の仲間がここに来る!」
思った以上に自分が剣を使えない事が恥ずかしかったのか、若干顔を紅潮させ唾を飛ばし喚くビセス。
「待たせたな。」
そんな喚くビセスの後ろから、待ちに待っていた言葉がやけに渋く良い声で聞こえてくる。
ビセスはこれで勝ったと勝利を確信し声の聞こえた方に振り向き、目に入った光景に硬直する。
「シューザ陛下、息災か?」
「ああ、今客人をもてなしていた所だ。」
「首尾は?」
「問題ない。むしろ拍子抜けであったよ。」
固まったビセスの前には、明らかに人族ではない面々が並んでいた。
恐らく魔族であろう面々は口々に戦果を報告する。
「城に紛れ込んでいたネズミも一掃したでござる。」
「黒い人の首は落としといたよ~。」
「汗臭い連中には母なる大地にお帰り頂いたわ。
「近衛騎士っつうから期待してたけど拍子抜けだったぜ! 途中から『もう殺してくれ』としか喋んなくなっちまうしさ!」
「いやはや、拙僧の相手も中二病の患者でしたな。」
「「「「誰!?」」」」
「中二病患者を処置しましたら冥王に進化致しましてな。燕尾服ですが、ジルドレですぞ。」
最後に戦果を報告した人物。白髪にモノクル、燕尾服と言った執事然とした老人が元リッチーである事に驚愕する面々。完全にビセスは無視をされる形となり、それが面白くなかったビセスは声を荒げる。
「貴様ら魔族が何用か!?」
「いや、何でもこの国を奪った後は我々魔族と聞いたからな、だったら、殺られる前に殺ってしまえという事だ。」
「き、貴様ら魔族など私の手駒達の手に掛かれば!」
「ねぇねぇおじさん、聞いてた? ボク達、その人達をお掃除してきたんだよ?」
そう兎の亜人の少女に言われ、ビセスは、彼等が冷静に何を言っていたのかを思い出す。
「(彼等は何と言っていた? 紛れ込んだネズミは暗殺者ギルドのメンバー、黒い人はアサーシか? それで、汗臭い連中と言うのはストレングス達… チュウニビョウカンジャと言うのはネクロの事か? 近衛騎士と言うのは間違いなくブルータス… まさか、全員か!? 全員この魔族達にやられたというのか!? しかもこの短時間に!? いや、だがもう一人! 一番期待していなかったがまだ名前が出ていない奴が居る!)」
彼等の話題の中に、異世界から呼び出した性騎士名が出ない事に気付いたビセスは、やや焦ってはいるが、まだ望みはあると言うような複雑な表情で答える。
「どうやら、殆ど貴様達に敗れた様だ… だが、私には切り札が居る! そう! 性騎士がな!」
「ソイツなら私が殺ったぞ。」
即答の様にアドラがビセスに応えると、ビセスは全身の力が抜けたのか、ガクリとその場に崩れ落ちる。
遠くを見つめるビセスの首元にシューザは剣を突きつける。
「へ、陛下、魔が差したのです… た、助け…」
「もう遅い。」
ビセスの命乞いも聞かずシューザはビセスの首を叩き切る。ローズはその様をアデリアの目に入らない様に抱きしめた。
今日この日、ゼノギア国に潜んでいた残党による反乱は、僅か1時間と言う短時間の後に幕を閉じたのであった。




