第一話「アドラゴン・ワールド・オンライン」
「ココが… アドラゴンワールド…」
あまりの感動に、ついつい独り言を零す。
目の前に広がるのは悠大な大地、風にそよぐ草花、そこかしこを跳ねる額に角の生えた兎と粘液の塊が今居る場所は、否が応でも現実世界とは違う物だと将の脳内に訴える。
ココは、VRMMORPG作品の1つである。アドラゴンワールドオンラインの始まりの平原。
視覚、聴覚のみならず脳波から発する微弱な電波を拾うことによって五感の全てを再現する事が可能と話題を呼び、ゲームという娯楽を次のステージへとのし上げた今や話題沸騰中のゲーム、その最初のフィールドである。
このゲーム、その五感の再現のみならず圧倒的自由度からも人気を博し、連日ニュースなどにも取り上げられる程で、今は予約待ちで購入する事すら困難となっている。
その自由度の1つとして上げられるのがプレイヤーの職業だ。
従来のMMORPGではキャラメイクの段階でいくつかある職業から選ぶという物が常であったが、アドラゴンオンラインでは、その、職業が存在しない。
故に覚える魔法や技能と言ったものに制限はなく、なんでも、誰でも、覚え使用する事が出来る様になる。
勿論、全てを使用する為には、それ相応の時間と努力と費用が必要ではあるが、職業に縛られず、なんでも覚えられると言うのはプレイヤー全ての望みであり、故に自分だけのスキル構成でオンリーワンのジョブを作る事が出来るのである。
そして、今ここで、そのリアルな世界に思わず独り言を零した彼も、そんな世界に魅了された1人である。
彼の名は『羽堂 将』家が日本有数の大財閥であり、そこの御曹司である事以外は何処にでも居る高校二年生だ。
そんな彼は、必死に額に角の生えた兎と追いかけっこ… もとい、戦闘にあけくれている。
「ハァ… ハァ…… 思った以上にすばしっこい… まぁ、そりゃそうか、兎だもんな…」
荒く息を吐く将を兎はつぶらな瞳で見つめる。
この兎、種族名はスピアラビット。見た目は厳つく見えるが初心者フィールドに棲息するMOBの為、そこまでの戦闘力はなく、反撃に関しても積極的ではない事からレベル1~レベル5迄に比較的よく狩られるモンスターだ。
将も、単に倒すだけなら簡単なのだが、彼がやりたい事は討伐ではない為、苦戦を強いられていた。
その証拠に、将の右手に握られているのはプレイヤーに最初に配布される武器である片手剣ではなく"ニンジン"であった。
「まず、このニンジンを食べて貰う方法が解らん。ゲームPVにモンスターを仲間にして戦ってるシーンがあったから絶対テイマー系スキルがあると思うんだよなぁ…」
アドラゴンオンラインはまだ発売したばかりという事もあり、殆ど手探りでの攻略を余儀なくされていた。
公式が、実装しているスキルや魔法を公開していない為、どんな魔法があるのか、どんな技能があるのかすらプレイヤーによる手探りで見つけ出す必要があるのである。
公式PVにより、いくつかはその存在が予想出来る物がある為、皆、少ない手掛かりから自分が欲しい魔法や技能を見つける為に必死で、傍から見れば奇行にしか見えない行動をするプレイヤーがそこかしこに居るのだ。
その為、将の行動を笑う者など居るはずもなく、遠くではポッ〇ーゲーム宜しくニンジンを口にくわえながらスピアラビットに近付く女性プレイヤーも見受けられる。
「大体、ニンジン食べさせればテイム出来るのかすら怪しいんだよな… 兎だからニンジンとか安直過ぎる気がするし…」
相も変わらず自分を見つめるスピアラビットに向かって苦笑を浮かべ、その場にドカッと座る将。
スピアラビットもその場から動かず将をじっと見ている。
「お前も何かしら特殊なアクションでも起こしてくれればなぁ」
そんな生産性のない独り言をこぼし、将は広い草原フィールドに仰向けになる。
隣にいたスピアラビットは相も変わらず、そんな将を見つめ、人参を興味深そうに見ながらピスピスと鼻を動かしている。
「スピアラビットは敵対行動さえ取らなければ攻撃してこないから、スライムとウルフに気をつければこのフィールドはゆっくり出来て結構いいなぁ、風も気持ちいいし日当たりも最高だし……」
五感をリアルにフィードバックするというのはここまで凄い事なのかと、澄み切った空気と暖かい日差しを感じ、改めてこのゲームを買えて良かったと思いながら、将はウトウトとし始める。
このゲームはオートログアウト機能が実装されており、プレイヤーの精神的、身体的ダメージが生命維持に著しく影響を及ぼす場合やプレイ中に寝てしまった場合等は自動的にログアウトする仕組みとなっている為、将は安心して微睡みに身を任せようとしていた、そんな時、将の脳内にピピッと何かを知らせる音がなり目の前にメッセージウィンドウが表示される。
「うわっ! ビックリしたぁ。何だ? えっと… スピアラビットが仲間になりたそうにして… ま… す……」
気付けば手に握っていた人参が消えていた。
いつの間にかスピアラビットが食べていたようだが、そんな事よりもと、将は急いで仲間にしますか?の質問の下にあるYESのを選択した。
ウィンドウにスピアラビットをテイムしましたと言うメッセージと追加して何やらもう1つメッセージが現れる。
「何かよくわかんないけど、スピアラビットがテイム出来たな。あと、コレなんだ? えっと…『テイマーの始祖』?」
追加で現れた物はステータスの欄に追加された様なので詳細を確認する。
「称号?それかアチーブメントなのかな? えっと、『この世界で初めて魔物を使役した者に与えられる称号、敵MOBのテイム率が30%上昇する。』ってマジか! つか、俺が魔物テイムした最初のプレイヤーとか運が良すぎるな! あと、もひとつ何かヒントのスレッドにも追加があるな… あ、コレ達成した物の条件とかが追加されるのか。えっと、追加されたのはラビット系MOBのテイム条件か、変なとこで親切だな、『一部を除くラビット系のテイム条件は、対象MOBが好む食料を手に持った状態で敵対行動をせずゲーム内時間で1時間(現実での10分)を至近距離で待機し、ラビット系MOBが手に持った餌を食べる事』って、結構鬼畜な条件だなコレ…」
そんな事を独り言ちていると将の後ろの方で若い女性の黄色い悲鳴が響き渡る。
何事かと振り返ると、どうやら声の主である女性もスピアラビットのテイムに成功したのか声高々にテイムの成功を喜んでいる。
「やった! 掲示板にもまだ情報出てなかったし、多分私がモンスター初テイムプレイヤーだわ!」
「凄いじゃん! 初テイムしたプレイヤーとか自慢できるじゃん!」
彼女たちも将と同様でリリース勢でサービス開始と同時にスタートしたのだろう。
もし、将のYESの選択があと数秒でも遅れていれば彼女達は間違いなくこのAWOでモンスターを初テイムしたプレイヤーだったのだが…
そんな事とは知らず、ワイワイと喜ぶ彼女達に水を差すのもはばかれた為、将は生暖かい目で様子を伺っていると、初テイムを自称しているプレイヤーが何やら虚空を指で滑らせているのに気付いた。
「ん? 何やってんだろ?」
将がそう疑問に思っていると、操作が終わったのか女性達はフィールドから離れていった。
「もしかしたら… 掲示板か?」
そう思った将はメニューウィンドウを開くと掲示板のページを表示する。すると、そこには『スピアラビットのテイムの仕方 500G』と言う有料スレッドが新規で追加されていた。
有料とは言ってもゲーム内通貨を使用して閲覧する為、所持Gが有れば誰でも閲覧は可能なのだが、その価格設定に将は驚く。
「うっわ… 初期フィールドのMOBテイムの条件閲覧に500Gとかぼったくってんなぁ…」
閲覧するプレイヤーが居れば永久的にスレッドを立ち上げたプレイヤーにゲーム内通貨が振り込まれる仕組みとなっており、同内容のスレッドを立ち上げることが出来ない仕様の為、誰も知りえない情報を我先にと有料化するのは正しいと言えるのだが、戦力としては期待できそうもない初期フィールドMOBのテイム条件の閲覧に初期所持Gの半分を要求している事に将は唖然とする。
「しかも、匿名にしてないよこの人… 」
あまり悪どい事をするとPKの餌食になるなどデメリットもあるので価格設定はある程度良心的にするべきなのだが、彼女はその辺りが分かってない様だった。
「ま、知らん人だし、知った事じゃないか。それよりも兎さんの名前名前。」
他人の事は捨ておき、早速テイムしたスピアラビットのステータスウィンドウを開く。
現段階の名前はスピアラビットのままなので、そこをタップし入力出来るようにすると虚空に半透明のキーボードが現れる。
「ラビ… は安直過ぎるよなぁ ラパン? まんまか、ハーゼ… いや、どっちかって言うどカニンヒェンに見た目は近いか、けど呼び辛い… キャロット は多分皆付けるだろうから… ちょっと変えて…」
色々と考えてみるが、将のネーミングセンスはどちらかと言うと残念な方な為、結局は無難な名前に決まる。
「よし、今日からお前の名前はキャロールだ。宜しくな! キャロール!」
キャロールと名付けられたスピアラビットは喜びを表す為かピョンと飛び跳ねた。