第7話 彦根警察署
彦根警察署は城の近くにあった。それはいくつもの建物を継ぎ足して増設した構造になっており、下から見ると人を威圧するようにそびえ立っていた。その古ぼけた玄関から入り階段を上ると、その窓からも城の桜が見えた。夜間とは違って昼間は鮮やかに、また違った美しさを見せていた。
私はそこの捜査課でここの事件の担当の刑事に会えた。その人はここの古い建物と同じくらいのかなり年輩の方だった。彼から見たらまだ青臭い私に、事件の捜査状況について詳しく教えてくれた。
「被害者は長良渡、28歳。一昨日の夜10時に電話で誰かに呼び出されたようです。近くにいた家族の話では男の声だったという証言があります。その電話の後すぐに家を出たようです。」
「それからの足取りは? 目撃者はいるのですか?」
「いえ、だれもおりません。人目につかぬように大手門のところまで行ったようです。」
「草むらに連れ込まれて殺されたのですか?」
「いえ、城の大手門のところに血痕が残っていましたから、そこで後ろから刺されたのでしょう。傷は背部から心臓に到達しています。それから奥の草むらに死体を隠したようです。」
「凶器は見つかったのですか?」
「いえ、凶器は現場から見つかっておりません。差し口から凶器はだいたい刃渡り9センチぐらいのナイフと思われます。捜査員が総出で堀をさらったり、近くの草むらを探しています。」
それはやはり浜松での事件のナイフと同じ大きさだった。やはり香川が刺したのか・・・。それはいつ頃なのか・・・香川がここにいたのは・・・。私はさらに聞いてみた。
「推定死亡時刻は何時頃ですか?」
「一昨日の午後10時から11時というところでしょうか。」
その刑事はファイルを見ながら丁寧に説明してくれた。
「犯人につながる手掛かりは何かありましたか?」
「今のところありません。周囲の巡回を強化しましたが不審人物は上がってきてもいません。しかしそのうちに何か出てくるはずです。」
こちらの事件も今のところ、何も手がかりはないようだった。私は気になることを聞いてみた。
「そういえば殺された時刻ぐらいに警備員が不審人物を見かけたと聞きましたが・・・」
「ええ、調べたのですが、それが誰だかわかっておりません。若い男のようだとその警備員は証言しておりますが・・・」
「電話を掛けてきた人物に心当たりはなかったのですか?」
「家族の話では、思い当たる人はないとのことでした。」
「そうですか・・・。ところで被害者は日輝高校の卒業生ではないですか?」
「えっ? よくお分かりですね。長良渡は日輝高校を出ています。」
「それなら香川良一や青山翔太、日比野香という名前は出てきておりませんか?」
「いえ、それも全く・・・。昨日あなたからその名前をうかがって、関係者に一応、聞いて見たのですが、皆知らないとのことです。」
日輝高校の卒業生ではあった。しかし他に手がかりはない。私たちが追っている事件と深いつながりはまだ見つからない・・・。私はあきらめて帰ることにした。
「無駄足だったか・・・」
私はそう呟きながらジープに乗った。するとすぐに無線連絡が入った。湖上署の梅川からだった。
「どうした?」
「また殺人事件です。若い女性が殴り殺されてそうです。」
「なに! どこでだ?」
私は驚きのあまり、大声を上げていた。
「石山寺です。桜の木の下で死体が発見されました。」
また桜の木の下だった。この事件も浜松や昨日の琵琶湖疎水の事件、そして彦根の事件と関係がある・・・私の勘がそう確信した。
「わかった。すぐに向かう。」
私はすぐにジープを走らせた。ここからなら30~40分ほどだ。サイレンを鳴らして名神高速道路を疾走していった。