第4話 湖国の船内
私は怪我をしている山形警部補を近くの病院で診てもらった後、湖上署のある湖国に連れてきた。よくこの地に「お客さん」、いわゆる他府県からの官僚や警察関係者が訪ねてくることがあるが、滋賀県警の目玉としてここを案内することは多かった。私は彼女を乗船させて、中をいつものようにいろいろと説明しながら案内した。こんなことはもう慣れていた。
「珍しいですね。船の警察署なんて。」
「ええ。『うみのこ』を改造したんですよ。」
「『うみのこ』だったのですか?」
「はい。この船は元々、『うみのこ』という学習船だったのです。滋賀県に住む小学5年生が乗船して、ここに泊まって体験教育を受けるのです。この船は老朽化してお役御免となって解体されることになったのですが、県知事の意向を受けて残されることになったんです。湖の上の警察署として湖の安全を守ろうと。」
「そうだったのですか?」
「でも湖の行事に引っ張り出されたり、湖の監視をするだけぐらいしか仕事がないのです。今回のような殺人事件にかかわるのは初めてではないでしょうかね。」
私は相手が年下だが警部補ということもあって気を使い、向こうは何か気負いのようなものがあってお互いに遠慮があった。だがいろいろと話しているうちにようやく彼女とも打ち解けてきた。
私は様々な話をしながら山形警部補を観察した。彼女はこの若さで警部補まで昇進したエリートだ。昇任試験を一発で合格してきた、頭が切れる人なのだろう。だがそんな雰囲気は全くなかった。どこかぼうっとしていて、別のことに心を捕らえられているという感じだった。
応接室に案内してコーヒーを出していると、ドアをノックして大橋署長が入ってきた。あわてて山形警部補は立ち上がった。
「山形君かね。署長の大橋です。遠いところをようこそ。」
「ご面倒をおかけしますが、よろしくお願いします。」
山形警部補は頭を下げた。その様子を大橋署長は一瞬、鋭い目で見た。
「まあ、座りたまえ。話は聞いた。いろいろあって大変だったね。」
大橋署長は優しく言葉を駆けながら、ドカっとソファに腰を下ろした。それを見て山形警部補もゆっくりソファに座り直した。大橋署長は私の方を向いた。
「犯人が網にかかるのを待っているんだな?」
「はい。山形さんが追ってきた香川良一の可能性が高いと思います。」
「ふむ・・・」
私の答えに大橋署長はそう言って考え込んだ。
「だが、なぜという疑問が残る。私の勘だが、この事件、単純ではない気がするが・・・」
署長がそう言いかけた時、梅川がいきなり応接室に飛び込んできた。
「佐川さん! 大変です!」
「どうした?」
私はただならぬことが起きたと感じた。梅川は息を乱しながら言った。
「また殺人です! 場所は彦根城内です。若い男がナイフで刺されて殺されました。」
私は「またか!」と立ち上がりかけた。だが考えてみると、大津と彦根・・・この2つが結びつくのだろうか・・・と。山形警部補が口を開いた。
「大津の事件と関係があるのでしょうか?」
彼女はあまり関心がないようだった。だが前を見ると大橋署長の目は鋭くなっていた。
「一見、関係ない事件が結び付くことがある。そうは思わないかね。」
「確かに・・・」
私も心の中では引っ掛かるものを感じていた。それに日比野香のレザーコートに付着した血が気になる。もしかしたら・・・。
「念のために彦根に今から行ってきます。山形さんはどうしますか? 一緒に行きますか?」
「はい。私も行きます・・・。」
山形警部補は答えた。その様子は気乗りしないように見えたが、私には彼女が何か別のことに気を取られているように思えた。