2話 絶体絶命
俺は魔物の嫌な気配で目を覚ます。どうやら本当にゴルダたちに手足を縛られ、魔物の近くへと置き去りにされてしまったらしい。
「あいつらには感情ってもんがねえのか!俺が何したって言うんだよ!」
今、あいつらにいくら悪態つこうがこの状況を打破する術は俺にはない。
俺のスキル『グラビティ』は荷物を軽くすることしか出来ないからだ。
その効果は最初のころは重さ40㎏の鞄を背負って歩くので精いっぱいだったのが、スキルを使えば100㎏を持ち上げるのが可能になっていた。それを買われてゴルダに勧誘された程、当時は有用なスキルに思えた。
そんな能力も皆が次第に力を増すごとに物を軽くするだけの能力なんかと馬鹿にされるようになっていった。
勿論俺の能力も成長して今では100㎏などではなく、もっと大きなものも軽々と運べるようになっている。
しかし、どうやっても戦闘に直結する能力ではない。幾ら俺が荷物を軽くして道具を持ち運べても、幾ら俺が仲間の武器を軽くして紙切れのように武器を振り回せるように補助しても、俺のスキルが日の目を浴びることは無い。
「もっと強いスキルが欲しかった……」
もっと強いスキルがあれば、この手を縛る縄など糸のように切れ、周りの魔物達など一斉に排除できただろう。
さらに言えば、こんな状況に陥ることも無く、仲間たちとお互い切磋琢磨しながら冒険者として最強のパーティになるという俺の大きな夢も叶っただろう。
周りをじゅるるるとよだれを垂らしながら魔物どもが囲っている。
俺のことを格好の餌だと思っているのだろう。
縛られた無力な人間はこうして魔物達の胃袋に静かに収まるのでした、そうやって命を諦められたらどれほどよかっただろう。
今、俺の心の中は『ゴールデンナイツ』のパーティに対する憎悪と生への執着によって支配されている。ここで大人しく食われるわけにはいかないのだ。
何か、何かないか。
俺が必死に頭を回転させている最中、一匹のレッドウルフがこちらに飛び掛かってきた。
「うわっ!」
それは咄嗟のことであった。
レッドウルフに飛び掛かられた俺は何を思ったか『グラビティ』の力をレッドウルフに向けて放ったのだ。
魔物なんかに体を軽くする力なんて使ってどうするんだよ。そう思い、諦めて目を閉じていたが、一向にレッドウルフの牙が体に突き刺さる感触が無い。
不思議に思い、恐る恐る目を開くと、そこには地面に押しつぶされているレッドウルフの姿があった。
「ど、どうなってんだ……?」
俺は戸惑う。だってそうだろう?俺は今、レッドウルフに対して体を軽くするだけの無能な力を放ったのである。なのにレッドウルフの体はそれとは真反対に地面に押しつぶされて息を引き取っている。
俺は少し考え、試しにもう一度同じ要領で近くに居たレッドウルフに対して『グラビティ』の力を発動させる。
すると、そのレッドウルフの居た地面がべコリとへこみ、力を受けたレッドウルフは同じように押しつぶされる。
成程、分かったぞ。
真実に気が付いた俺はすぐさま、全方位に向けて『グラビティ』の力を放つと、あちらこちらで魔物達が押しつぶされ、辺り一面が血の海となる。
「やっぱりな。俺はこの力を『対象を軽くさせるだけの能力』としての認識していたが、実は『対象の重力を操作する能力』だったんだ」
今まで俺は味方への補助効果のためにしかこの能力を使っていなかったため、敵に『グラビティ』を掛けるという発想は無かったのだ。
そのため、『グラビティ』の真の力について理解しきれていなかった。
「今まで俺がしてきたことは何だったんだ……」
パーティのために日々、地図を細かく調べ、どこからどうやって攻略するかを寝る間を惜しんで一人で考え、ようやくSランクに到達した瞬間にこのように捨てられている。
「だけど、まだ18歳だ。このことが分かったならまだやり直しようはある」
もう一度、俺は世界一の冒険者を目指したい。
「それを叶えるためには過去の楔を引き抜かないとな」
俺は小さなとんがった岩肌まで這いつくばって進んでいき、足の縄を打ち付ける。
何回も打ち付けていくうちに縄は段々と削れていき、遂にはぷつんと完全に切れる。
「ここまでやれば後はもう楽勝だ」
俺はそのまま手を縛った縄を先程と同様に尖った岩で切ると、そのままボロボロな体を引きずってとぼとぼと森の奥の方へと歩いていく。