1話 追放
「ルディ、荷物を持つことしかできねえお前はこのパーティから除名する」
「えっ?」
余りの唐突なリーダー、ゴルダの言葉に思わず耳を疑う。
今、俺達Sランクパーティ『ゴールデンナイツ』はSランクになって初の依頼に失敗して帰っているところであった。そして帰路の途中で火を焚いて休憩しているところにいきなりのこの追放宣言である。驚くなという方が無理な話だ。
「いきなりどうしたんだよ、ゴルダ。除名だなんてそんな……」
このパーティはまだ駆け出しの冒険者だったゴルダに誘われて結成したパーティだ。謂わば俺とゴルダは『ゴールデンナイツ』の生みの親ともいえる。その片割れを除名だなんて。
「最初のころから二人で頑張ってきたじゃないか。それをどうして」
「二人で頑張ってきただぁ?」
ゴルダはそう言うと、俺の襟を乱暴に掴む。
「俺だけが頑張ってきたんだ。お前は結成のための数合わせなだけだ。勘違いするんじゃねえ!」
そう言うとゴルダはまるでぼろ雑巾でも投げ捨てるかのように俺の体を放り投げる。
「これは俺だけの判断じゃねえ。ここに居るパーティ全員の判断だ」
「ほ、本当なのか?」
俺はパーティの皆の顔を見渡す。最初俺のことを兄貴と慕ってくれていた大剣使いのザンはいつの間にか俺への態度が侮蔑へと変わっていった。それは今もなおである。
『火炎』のスキルを持ち、将来有望な冒険者と目されている少女、ラミも軽蔑の眼差しをこちらに向けている。
「あ、アリスもなのか?」
俺はすがるようにパーティの回復役のアリスに目を向ける。
回復のスキルを持っているアリスはこき使われ、ギルド内でも蔑まれていた俺のことをいつも励ましてくれた心優しい子だ。そんなアリスがゴルダの判断を良しとするのは想像がつかない。
しかし、俺の期待を裏切るようにアリスは首を縦に振る。
「正直、『物を軽くするだけの能力』しか持ちえないあなたはこの先のSランクの依頼で必ず死にます。そうなる前にご自身に見合ったパーティを探せばよいかと」
これまでの優しい声音とは違う、吐き捨てるかのようなその冷酷な声は俺の心に深々と突き刺さる。
「そうか、励ましてくれていた裏では俺のことをそう思っていたんだな……」
所詮この女も俺のことを自分の良さを見せるための道具にしていたという事だ。
「お前がギルドで何て呼ばれてるか知ってるか?荷物を運ぶことしか出来ない無能だぜ、無能。今までパーティを結成した義理で世話してやっていたがSランクからは世間体ってのも付きまとってくる。お前が居るだけでパーティに悪い影響を与えるんだよ!」
アリス以外のパーティの皆からの軽蔑というものは日々感じていた。ここでパーティを抜けるのは彼らにとっても俺にとっても良い事なのかもしれない。
「……分かった。ギルドに戻ったら俺はパーティを抜ける」
俺がそう言うと、ゴルダは悪意の籠った顔をこちらに向けてくる。
「ギルドに戻ったら?何甘ったれたこと言ってんだ?お前」
「は?パーティの除名にはギルドで行うのが必須だろ」
「何言ってんだ?そんなことしなくてもパーティを除名することは出来るぜ?」
そんな方法があったか?確か冒険者ギルドの規約には「パーティ除名時には必ずギルドに伝えること」と書かれていた気がするのだが。
疑問に思っている俺の耳に次の瞬間、ゴルダの口から衝撃の言葉が飛び込んでくる。
「お前がここで死ねばいいんだよ」
「はい?」
ゴルダの言葉が脳で処理できない。俺を殺す?何でそんな話になるんだ。
「もとはと言えば今回の依頼だってお前が居なけりゃアリスが疲弊することもなく、難なく達成できたはずなんだ。俺達が失敗する難易度の依頼じゃなかったはずなんだ」
「今回の依頼の失敗は全部俺のせいだって言いたいのか?」
「ああ、そうだ」
実際はゴルダが先走ってあの魔物に突っ込んでいって攻撃されそうになったのを俺が身を挺して守ったからアリスに回復してもらったという事なのだが、ゴルダの頭の中ではそういう風に変換されているらしい。
「だがその話からどうして俺が死ぬ話になるんだ。普通にギルドで除名すれば済む話じゃないか」
「まだ分からないのか。スキルが無能だと頭の方も使えねえのか?まずな、依頼に失敗するってのはつまり依頼人との契約を破ったってことだ。つまり違約金が発生するわけだな」
「それがどうした?……まさか」
「やっとその足りねえ頭で考えたか。そうだお前が死ねば仮にもSランクの冒険者だ。Aランク以上の冒険者は死ねば多額の見舞金がギルドから支払われる。ここまで言えばもう分かるよな?」
要はギルドから払われる俺の見舞金を今回の依頼の違約金に充てると言う事だ。
「Sランクの依頼ってのは報酬がでかい分、違約金の額もでかい。今の俺達じゃあ到底払えねえ。そこでお前の出番ってわけだ」
「良かったね、ルディ。今まで何の役にも立てなかったあなたがようやく役に立つことが出来るのよ!これ以上の喜びは無いわよね?」
異常ともとれるラミの発言に俺は驚愕する。この女は今、地図を使って作戦を立てたり、全員分の荷物を持ったり色々俺がしてきたことが全て“役に立たなった”と吐き捨てたのだ。
「ラミ、お前本気で言ってんのか?」
やっとのことで振り絞ったか細い声でラミに問う。
「ええ」
だとしたら芯から腐ってやがる。こんな奴らのために俺は今まで頑張ってきたのか。
早くここから逃げ出さないと。こいつら本気で俺を殺すつもりだ。
「逃がしはしない」
俺の背後をガッ掴む男が居た。大剣を背負う男、ザンだ。
「おい、ザン。お前の剣で斬っちまったら明らかに人為的だってバレちまうじゃねえか」
「安心してください、兄貴。ただ、この無能を押さえつけるだけですので」
「くっ!放せ!」
がっしりと両腕を羽交い絞めにされる。俺の力じゃこいつのスキル『怪力』には歯が立たない。
「こいつは手足を縛って魔物の群れへと放り込む。そうすりゃ死体が見つかっても魔物の仕業になる。もしかしたらあの魔物も来るかもなぁ」
「お前ら……」
俺はパーティの奴等を憎しみを込めた目で睨みつける。
「お前達!絶対に許さないからな!覚えとけよ!」
「今から死に行く貴方に何ができるのでしょうか?では、さようなら」
アリスの冷徹な言葉を最後に俺は意識を落とすのであった。