義姉になった姉が本気を出してきた6
俺と真琴の二人暮らしが、始まって数日後。
春休みを終え、いよいよ新学期を迎える今日。
ふと、春休みの記憶が蘇る。
毎回真琴に夜這いされかけ、洗濯する前の服を嗅がれ、ご飯を口移しで食べさせられそうになる日々。
でも、俺はちゃんと貞操は守っている。
学校も始まったんだ。
学校では他の生徒の目もあるから、俺への対応を改めてくれるだろう。
今朝から襲われかけた俺は現実と真琴から逃避しながら学校の昇降口へとたどり着く。
掲示板の近くでは多くの生徒が群がり、張り出されていたクラス分け表に一喜一憂していた。
「あ、和馬! こっちこっち!」
先に登校していたエリスに手招きされ、素直に歩み寄る。
「クラス分けどんな感じ?」
「それは自分で見なって」
どうせ確認したんだから、教えてくれてもいいのにと思いながら、俺はクラス分けの結果に目を通す。
どうやら俺とエリスは同じクラスで、秋人は隣のクラスに分けられたようだ。
「クッソ! 俺だけ違うクラスじゃねぇかよ!」
「残念だったね秋人。まぁ、かわいくて優しいボクはさみしくてボッチになる秋人のために一緒に食べて上げなくもないけどね!」
「和馬だけでいいっつーの。失せろ貧乳」
「……あん?」
宙返りをしたエリスの脚が秋人の顎を蹴り上げる。
秋人は盛大に廊下に倒れこんだ。
「おいおい、サマーソルトはまずいって。パンツ見えるぞ」
「大丈夫だよ。スパッツだから」
「パンツの心配じゃなくて、俺の心配をしてくれ」
それは自業自得だ。
「でもなぁ、エリス。そうやって調子こいてられるのも今のうちだぞ」
「ん? どういうこと?」
「お前ら、クラスの担任、ちゃんと確認したのか?」
再度クラスの担任の名前を確認し、俺とエリスは顔を顰める。
「マジかよ」
「うわー……」
そこには京極先生の名前が並んでいた。
「ざまーみろ! これであの鬼軍曹から解放される! せいぜい鬼軍曹の鉄拳制裁に怯えながら生活するんだな!」
「……秋人」
「なんだ?」
「さっきの言葉、お前にそのまま返す。調子こいてられるのも今の内だ」
「は? どういうことだ?」
すぐにわからせてくれるぞ。その背後の鬼軍曹が。
「ほう……私にそんな愛称が付いているとは知らなかったな」
秋人の背後に鬼の如し形相で立つ京極先生。
俺達を含め、掲示板の前で群がっていた生徒達は一斉に秋人から距離を取る。
手を置かれた秋人の顔から血の気は引き、その場から離れられないほど恐怖心を抱いていることが見てわかる。
「お……おはようございます、京極先生」
「おや? 愛称はどうしたんだ? いいんだぞ? あんなにも生き生きと呼んでいたんだ。さぞ親しみのある愛称なんだろう」
「あ、愛称って、なんの話ですか? 耳が遠くなるほど年取っちゃったんですか? ……あっ」
おいおいおい、あいつ終わったな。
「なるほど……貴様は私が年食ったババアと言いたいんだな?」
あ、まずい。握った拳に血管が浮き上がってる。
「ち、違います! その……か、和馬! お前もなんとか言え!」
「ちょ! お前爆弾をこっちによこすな!」
「爆弾?」
やべっ! 思わず口に出ちまった!
「爆弾とはどういうことだ? あ? まさか? 私が未だに結婚もできない地雷ババアとでも言いたいのか?」
そんな事一言も言ってないんですけど!?
「あ、その……」
「なんだ?」
今にも振り下ろされそうな鉄拳。
俺の中の生存本能は訴えかけていた。
次の一言でその鉄拳は俺へと振り下ろされると。
エリスも周りの奴らもそれがわかっているのか、我が身可愛さに俺から離れていく。
一方、完全に照準を俺に擦り付けた秋人はしたり顔で俺を見ていた。
俺はどうするべきか。
どうすれば鉄拳を振り下ろさせることなく、この場を収めることができるのか。
思考していく中で、俺はある答えにたどり着く。
なぜ収める必要があるんだ。振り下ろさせればいいじゃないか。
「たしか秋人君がそんなこと言ってました」
秋人に。
「……何?」
「ちょ!?」
京極先生は再び秋人をロックオン。じりじりと近寄っていく。
「ま、待ちましょう! あれは和馬の口からの出まかせですって! 俺はそんなこと言ってませんから!」
無駄だ秋人。
もうその鉄拳は振り下ろすことを止めることはできない。
「鉄・拳・制・裁!」
渾身の一撃が秋人の脳天を捕らえ、秋人は床にキスをしたまま動かなくなってしまった。
「……おい」
不自然な首の動かし方で俺へ振り向く京極先生に呼ばれ背筋がぞっとする。
「こいつを保健室まで運んでやれ」
「な、なんで俺が──喜んで!」
「あとお前もだ」
「え? ボク!? なんでボクまで──いやー! ちょうど保健室に行く用事があったんですよねー」
鉄拳制裁第二弾の気配を感じ、俺とエリスは言われるがまま、保健室へと運ぶ。
なぜかその後ろを京極先生が付いてきたけど。
「磯村先生。急患でーす」
「はーい……って、え!? どうしたの!? 気絶してるじゃない!」
白衣を着た可愛らしい先生はパタパタと効果音が聞こえそうな足取りで近寄ると、気絶した秋人を触診する。
「一体何があったの」
当然要因を聞かれるが、俺とエリスは黙って京極先生に視線を向けると、京極先生は明後日の方向を見つめる。
「愛! また生徒に手を出したのね!」
「そう怒るなよ美弥。少し力加減を間違えただけだ」
「そもそも生徒に手を挙げないで! いっつもそうやって貴方は!」
「細かいこと気にするなよ。婚期逃すぞ」
「貴方だけには言われたくないわよ!」
目クジラを立てる磯村先生に、辟易とした表情で聞き流している京極先生。
とりあえずこの荷物をベットに乗せておこう。
「磯村先生。こいつ置いていっていいですか? もうそろそろ時間なんで」
「え? あ、そうね。あとは私が看てておくから。愛、また生徒を保健室送りにしないでよ」
「善処する」
「絶対にしないで!」
たしか二人は同じ大学で同期の腐れ縁らしいけど、この人と同期なんて磯村先生大変そうだな。
「ほら、さっさと教室に戻るぞ。もうすぐ始業式だ」
京極先生に背中を押され、俺達は新たなクラスへと赴いた。
無駄に長い校長の挨拶を聞き、始業式を終えた俺達。
今日は午前で学校は終わるため、簡単にスケジュールや明日の説明などが終われば、もう下校することとなる。
「━━以上だ。では解散」
京極先生の号令で新たなクラスメイト達は一斉に帰り支度を始める。
俺も早々に帰ろうと廊下を出た直後だった。
「和馬ー!」
長い廊下の先で三年のはずの真琴が満面の笑みを浮かべて大きく手を振っていた。
この学校では知らぬ者などいないほどの注目の生徒が、そんな大胆な行動をしていれば誰もが注目する。
そして、その手を振られている相手にもだ。
俺は急いで他人のフリをして真琴とは反対方向へ早歩きで離れる。
「和馬? おーい! こっちこっち!」
反応するな。
俺は和馬じゃない。赤の他人だ。
「かーっずまっ!」
左手に何かが絡みつき、柔らかい双丘に挟まれる。
恐る恐る視線を向けると、満面の笑みで俺の腕に抱きつく真琴の姿が。
「お前何してんだよ!」
「何って? 腕組んでるだけじゃない」
「今までこんなことしたことねぇだろ!」
「いいじゃない。私達は仲の良い『姉弟』でしょ?」
そうきたか。
あくまで俺達は仲の良い姉弟だから、こんなことしても普通だと言いたいんだな。
「んなわけあるか! こんなベタベタする姉弟なんて見たことねぇし、望んでねぇ!」
「……いいのかしら?」
ワンオクターブ低い声で俺に囁く真琴に、俺はたじろぐ。
「な、何がだよ」
「私に腕を掴まれたってことがどういう意味を示すか」
言葉の意味を頭では理解できなかったが、次の瞬間、体は嫌でも理解した。
骨が軋むような激痛。
俺はようやくわかった。
パッと見は仲の良さをアピールする腕組みだが、実のところ関節技をしっかりときめている。
「腕一本を犠牲にしてもいいのかしら?」
俺に選択肢はなかった。
ひっつき虫の真琴を連れて、俺はさっさと自宅へと向かう。
その道中、他の生徒達の視線が刺さり、俺達の姿に驚きを隠せない者、血涙を流す者など様々だった。
一刻も早く家に帰らねばと、固い意志で歩いていると、駐輪場に着いた途端に俺の腕が引っ張られ、動きが止まる。
「ねぇ! 近くのファミレスでお昼にしない?」
この提案に俺は血の気が引いた。
近くのファミレスということは、当然碧蝉高校の生徒御用達となっている。
つまり、このひっつき虫をくっついている姿を更に晒すわけだ。
「いや、今日は家で食べないか?」
「もう食材ほとんどないわよ」
俺の提案はあっさりと切られたが、引き下がらない。
「それならコンビニで弁当でも買って家で━━」
突如親指に激痛が走る。
「指……いっとく?」
「……ファミレスでいいですお姉様」
「……『で』?」
今度は人差し指に指をかけられる。
「ファミレス『が』いいです」
「そっか! なら行きましょう!」
もうどうとでもなってくれ。
そんな気持ちで近くのファミレスへ向かい、入店する。
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