義姉になった姉が本気を出してきた13
あの後俺は真琴にされるがまま、人形のような扱いを受けた。
あぁ、人形と言っても、決して◯ッチワイフではなくて。
いや、◯ッチハズバンド?
とにかく俺が言いたいのは、ちゃんと姉弟のラインをギリギリ持ち堪えている。
「おい、大丈夫か? まるで悟りを開いた坊さんみたいな優しい目だったぞ」
「気にしないでください」
「了解。んじゃ昨日南沢とどこまでヤッたか聞かせてもらおうか」
「そこまで気にしなくていいとは言ってません」
昨日と今朝から精神的にも身体的にもダメージを食らって弱っている俺は、話が聞きたいからと柊先輩によって昼休みに屋上へ連れてこられた。
友人に助けを求めるも、昨日のことをまだ許していないエリスにはソッポを向かれ、たまたま居合わせていた秋人は不良で有名な柊木先輩を一度も視界に入れようとせず、他人のフリをしやがった。
「なぁ、どこまでいったんだか? キスは同然したんだろ? 舌を絡ませたか? ベットに一緒に入って、我慢できずに×××に△△△を──」
「ないですから! 本当に何もなかったですから!」
「本当か?」
「本当ですよ! ただ夕飯を全てあーんで食べたり、目隠し(真琴に対して)を条件に風呂を一緒に入ったり、一緒に布団に入って荒い息を耳元で掛けられながら少しまさぐられただけですから!」
「……なんか、すまんな。ほら、これやるからよ」
憐れんだ目を向けている柊先輩はそっと話のお礼である焼きそばパンを俺に差し出す。
「ついでにもう一つ聞きたいんだが」
「なんです? もう真琴については喋りませんよ」
「いや、お前、なんで頬に紅葉──いや、石? 熱い石でも? 押し付けられたのか?」
「これは今朝未だに怒りを治っていなかったエリスにグーで殴られた跡です」
今朝の話だというのに、まだ頬がジンジンする。
「ならこれで冷やしな」
そう言って柊先輩は俺に近づくと、冷えたペットボトルのお茶を患部に当てる。
美人な先輩に近寄られ、思わずドキッとしてしまった。
「い、いいですから! ほっとけば治りますから」
「怪我はほっとくと後々大変なことになったりするんだよ。いいからこれやるから、当ててろ」
そのままお茶を渡され、患部を冷やす。
気を利かせてなのか、お茶は未開封のものだった。
「ありがとうございます」
「いいってことよ」
「でもいいんですか? 俺にこんなに近づくと真琴に追われますよ?」
ニカッと笑う柊先輩を直視できず、誤魔化すために少しふざけて聞いてみる。
「あぁ、それなら──」
「和馬、ここにいたのね」
ちょうど話題の主が現れ、冷や汗がどっと流れる。
一歩ずつ近寄ってくる真琴と、涼しい顔でパンをかじる柊先輩を忙しなく交互に見る。
また一触即発の状態になってしまうのではと、気が気ではない俺。
今度は一体どんな要求を飲めば治るのか、必死に思考を巡らせていると、真琴は視線を柊先輩に向けた。
「あら、柊さんもいたのね。和馬、柊さんにあんまり迷惑かけないでよ」
……どうやら俺は昨日の精神的な疲労から、幻聴と幻覚を見ているようだ。
あの真琴が柊先輩に対して嫉妬や怒りのカケラもない微笑みを向けるはずがない。
これが幻覚の類いでなければ、なんだというのだ。
「それで、和馬に何か用があったんじゃないのか?」
「あ、そうだった。はい、あんたのお弁当。今朝間違えて私の分と一緒に持ってきちゃったのよ」
「いや、俺もう買っちゃったんだけど」
「食べるわよね?」
にっこりと笑いながら、青筋を立てて詰め寄る真琴。
元はといえば、原因は真琴の不注意なのだから、真琴が悪いだろ。
と、言ったが最後、母さんが帰ってくるまで、俺の朝昼晩の飯が抜きにされそうなので、ありがたく頂戴する。
「南沢も一緒に食うか?」
「遠慮しておくわ。他の人と一緒に食べる約束してるから。また今度誘って」
すんなりと屋上を去っていく真琴。
やはり、何かおかしい。
「どうした? 相当なマヌケ面だぞ」
「昨日やり合った二人が、まるで友人かの如く親しげに話してたら、誰だってこんな顔になりますよ。どう転べば、あの真琴と親しくできるんですか」
「いやな、昨日お前がオレを保健室に置いていっただろ? ちょっとムカついたから、『南沢と和馬が結婚できるように全面的に協力してやる』って言ったら、仲良くなったんだよ」
とんでもない人達が手を組みやがった!
「安心しろ。南沢だけに肩を持つわけではないからな」
「な、なんだ。驚かさないでくださいよ」
「やっぱ、色々とスレ違いを起こしながらも、ちゃんとお互い好き同士になった方が尊いからな」
「それはつまり、結婚は変わらないということですね」
苦労が二倍になったことに絶望しながら、俺は弁当に手をつける。
味はいつも通り美味い。
「おっ! 美味そうだな。一つもらうぞ」
俺の承諾を得る前に、柊先輩はメインのエビフライを盗み取る。
「美味いな。さすが南沢。なんでもこなすな」
「ちょっ! メインは酷くないですか!?」
「あー、悪い悪い。代わりに俺のおかずやるからよ」
そう言って、柊先輩の弁当箱から鰯の煮付けを俺の弁当箱に移す。
試しに一口頬張る。
「……お、おいしい」
「だろ? オレの自信作だ」
……今なんと?
「これ、柊先輩が作ったんですか?」
「そうだけど?」
思わず鰯と柊先輩を交互に見てしまった。
真琴と引けを取らない料理の腕。
だけど、何より俺が驚いているのは、柊先輩の見た目とおかずのチョイスのギャップ。
こんな和食を作る姿が全く想像できない。
「柊先輩って、料理できたんですね」
「なんだ? 殴ってほしいなら喜んでするぞ?」
そう言って、握り拳を作り、骨を鳴らす。
「す、すいません!」
「……冗談だよ! そんなことでいちいち怒らねぇよ」
「そう、ですか」
「でも、南沢も相当だな。料理は結構自信あったんだけどな。あいつの料理も素直に美味かった。なんで付き合わねぇんだ?」
本題とばかりに話題を真琴との恋愛へと変えられる。
俺はため息混じりに答えた。
「前にも言ったでしょ? 俺と真琴は姉弟だって」
「血のつながらないな」
「だからなんですか? 俺と真琴は間違いなく姉弟です。血のつながりがなくても」
「なら、こう聞こうか。南沢と姉弟じゃなかったら、どうした?」
「……さぁ、真琴と姉弟じゃないなんて、想像できませんから」
そう言ってその質問から逃げる。
しかし、柊先輩は納得していないようで、さらに聞く。
「深く考える必要はねぇよ。才色兼備でおまけにオレに引けを取らずの巨乳だぞ?」
柊先輩は自分自身の胸を揉みしだく。
俺は一度凝視してから、明後日の方角へ顔を向けた。
「本人の前じゃ言えないが、大半の男共はあの体を自由にする妄想してるぞ。南沢に告白してる奴ら、大体視線が下を向いてるからな。いいのか? そんな奴に姉が取られて」
「俺が許す許さないの問題じゃないですよ。真琴が受け入れるかの問題でしょ」
「それはそうだけどよ。ちょっとは嫉妬してもいいんじゃないか?」
「あいにく、俺はシスコンじゃないんで。弁当も食べ終わりましたんで、俺はこれで」
「ちょっと待てって」
柊先輩の制止の声に耳を傾けることなく、屋上を後にする。
何も間違ってはいない。
俺と真琴は姉弟。
それ以上でも、それ以下でもない。