義姉になった姉が本気を出してきた12
「はっ! く、首は!? ……くっついて、るか」
頭と体がくっついていることに胸を撫で下ろす。
「お、やっと起きたか」
椅子に座ってスマホをいじっていた柊先輩。
どうやら柊先輩がここまで運んでくれたようだ。
「柊先輩が運んでくれたんですか?」
「感謝しろよ?」
できれば貸しをつくる何てことをこの人にはしたくはなかったが、感謝しないわけにはいかない。
「ありがとうございます」
「なんだ、素直じゃねぇか」
「助けられましたし」
「なら、お礼に南沢と喧嘩━━」
「それはお断りです」
「冗談だよ。それにもう南沢との喧嘩に興味ないからな」
そういえば、意識が失う前にそんなことを言っていたな。
たしか、それ以上にいい思いがどうとか。
「あっ! そうだ授業!」
慌てている俺に柊先輩は不思議そうな見つめる。
「何言ってんだ? 授業なんてとっくに終わってるぞ?」
「え?」
スマホで時間を確認すると、柊先輩の言う通りすでに全ての授業が終わっている時間を過ぎていた。
「マジかよ」
「まぁ、起きたばっかなんだし、まだゆっくりしてな。何か飲み物でも買ってきてやるよ」
「いや、そんなに気遣わなくても」
「いいから、待ってな」
そう言って柊先輩が鞄から財布を取り出すと同時に、一冊の本が鞄から落下する。
しかし、持ち主の柊先輩はそれに気づくことはなく、そのまま保健室を後にした。
一人残された俺は、その本を取り上げ、再びベットに戻る。
ブックカバーが被っているが、小説ではなく、漫画のようだ。
しかもかなり読み込まれているらしく、手垢で汚れ、所々ページがへたっている。
あの柊先輩がここまで愛読している本とは一体。
数分間迷ったが、怖さよりも好奇心が優った瞬間にページを開いた。
どうやらラブコメ漫画のようで、主人公である男子高校生が実の姉に振り回されるドタバタラブコメ。
見ていてクスッと笑ってしまう場面も多々あるが、現実にこんな姉弟いるわけないよなー……まさか、な……
「おい、コーラ買ってき━━」
帰ってきた柊先輩は俺が開いていた漫画を目にも止まらぬ速さで奪い去る。
「柊先輩、まさかとは思いますが、柊先輩の言ったいい思いって……」
俺から目を逸らしたまま柊先輩は答える。
「兄弟の禁断の恋って……尊いよな」
「当事者はたまったもんじゃないですから!」
「うっせ! いいからお前は大人しくオレを満足させればいいんだよ!」
「そんなそこと知りませんよ! 俺には関係ないですから!」
「……あー、いいのかなー」
「な、なんですか! 脅しには屈しませんよ!」
「教室にいないことを知った南沢が血走った目で探してたから、さすがにお前が可哀想だと思って明後日の方に向かわせたのに」
「柊先輩ありがとうございます! このお礼は別の形でしますから!」
すぐさま保健室の扉を開けて逃走を試みる。
が、廊下の先でちょうど横の廊下からゆらりと現れる。
その手には俺の鞄が握られていた。
そして、真っ直ぐ向いていた真琴は目線だけを真横に向けたことで、俺は血走った眼とばっちり目があった。
慌てて扉を閉めて施錠し、窓から脱走。
「柊先輩! あと頼みます!」
「は?」
俺が飛び降りた瞬間に扉が盛大な音を立てながら吹っ飛ぶ。
俺はもう振り向く余裕すら与えられていないと悟り、上履きで外を駆ける。
幸いにも自転車の鍵は持っているから、駐輪場にたどり着けれればオールオッケー!
真琴のことだ、今日の約束を実行に移すだろう。
そして、1秒でも早くベットに向かうために早々に料理を作り、わざと箸の進みを遅くしたならば、手づかみで料理を俺の口に押し込む。絶対に押し込む。
長風呂で時間を稼ごうものならば、突撃してくるに違いない。
つまり、俺に唯一残された逃げ道は、真琴に捕まらず、家に帰らないこと!
「か〜ず〜ま〜……」
近くで真琴の声が聞こえ、思わず立ち止まる。
声はするが、どこにいるのか把握できない。
最悪鉢合わせて捕まる可能性がある。
ここは隠れるべきだろう。
幸いにも空き教室の窓が空いてる。
そこから侵入し、しばらく待つことに。
数分後、何かを察知したのか、俺が入った空き教室に真琴が入ってくる。
「か〜ず〜ま〜……いるのは分かってるんだらね」
息が漏れる音が出ないように、口元を力強く抑える。
激しく脈動する心臓すらも聞き逃さないのではと、恐怖を抱いてじっと待った。
「……あら?」
教室に入った真琴の足音はすぐにピタリと止まる。
「なんで、掃除道具入れから和馬の匂いがするのかしら〜」
俺の心臓はさらに強く鼓動する。
ギシッと軋む音が聞こえ、ぎゅっと目を瞑る。
「見つけたわよ! ……って、あれ?」
掃除道具入れを開けた真琴は素っ頓狂な声を上げた。
「誰もいない。でも確かに和馬の匂いが━━しまった! 靴下か! って、ことはこれはダミーってことね!」
焦った真琴は足早に教室を出ると、どんどん遠ざかっていく。
教卓の下から這い出た俺は一時の休息を噛み締める。
「今のうちに……」
再び窓から外に出て、駐輪場に。
建物の陰から駐輪場の様子を窺うと、生徒が数人いるものの、その中には真琴の姿はない。
これは好機と自転車のロックを外し、自転車を引き抜く。
が、何故か引き抜けない。
木の枝が何かが引っかかっているのかと、タイヤを確認すると、見知らぬ鍵のかかったチェーンが、巻きついていた。
「まさか、真琴のやつが」
自転車は諦め、自分の脚力を信じて走り出す。
学校のフェンスを沿って走っていると、フェンス越しに並走する影が。
「見つけたわよ」
「ひぃっ!」
真顔の真琴に腰を抜かし、尻餅をつく。
「さ、お姉ちゃんと一緒に帰って、ご飯食べて、お風呂入って、一緒に布団でぬくぬくしよ」
「ちょ、ちょっとこれから用事があるから……帰りは遅くなる! じゃ、そういうことなので!」
立ち上がった俺はその場から逃げる。
3m以上あるフェンスだから、よじのぼるのに時間がかかるはずだ。
俺はその間に遠くに……。
「逃がさないから」
並走する真琴は、目前の木に向かってジャンプ。
枝を掴んでくるりと回ると、今度は枝に足をかけて、フェンスを超える大ジャンプ。
見事パルクールと純白のパンティを披露した真琴は俺の前に立ち塞がり、にっこりと笑った。
「さ、一緒に帰るわよ」
「い、嫌だ! 俺はまだ帰らな━━」
俺が言い終える前に、ガシャンという音と共に手首から金属の冷たさが伝わってくる。
手錠がしっかりとかけられた右腕。
そして、手錠のもう一端を真琴自身の左腕に取り付けられた。
「もう逃がさないから」
完全な詰み状態の俺は、ただ真琴の言うことしかできなかった。