義姉になった姉が本気を出してきた11
「あ、和馬こんな所にいたんだ!」
なぜここにいるのかは知らないが、満面の笑みのエリスが俺に手を振っている。
「なんでお前がここに!?」
「なんでって、お昼一緒に食べようと思ったのに、和馬すぐどっか行っちゃうんだもん。ボク探したんだよ?」
たしかに状況を変えてくれる誰かを願ったけど……悪い方向に変えてくれとは願ってない!
「エリス! どっか行け! 早く」
「あ! なんだよその態度! いつもはボクに構ってくれるのに!」
「エ、リス?」
あ、やべ。
「高城……エリス?」
「へ? ……あ! 真琴先輩でしたか! 弟さんと仲良くさせてもらってます!」
「バカッ! 早くそこから離れろ!!」
「え?」
状況を理解してないエリスとの間合いを一気に詰めた真琴。
素早い正拳突きをエリスに放つ。
しかし、エリスは寸前で攻撃に気が付き、横へと転がった。
「ちょっ、真琴先輩!?」
「……コロス」
「えー!! ちょっと和馬! どういう状況なの!?」
「いいからさっさと逃げろ! 死にてぇのか!」
「そんなレベルなの!?」
「また……下の名前で」
再び真琴の正拳突きがエリスを襲うが、先程のような不意打ちではないからか、今度はバク転をしながらその攻撃を避けてみせた。
「何してんだ! さっさと逃げろよ!」
「どうやって逃げるのさ! 入口前に立たれてるのに! しかもめちゃくちゃ殺気向けられてるんだけど!?」
「それは俺のせいだ」
「どういうことだよ!」
「すまん!」
俺の胸ぐらを掴むエリスに俺は平謝りするが、俺達のやりとりは真琴の気に障ってしまったようだ。
「また、私の和馬に馴れ馴れしくベタベタベタベタと。何? 和馬の初めてを奪ったからって、彼女面?」
「は、初めて? な、何のことですか?」
「とぼけないで」
いや、その子本当に知らないんです。
俺の息子はまだ女を知らないシャイボーイなんです。
「もっと早く知ってれば、すぐにでも童貞をもらえたのに……あんたのせいで!」
「ど、童貞!? ボクが!? 和馬の!? いやいやいやいやないないないない!」
「問答無用」
真琴の問いに動揺したエリスに渾身の正拳が向けられる。
が、その拳がエリスに届くことはなく、我に返った柊先輩が受け止めていた。
「おいおい、何オレ以外の奴と喧嘩してんだよ」
「どいて。じゃないとあなたごとやるわよ」
「上等!」
二人の殴り合う横で俺は呆然と眺めていると、再びエリスは俺の胸ぐらを掴む。
「どうなってるの!? 前聞いた話じゃ真琴先輩とそんなに仲良く良くないって言ってたけど、嘘じゃん! むしろブラコンじゃん! というか、童貞って何!?」
「童貞……それは性行為をしたことのない男性を指し、三十歳を迎えると魔法が使えるように━━」
「童貞の説明をしろと誰が言ったんじゃボケ!」
首を絞められ、すかさずタップで止める。
「真琴が俺の嘘を勘違いして、エリスが俺の童貞を奪ったことになってます」
「はぁ!? 何で和馬なんかの童貞をボクがもらってあげないといけないんだよ!」
「和馬……なんかの!?」
再び真琴はエリスをロックオンした。
「喉から手が出るほどほしいものをあなたは奪ったのよ? それを『和馬なんか』だなんて」
「よそ見すんな!」
横槍を入れられ、ますます不機嫌そうな真琴はさらに殺意に磨きをかける。
「最後の忠告。邪魔しないで。今度は殺すつもりで殴るから」
流石の柊先輩も誠の圧に押され、一歩後退する。
「流石にこれはヤバいな。おい! 南沢の弟!」
「は、はい!」
「このままだとオレだけじゃなく、その女もヤベェ。お前が南沢止めろ!」
「そんなことできるわけないでしょ!」
「いいやできるはずだ!」
……いや、まぁ、あるにはあるけど、その切り札は切りたくないというか……もっと危機的状況というか、自分の保身のために使いたいというか。
でも使わないと後で柊先輩とエリスに殺されるんだろうな。
「ま、真琴!」
「何? その虫達を庇うの?」
人を虫呼ばわりかよ。
「頼む。ここは引いてくれ! 色々と誤解があるんだ!」
「誤解?」
「俺は、まだ童貞だ! 俺の見栄で嘘をついただけなんだ!」
恥ずかしい。
説得するためとはいえ、同級生と先輩の目の前で童貞って、声に出していうなんて。
エリスも柊先輩も笑い堪えてるし、死にたい。
「童貞? 本当に?」
少しだけ殺気が治るのを感じ、ここぞとばかりに畳み掛ける。
「そうだよ! 女性の裸だって、真琴のしか見てないし、触れたこともない! 女性に関することは今のところ真琴が初めてなんだよ!」
俺の真剣な言葉を信じてか、真琴は構えるのをやめた。
「そっか……全部私が初めてか〜」
顔を綻ばせ、デレデレした顔の真琴。
もしかしたら、切り札を切る必要がないか?
「まぁ、それはそれとして……その子が和馬の名前を呼びながら馴れ馴れしくベタベタしてたことは許さないけど」
殺意を向けられ、さっきまで腹を抱えて笑っていたエリスが背筋をピンと伸ばし、顔を青くする。
「こいつはただの友達なんだ! そもそも見ろよ! こいつの貧相な体! 男みたいなまな板だぞ!」
背後から別の殺気を感じるが、コラテラルダメージとして受け取る他ない。
「たしかに……和馬の趣味は年上で巨乳、しかもCカップ以下はお断りってくらいのおっぱい星人だから、この子とは単純に友達って関係なのかしら」
え、もしかして俺のお宝把握されてる?
「あ、でも、柊さんは和馬の好みよね……」
今度はそっちかよ!
あぁ、クソッ! 切り札を切ればいいんだろ切れば!
「真琴……この場を治めてくれたら、今日は同じベットで寝てやる」
俺の提案に体がピクリと反応する。
「……どっちのベット?」
「真琴の」
「背中向けない?」
「向けない」
「抱きつくのは」
「抱きつきは……」
真琴から殺気が顔を出す。
「許す」
「おやすみのキスは?」
「それはっ!」
再び真琴から殺気が顔を出す。
「一回だけなら」
「もちろん舌は入れていいわよね」
「それをした場合、金輪際会話するつもりはない」
「チッ!」
わかりやすく舌打ちしやがった。
「まぁ、ここら辺が手打ちかしら」
先程までの殺意はスッと消え、にっこりと笑う。
「ごめんなさい、エリスさん。私勘違いしてたみたいで」
「いえ、別に気にしてません」
と言うが、今までのやり取りを見ていたエリスは全く真琴の顔を見ようとしない。
「これからも和馬のことよろしくね。それと……万が一にも和馬と━━」
「ありえません! 絶対にそんなことは億が一にもありません!」
「そう、よかった」
次に柊先輩に視線を向ける。
「柊さん。あなたのことだから私と喧嘩したいがために和馬にちょっかいかけたと思うけど、今後あなたと喧嘩するつもりないから」
「あぁ、別にいいよ。もうどうでもいい。それ以上にいい思いができそうなことが見つかったからな」
「ん? よくわからないけど、それならよかったわ」
そして最後に俺に視線を向けた。
「和馬。今日は楽しみにしてるからね」
「お、おう……」
こうして嵐(真琴)は去っていき、緊張が一気に抜けた俺はその場で尻餅をつく。
今回はかなり要求を聞いてしまった。
今度また切り札を切る時は、要求のハードルが高くなるな。
「かーずまっ!」
「なんだエリス。ちょっと疲れて━━」
疲れ気味の俺は見上げ、やけに元気なエリスの顔を見る。
太陽光による逆光でエリスの表情が見づらいが、本能が察した。
俺はここで死ぬんだと。
「真琴先輩にボクのことなんて説明したかは知らないけど、この際そんなことどうでもいいんだ。さっきの言葉に比べれば」
「エ、エリス? 話し合おう。な? 俺達友達じゃないか!」
「……死にさらせやワレ!!」
鋭いエリスの蹴りが俺の頬を捉え、気がつけば俺は保健室の天井を見上げていた。