聖女
こんばんは!
楽しんで頂ければ幸いです。
本日『王様は今日も考える』も更新しておりますので、是非ご確認ください。
玄関を開けると豪奢な光景が飛び込んでくるのかと思えば、そんなことはなかった。
質実剛健がしっくりくる、といった様子で、一階部分は会議スペースも兼ねているみたいで、床は石作りだ。
その他の扉や、二階へと続く階段の手摺りも凝った細工のものはなく、素材に色をつけただけのものだった。
仮にこの光景を絵か何かで切り取って人に見せたとしても、この屋敷が商業と貿易で栄えている街の領主の館だとは誰も思わないだろう。
カイ達はゲストルームに通されていた。
「元々アルバンシュタイン家は騎士筋の家だった。デガを含むこのロンドルム王国において、過去侵略戦争があった際、我々の先祖が駆けつけて他国の敵兵からこの地を守ったのだ。後に戦争が終わり、論功大賞の折に国王陛下から、この街を下賜されたというわけだよ。」
今、建物二階にあるゲストルームにはカイ達の他に、一人の中年の男と、妙齢の女性がいた。
男は語り終えるとカップに注がれた紅茶をゆっくりと飲んだ。
美丈夫と言ってもいいだろう。身体は大きく、引き締まっており、無駄な脂肪がない。カップを持つ手にはタコがあり、それは出来てから年を重ね色が変わって尋常ではない厚みを帯びていた。
長年剣を振り続けた証だった。カイやライアンにもタコはあるが、これ程ではない。
そもそも、カイは魔法を使いながら剣を振るうので、タコなどは出来にくい。手のひらも魔力だコーティングしているからだ。
男は穏やかな表情をしていたが、その奥で光る瞳は鋭い。何か不穏な動きがあれば、瞬時に戦場と同様の動きでもってカイの元へ肉薄するだろう。
カイの表情は変わらない。薄く微笑んで男の話を聞いていた。
「興味のない話だったかな。・・・・・・カイ殿、といったか。この度は我が最愛の娘を助けて頂き感謝する。」
男はカイの方に視線を向けると、頭を少しばかり下げた。目上のものが目下に出来る礼の中でも最上級のものだ。
隣の女性も同様に頭を下げた。
「どうか、呼び捨てでお呼びください。それに、この街への入場や、身分証のことなど、私の方も充分に助けられておりますので、お気になさらず。」
この言葉に驚いたのはライアンとエストナだ。
後にわかるが、彼らはカイの言葉使いに驚いていた。飄々と身分を気にしない態度であった彼しか見ていなかったのだから、当たり前と言えば当たり前ではあるが。
「ふふ、どうやらなかなかに二人と馴染んでいるみたいだ。」
男はそういうとそれまでの真剣な空気を崩した。途端に歴戦の美丈夫から、娘好きの父親の顔になる。
「じゃあ、堅苦しい言葉使いはここまでにしよう。私はこの街の領主をしている。ロイドだ。隣にいるのが・・・・・・。」
「妻のヴィーダと申します。」
ロイドの紹介にヴィーダと名乗った女性が目礼した。
「カイ、と言います。苗字はありますが、遠い過去に放棄しております。ただ、カイ、とお呼びください。」
カイは立ち上がり胸に手を当てて頭を下げた。貴族に対する略礼だ。
それをみてまたしてもライアンとエストナは目を見張るのだが、カイは涼しい顔で腰を下ろした。
ライアンが説明しろと視線で訴えかける。
「成る程ね。カイくん。素性はどうあれ君は娘と従者の恩人だ。宿をまだとっていないそうだね。この街にいる間はうちに滞在してくれて構わない。」
「ありがとうございます。」
「それで、何の為にこの街へ?」
一瞬再び空気が張り詰める。領主として、その理由だけは知っておきたいといったところだろうか。
かたや、カイはその穏やかな空気を崩さなかった。紅茶を口に含むと香りを楽しむように飲み込んだ。
「理由は、特にないです。あげるとするなら・・・・・・。」
カイはゆっくりとエストナを見た。エストナは自分にいきなり視線が向けられて驚いた。
「彼女と出会ってしまったから、でしょうか。」
張り詰めていた空気が凍りついた。
カイの言葉にエストナは顔を真っ赤にして俯いた。それを見ているロイドの、持っているカップの持ち手が砕けた。
ヴィーダは面白いものを、見たといった様子でにこにこと微笑みを浮かべていた。
ライアンは室内のオブジェになることを決めたようだ。誰とも目を合わせないようにして、微動だにしない。
「カイ、それはどういう意味だろうか?返答によっては、その首が離れてしまうよ?」
いつの間にかロイドの横に執事が立っており、彼に意匠の凝った大剣を差し出していた。
手を伸ばし、持ち手を握るロイド。
止めなければいけない筈のエストナは頬に手を当てて何やら身体をくねらせて自分の世界に入り込んでいる。
カイはキョトンとした顔で答えた。
「そのままの意味なのですが。彼女は普通の人ではないですよね?」
「・・・・・・ほう?」
「身体に含んでいる魔力が多すぎる。」
「・・・・・・君も同じくらいには魔力があると思うが?」
「僕の魔力には理由があるんですが。何にしてもそれが理由です。正直最初同行を頼まれた時は気がつきませんでしたが、一緒に過ごしていてすぐにわかりました。」
そして、と続けたカイの身体から魔力の奔流が吹き荒れた。物理的な効果はないが、その勢いは目に見える程だった。
「彼女の魔力は僕の探しているものに繋がる。」
「・・・・・・っ!」
今やゲストルームはカイの暴力的なまでの魔力の圧力で満たされていた。
ロイドは大剣を手にしたまま動けず、ヴィーダは表情を保ちながらも顔を青ざめさせていた。
ライアンですら額に汗を大量に滲ませていた。その他の給仕しているもの達は立っているのもやっとだ。
「僕の方からも質問があります。彼女はどうしてこの街へ??それまでは遠くに居たという話でしたが・・・・・・。」
「カイ・・・・・・。」
「・・・・・・それを答えるのは構わないとして、その物騒な魔力を仕舞ってくれないだろうか。戦い慣れていない人間にその魔力は、毒だ。」
絞り出すようなロイドの声と、心配そうなエストナの声で我に返ったカイは魔力を霧散させた。
「申し訳ありません。つい、感情が昂ってしまって。」
「構わない、探し物とやらに何か思うところがあるのだろう。」
ロイドはゆっくりと息を吐くと、体験を握る手を離した。その手には汗がびっしょりと浮かんでいた。
「はい、因縁の相手ですね。」
カイは申し訳なさそうに身体を縮こませた。その様子は先程までの圧倒的な力を見せた本人とはまるで別だ。
ロイドはカイをしばらく見つめていたが、やがて口を開いた。
「エストナは確かに普通ではない。我が娘エストナは、聖女だ。」
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