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使徒

お待たせ致しました。


楽しんである頂ければ幸いです。


 ヨーシャークの街の奥深く。中でも所得を持たない住民達が暮らす区画、所謂スラムと言われる場所の更に奥深くにある廃墟の中、一人佇む男がいた。


 建物の中は暗く、崩れた壁の隙間から僅かに入り込む外の光と、部屋の中心に置かれた蝋燭だけがその部屋を照らしていた。


 男は何をするでもなく、椅子に腰掛けてゆらりゆらりと椅子を後ろに倒していた。

 目の辺りはつけられた白い仮面で見えない。だが僅かな光でも煌めく背中のあたりまで伸びた金髪、薄く伸びた唇とすっと顎までラインの通った鼻筋は、男がかなりの美形であることを想像させた。


 ふと、男が椅子の動きを止めた。

 直後、空間が揺めき黒い霧のようなものが男の目の前に渦巻いた。


 数秒ほど蠢いていたその霧はやがて消え、そこには一人の少女が現れた。

 カイと争っていた、爪の異常に長い少女だった。


「タだいま!」


「遅かったですね。ウベキエル。」


 少女は満面の笑みで男に擦り寄った。それはまるで子犬のようであり、男もまた日頃そうしているように、少女の頭を撫でた。


「ちョっと面白イやつがイたの!シエルもきっト気にイると思う!」


 ウベキエルと呼ばれた少女は気持ちよさそうに目を細めながら頭をシエルと呼んだ男の胸に擦りつけた。

 シエルは少女の頭をぽんぽんと叩き、やんわりと身体からウベキエルを引き離した。


「それは良かったですね。ですがウベキエル、私達のやるべきことを忘れてはいけませんよ?」


 視線を合わせて彼女に語りかけるシエルにウベキエルは頬を膨らませた。


「わカってルよ。因子ハちゃんと殺スから。」


「そうです。えらいですね。この街の因子持ちもそろそろ排除を終えますから、終わったら甘いものでも作ってあげましょう。」


 ウベキエルの機嫌を取るように優しい声音でシエルは彼女の頭を再びゆっくりと撫でた。

 蕩けるような表情でウベキエルはシエルの手のひらを受け入れた。


「それにしても、面白いやつとはどんなやつだったのですか?」


「ソう!血脈デもないのに魔力ガね、すっゴいの!!」


「・・・・・・へえ?」


「それニね、なんダか身体に魔力をふわーッて、まと?わせてネ、急ニ早くナったりしタの!」


「へえ、それはそれは。そういえば、ウベキエルは千年前はまだ()()()()()のでしたか?」


 シエルは動きを止め、ゆっくりと目を細めた。仮面越しに見える蒼い瞳ば怪しげな輝きを帯びた。


 だが彼の様子とは裏腹に、出てきたのは至って何のことはない会話だった。

 雰囲気の変わったシエルには気が付かずにウベキエルは考えるように首を傾げた。


「ソうだよー。シエルはうまレてからマダそんなにタってないヤー。」


「そうでしたね。・・・・・・さて、そろそろ動きますか。」


「わかっター。あっ、そうダ!ソノ面白いやつとイっしょニいた綺麗ナお姉サんが因子持ちダったよ!」


「・・・・・・なるほど。ウベキエルはよく観察出来て偉いですね。ではこちらからご挨拶に伺いましょう。」


 立ち上がり、優しく少女の手に己の手を優しく添えるシエルの表情は見えない。ウベキエルは自分の爪をシエルに当てないように気をつけながらシエルの手を握り返す。


 シエルが虚空に向かい、手を僅かに振った。すると、先程よりも遥かに多くの霧が二人を囲い、霧がかき消えた時には二人の姿もまた、何処かへと消えていた。









「それで、結局エストナちゃんが聖女っていうのは何でわかったんよ。」


 宿を出て情報を集めに向かった三人は、魔人と呼ばれるものの痕跡を探すべく物陰や路地裏などを回っていた。


 まだ夕方前だというのに、人影が少ない。営業していない店もちらほらとあり、街はそれなりの規模だとは思えないほど閑散としていた。


「ああ、それは・・・・・・。」


 空き家を覗き込みながら言い淀むライアンは、エストナの方へと顔を向けた。


 エストナはライアンの視線に気がつくと、真剣な面持ちで頷いた。

 ライアンはそれを受けてテトラを手招きする。


 きょとんと顔を一瞬呆けさせると、テトラはライアンへと近付いた。

 身を寄せ合ったライアン達は、周囲に声が漏れないように声をひそめた。


「これから俺が言うことは他言無用だ。いいな?」


 念押しするライアンにテトラもまた、居住まいを正して頷いた。


「商人は信用が命やで?」


「わかった。信じる。・・・・・・お嬢はな、ニ千年前の聖女と同じ癒しの力が使える。」


「なっ!」


 テトラは元々大きい瞳を更に大きく見開いた。


「癒しの力が使えるのは過去その聖女とお嬢だけだ。だから教会はお嬢をその時の因子だと認定した。」


 空き家を恐る恐る覗き込むエストナを視界に収めながらライアンは続けた。


「これはカイにも言っていない。もっとも、あいつは何かを知っている様子だけどな。」


「まあ、でもそら確かに迂闊には話されへんわな。」


 癒しの力。病気は元より即死の傷でなければ時間をかければ治癒することができるとされる伝説上の力がだ。

 少なくともテトラはその力については眉唾だと思っていたし、御伽噺を盛り上げるスパイスのようなものだと考えていた。


 それが実在して、しかも行動を共にしているとは露とも思わなかったテトラは、目を丸くするばかりだった。


「だから本当はお前さんの話を聞いた後だと、早くこの街から出たい気持ちでいっぱいだ。」


「それは、困りますね。」


「・・・・・・!!」




 二人に割り込むように声が聞こえた。はっと神経を張り巡らせた二人は周囲に目を配る。


「誰だっ!」


 ライアンの誰何の声に黒い霧が現れた。霧が収まるとそこに一人の男が現れた。


「わっ、なんや気色悪い!なにもんなん!?」


 驚いて後ずさるテトラと警戒し、剣を抜くライアンの目の前で男は慇懃に頭を下げた。


「お初にお目にかかります。そして、さようなら。」


 言い合えると同時に男は二人に向かって手を薙ぎ払った。燕尾服のような服装の袖から黒い刃のようなものが飛び出した。


「あぶねえっ!」


 テトラを押して自分も転がることで攻撃をかわすライアン。その後ろでは二人の間を通り抜けた刃が対面の民家の壁に鋭利な切り口を作り上げていた。


「いたたっ。」


「大丈夫か!」


「ライアン!テトラさん!!」


「お嬢は下がっててくだせえ!」


 こちらに駆け寄ろうとしたエストナを乱暴な口調で止まらせライアンは急いで立ち上がった。


「人間の分際で存外反射神経は悪くないですね。」


 男は手を振り上げると再び振り下ろそうと魔力を腕の先に込めた。


「てめえが例の魔人ってわけか。」


 剣を構え直すライアンの隣で、テトラも筒のようなものを取り出した。


「魔人ですか・・・・・・そういうことにしておきましょうかね。」


「テトラ、そりゃなんだ。」


「うちの秘密兵器や!」


 うっすらと微笑む男を油断なく睨みつけながら、ライアンは距離を測る。


「一対ニだが、勝てると思ってるのか?」


 ライアンがじりじりと間合いを詰めつつ男ににじり寄った。

 テトラもまた距離をとりつつも筒の先端を男へと向けている。


 近距離と遠距離、どちらにも目を向けなければいけない状況は確かに男にとっては不利に見える。

 だが男は薄らとした笑顔を崩さない。


「何が可笑しいんだ。」


「・・・・・・いえ。一つ教えてあげましょうか。あなた方を襲う者が一人だけなどと、誰が言いました?」


「何をっ。」


 言葉を挟もうとしたライアンを前にして、男は張り上げている手とは逆の手をパチリと鳴らした。


「きゃああああ!!」


 その直後、訝しげに眉を寄せるライアン達の後ろで、エストナの悲鳴が響き渡ったのだった。

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