魔王様強さの秘密
◇◇◇
その日、剣道部の試合会場には激震が走った。
学業では常に首位、体育ではその高い運動能力を発揮。しかし、部活動には所属せずすぐに家に帰ってしまう謎多き美少女。
高嶺の花、崎原美菜。
その彼女がなぜか今日、剣道部の試合の応援席にいる。
(来てしまった……)
なぜか、注目されている気がする。たしかに、いつも学校が終わるとVRゲームで遊ぶのが忙しく、猛ダッシュで家に帰っていた。そんな私が、この場にいるのが珍しいのだろう。
プリシア様が、あんなことを言ってから、どうも小林くんを目で追ってしまう。なんだか、私の指輪まで実は苦労して作ってくれていたなんて、申し訳ない。小林くんは、一緒に狩りをしていても気遣いが素晴らしくて、本当にいい人だ。
小林くんは最近、魔王様は夜遅くにならないと『コンフロ』にログインしてこない。私も小林くんがログインしている時間は悪役令嬢ギルドの活動があり、ゲーム内で共闘していない。
あの最高付与の指輪について問いただすこともできないまま、一週間が過ぎてしまった。
そんなの、気になってしまう……。気になってしまう私は悪くないと思う。
(違う!今日は魔力に全振りしているはずの魔王様の近距離での強さの秘密を盗みに来たんだから!)
私も、居合を嗜む祖父の影響で少しは腕に覚えがある。でも、魔王様の強さは尋常じゃない。
小林くんは剣道部のエースだと、クラスメイトが話しているのを耳にした。
きっと、そこに強さの秘密があるに違いない。
◇◇◇
そして時を同じくして、いつも決して放課後は姿を見せない崎原美菜が応援席にいるせいで剣道部の熱気が異様なものになっていた。
「おい、小林が誘ったのか?」
「いや……」
「ふーん。じゃあ、誰か声かけて来いよ?」
「くっ、だめに決まってるだろ!!」
そんな会話があったことも知らずに、応援席で試合が始まるのをぼんやり見ていた私のもとに、小林くんが全速力で駆けてくるのが見えた。
「小林くん?」
「あ……あの、崎原さん!今日はどうして」
魔王様の強さの秘密を偵察に来ました。
……そんなこと、さすがにこの場で言えるはずもない。
「小林くんの応援に。――――迷惑だったかな?」
うそではない。応援に来たのも本当だ。つい、上目遣いで窺うようになってしまったけれど、一応クラスメイトだもの、来たっていいよね?
「いや!うれしいよ」
「え……?」
かぶせ気味に返答してきた小林くんが心底嬉しそうに笑った。
『コンフロ』では、一緒にいる時間が増えていたけど、魔王様はフルフェイス装備だから、そんな風に目の前で笑うなんてこと、当然ない。
「この試合が終わったら、ログインできる時間が増えるから。また、一緒に遊んでくれますか?」
「――――は、はい。よろこんで!」
断る理由なんて全くない。
魔王様と一緒に狩りに行くのが、最近は一番楽しいと思ってしまっているのだから。
それだけ言うと、小林くんは「あ、試合が始まってしまう!」と慌てて去っていった。
なんだか、先ほどより完全に注目されてしまった私を残して。
帰宅部で普段目立たない私が、剣道部のエースと親し気に会話してたら、それはもう注目されるよね……。この空間、居た堪れない。
そして向こうに走り去った小林くんが部員たちにもみくちゃにされているのが見えた。私のせいでからかわれていたら申し訳なさすぎる。
そして、小林くんはとても強かった。
いつもこんなに、強いのだろうか。
小林くんは、鬼気迫る勢いで次々と対戦相手に勝利していった。
(魔王様もカッコいいけど、小林くんもカッコいいかもしれない)
そう思ってしまったのは、私だけの秘密にしておくことに決めた。
◇◇◇
これ以上小林くんに迷惑をかけてはいけないわ。
私は、試合が終わると周囲の視線を避けるように、そそくさと家路についた。
学年5位以内に入ってかつ文武両道。それさえ守ればあとは自由。
それが崎原家の暗黙のルール。
私はいつものように机に向かって勉強をはじめる。
それなのに、今日はなんだか集中できなかった。
小林くんの試合に臨む姿がちらちら浮かんでしまう。
私は頭を振って雑念を振り払う。
それでも、いつもより時間が掛かってしまい、ログインの時間が遅くなってしまった。
◇◇◇
ようやく『コンフロ』にログインすると、メッセージが届いていた。
それは、魔王様からだった。
なぜだか、胸がドキドキと音を立てている気がした。ゲームの中だから、そんなことないと思うのに。
今日の私は、悪役令嬢らしくない装いだ。
イベントアバターは、期間限定で能力値をあげてくれる。
エルフ大陸の、期間限定イベントに参加するために、淡いピンクのフワフワしたスカートと、妖精のような羽根が付いたアバター。
脇役令嬢としてふさわしい装いを意識しているのだけれど、こればかりは仕方がない。
だって、今回ガチャにチャレンジした結果、なぜか一周で今回のイベント装備がフルセットで当たってしまったのだから。
「この格好、あまり魔王様には見られたくないな……」
そう思ったけれど、お誘いは嬉しい。私は待ち合わせ場所に駆け付ける。
そこにはすでに、人影があった。
でも、黒い色が見つけやすい魔王様は見当たらなかった。
「脇役令嬢さん……?」
「え……魔王様?」
目の前には、白に金色の装飾がされたエルフの正装に身を包んだ魔王様がいた。いや、これは魔王様と呼んでいいのだろうか。
私も今日の装いで、脇役令嬢を名乗るのは無理があるかもしれないけれど。
男性用の、期間限定装備に身を包んだ魔王様。もちろんフルセットだ。
二人が並ぶと、恰好だけはエルフの王子とそのそばにいる妖精のようだ。
「え……可愛いんだけど。いや、いつも可愛いんだけど、可愛いの次元がおかしいんだけど」
ブツブツとつぶやく魔王様。いや、今日はハイドさんと呼ぶべきか。
「あ、そういえば、会えたら渡そうと思っていたんです!」
私の手には、魔王様がログインできない間、狩って狩って狩りまくってエルフ大陸で集めた素材から合成したダークエルフの腕輪。もちろんエンチャントマックスで魔力最高付与だ。これができるまでに、まさかのスピード最高付与や、防御力最高付与まで予定外に完成して、私までさらに強くなってしまった。
そして、エルフ大陸で一人大剣を振り回して、奥にいるボスまでソロ討伐してしまったため、掲示板の話題上位に再び上ってしまったのは忘れたい事実だ。
「あの……。私の装備を作っていたら、たまたま魔力最高付与もできてしまって」
私は、自分の両腕にはまった腕輪を見せつけるようにしながら、魔王様にお礼の品を献上する。
もちろん、出来上がったからつけているけれど、本当はこんなの言い訳だ。
「え……そんな、たまたまできるはずなんて……」
そこまで言って、魔王様はしまったとでもいうように口をつぐんだ。
今日はフルフェイスではないため、表情がばっちり見えてしまう。
「やっぱり……千の仮面シリーズの防御力最高付与が、偶然できるはずないですよね」
「いや……その」
「これも、受け取ってもらえますか?」
「うれしすぎるんだけど!でも、ちょっとカッコがつかない」
そう言いながらも、腕輪をつける魔王様の口元は嬉しそうに緩んでいる。
「ありがとう。一生大事にする」
「えぇ……それよりいい装備を手に入れたら、ちゃんと付け替えてくれませんか?」
冗談なのかわからないけれど、強くなるために装備は身に着けるのだと思う。
そう思いながら、私も無意識に貰った指輪にそっと触れていた。
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