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【1】怪しげな男

この話の舞台は、現実世界に存在する【賭博村】という名の非現実的空間です。簡単に言うと【賭博ゲーム】という心理、推理合戦で一攫千金を目指す村民たちに紛れて、村の正体を突き止めるため村に潜入し奮闘する、2人の男女の物語。推理物、冒険物、恋愛物等がお好きな方はぜひ覗いてみて下さい。

 降りしきる豪雨の中、ある寂れたアーケードの一角の建屋には薄灯りが点いていた。これまた年季の入った看板には、『柊木探偵事務所』の文字があり、窓には2人の人影が写る。カーテン越しに見える腰を曲げた老婆が若い男に頭を下げている様子は、この夕暮れ時のゴーストタウンに、より趣を添えた。


「ありがとう。タマよかったねぇ。」


 老婆は、タマと呼ぶその手に抱いた猫の頭を撫でながら微笑んでいる。


「ばあちゃん危なかったよ、あと少し遅かったら増水した川に。」

「修司君、ありがとね。いつもお世話になって。」

「いや、ここ頻繁にお世話になっちゃいけないところだから。まぁ、じゃあね。今度はばあちゃんのところの野菜買いに行くから。」


 探偵事務所を経営している青年、柊木修司(28)は呆れ顔で微笑むと、老婆を帰り口へ通す。修司は40歳以上年の離れた老婆へ敬語などは一切用いていなかったが、老婆には慕われているようだ。


ドアを開けた瞬間の滝の流れるような音は、まるで老婆の手に抱かれた猫へ賛辞を贈る拍手かのようだった。そして数秒後、老婆を乗せたタクシーのテールランプが消えると、修司は店のシャッターに手を掛ける。と、その時だった。


「大丈夫!?」


 叫ぶ修司の10数メートル先には、ずぶ濡れで屈む婦人の姿があったのだ。全速力で駆け寄る修司が女性に傘を差すと、女性はこちらを見る。


「助けてください。お願いします!!」




 事務所のシャッターはまだ開いていた。女性は50代半ばくらいだろうか。先ほどの叫び声の音量、そして表情からして、ただ事ではないのはわかっていながらも、修司は女性がタオルで頭を吹き終わるのを待つ。


「あ、回収しますよ、タオル。」

「すみません。」


 青年はタオルを事務所奥の洗濯機の上に畳みつつ背中越しに女性に話しかける。


「どうしましたか?そんなに慌てて。依頼っすか?」

「...」


 返答が無いことに違和感を感じ、振り向いた修司の目には、人生の絶望と不安に苛まれる目をした女性がいた。


「あの...」

「...ですっ。」


 微かに返答があったが聞き取れなかった。タオルを置くと修司は女性に近づく。


「え?...」

「お支払いできるお金が無いんです。」


 彼女は金銭が無いと言っている。もしかしたら詐欺事件にでも巻き込まれ、警察にも相手にされず探偵事務所を頼ったのであろうか。異常な心理状態を察した修司は彼女に手を差し伸べた。


「お金は大丈夫です。要件は...?」


 彼女は涙を流しながら、顔を上げる。




 静岡県警では、ある事件の捜査会議が行われている。大会議室には40名を超える警官が一斉にホワイトボードに注目しており、事件の深刻さがひしひしと伝わる。すると突然、本部長が声を荒らげる。


「まただ、必ずここには何かある。南足柄の矢倉沢だ、2年前の失踪事件以来、この周囲で目撃証言が消えている事件が多すぎる。安全生活の松原、詐欺事件の被害者も何人かいたな。捜査はどうなってる。」

「はい...それが、少年事件の案件がまだ山積...」

「どうだっていい!こっちが優先だ。」


 会議室には本部長の怒鳴り声がこだました。




 生活安全課窓際の席では、会議終わりの松原秀作(38)がうな垂れ、ため息を着いている。すると、後方からコーヒーをお盆に乗せた女性が松原に声を掛けた。


「松原さん、どうされました?」

「捜査会議でボコボコ。生活安全は我が署の恥だって...そこまで言われるとへこむよなぁ。いいよなぁお前はまだ巡査だろ、責任もないし...」


 コーヒーを松原のデスクに置きながら隣のデスクに腰を掛けた女性、芦屋双葉(26)は、冷静な口調で、核心に迫る。


「で?要件はなんでしょう?少年事件ですか?」


 質問に対し、蹲っていた松原は振り向いていう。


「お前さぁ、もっと優しく聞けないわけ?いつもいつも。『で?』はないだろ上司...」

「はい、本日は私のような下っ端が出ることの許されない、神聖な会議にお出になられた偉大な松原巡査部長様が、本部長から受け取った指令を、わたくし共下っ端にも教えて下さると誠にさいわ...」

「わかったわかった...詐欺事件だとよ。」


 双葉の魂の籠ってない文字列を跳ねのけながら、面倒くさそうに松原は返した。


「詐欺?なんでこれまた...」


 松原の意外な返答が気になった双葉は、松原の持つ資料に顔を近づける。


「南足柄で人が消えてる一連の事件あるだろ?」

「はい、でもそれとうちが何か関係でも?」

「それが、多くの詐欺被害にあった行方不明者がそこで消えてるらしいんだ。それでうちも捜査を手伝えって...」




 樹木が生い茂る山間の小さなコンビニの駐車場には、パトカーが一台止まっている。松原のタバコ休憩であった。十数メートル先のタバコ屋の外で一服する松原を他所に、双葉はパトカーの横で足を組んで立ち、辺りを見回している。


「詐欺の被害者がこんな山奥で...なぜ?」


 その町は、小さな道路の脇にちらほらとまばらな家々、店があり周囲は山に囲まれている。そして、コンビニの表には「すまーと 矢倉沢店」と書いてある。数々の大きな事件の被害者の失踪先とは到底思えず、眉間にしわを寄せる双葉だったが、突然異変に気付く。なんと不審な男がパトカーの中を覗き込んでいたのだ。


「すみません、何やって...」

「へー、内装は普通なんだぁ。」

「ちょっ...」


 双葉は明らかに不自然な男に駆け寄り、男をパトカーから離す。しかし、男の顔はあっけらかんとしており悪意はみじんも感じられなかった。


「お巡りさん、ごめんなさい。ちょっと興味あって。だってパトカーの中って見れる機会無いでしょ。」


 すると呆れる双葉は内ポケットからメモ帳を取り出す。


「お名前と年齢、職業は?」

「え?」

「...職務質問。見てわかんない?」


 男は、数秒彼女の顔を見つめると、正直に答える。


「柊木修司、28歳、自営業。」


 意外と正直に名乗る修司に驚きつつも、双葉はメモを取っていた。すると、前方から松原の声が聞こえる。


「芦屋、有力情報だ、タバコ屋のばあちゃんから。」

「ちょっと待ってください、今職質中で。」


 双葉の元に戻る松原は不思議そうに聞いた。


「職質?誰を...」

「え?」

 

 彼女が振り向くとそこに修司の姿はなく、周囲を見回すとコンビニを出て左手の道を進む彼の姿があった。心の中で舌打ちをするも、メモを内ポケットにしまいながら、双葉は松原の話に耳を傾ける。


「あのな、7日前の先週木曜日にも若い女が店の前を通ったらしいんだ。」

「若い女?」

「おう、絶対にこの町の人間じゃないし、服装も凝ってて、県外か静岡市内の人間じゃないか?ってばあちゃんが。あの店の前をここから店方向に歩いてたらしい。あの店の先のY字路あるだろ?あそこを二手に分かれて捜索だな。」

「はい。」




 先ほどのコンビニ周辺は、この村の中心街なのだろうか。家もなければ信号すら見当たらなくなった。そう思いながら山道を歩く双葉の前には、修司がいた。警官の前でパトカーを覗き、職質中に警官を巻く奇行、彼女にとってこの辺鄙な平和な村では、彼を疑う意外に事件の手掛かりはなかった。すると30mほど前を歩く修司が、尾行する彼女の視界から消えた。急カーブに差し掛かったのだ。そして彼を見失うまいと、少し早足で歩いた彼女は、急カーブの先で立ち止まった。


「え?」


 なぜかカーブの先に修司はいなかった。しかも視界の先は数百メートル続く直線だったのだ。彼女はすぐさまスマホの地図アプリを開くも、確かにここは一本道である。瞬間的に何を思ったか、双葉はガードレールの下を除く。人が落ちた形跡はない、では彼はどこへ行ってしまったのか。彼女が考えを巡らせていると道に背を向けた彼女の背後から無機質な音がした。


「キィ、キィィ...」


 振り向いた双葉はすぐに状況を理解した。側道では、山へと続く緑色のフェンスの扉が半開きになって擦れ合い、音を立てていたのだ。彼女は恐る恐る車道を渡った。




 長い間手入れのされていない道は草木が生い茂っていたが、人間が歩くように以前整備された道であることは確かだった。山奥の車道側面にああした扉があるのは珍しいことでないのは彼女も知っていた。通常この手のものは山の管理者や、環境省のような調査で入る人間、許可を得た狩猟者などが立ち入ることのできる場所である。彼はそれらの該当者なのか、そんなことを考えながら彼女は40分ほどひたすら山道を登った。すると、彼女再び足を止めたのだ。そこには再びフェンスがあったのだ。


「鳥獣保護区域 関係者以外立ち入り禁止」

 

 文言を読み上げた双葉は絶望するとともに違和感を感じた。よく見るとフェンスには南京錠が掛かっており、周囲を見渡してもその他の枝道はない。フェンスの上には有刺鉄線が張り巡らされている。では、あの男はどこに消えたのか。彼女は数秒考えこむと結論が一つしかないことを悟る。


「なによ、ここまで追いかけてきたのに振り出し?」


 彼女は振り返ると、うな垂れながら来た道を戻り始めた。そう、彼女は男をあの鳥獣保護区の関係者と結論付けたのだ。




 山道は急斜面で来た時よりも帰る方がつらく感じていた双葉は、スマホの時間を確認し、怪訝な表情をする。


「もうこんな時間、しかも...」


 一時間ごとに松原に状況報告をしなければならなかった双葉の手元には1時間10分の経過を示すスマホがあり、しかも電波が立っていない。彼女の足を出す速度は速く、そして歩幅が広くなりだしたその時だった。


「カサカサ、カサ...」


 彼女の右手から何か生物が草木の中を動く音が聞こえる。それは虫レベルの音量ではなかった。足を止めた双葉は左手の『クマ出没注意』の看板を目にする。彼女は考える暇もなく自動で足を出していた、そして彼女が3歩目を踏み出したその時だった。


「ガサガサ、カサ、ガサガサッ...」

 

 彼女の中で時間が一瞬止まった。何か黒い影が、草木を分けて自分に突進してくるのを横目で一瞬目にした彼女は、全てを悟り、半ば諦め、目を瞑った。何かが自分の体にぶつかった。そう感じた彼女は、その後自分の体に何かが触れる形跡が無いことに驚き、目をゆっくり開けた。


「痛て...い、あ、ごめん。あー、痛てぇ。」


 自分のすぐ横で仰向けで背中をさすっている男がいた。そしてそれは彼女が先ほどまで追跡していた修司だった。


「あんた、どうしたの?なんで、え?」

「悪ぃ、ちょうどよかった、お巡りさん。」




「って、はぁ。」


 未だに背中を擦る修司に着いていく双葉だったが、修司の足が止まる。そこはさっきの南京錠のかかったフェンスだった。そして修司はポケットから取り出した一枚の紙を見て、呟く。


「鳥獣保護区のフェンスから後ろへ7歩、左手の倒れた木をどか...せ...っと。」


 男は自分が発する内容をそのまま再現した。そして驚くべきことに、彼が退かした木の下には古い木の階段が姿を見せ、その先の茂みへと繋がっていたのだ。


「何これ?」

「いいからついて来いよ。あとで説明する。」


 修司は木をもとの位置に戻すと、先へ進んでいく。




2人は30分ほど歩いただろうか、前を行く修司が背中を擦る姿を見ながら、やっと双葉は冷静に口を開く。


「あなた、自営業って何やってるの?」

「あぁ、探偵事務所。じいちゃんの代からだから3代目かな。」

「探偵...じゃあ、その手紙は、依頼主の依頼書?」

「あぁ。」


2人は階段を上り終えると、少し広いスペースに丸太を見つけた。


「休むか?」

「えぇ。」


 修司は丸太の木くずやゴミを手で払うと、先に座る。それに双葉も続く。


「これ、依頼書。失踪した菊川有希さんからで、失踪前に母親へ宛てた伝言。」


 双葉は渡された、修司宛ての依頼書を手に取る。


「ごめんなさい、少し出かけます。私はもうお母さんの悲しい顔は見たくありません。私がお母さんを助けるから待っててね。もし1週間帰らなかったら警察へ連絡してください。私はここにいます。」


 読み終えた双葉はその下を見る。そこに書いてある場所を今度は修司が読む。


「北緯35.319度、東経139.046度の地点にある車道横のフェンスから山へ入れ。鳥獣保護区のフェンスから後ろへ7歩、左手の倒れた木をどかせ。地蔵の右の崖を滑り落ちた先のトンネルを潜れば、村は現れる。」

「これって...」

 

 双葉は驚くと、自分の前方と紙へ交互に視線を送る。


「そうだ、あそこを降りれば、この『村』って言う場所へ行ける。」


 二人の前方は行き止まりとなっており、小さな地蔵があった。落ち着く修司に対し、驚きの表情を浮べる双葉はすぐにスマホを取り出す。


「どうした?」

「いえ、上司に連絡しないと。」


 彼女は、圏外であることを思い出すと、来た道を下ろうとする。すると後ろから修司の声がする。


「待て。」


 彼女は足を止めると、振り向く。


「警察に言うにはまだ早い、もしかしたらいたずらかもしれない。」

「でも...」

「あんたはここに居てくれ。俺は下を見てくる。おそらくそこにトンネルがあるだろう。10分くれ。10分以内に状況報告をする。何もないようなら二人で戻ろう。でも、何かあれば、一人で帰って仲間を連れてきてくれ。その場合、俺は調査を続ける。いいか?」


 非現実的な状況に判断を欠いていた彼女は、冷静沈着な修司の言葉に従うしかなかった。そして、地蔵の横の茂みを覗き込む修司の元へ、双葉は駆け寄る。


「下がよく見えないけど、でも傾斜はそんなにだな。これなら危険はない。」

「気を付けて。私報告待ってるわ。」

「あぁ。」


 ここまで二人の調査は完璧だったように思えた。ただ二人は気づいていなかったのだ、この時すぐ後ろに人影が忍び寄っていたことを。


「トンッ...」


 この時、何者かに背中を押された双葉の体は、物理法則に従い修司の体を巻き込んで、地蔵横の茂みに吸い込まれて行ってしまったのだ。そして数秒後二人の体が地面に衝突する音が聞こえると、上では突き落とした人物が電話をしている。


「はい、はい、大丈夫です。柊木修司を無事そちらへ送り込みました。ただ、汚いネズミが一匹迷い込みましたが...問題ないでしょう。」


ご拝読ありがとうございました。いかがでしたでしょうか。1話は触りであり、冒険色が強くなってしまいましたが、2人をこの先で待っている世界では、高度な心理戦、推理合戦が繰り広げられます。頭を使うゲーム調のようなものがお好きな方、またはそうでない方も、もしご興味を持っていただけたら、引き続き覗いていただけると幸いです。

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