第59話 腹黒天使と雨と体育祭 後日談後編
それではどうぞ!
彼女は耳に掛かった長髪を手で直すと、約束を守った私を労うような口調で言葉を紡ぐ。
「体育祭でお疲れでしょうが、わざわざ来ていただきありがとうございます―――三上風花さん。三上さん、とお呼びしても?」
「いえいえぇ、気軽に風花と呼んでくださぁい。麗華先輩の様々なご活躍はかねがねぇ……!」
「それはそれは、お恥ずかしい」
そう相槌を打つと、彼女は万人に愛されるような笑みでにこりと微笑んだ。
阿久津 麗華先輩。私立白亜高校が誇る生徒会の副会長であり、来人くんの実のお姉さん。私が知っているのは、容姿端麗、文武両道で誰にでも優しく、何に対しても率先して行動することから教師陣からの人望も厚い。どんな相談でも快く解決策を示してくれるといった生徒からの信頼も高いので誰も彼女のことを悪く言う人物はこの学校にはいない……。ということだけ。
うん、さすが『女神』って言われるだけあるよねぇ。私が『天使』って呼ばれる前からぁ、入学した当初からでもその話が耳に入ってくるんだから相当だよぉ。
うんうん、やっぱり改めて見て思ったけど同性の私でも見惚れちゃうほど綺麗な人だなぁ……! こういう夕暮れの他にも様々な背景が似合いそうだよねぇ! 太陽の光が差す砂浜とかネオンライトに照らされた夜景とかさぁ!
来人くんは姉弟だからか麗華先輩のことをゴリラって表現してたけどぉ、私もこんな大人っぽい魅力的な女性になりたいなぁっ! もう憧れちゃうよぉ……っ!
そんな大人な雰囲気を醸し出す彼女の姿を想像していると、続けて私の様子を伺うように話しかけてきた。
「その後、足の具合はいかがでしょうか? 足をつってしまった場合による適切な処置を行ったので、痛みは後に引かないと思いますが」
「はい、おかげさまで痛みは全く無いですぅ。ありがとうございましたぁ!」
私の返答を聞くと、麗華先輩は目元を優しげに緩めながらも静かに目を伏せながら片手で片方の手首をにぎにぎと手で揉む。
その仕草はまるでこれから話す内容を頭の中で整理してるようで、私は思わず首を傾げる。
すると、あまり間も空けずに麗華先輩は私のことを真っ直ぐに見つめると、はっきりと口を開いた。
「さて、早速本題に入りましょうか」
「……? はい、なんでしょうかぁ?」
彼女はなんだか覚悟を決めたようにしながら私の瞳をじっと射抜く。次の瞬間、私にとって衝撃の言葉が麗華先輩の唇から告げられた。
それは、来人くんも知らない真実。
「三上風花さん。いえ―――『宝条風花』さん」
「………………っ!」
私は思わず目を見開く。同時に何故よりにもよって来人くんの姉である麗華先輩がそのことを知っているのか思考を巡らせた。
……私のお母さんとあの人が中学三年生の最後の頃に離婚して苗字が変わったことはりっちゃんしか知らない筈だしぃ、私も他の人には話していない。あぁ、もしかしてこの高校に中学の頃の私を知っている生徒がいたのかなぁ? でもこの本当の私の姿を見せるようになったのはりっちゃんの前以外では高校からだしぃ……。
うん、これは考えても分かんないやぁ……。お手上げだねぇ。
数瞬思考を巡らせるも、自分自身で納得出来るめぼしい考えに行きつけずに断念。私は麗華先輩へと絞り出すようにして訊ねる。
「……調べ、たんですかぁ?」
「はい。……因みに、貴方が入学する一週間ほど前から気に掛けていました」
「? どうしてぇ……?」
「入試の筆記試験……各教科が綺麗に一問ずつ不正解なのは逆に不自然ですからね。それに、生徒会副会長である私は全校生徒の成績や入学前に提出された個人のデータを閲覧できる権限を有していますので。……まぁプライバシーの問題もあって私も頻繁に使おうとは思わないので、この権限を行使したのは貴方が初めてですが」
「なる、ほどぉ……そうだったんですかぁ」
どうぞ、と麗華先輩はそのまま私を近くのベンチへと誘うと一緒に座る。視線を下に向けると、地面には夕陽による二つの影が出来上がっていた。
……はぁ、盲点だったなぁ。まさか生徒会が個人情報を閲覧できる権限を持ってたなんてぇ。
ちらりと隣に座る麗華先輩を見ると、私と麗華先輩の間には、ちょうど人一人分が座れる距離が開いていた。彼女の姿勢はとても真っ直ぐで、上品に手を乗せるようにして合わせている。
彼女は視線を私に合わせようともせず、地面の一点を見ながら言葉をゆっくりと紡いだ。
「私も最初は驚きました。まさか貴方が、日本でも有数のITコンサルタント大企業である『宝条グループ』のお嬢様だったなんて」
「………………」
麗華先輩が話す言葉の感情がうまく読めず、思わず私は彼女から視線を逸らして無言になる。きっと優秀な彼女がその話をするということは、今までの私のことも知っているという認識でいいのだろう。
……麗華先輩がこのお話をするのはいったい何が目的なのかなぁ? 表面上はとてもにこやかに話すけれどぉ、その言葉の感情が透明過ぎて良く分からなぁい。
―――なによりぃ……その昔のお話は大っ嫌いなんだよねぇ。
私の心に黒い靄のようなものが形成されつつあることを自覚するも、どうして麗華先輩がこの話を始めたのか気になった。
私はなんとか内心を悟られない様に、再度彼女へ顔を向けながらにへらっとした笑みを浮かべる。
けれども麗華先輩は、そんな私の心の奥底を見透かしたように私の方へと顔を向けた。まるで澄んだ青空のような瞳をしている。それは傷一つない、とても綺麗なビー玉のよう。
互いの視線が、交わる。
「単刀直入に申し上げます。―――そんな貴方が私の弟に近づいたのは、何が目的ですか?」
「? ………目的、とはぁ?」
麗華先輩の真意が良く分からず、緊張感を携えながら私はオウム返しに聞き返す。彼女は何かを探るような色をその瞳に乗せながら、真っ直ぐに私の方を見て言葉を続けた。
「そのままの意味ですよ。……最近、自宅や学校で見かける弟は楽しそうな笑みを良く浮かべます。本当に、楽しそうな……。きっかけはおそらく風花さん、貴方です。高校に入学したばかりのあの当時の来人が自分から他人に話しかける訳がありませんから。……風花さんが自分から来人に話しかけたのでしょう? その理由を知りたいのです」
「…………あぁ、なるほどぉ。……因みに答えなかったらぁ?」
「私からは特に何も。……ですが、噂は流れるかもしれませんねぇ? 『宝条グループの元社長令嬢がこの高校に通っている『天使』らしい』―――とか。そうなったら今後、色々面倒ごとが増えるでしょうねぇ?」
……なるほどなるほどぉ。確かにその噂が流れれば私がこれまで送っていた平穏な日々は崩れるしぃ、元が付くとはいえ、社長令嬢としての"利"や"繋がり"を求める者も少なからず出てくるだろうねぇ。つまりは私の心労が増えるとぉ。
さっすが麗華先輩だなぁ。綺麗な顔をしてやることがえげつないねぇ。
…………まぁ、もしそうなってもその程度なら容易にあしらえるけどぉ。
内心私はほっとする。もし来人くんの姉である麗華先輩から『来人に今後一切かかわらない様にしてください』、なぁんて言われてたらショックで数日寝込んじゃうからねぇ……!
よかったよかったぁ♪
んぅー、それにしてもぉ―――、
「麗華先輩はぁ、来人くんのことがとても大事なんですねぇ」
「は……?」
「来人くんのことを話すとき麗華先輩、とっても優しげな瞳をしてましたぁ。それにこうして私とお話ししているのもぉ、目的や理由を聞いてきたのもぉ、私が立ち直りつつある来人くんの障害になるのかを見極める為ですよねぇ?」
「……っ。風花さん……貴方は、どこまで知って―――?」
「―――一応全部、です。中学でのたった一つの些細な出来事が原因で、来人くんは心を閉ざしたぁ」
麗華先輩は先程のにこやかな微笑みとは一転、訝しげな表情を浮かべながら私を見つめる。
……あぁ、さっき言ったことは本当だよぉ。真実がほんの小さな悪意によって捻じ曲げられぇ、多岐に渡って枝伸びして来人くんへと牙を剥いたぁ。
本当に、今思い出すだけでも殺意が湧いてくる。……っといけないなぁ。麗華先輩の前だし抑えないと抑えないとぉ……っ!
「麗華先輩。さっき、私が来人くんに近づいた目的や話しかけた理由を訊ねましたよねぇ?」
「…………はい」
「単純です。―――好きだから、ですよぉ。このままずっと彼に寄り添ってぇ、彼の心を癒してあげたいんです」
私と同様、もしくはそれ以上に来人くんを想うお姉さんだからこそ、私は素直に自分の気持ちを吐露する。身の丈以上のこの純粋な想いを彼女にぶつける。
思い出すのは、周囲が勝手に期待する偽りの自分に押し潰されそうだった、脆く崩れそうだった当時の私へ掛けてくれた彼の言葉。
自分でも分かるほどの柔らかい笑みが、自然に零れた。
「私は以前、彼に救われましたぁ。ですから今度はぁ、私が来人くんを支えたいんです」
二度と独りにさせない為に。独りで抱え込まないよう、受け皿になれるように。
私のこの気持ちはもう誰にも止められない。止まる気も無い。
彼が嬉しい気持ちになったのならば一緒に喜び合おう。
彼が楽しい気持ちになったのならば一緒に笑い合おう。
彼が悲しい気持ちになったのならば一緒に涙を流そう。
彼が悔しい気持ちになったのならば一緒に励まし合おう。
来人くんを想うこの気持ちは、紛れも無い私の純粋な本心。本当の私が抱いた正真正銘の『好き』なんだ。
私は来人くんを思いながら言い終えると真っ直ぐに麗華先輩を見つめる。彼女は大きく息を吐きながら目を閉じると、不意に立ち上がって私の前へと立った。
すると、麗華先輩はしぶしぶといった風に口を開く。
「そう、ですか。……今はそれで納得しましょう。来人にも、今私たちが話した内容は秘密にします」
「ありがとうございまぁす」
「ですが、もしあなたの身勝手で私の大切な弟を、来人を傷つけたら―――」
ダンッ! と麗華先輩は私の座るベンチの背もたれに手を置くと、耳元に顔を寄せながら彼女らしからぬ言葉遣いでこう言い放った。
「―――絶対に許さねぇからな」
「……はぁい」
そうして顔を離した麗華先輩はすぐにいつもの『女神』のような笑みを浮かべると、「それでは失礼します。今日はありがとうございました。気を付けてお帰り下さい」と言って屋上を立ち去った。
その姿が見えなくなると、私は一息つく。
そして、
「―――こぉ、こわかったぁ……っ!!」
目尻に涙を浮かべながら、ベンチの上で思いっきり溶けるように脱力したのだった。
はい、体育祭の後日談はいかがでしたでしょうか? 来人くんと風花ちゃんの過去が少しずつ明らかになってきましたね。
これで第二幕は終了で、第三幕ではもう少し過去に踏み込んでいきます。
えぇ、もちろん二人がいちゃらぶすることも忘れておりませんので、これからの展開を期待して頂けると嬉しいです。
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