第30話 天使の手作りお弁当 2
食い気味で僕の問いに答えた満面の笑みを浮かべる天使。但しそこには隠し切れない冷たさが垣間見えていた。
超至近距離で僕の顔を見つめる風花さんだったけど、その笑みには妙に迫力がありました。はい(ガクブル)。
そのまま風花さんは言葉を続ける。
「というかさぁ、お料理をする上で味見しないなんてもはやお料理じゃないよぉ。長年お料理し続けて自分の味に作り慣れている人だったらまだ話は分かるんだけどぉ、それは実験、おままごとって言っても過言じゃないねぇ」
「ソ、ソウナンデスカ……」
「あぁ、多分来人君はラノベやウェブ小説とかのベタベタな展開を想像してたんだよねぇ? でもざんねぇん。現実の料理ってねぇ―――戦場なんだよぉ。一分一秒でも火加減を間違えると味が変わってくるしぃ、事前に味の決め手になる調味料の確認をしないなんてバカだしありえなぁい」
「へ、へぇー……」
「そもそもなんでラノベに出てくる女の子って大体お料理が下手なのかなぁ? 腕に自信がある子だったら別だけどぉ、女の子が初心者と仮定すると気になる男の子へ初めて作る料理だからこそレシピを見たり味見したりぃ、確認に確認を重ねて慎重に行くべきなのにどうして突っ走っちゃうのかなぁ?」
「あ、あぁー……、確かに言われてみればその通りだよねぇ……」
風花さんの背後に一瞬だけ黒いオーラが迸ったのは多分気のせいだろう。
きっとラノベ作者さんの物語の都合上か、"もし身近にいる女の子がこうだと可愛いよなぁ……!"っていう妄想の産物の結果生まれたモノなんだろうなぁ。
久方ぶりに風花さんの口の悪さを聴いた僕。最初から最後まで淡々とした若干おっとり早口だったけど、おそらく風花さんのこの疑問はラノベを読んだ時から抱いていたに違いない。
料理していた筈なのにいつの間にか暗黒物質を生み出していたり、使用していた鍋を溶かしていたり……あれ、そう考えてみるとそのラノベの女の子って自分が好意を寄せる男子を無自覚に殺しに掛かってない?
うん。確かにさっきの発言、風花さんが怒るのは当然だった。だって君は味の一つも確認しない無神経な女の子? って言ってるようなものだからね。
そもそも料理部だったよね風花さん。今回も完全に僕の落ち度じゃん。
僕は少しだけ落ち込みながら箸を持ちなおす。
「本当にごめんね風花さん、変なこと言っちゃって……。改めていただきます」
「あぁ、どうぞどうぞぉ♪」
風花さんはまるで気にしていないかのように食事を促した。優しすぎかよこの娘ぉ……!
改めてお弁当に視線を落とす。お弁当の全体的な彩りや肉、魚のたんぱく質と野菜のバランスが見事に調和されており食欲をそそる。僕はどれから食べようかと箸を彷徨わせながら、まず最初に卵焼きに目を付けた。
「じゃあまずはこの卵焼きから―――あむっ」
「ど、どうかなぁ……?」
「す………」
「す………?」
「すっっっごい美味い!! なにこれ!?」
なにこれ(二回目)!? いや卵焼きなのは分かるんだけど、すんごい卵がふわふわだし、お弁当特有の水分が多いべっちょり感が無い! 僕が昨日要望を伝えた通りのほんのりしょっぱい味付けだし、口に入れた瞬間に広がったこの出汁の強い香りがまたさらに食欲をそそらせる!
瞬時に白胡麻が掛かった白飯をパクリ。うっまい。
思わず風花さんの方を見ると、僕を窺うように表情を硬くしていた彼女は安心したかのようにふっと柔らかい顔に戻す。
彼女はお弁当の蓋を開けて箸を持つと、一息つきながら言葉を吐いた。
「よかったぁ……っ! 来人くんのお口に合ったようで何よりだよぉ……! いただきまぁす」
「え、こんなに美味しい卵焼き初めて食べたんだけど!? あむっ―――あっ、唐揚げも美味しい! 味がしみ込んでる! ナムルも香り良きでシャキシャキしててうまぁっ!!」
「そんなに褒めても何も出ないよぉ……!」
「いや事実を言ってるだけだから! 冷めてても美味しいしもう風花さん料理する天才……? 腕も知識も学生レベルじゃないんじゃないコレ? もはや美味しいの域を超越した異次元級の美味さだよ……!」
「えへへぇ、もぅ照れちゃうからやめてよぉ……♡ でも作ってきた甲斐があったなぁ、すっごく嬉しぃい!」
箸を持つ手とは反対の手を自分の頬に当てながら、身体を揺らしてにまにました笑みを浮かべる天使。そんな風花さんの姿も可愛いけど、今の僕はもう目の前の魅力的なお弁当に飢える肉食獣……! 震える子猫や素直に待てを出来る忠犬ライトではいられない。
僕は美味しさのあまり目尻に涙を浮かべながら次々に頬張っていった。
風花さんもその様子を優しげな瞳で見つめると自らのお弁当をもぐもぐと食べ始める。
―――母さんごめんなさい。貴方の作るお弁当も美味しいのですが、天使と呼ばれる同級生が作るお弁当の方が断然美味しいです。でもそう感じるのは思春期な男子高校生としては当然ですよね(けろり)?
お弁当の約半分を胃袋におさめて次第に食べるのがもったいなく感じてきた頃、同じく隣でお弁当を食べていた風花さんがハッと何かを思い付いたかのように声をあげる。
「あぁ! 大事なこと忘れてたぁ……っ!」
「うわっ、ど、どうしたの風花さん!? いきなり声をあげて?」
「ら、来人くん……」
隣でお弁当と箸を持ったままの風花さんは、上目遣いで僕を見つめる。その瞳に宿るのは真剣な色。
僕は若干の緊張を携えながらなにかあったのかと風花さんの様子を見守っていると、彼女は自分のお弁当のおかずであるミートボールを箸でつまんだ。
そしてゆっくりと僕の前に持ってくると、ある言葉を紡いだ。
「―――はぁい、あーん」
「へぁ………ッ!!??」
彼女の行動に僕は思わず変な声をあげる。屋上で女の子手作りのお弁当を食べるという究極的で最高峰かつ至高なシミュレーションを行なっているというだけでも僕にとっては非常に嬉しいことなのに、男の子なら一度でも夢に見るシチュエーション、あーんまでしてくれるなんて!
……もしかしてもう運を使い果たしたかな? 天使の導きならばこのまま昇天しても―――差し出して待ってくれてるし良いワケないよね、はい。
頬を少しだけ赤く染めながら口を半開きでその姿勢を維持している風花さん。身体の距離が近いからその表情の機微などはっきりとわかる。
恥ずかしいだろうに勇気を出してくれたんだ、……不安にさせちゃあダメだよねぇ?
これが間接キスだということに今だけは目を逸らしながら、緊張感を携えて彼女に応える。
「あぁーん……」
「っ………あーむっ。……うん、すっごく美味しいよ!」
「――――――」
「ふ、風花さん……どうかした?」
「……ハッ、いやいやなんでもないよぉ! あははぁ、もぅ、そんなに喜んでくれたんだったらまた作ってきてあげるねぇ? ……あぁ! もうすぐでお昼休憩終わりだよぉ! ほらほらはやく食べてぇ」
「うわっいつの間にもうこんな時間!?」
彼女に早く食べる事を促された僕は急ぎつつもしっかりと風花さんの味を味わいつつ咀嚼、そして完食。残り時間五分というところで、急いで教室へ戻ったのだった。
こうして、風花さんとの『手作りお弁当シミュレーション』は幕を閉じた。
少しだけ午後の授業に遅れたのはしょうがないよねっ?
「話が面白い!」「続きが気になる!」「風花ちゃん腹黒可愛いッ!」と思って頂けたら評価や感想、ブックマーク登録して貰えると嬉しいです。
最新話の広告の下にある評価蘭をポチって貰えれば評価・感想を送ることが出来ますので是非!