第1話 席替えしたら天使が話しかけてきた。
「………はぁ」
この私立白亜高校に入学してから約三か月。
席替えしたばかりの教室の中で思わず深く溜息を吐いた僕、阿久津来人は両手に収まるサイズの文庫本をパタンと音を立てて閉じる。
現在は昼休憩の時間。既に昼食を食べ終えていた僕はさっきまで昨日購入したラノベを読んでいたのだが、その全てを読み終えたその心情はなんとも言えない物だった。
(すぅー、はぁー…………………ふっざけんじゃねぇよぉぉぉぉぉぉ!!!!!! えぇこれ根暗主人公と共に過ごしてきた『幼馴染』が永久ヒロインの王道ラブコメの筈だよな!? なんで清楚系委員長やらギャルやらボーイッシュ生徒会長やら天真爛漫な妹やら美人女性教師やらに迫られてんの!? ただコイツ教室の隅で寝ているだけじゃんハーレムかよっ!)
僕が読んでいたのは『ハーレム? いや、幼馴染は負けませんっ!』というタイトルのラノベ。何をやるにも無気力で生活能力も皆無。そんな主人公を甲斐甲斐しく幼稚園、小学校、中学校とずっと幼馴染が同じクラスで支えてきていたのだが、そのぶっとい赤い糸で結ばれてる筈の幼馴染がなんと高校で別のクラスに。何故だか彼を放って置けないというクラスの女子がどんどん世話を焼いていくことで幼馴染に立ち塞がるという根暗主人公が主役のラブコメだ。
はっきり言おう。これはダメだ。タイトルだけで購入を決めたのが失敗だった。
勘違いしないで欲しいのだけれど僕はハーレム自体は嫌いではない。誰だって男ならば可愛い女の子からちやほやされれば嬉しいし、それが何かしらの原動力になるからだ。勉強然り、部活然り、料理然り。
僕がなにより気に入らないのは、この主人公の思考である。コイツ、今まで幼馴染が甲斐甲斐しく世話してきた弊害からか、誰かしらが構ってきてくれるのが当然みたいなそんな思考回路してやがった。入学初日で『あれ、誰も構ってこない……?』じゃねぇんだよ。動けや。まずみんな最初友達作り必死なんだよ。
このラブコメは多分、高校生活内での主人公の成長を楽しみつつ美少女との交流を描いた作品なんだろうけどもう一度言う。これはダメだ。買った以上勿体無いと思って全部読んだけど、辛かった。いくら美少女キャラがどんどん登場するとはいえ、よくこの内容でGoサイン出したな編集……って―――。
「じぃーーー」
「……っ、ど、どうしたの……?」
自分の世界に入っていた僕だったが、ふと隣から視線を感じたので振り向くと一人のクラスメートの女子がぱっちりとした垂れ目な瞳でこちらを凝視していた。
入学して同じクラスになってから一度も話した事は無かったけど、周囲から何と呼ばれているのかは知っている。
彼女の名は三上風花。見た目はゆるふわカールボブな髪形で友達も多くいる茶髪な美少女。前髪は四つ葉のクローバーのピン止めで押さえられており、制服は黒のブレザーを着て腕の先には片手の手首だけに淡い青色のシュシュを身に付けている。
知っている限り学年内に限らず学校中では男女ともに超絶人気で、どうやら彼女はその見た目と話し方から男女……主に男子から『天使』と呼ばれているらしい。
そんな彼女が僕を、いや。僕の持っているラノベに視線を向けている。僕が見ている事に気が付いた彼女は、くしゃりと表情を柔らかくすると話しかけてきた。
「ねぇねぇ、その本ってぇ、面白いぃ?」
「え!? えーっと……う、うん。面白かったかな」
今まで接点が無かった可愛い女子からの質問に、どぎまぎしながら無難に答える。
あまり彼女の声は訊いたことが無かったが、ゆるふわな見た目どおりおっとりとした口調だ。
「いやぁ、凄く重厚なハードカバーだったからぁ、何読んでるのかなぁって思ってさぁ。どういう内容だったのぉ?」
「う、うーんとその、れ、恋愛小説みたいな……?」
「恋愛小説ぅ? ますます気になるなぁ?」
にへらっと笑みを浮かべる彼女の言葉の追撃は予想に反して止まらない。無難な回答をすればそのまま興味を失くしてくれるのかと思ったのだが、やはりそこは女子。恋愛という部分に興味があるのだろう。
だが中身が問題だ。だって僕が読んでいたのはハーレム物なのだから。幸いにも中身が分からない様にカバーを使用しているから今はまだ彼女にはばれていないが、もしこんな思春期男子の欲望塗れな小説を読んでいると知られたら陰キャな僕はこのクラスに居場所がなくなってしまう……!
まぁそもそもぼっちな僕が今更という感じなのだが。
しかし大げさだと思うだろうが、カースト上位である彼女の発言力や影響力は大きいのだ。もしドン引きされてしまったら「みんなー、コイツ女の子に囲まれてるキモい小説読んでるーww」とか大声で言われるに違いない。
イジメ、無視、暴力………そんな可能性が僕の脳裏にちらつく。
……考えれば『天使』と呼ばれる彼女がそんな行動に出る訳ないか。ネガティブに考えてしまうのが僕の悪い癖。
「ねぇ、教えてぇ?」
「うぐっ………!」
僕がとやかく考えていても状況は変わらない。
さすが『天使』と呼ばれているだけある。あまりの可愛さと陽キャ(?)特有のオーラで白状するしかなかった。
はい、意志が弱くてごめんなさい。
「………っていう話だったんだけど……。ど、どう? 面白いと思うんだけど……?」
「ふぅーん………」
本心ではないが、言ってしまった面白いという言葉はもう否定出来ないのでそういう体で会話を何とか進めていく。
うぅーん、やっぱりハーレム物は引かれるかな……。いや、そもそもラノベ自体に偏見を持ってたりして……。
「………まぁ知ってたけどぉ」
「え?」
「ううん、なんでもないよぉ! でもそっかぁ、来人くんってそのぉ……ラノベ? のことがすごく好きなんだなぁって、いっぱい伝わってきたよぉ」
視線を机に落としながら俯いていた彼女はボソッと何かを呟くが、一体何だったんだろう。何事も無かったかのようにぽやんとした笑みを浮かべる。
まるで気の抜けたような笑みだが、これが彼女の自然体の笑みなのだろう。
僕は思わずその吸い込まれるような微笑みに、この娘はやはり呼称通りのゆるふわ天使かなと錯覚してしまうが、次の瞬間その幻想がぶち壊れる。
「でも―――その物語の内容、それはちょっと女の子を舐め過ぎてるよ~。脳内お花畑の作者が描いたクソみたいな欲望駄々洩れの妄想の塊だねぇ~」
「………え?」
訂正。案外毒舌な子でした。
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