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僕がネトゲでロールプレイヤーだった話

作者: 神立雷




 ロールプレイ。

 それは現実に起こりうるシーンを想定し、その状況におかれた役に「なりきって」、あるかもしれない本番に対応できるようにする学習方法であるらしい。

(出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』)

 そういう意味で言うのなら、学校でやる防災訓練や、運動会の予行練習なんかがソレに当てはまるんだろう。あの面倒な予行練習も「運動会ロールプレイ」と言ってくれたら、少しは楽しくやれそうだ。


 ともあれ、そんな意味がある「ロールプレイ」という言葉。

 しかし、ことゲームの世界における「ロールプレイ」は、それとは少し違った意味を持つ。


 ボードゲーム、TRPG、そしてオンラインゲームやMMORPG。

 そんな遊戯の世界で行われる「ロールプレイ」とは、身も蓋もない言い方をしてしまえば、「ごっこ遊び」だ。

 自分で決めたルールに基づき、口調を演じ行動を演じて、キャラクターになりきる。

 それがゲームにおける「ロールプレイ」で、それをする人が「ロールプレイヤー」と呼ばれるのがゲーム世界の常識だろう。



 さて。

 そんな「ロールプレイヤー」というものは、たびたび注目を集め、そしてしばしば誤解されていると僕は思う。


 だからここで、元ロールプレイヤーである僕は、声を大にして主張したい。


『ロールプレイヤーは目立ちたがり屋じゃない』。


 それはロールプレイヤーである僕と、僕が出会ったロールプレイヤー全員に共通する考え方だ。

 だからそれを知り、そして勘違いを止めて欲しい。

 ロールプレイヤーはエンターテイナーじゃない。

 ロールプレイというものは、アイドル業とは訳が違う。

 ロールプレイをする人は、誰かを楽しませるためじゃなく、自分が楽しみたいからやっているのだ。

 もし彼らを見て誰かが楽しみ、それが目立ってしまっても、わざわざそれを否定はしない。

 だけどそれは、あくまで目立っちゃっただけだ。


「人がいるところでロールプレイしてる」のではない。

「ロールプレイしてるところに人がいた」のだ。

 ロールプレイヤーは、自分のためにロールプレイをしている、至極の自己完結型プレイスタイルなのだ。



 だから僕は、ロールプレイヤーを知らない人がロールプレイを語る時や、なろうのVRMMO物で目立ちたがりのロールプレイヤーが出てきた時、ひどく不快な気分になる。


 たとえ話をするならそれは、銭湯で入浴中の全裸な僕に対して

『なんやコイツ!? ちんちん出しとるやんけ! どんだけ見せたいねん!!』

 とか言われているような感じだ。

 ちんちん出してもいいだろうが。銭湯だぞ。

 ロールプレイしてもいいだろうが。ロールプレイングゲームの世界だぞ。




     ◇◇◇




 突然だが、僕は元ネットゲーム廃人だ。

 日がな一日中パソコンの前に座り、効率の二文字だけを頭の中に浮かべながら、生ける屍のようにモンスターをクリックする……そんな生活を繰り返していたスーパーゴミクズうんこニートだった。

(そんな話は僕のエッセイ『僕がネトゲのトッププレイヤーだった話』で)


 しかし、いくらそんなゴミクソ廃人であろうとも、ふとした瞬間に思うことがある。

『なんか狩りばっかしてても飽きちゃうな』という、常人ならすぐに理解する事実に気づくタイミングがあるのだ。

 ある意味それは、その瞬間だけまともな人間に戻ったと言えるかもしれない。

 闇堕ちしたキャラの瞳に一瞬だけ昔の光が戻る、みたいなアレだ。



 そうして僕は、探し始めた。

 効率的な廃狩りではない、ある種の息抜きのようなプレイスタイルを。


 ……生産職をしてみようか?

 いや、それを始めても結局最高効率の生産マシーンになるだけだろう。

 ……新キャラで1からレベルを上げてみようか?

 いや、それを始めても目指すべきゴールが「最大レベル」である限り、いつもと同じく必死にレベル上げをするだけだろう。

 そういうものでは駄目だ。結局「廃プレイ」をするだけだし、何も変わっていない。

 そんなの、会社で10時間仕事するのが嫌だから、在宅で14時間仕事しよう、みたいな話だろう。

 僕が求めるのはそういうものじゃない。今までとは違うことがしたいのだ。あと仕事は普通にしたくない。



 そうして悩む僕の脳に、ふと1人のプレイヤーが浮かび上がった。

 以前「ラグナロクオンライン」でたまたま知り合った、ござる口調の侍ロールプレイヤーだ。


 ……アイツに会った当初、僕はそのプレイスタイルを思い切り馬鹿にしていた。

『ござる~』とか意味わからんし、使ってる武器もゴミすぎる「カタナ」だし、騎士のくせに騎乗生物に乗らずに徒歩移動してたし。

 あぁ、間違いなく馬鹿だ。ゲームがヘタにもほどがある。


 だけどアイツは、矜持に生きていた。

 自分にルールを課し、ゲーム的な正解・不正解とは別のところで選択をして、自分が満足する遊び方を貫いていた。


 いいな、と思った。会った時は馬鹿にしていたけど、今思うとアイツは楽しそうだったな、と。


 そして気づけば、僕は「ロールプレイ」でグーグル検索をしていた。

 それがどういうものなのか、どうすればそうなれるのか。

 過去に有名だったロールプレイヤーの歴史や、今に活動中のロールプレイヤーの日記。

 ロールプレイヤーが集まる掲示板だって熟読し、その見たこともない新たな価値観に触れていった。


 根っからのネトゲ廃人である僕は、熱しやすく冷めやすい。

 そしてこの時の僕はカンカンに熱せられていた。狩りをするのも忘れ、夢中で色んなロールプレイのサイトを見た。日課のエロサイト巡回の時間だって3時間から2時間半に減らして、知り尽くしたはずのネットゲームにあった新たな世界……「ロールプレイ」について夜通し学びまくった。

 そうして調べる内に、いつの間にか具体的なキャラクター設定を構築し始めている自分に気がついた。

 知らずの内にこの僕は、「ロールプレイヤー」になる気満々マンとなっていた。



 普通の狩りはもう飽きた。最大レベルにするだけの作業はお腹いっぱいだ。

 だから求める、徹底的な効率プレイの排除。

 つまりはギチギチの縛りプレイ。

 自分にルールを課し、ゲーム的な正解と不正解の別枠で生きるものに「なりきる遊び」。


 それが僕の見つけたネトゲの息抜き。

 これから始める「ロールプレイ」という遊び方だ。



 ……ちなみに、『どうしてそこで「ネトゲ以外」という答えを導き出せないのか?』と聞かれたら、正直僕はぐうの音も出ない。

 だって仕方ないじゃない。

 1から10までネトゲで過ごす、それが引きこもりネトゲ廃人なのよ。




     ◇◇◇




 そんなこんなでロールプレイヤーを目指す僕が選んだのは、侍ロールプレイヤーと出会ったMMORPG「ラグナロクオンライン(Ro)」だった。

 これはロールプレイに最適だ。ドット絵で描かれたキャラはいくらでも想像の余地があるし、ステータスを自由に割り振れるってのも()()()()()()だ。

 そして何より、「クエスト」が無いというのがいい。

 それは多くのロールプレイヤーが「ロールプレイ殺し」だと語っている、()()()()()()()なコンテンツだったから。



 さて。

 何はともあれ、ロールプレイをするためには、当然「自キャラ」が必要になる。

 それはキャラクタークリエイトという意味でもあるけど、それ以外にもう一つ意味があった。


「設定」だ。

 キャラクターになりきるためには、そのキャラクターの「設定」が必要なのだ。


 そこで僕が作り上げたのが、こんな設定だった。


・キャラクターは女性

・年齢は18歳

・職業は商人

・喋り方は関西弁

・自分で得たアイテムを、自分だけの価値観に基づく値段で売る流浪のあきんど

・金にがめついが、情に厚いところもあったりする良い子


 ベタだった。

 世の漫画やアニメを全部解析すれば、軽く1億キャラくらいは出てきそうなありがち商人キャラだ。

 その上色んなところが薄っぺらく、雑な設定にもほどがあった。


 と言っても、僕にとってはそれが初めてのロールプレイだ。

 既存のキャラになりきる人だって多いこの界隈で、オリジナルキャラでロールプレイをするんだから、このくらい雑でもいいと思ったし、そのくらいベタな感じが丁度いい。


 そういう訳で、僕のロールプレイ人生は始まった。

 ちなみにキャラクターの名前は「とこ子」。

 特に意味はないが、マヌケで可愛い響きが気に入っていた。




     ◇◇◇




 そうして僕は、ロールプレイヤーとしてゲームを始めた。

 最初に降り立ったのは、ラグナロクの世界ミッドガルは初心者修練場。

 Lv1のノービスという何もない状態の「とこ子」は、それでもすでに「とこ子」だった。


 Roの世界には、様々なモンスターがいる。

 それは能力値はもちろんのこと、見た目も雰囲気もバラバラで、とにかくバラエティに富んでいた。


 そんなRoのモンスターの中で、もっとも弱いモンスター、「ポリン」。

 初心者修練場にもわんさかいるピンク色のゼリー生命体であるソイツは、Roを象徴するマスコット的存在だった。


 ……ピンクのゼリー。ぽよんぽよんと陽気に動く、ひたすら無害なモンスター。

 それの前に「とこ子」を立たせた時、僕は思った。


 そんな可愛いマスコット的雑魚モンスターを、この「とこ子」は殺すのか?

 可愛く、弱く、攻撃されない限りこちらに危害は加えないノン・アクティブモンスター。

 その上それはとてもひ弱で、安いアイテムしか落とさない。

 そんなモンスターを、無害と無益のカタマリである「ポリン」を、「駆け出し商人の少女」が手にかける…………それは果たして、1人のキャラクターとして、正しいのだろうか?


 否、否だ。「とこ子」は「ポリン」を殺さない。

「とこ子」は商人の少女で、可愛いものが好きで、争い事は好きじゃないんだ。


 だからそうする事にした。「とこ子」はポリンを殺さない。

 なのでそうではないモンスター、「ファブル」というクッソキモい芋虫や、「チョンチョン」という汚物にたかる害虫だけを殺して、「とこ子」のレベルを上げる事にした。


「とこ子」というキャラクターになりきるロールプレイは、自分以外誰も見ていない世界の片隅で、しっかり始まっていたのだ。




     ◇◇◇




 他のプレイヤーよりずっと長い時間をかけて、初心者修練場を脱出した「とこ子」。

 その後港町のアルベルタにある「商人ギルド」で試験を突破し、ようやく「商人」の職業に就くことができた。

 しかしそんな彼女の人生は、厳しかった今まで以上に、ひどく険しい物だった。



 可愛いものは殺さないのが「とこ子」だ。

 ならば、経験値効率より、キャラクターとして殺せるかどうかを重視することにした。

 だからレベリングはクソほど遅かった。


 移動は徒歩でするのが「とこ子」だ。

 ならば、歩けば無料なんだから、空間移動サービスなんていうものに払う金は、びた一文もないと宣言させることにした。

 だから移動に時間がかかった。


 回復は大好物である「いも」でするのが「とこ子」だ。

 血のような色合いでとても不味そうな「赤ポーション」は飲まないし、初心者用の回復剤である「ミルク」は飲みすぎるとお腹が痛くなってしまうから駄目だ。

 そういうわけで毎回わざわざ遠出をして、安くておいしい「いも」を買い、それでHPを回復した。

 だから補給に手間がかかった。


 スキルの選択も自由なのが「とこ子」だ。

 商人系統の職にだけ許される「カート」という拡張アイテムボックス。それを装着した時に低下する移動速度を元に戻すための「プッシュカート」というスキルは、最大レベルが10であるところをレベル3で止めることにした(通称PC3まーちゃん)。

 だから歩くのが他人より遅く、いつでものろのろ歩いた。



 そのすべてが、ゲームの遊び方としては、下手くそだった。

 今までの廃人生活とは真逆で、とにかく不出来を極めたエンジョイプレイだ。


 それは明確に非効率で、ほかのプレイヤーがレベルを3つを上げる間に、ようやく経験値バーが50%増えるようなプレイングだった。

 だけどそれは仕方ない。

 それが「とこ子」というキャラクターなんだから。


 ロールプレイとは、そういうものなのだ。

 多分だけど、今これを読んでいるロールプレイヤー経験者は、ここで大きく頷いてくれていると思う。




     ◇◇◇




 さて。

 そんなこんなで長い時間は過ぎ去って、「とこ子」もようやく「半人前」だ。

 ステータスウィンドウのレベル表示は「30」。いい具合に上がってる。


 すると謙虚な「とこ子」にも、どうしたって欲が出る。

 その思いは日々強くなり、ついには『そろそろ商売がしたいわぁ』とチャットで独り言を言い始めるまでとなっていた。


 …………いや、もちろんそれは、現実の僕が入力したものだ。

 それも、「無意識下で入力してしまった」なんていうヤバスギ案件ではなく、自分でしっかり意識しながらキーボードをカタカタターンッ! と叩いて、エセ関西弁発言を発信したに過ぎないものだ。


 しかし、それでもそれは「とこ子」の発言だった。

 Roの世界に生きる商人少女になりきった時、ごくごく自然に漏れ出したささやかな呟きなのだ。

 ロールプレイとは「なりきりプレイ」。ならばそのキャラとして今感じている事が、実際にゲーム内での動きとして反映されるのも当然だ。

 だから僕は自分でキーボードを打ち、「とこ子」に発言させ、それを見て思った。

『ぐふふ、とこ子ちゃんは可愛いなぁ……よしよし、商売を始めようねぇ……ニチャァ』と。




 クッソキモい。引きこもりニートの自キャラ萌えシーンとかもう、精神的ブラクラだ。

 だけどそれも仕方ない。

 ロールプレイとは、自分が楽しむためのもの。それはそういうものなのだ。


 だから、そうする事にした。

 未来の大商人「とこ子」、生まれて始めての商売に取り掛かろう。


 がんばれ「とこ子」! クソニートが画面越しに、見守っているぞ!! ニッチャァァァ!!




     ◇◇◇




 Roの商人が商売を始める時、そのほとんどが「NPCの店から買い、露店スキルで売る」という所からスタートする。

「ディスカウント」という値引きスキルでNPCの売るアイテムを24%引きで買い、正規の値段から少しだけ値下げた価格で他のプレイヤーに販売し、その差額分を懐に入れるのだ。

 それがRoにおける商人の基本であり、商売の初歩とも呼べる定番のやり方だった。



 ……しかし、それは「とこ子」に似合わない。

「とこ子」は流浪の商人だ。現場主義の足で稼ぐタイプだ。そんな小賢しく小銭を稼ぐ、お利口な商人じゃない。


 だから「とこ子」は決意をした。首都プロンテラを離れ、旅に出ることを。

 露店に並べる商品を自力で探す、世界を股にかける大冒険だ。


 長い旅になる。そんな予感がした。

「とこ子」はそんな思いの訴えるがまま、NPCの八百屋で「いも」を死ぬほど購入した。


 そして、買いすぎた。重量がヤバくて「攻撃・スキル不可」というペナルティ表示が出た。

 なので泣く泣く、今購入したほとんど全部の「いも」を倉庫に突っ込んだ。

『倉庫の中がじゃがいも畑や~』とボヤく「とこ子」は、周りのプレイヤーにガン無視された。


 …………呆れる人もいるだろう。馬鹿なことを1人でやってる恥ずい奴だと。

 だけどこれがロールプレイだ。なりきりってのはこういうものだ。


「いも」を買いすぎたのはわざと? 喋っているのは目立ちたいだけ?

 馬鹿を言うなよ。

「とこ子」はおっちょこちょいなんだ。「とこ子」は1人でも喋るタイプなんだ。

 お前らは知らないだろうが、僕は知っている。この「とこ子」というキャラクターは、そういうキャラクターなんだよ。


 アホだと思うなら笑えばいい。下らないと思うならツバでも吐いてろ。

 お前らがどう思おうと「とこ子」は「とこ子」だ。

 それを動かす僕はとても楽しい。だからやるんだ。


 ロールプレイとは、そういうものだ。




     ◇◇◇




 そして「とこ子」は旅に出た。


 鞄いっぱいの「いも」と、それよりいっぱいの夢を詰め込み、カートをずりずり引きずりながら、とことこ歩いて首都を出た。「とこ子」だけにとことこ歩いた。




 広大なミッドガルの世界。

 そこへ身を投げ出した「とこ子」は、様々な景色の中を歩いた。


 東は弓師の街フェイヨンで、豊かな自然に囲まれる獣道を散策した。

 見上げるほどの大木に、何の意味もなく手を合わせ、商売繁盛の願いを込めた。


 西は砂漠の街モロクでは、照りつける太陽にうんざりした。

 しかしそこに商機を見出し、『この街でアイスクリームを売ったら一儲けできそうやな~』とほくそ笑んだ。


 北にある雪の町ルティエでは、色とりどりのイルミネーションと大きなクリスマスツリーに目を奪われた。

 沢山のお金を手にしたならば、ここに別荘を建ててみたいと夢を見ながら、丸い雪だるまを作って霜焼けになった。

 そこで雪合戦に興じる現地キッズNPCに雪玉をぶつけられ、『自分がされたらやなことは、他人にしたらあかんよ』とお姉さん面で説教したりした。そして自分も雪合戦に参加した。


 ……どこから事実でどこから妄想なのかは、読んでいるあなたの想像にお任せする。

 けど、「とこ子」がそういう旅をしたっていうのは紛れもない事実だ。



 そんなこんなで旅は続く。

 魔法の街ゲフェン。時計塔が印象深いアルデバラン。心地よい海風が吹き抜けるイズルード。

 そんなミッドガルの広大な世界を、「とこ子」はひたすら歩き回った。


 その道中は、もちろん平和なだけではない。むしろ危険がいっぱいだった。

 凶暴なオオカミが遠吠えを響かせるフィールドに、入ったら二度とは出られない迷いの森。あとはオークの死体が歩き回る洞窟や、邪悪なゴブリンが根城とするエリアもあった。


 そんな世界を歩く中で、「とこ子」は幾度も倒れ、そして幾度も命を奪った。

 世界の厳しさに直面しながら、それでも夢のために歩き続け、売れそうなアイテムを探して回った。




 そうして「とこ子」は歩き続けて、ついにその歩みをぴたりと止める。

 それが示すのは旅の終わりで、待ちに待った商売の始まりだ。


 もうすぐ首都プロンテラに着きそうな、バッタ平原と呼ばれる地。

 そこの木陰に座る「とこ子」は、旅で得たアイテムの整理を始めた。


 重いカートを覗き込み、中を確認する。

 そこにあるのはただの木の枝やモンスターの皮、そしてちょっとした装備品と、「一枚の紙切れ」だ。


 それは「モンスターカード」と呼ばれる物だった。

 どんなモンスターでも一律「0.02%」でドロップする希少品だ。

 それを装備に装着すれば、そのモンスターの力を一部使えるようになる……そんな効果の、Roプレイヤーなら誰もが知っている重要なアイテムだった。


 そんな「モンスターカード」を手に取り、見つめる「とこ子」。

 その茶色くて丸い瞳に反射するのは、黒いアリの絵だった。


 砂漠と草原の境目辺りに存在する「アリの巣ダンジョン」に出現する、黒いアリの見た目を持つモンスター「ビタタ」。

 数多くのモンスターが存在するRoの中でも珍しい、回復魔法「ヒール」を操る不思議なアリである。

 そんな「ビタタ」がドロップしたモンスターカードは、当然その名を冠したものだ。


「ビタタカード」。装着部位はアクセサリー。

 それを装着することによって得られる効果は、「ヒールLv1使用可能」。

 それが「とこ子」が拾ったカードだ。


 それは、ピンからキリまであるカード中でも最上位とも呼ばれるもの。

 あの時代のRo経験者ならほとんど誰もが知っている、超有用カードだ。

 だから当然需要は高く、産出は常に追いついていなかった。

 誰もが当たり前に欲しがる、万人のとっての大当たり。それを拾ったプレイヤーは、宝くじに当たったかのように喜ぶのが通例だった。

 



 超が付くほどクソ貧乏な「とこ子」。

 そんな彼女に舞い降りた幸運、アリの絵が描かれた一攫千金への片道切符。


 ……しかし「とこ子」の反応は薄い。

 むしろ首をかしげるくらいの雰囲気だった。


 だけどそれも当たり前だ。

 僕はネトゲ廃人だから知っているけど、彼女は商人を夢見るおのぼりさんで、()()()()()()()()()()()()()()()()()だ。

 だったらそんなの、知るわけない。

「とこ子」というキャラクターは、()()()()()()()()()()()()()()()()()



 だから僕は、そうすることにした。

 僕のロールプレイは、ここで一つの究極を迎える。




     ◇◇◇




 首都プロンテラに着いた「とこ子」は、首都で大きな声をあげた。

『寄ってらっしゃい見てらっしゃい! ウチが拾ってきた貴重なアイテムを売るで~』と、笑顔を振りまき客引きをした。


 ……返答はなかった。寂しくなった。

 だけどまぁ、露天商とはそういうものだ。僕だって東京に行った時は、外国人の露天商とは目を合わさないようにしているし。

 だから「とこ子」は気にせずに、アイテムを露店ウィンドウに並べて店を出した。



『さぁさぁ、本日限りの大サービスやで! ウチのおすすめはこの両手剣! これはなんでも、ゲフェンに住む伝説のブラックスミス渾身の一作だとかそうじゃないとかいう曰く付きの掘り出し物で…………って、ありゃ?』


『なんや意外なものが売れたなぁ……絵ハガキ収集家でもおったんやろか? あんな紙切れに1万ゼニーとはなぁ……』


『うぅん、どうなってるのかわからんけど……まぁええか。毎度おおきに~!』




 それは一瞬の出来事だった。

「とこ子」が店を開いた瞬間、ほんの数秒の間に商品が消え、所持金が増加したのだ。


 売れたのは「ビタタカード」。入ってきた金は10000z。

「とこ子」は不思議そうな顔をしていた(という設定だった)が、僕はそうなることを知っていた。



 その時の「ビタタカード」の相場は、およそ3M。3000000zである。

 それが10000zで売っていたなら、値段の設定ミスだろうが何だろうが、とにかく誰だって即ポチる。

 僕にはわかる。ネトゲ廃人だからそのアイテムの価値を知っていたし、相場を知り尽くしてもいたし、価格間違いは即購入して即転売が鉄則だし。


 だけどこの店の店主は「とこ子」で、値段を決めるのは彼女の価値観だ。

 この世界について詳しくない彼女にとっては、それはただの「絵が描いてある紙」であり、何の価値もないものだ。

 それなら木の枝やなめし皮のほうが役に立つだろうし、拾った両手剣に適当コイてブランディングしたほうが、よほど価値が出ると考えた。

 だから彼女は、何の役にも立たない「硬い木屑」に5万の値をつけ、300万の価値があるアイテムにたった1万の値をつけて、自信満々に店を出したのだ。




 ……メタ的に考え、現実の視点から見たならば、それは完全に馬鹿だった。

 資産もレベルも何もないキャラクターが、300万という大金を得られる未曾有のチャンス。

 そんな奇遇を順当に掴んだならば、武器も防具も新調出来るし、活動資金が潤沢となった今後の見通しもすこぶる明るくなる。

 そんな並では得難い幸運を、「とこ子」はふいにしたのだ。


 失敗どころか大失敗。商才の欠片も感じられないド悪手。

 普通のプレイヤーであったなら、後悔に後悔を重ねる出来事だろう。


 だけど僕は、とても満足していた。

『そんなけったいな紙切れに1万ゼニーも出すなんて、物好きもいたもんやね』と「とこ子」に()()()()()()()()()()ことに、この上ないほどの達成感を感じていた。


 賢くないからいい。非効率すぎるからいい。彼女らしいからいい。

 300万をドブに捨てるという愚行だからこそ、「とこ子」は「とこ子」であったのだ。



 言い換えるなら、"僕は300万を払って「とこ子のキャラクター性」を買った" のだ。

 ロールプレイヤーとは、そういうものだ。




     ◇◇◇




 それからも「とこ子」は、「とこ子」だった。

 非効率ながら一生懸命レベルを上げ、北へ南へ遅い歩みでとことこ歩いて、売り物になりそうなアイテムを探す商人として生き続けた。

 そんな毎日を繰り返す内に「ジョブレベル40」をとっくに超えていた。


「ジョブレベル40」。それは二次職業への転職が可能になるレベルだ。

 それは当然「とこ子」の職業である商人も例外ではなく、彼女には商人系統の二次職業である「ブラックスミス」か「アルケミスト」の道が開かれた。


 そのどちらもが二次職業の名に恥じず、戦闘や商売に有効なスキルをたっぷり覚える商人の完全上位互換だ。

 ならば転職しない手はない。


 そうだ。

 普通なら、転職しないという選択肢はありえない。


 しかし「とこ子」は普通じゃない。

 僕が作り上げたキャラクターで、商人として大成を目指す18歳の可愛い女の子だ。

 だから彼女は言った。

『ブラックスミスもアルケミストも、商人とはちゃうやん。ウチは商人(マーチャント)が好きなんや』と。


 そういうわけで、そうなった。

 転職はせず、ずっと商人のまま行くことにした。

「とこ子」を操るロールプレイヤーである僕は、金をドブに捨てた時と同じく、強さを捨ててキャラクター性を取ったのだ。




     ◇◇◇




 それからも僕は毎日「とこ子」でプレイし、たまに本アカウントでガチ狩りをする日々を過ごした。


 そして時は経ち、それから(リアル時間で)およそ2年くらいだろうか。

 それほどの時が経てば当然「とこ子」も成長をして、レベルは90を超える高レベルな商人になっていた。


 金も下手なりにたくさん稼いだ。装備も多少は良くなった。知識だって少しは増えた。

 だけどやっぱり歩くのは遅いし、攻撃スキルはロクに無いし、売り物はゴミばかりだった。


 だけどそれでも、僕の「とこ子」は完璧だった。

 他のプレイヤーから見れば目も当てられないようなクソザコだったけど、僕にとっては今この瞬間の「とこ子」がずっと完成形だった。


 そうした長いレベリングとロールプレイの中で、他人と会話することもあった。

 道中行き倒れているプレイヤーに『金は天下の回りもの。命もきっとそうなんや。だから来世は頑張り』とか言ってみたり、すれ違うプレイヤーに『そこな兄さん、この辺に金目の物を落とすモンスターはおるやろか』と聞いてみたり。


 そんなゴリゴリのロールプレイをする「とこ子」に対して、プレイヤーの反応は様々だった。

『ロールプレイ?w』とか『意味わかんね』とか、後は普通に無視されたりだとか。

 そしてそのたび「とこ子」は「とこ子」らしく、『ろぉるぷれい? なんやそれ?』と返したり、『なんや冷たい人やなぁ』と一人寂しく呟いたりした。


 と言っても、それだけじゃない。ネトゲの世界はそこまで冷たいわけじゃない。

 そうしてロールプレイをする中で、「とこ子」を快く受け入れ、ノってくれるプレイヤーだって沢山いた。

『商人さんはどこから来たの?』と聞かれて出身地を答えたり、『金目のものは知らないけど、この石は中々の掘り出し物なんだぜ。どう? 今なら5000ゼニーで売るよ』と言われ、そのクソゴミアイテム(シーフのスキルで無限に拾える「石」というアイテムだ)を言い値で買い取ったりもした。

 道中で出会ったパーティに、『金ならいくらでも払う、だからコイツを生き返らせてくれ』と言われた時なんか、その心意気に胸を打たれて、無償で蘇生アイテムを使ったのもいい思い出だ。



 そうして「とこ子」が何かをし、誰かを会話をするたびに、そのキャラクター性をより一層に膨らませて、新たなロールプレイの糧にした。

 自分で作ったルールの中で生まれた新たなルール、それでロールプレイすることが楽しく、達成感とやりがいばかりの毎日だった。




     ◇◇◇




 というわけで、「とこ子」の話はここで終わりだ。

 ここからは冒頭の話に戻ろう。

『ロールプレイヤーは目立ちたがり屋じゃない』という話だ。


 ここまで読んでくれた君に問おう。

 僕は、「とこ子」は、果たして目立ちたがっていただろうか?



 そして、それでもなお『ロールプレイヤーは目立ちたがりだ』と主張するのなら、僕はその人に向けて問いたい。


 もし仮に、ロールプレイヤーが「ただの目立ちたがり」だとするならば…………

 300万という大金を、みすみすドブに捨てられるだろうか?

 シンプルに強くなれる「転職」を蹴って、弱いままで居続けられるだろうか?

 チャットで会話をする時に、きちんと「なりきって」即答できるだろうか?


 僕はそのどれもが無理な話だと思う。

 ただ目立ちたいだけの人が、あえて損をしたり縛りプレイをしたりすることはできないだろうし、突然のロールプレイ会話だって戸惑うに決まってる。


 だから知ってほしい。

 そういうことが迷いなくできるのが、ロールプレイヤーだということを。


 ロールプレイヤーは、目立とうとしているわけじゃない。

 やっている遊び方が目立つものだっただけだ。

 ロールプレイヤーってのは、目立つためになりきりスイッチを「オン」にするんじゃない。

 キャラクターを作ったその瞬間から、ずっと「オン」のままなのだ。




 と言ってももちろん、そういう「ただの目立ちたがり」だって少なからずいるとは思う。

 人に注目されたいがためになりきりをして、人前でだけキャラクター性を出すエンターテイナー気質の人もいるんだろう。

 それはある種のネトゲの楽しさと言えるだろうし、僕はそれを否定するつもりはない。


 僕が言いたいのは、「ロールプレイヤーを知らないのに、ただの目立ちたがりだと決めつけて語らないで欲しい」ということだ。


 僕は数多くのロールプレイヤーと会ってきた。

 それはゲームの中だけじゃなく、外部の掲示板やメッセージツールなどでも交流をした。

 熱心にロールプレイをしている人たちや、そのプレイスタイルが大好きだという気持ちがビンビンに伝わる熱きロールプレイヤーたち。


 そんな彼らに共通していた意識が、こうだ。

『ロールプレイとは、キャラクターの人生のなりきりである』。

『人目なんて関係ない。例え誰が居ても、誰も居なくても、自分はロールプレイをする』。

 僕はそんな考えで行われるものこそが真のロールプレイだと思っているし、そういう遊び方をする人間が大好きだ。


 だから、もしロールプレイヤーをよく知らないのならば。

 ただの目立ちたがりだとか、自己顕示欲がヤベーやつとか、二次元陶酔のナルシストモンスターだとか言わないで、素直に「なりきりをしてる人」と思い描くだけにして欲しい。



 なろう作家が『「小説家になろう」ってよく知らないけど、クソ小説しかないんだよなw』と思われたら嫌なように

 ロールプレイヤーが『ロールプレイヤーってよく知らないけど、目立ちたがり屋なんだよなw』と思われるのは、嫌なのだ。


 だから出来れば、そうして欲しい。

『自分がされたらやなことは、他人にしたらあかんよ』って、「とこ子」もそう言ってたし。

 




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― 新着の感想 ―
[良い点]  めっちゃロールプレイ楽しんでるなぁ~、ここまで徹底してるのは凄い、本物だと思います。  こういう話をもっと読んで見たいですね!  ROで初めての露店で物が売れた時、「商売って楽し~!!…
[一言] リアルな自分と解離しているのがロールプレイならば、効率厨なプレイスタイルもロールプレイの一つだと感じました。 ついでに言うと、ゲームの世界だけ初対面の人に悪態をつくのも立派なロールプレイw。…
[一言]  あくまで本エッセイは、「ロールプレイなんて欠片も知らない読者への解説」なんですね。  MMOのプレイスタイルのひとつとして考えればなにひとつ間違ったことは書いてないと思いますが、視点をなり…
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