表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
セックスに一番近い男  作者: IK_N
9/39

余所者①

ソレイユ帝国。

約1000年前に建国された、この世界で確認できる唯一の「国家」である。

あらゆる種族、民族、共同体を吸収しながら肥大化していったこの帝国は「暴力」と「法」によってその支配を今なお広げ続けていた。


帝国の首都であるエトランゼは、バイロン伯爵領のはるか西方。馬車で約2週間という遠方にある。

そんな遠い場所の話をなぜ読者の方々にしているのかというと、まさに今ヴィクターとフランシスカがこの首都エトランゼに居るからなのである。


「静粛に」


フランシスカの右前にいた男が立ち上がり声を上げた。

静粛にも何も、それまで誰一人として声など上げていなかったのだから、滑稽である。この場にいるのはこの男とヴィクターとフランシスカ。そして、2人の首に巻きつけられた縄を持っている騎士の計5人。

ここは法廷らしかった。ヴィクターがドラマで知っている法廷と違い、狭くて傍聴席などは存在しなかった。また、裁判官も陪審員も弁護士も検事もその姿を現さない。

フランシスカは被告席と思われる場所に座っていたが、ヴィクターの方はその脇に立たされていた。もっとも、縄を掴んでいる騎士の方は2人とも立ったままであるのだが。

若干蒸し暑く感じるこの法廷の中で甲冑を着こんでいる2人を、ヴィクターは気の毒に思った。


「これより、裁判を始める!」


男のその言葉が終わると同時に、法廷の袖から一人の男が従者と思われる者たちと現れた。


(…?)


おそらくその男が裁判長なのだろうとヴィクターは理解したが、それにしては威厳に満ち満ちている態度と服装であった。まるで皇帝のごとき煌びやかさである。

何より驚いたのは、その裁判長の強さであった。ヴィクターが見たところ、その裁判長はポリドーリ伯爵などの第一魔法騎士団よりも数段上の力を持っていた。従者の方も同等レベルの力がある。

ただの裁判長が一国の最高戦力群よりも強いなどということがありうるのか?とヴィクターは疑問に思った。


裁判の開始を宣言した男は、裁判長に向き直ると一度お辞儀をして、その場に座った。目の前に羊皮紙と羽ペンがあるところを見ると、どうやらこの男は書記であったようだ。


裁判長がフランシスカの目の前にある大きな椅子に座ると、静かにため息をついた後に口を開いた。


「シェリー伯爵家、フランシスカ。前へ」

「はい」


どうやら、この世界の裁判では裁判長と被告人が直接会話を行うようである。ヴィクターは、自然とフランシスカと裁判長のやり取りに集中していった。


「まず、一通り確認したい。君は我がソレイユ帝国の第二魔法騎士団所属、ウィリアム・シェリーの娘、フランシスカ・シェリーかね」

「はい。間違いありません」


「君の後方に座っている男は、君が管理下に置いている男かね」

「はい。間違いありません」


何故だか勝手に管理下に置かれていることになっていてヴィクターは驚いたが、声を上げることはしなかった。その場に漂っている厳格な雰囲気に、完全に流されていたのである。


「公訴の内容を伝える。『5月27日。フランシスカ・シェリーは管理下の男を行使して第一魔法騎士団所属、ジョージ・ポリドーリを殺害。同じく第一魔法騎士団所属のジョン・バイロン、さらに城内にいた従者139名を殺害した疑いあり』、間違いないかね?」

「はい。間違いありません」


ヴィクターは一瞬「えっ!」と声をあげそうになったが、単に公訴文を読み上げているだけで事実の確認ではないことに気づいた。


ポリドーリ伯爵は、本当に厄介な問題をフランシスカ達に残していった。

あの夜。ポリドーリ伯爵はフランシスカと合流する前に、城の従者を全員殺害していたのである。まるで自分の愛を奪った場所にいたすべてを憎んでいたかのように。


その結果、ヴィクターはポリドーリ伯爵だけでなく、バイロン伯爵やその他の従者の殺害についてまでも、罪を問われている状況なのである。


「この公訴文に書かれていることはすべて事実かね?」

「いいえ、違います」

「どの部分が違うのかね」

「ポリドーリ伯爵を殺したのは事実です。ですが、それはポリドーリ伯爵が私の命を狙っていたために仕方なく行ったことです。バイロン伯爵とその従者の殺害には私は関わっていません」

「それを証明できるものはあるかね」

「それは…」


本当に厄介な問題であった。シェリー伯爵とバイロン伯爵の情事。そしてそれに端を発したポリドーリ伯爵の大量殺人。それを証明できるものを、フランシスカは一切持っていなかったのである。


唯一ポリドーリ伯爵の謀略を知っていたであろう初老の魔法使いは、フランシスカ達が中庭に戻った時には消えていた。

ポリドーリ伯爵と結託して過剰に徴税した徴収人が誰かは分からずじまいだが、城が襲われたときに口封じと共に殺されているだろう。


「…ありません」


フランシスカは苦渋に満ちた表情でその言葉をひねりだした。

その言葉を聞くと、裁判長はさらに質問を続けた。


「ポリドーリ伯爵を殺害したのは事実なのかね」

「はい。しかし、先ほど申した通り、自分の身を守るためでした」


裁判長は少しの間沈黙すると、こんどはその目線をヴィクターの方に向けた。


「フランシスカ・シェリーの従者。前へ」

「は、はい」


まさか自分が呼ばれるとは思っていなかったヴィクターは驚いた。フランシスカや書記の男が裁判長の方を見て驚きの表情をしているところを見ると、どうやら異例のことのようだ。

ヴィクターが前に出るのと入れ替わるようにフランシスカは下がって行った。


「君はフランシスカ・シェリーの従者で間違いないかね」

「はい。間違いありません」


本当は違うのだが…ここでフランシスカと違うことを主張しようものなら、事態がややこしくなってくるので、ヴィクターは素直に肯定した。


「フランシスカ・シェリーの発言では、君が彼女の命を守るためにポリドーリ伯爵を殺害したということだが、事実かね」

「…はい、事実です」


フランシスカも肯定していたことだから、これも肯定して問題ないだろうとヴィクターは考えた。

さっきからヴィクターの背中から嫌な汗が噴き出している。ヴィクターはこれまでの人生で法廷という場所に足を踏み入れたことがなかった。こういった場所でどのように発言すべきか、不利な発言とはどういったものか勘所がつかめていないのである。


(大学のころ選択で法学はやっていた覚えがあるんだけどな…もう完全に忘れた。リーガルマインドだっけ?いや、あれは被告人にはあんまり関係ないのか?)


もっとも、法学の講義内容をすべて覚えていたとしても、異世界の裁判に通用するかどうかは全く別の話であった。裁判長は再び口を開いてヴィクターに質問する。その内容は、彼が予想だにしないものだった。


「ポリドーリ伯爵は抵抗していたかね?」

「え…フランシスカさんを殺そうと攻撃していたので、それを抵抗と受け取れば、そうですね」

「彼は強かったかね?」


ヴィクターには裁判長の質問が、裁判の内容にかかわるものなのか判断がまったくつかなかった。全く関係ない質問に見えて、実はこの世界では重要な要素である可能性を考えると、返答に慎重にならなければならなかった。


「…ポリドーリ伯爵の魔法は非常に多彩で底がしれず、対処していてかなり厄介だったのは事実です」


裁判長はヴィクターのその言葉を聞くと、再びフランシスカの方に目線をやった。


「シェリー伯爵家、フランシスカ。前へ」

「はい」


再びフランシスカが前に出てくる。ヴィクターは不意に自分の首にかけられた縄に引っ張られていることに気づいた。


「お前は下がるんだ」


今まで黙ってヴィクターの縄を持っていた騎士が喋った。どうやら別の者が前に出されたときは、他は下がるのが正しい振る舞いらしい。ヴィクターは騎士に従って、後ろ下がった。

ヴィクターは、そこで初めて緊張が解けた。


「もう一度聞くが、ポリドーリ伯爵の殺害は君の従者が行ったことで間違いないかね」

「はい。間違いありません」

「君は、自分の身を守るための正当な防衛の結果だといっているが、君にも従者にも目立った外傷は見当たらないようだが」

「それは、彼がポリドーリ伯爵の攻撃をすべて防いだおかげです」


2人はしばし沈黙し、法廷の中には書記が羽ペンを滑らす音だけが響いた。


「第一魔法騎士団の攻撃をすべて防ぎながら、君を守ることができるのであればポリドーリ伯爵を生きたまま無力化することも可能だったのではないかね」

「それは…難しいです。彼は魔法使いではありません。移動魔法を使うポリドーリ伯爵を捕まえることは不可能です」


そのフランシスカの答弁を聞くと、騎士と裁判長の従者がにわかにざわめいた。書記すらも、自分の本分を忘れたようにフランシスカを凝視していた。


「…彼は『祝福』もちなのかね」

「…私にもわかりません」


『祝福』という聞き覚えのない単語がでてきたが、ヴィクターにはさっぱり意味がわからなかった。


「なるほど、ではポリドーリ伯爵を気絶させその間に逃走することは考えなかったのかね。それができるだけの実力はありそうだが」

「それは…確かに可能だったかもしれませんが、気が動転していてそこまで考えが及びませんでした」


(まあ、本当は気絶までにとどめてあの場所から逃げた方がよかったんだろうな)


最後、ヴィクターがキレてポリドーリ伯爵を殺さなければ…事態はもう少しましだったかもしれない。


「判決を言い渡す」


裁判長のその言葉を聞いて、ヴィクターは仰天した。判決?今の会話の情報からなにが判断できたというのだろうか?それがヴィクターにはさっぱりわからなかった。


「まず、シェリー伯爵家フランシスカ。君はその従者、ヴィクターとの主従関係を解消すること」


ヴィクターはその言葉を聞いてほっとした。元々フランシスカとは主従関係でもなんでもないのだから、それが無くなったところで彼には痛くもかゆくもなかった。


「君は従者の持つ大きな力を管理する立場にありながら、逃走を選択できる状況でそれを行わず、結果的にポリドーリ伯爵を殺害した。適切な判断ができないものに、大きな力を与えるわけにはいかない」

「…はい」


フランシスカはその判決を受け入れ、裁判長に向かって頭を下げた。


「続いて、従者だが」


裁判長の目線がヴィクターと合わさる。


「死刑とする」


その短い言葉の意味を、ヴィクターはしばらく理解できなかった。


「ま、待ってください!彼は私を助けるためにポリドーリ伯爵を殺し…ううっ」


フランシスカが言い終わる前に、騎士が縄を引っ張り、首を絞めた。


「まって、ヴィクター!」


首を絞めた騎士に掴みかかろうとするヴィクターを、フランシスカはかすれ声で止める。ヴィクターは寸でのところで手を止めて、フランシスカを見つめた。


「静粛に!」


書記の男が立ち上がり、叫ぶ。見ると、裁判長の従者も戦闘態勢に入っていた。ヴィクターは抵抗する意思はないと手振りで伝え、自分の首の縄を持っていたがために思いっきり転んでしまった騎士を助けた。


「すみませんでした」

「大丈夫だ。ありがとう」


場が収まったのを見て、再び裁判長は口を開いた。


「殺人は重罪である。帝国から無条件に労働力と軍事力を奪う行為だからである。たとえ被害者がその労働力以上の過失を生み、その結果死刑に値するとしても、その判断は個人ではなく帝国の法が行うことである」


裁判長は一拍おいて続ける。


「帝国の法を尊重できないものを帝国に置くことはできない。だが、第一魔法騎士団を殺害するほどの力を持つものをただ追放することもできない。よって死刑とする」

「し、しかし…」

「これは、帝国の法に基づいた判決である。これにて閉廷とする」


フランシスカの声を無視して、裁判長は閉廷を宣言すると同時に立ち上がり、法廷の袖に消えていった。

その姿が見えなくなったのと、フランシスカがガクっとその場に崩れ落ちたのはほぼ同時だった。その顔は今にもこと切れそうなほど白くなっていた。不安げに声をかける騎士のことも目に入っていないようだった。


(もしかして、俺のことでショックを受けているんだろうか。なんか声をかけた方がいいのか…?でもなんて声をかけたらいいんだ?これから死ぬかもしれない奴がいったい何を?)


ヴィクターの頭の中は、フランシスカにどう声をかけるか、どう接するかということで一杯になっていた。自分が受けた「死刑」の判決も、大して気にしていなかった。それは、ヴィクターが自分は死なないだろうとたかをくくっていたからである。


先ほど見た裁判長は驚くべき強さを持っていた。だが、ヴィクターには到底及ばない。あの裁判長より10倍、100倍、いや1000倍?それほど強いやつがいたとしても、自分には傷一つ負わせることができないだろうと思っていた。


彼の考えは半分正しく、そして半分間違っていた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ