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セックスに一番近い男  作者: IK_N
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バイロン伯爵家の方へ②

フランシスカはバイロン伯爵家に正式に迎え入れられることに決めた。もちろん、バイロン伯爵に対する疑惑の調査のためである。

ポリドーリ伯爵は城下町の宿をとっていたが、折角フランシスカに会ったのだからゆっくり話したいと言ってバイロン伯爵の城に泊まることにした。もちろん、これもフランシスカに協力するためである。


そのため、ヴィクターはもともとポリドーリ伯爵が泊まる予定だった宿の一室に一人で佇んでいた。


「暇だな…」


誰もいないのに、ヴィクターは言葉を口に出した。本当に何もやることがない。PCもスマホも、アニメも漫画もラノベもないこの世界。一体どうやってこの巨大な暇を消費すればいいのだろうか。


もしフランシスカとポリドーリ伯爵に何かあれば、魔法での連絡が来ることになっていた。

どうやらテレパシーのような魔法があるらしい。フランシスカの父親が使ったのと同じ魔法でポリドーリ伯爵も使えるようだ。

一応定期連絡もあるが、その時間もまだ先だ。


その連絡が来るまで、ヴィクターはこの暇と戦い続けるほかなかった。



フランシスカとポリドーリ伯爵は、バイロン伯爵と共に夕食を食べていた。バイロン伯爵夫人は体調不良とということで、フランシスカ達の前には姿を現さなかった。


「機嫌を直してくれ、ポリドーリ」

「…」


バイロン伯爵に話しかけられたポリドーリ伯爵は、少しの間黙ってローストビーフを食べていたがバイロン伯爵に向き直った。


「なぜシェリー伯爵のことを…フランシスカのことを私に教えてくださらなかったのですか?」

「…言おうとしたんだ、だが躊躇ってしまった…いつも君は3人と仲が良かったから」

「私はひどくみじめな気分ですよ」


ポリドーリ伯爵の突き放すような言葉に、バイロン伯爵は溜息を一つつくと食事に戻った。どうやらこの場では脈なしと判断したようだ。

バイロン伯爵はまだ30後半という年齢だったが、頭が半分ほど白髪におおわれており気苦労の尽きない生活を送っているようだった。


「いいワインが入ったんだ。食事が終わったら、一緒に飲もうじゃないか」

「…ええ」


ここまでは、フランシスカとポリドーリ伯爵が示し合わせた通りだった。過剰に怒ったような演技をポリドーリ伯爵がすると、必ず機嫌取りのためにバイロン伯爵はワインをダシに飲みへと誘ってくる…。ポリドーリ伯爵はバイロン伯爵の行動を読み切っていた。


しかし、バイロン伯爵自身はワインが特別好きなわけではなかった。ポリドーリ伯爵がワインに目がないためいつも用意されているのである。

2人でワインを飲んでバイロン伯爵を酔い潰した後、行動をおこす。それが2人が考えた作戦だった。


魔法はイメージ力が大切であり、べろべろに酔った状態では実力の半分も出せない。その状態であれば同じ第一魔法騎士団といえどもポリドーリ伯爵に軍配があがる。睡眠導入魔法や、少々強引だが失神魔法を使って行動不能にし、バイロン伯爵が持っているシェリー伯爵領の帳簿を確認する。それが今夜の目的だ。


「私は部屋で休みます」

フランシスカはそういうと、食事を切り上げ大広間から出て行った。いずれポリドーリ伯爵から連絡がある。そこからが、フランシスカの戦いだった。



《フランシスカ…》

その日の夜、一時を回ったかという時間にポリドーリ伯爵から魔法の連絡があった。


《バイロンは眠ったよ。大広間で落ち合おう》

その連絡が終わると、フランシスカは部屋を飛び出して大広間へと向かう。数分後には2人は合流した。


「伯爵」

「やあ。バイロンの奴、私たちのことを一つも怪しんでいなかった。魔法騎士団を除籍されたら演者で食っていけるかもしれないよ」


伯爵は冗談交じりにフランシスカに言ってみせた。2人はそのままバイロン伯爵の書斎へと向かう。その際、誰にも気づかれないように無音魔法、無臭魔法、隠ぺい魔法を使って移動していた。この城にはバイロン伯爵の他にも魔法騎士団がいたが、一番上でも第二魔法騎士団止まり。ポリドーリ伯爵の魔法を見破れる者などいなかった。


「ここだ」

フランシスカとポリドーリ伯爵は、一つの扉の前に立った。そこがバイロン伯爵の書斎であった。


「鍵は…」

「ふふ、君が思っているよりも私とバイロン伯爵の仲は深いのだ」

そう言うと、ポリドーリ伯爵は手に持った鍵をフランシスカに見せる。

フランシスカがゆっくり頷くのを確認して、ポリドーリ伯爵は鍵穴へ鍵を通す。


鍵を回す音、扉がきしんで開く音、流れる空気の変化…そのすべてを魔法で打ち消し、2人は書斎の中へ入って行った。


入った正面に、バイロン伯爵の仕事机があった。後ろから月の光が差してきて、どこか幻想的な雰囲気をまとっていたが、フランシスカは全く気にせず近づいた。


「無音魔法が連続して使えるのはあと1時間といったところだ。それまでに見つからなければ、撤収しよう」

「分かっています」


ポリドーリ伯爵に答えた言葉とは裏腹に、フランシスカは今日この時間ですべての事実をつまびらかにするつもりであった。

引き出しをあけるスピードも、内容を読んで確認するスピードももはや11歳とは思えない勢いであった。彼女の中には父の潔白を証明する、という思いのみが驀進していたのである。


「…!あった!ありましたポリドーリ伯爵!」

「おお!」


フランシスカの叫びに、本棚を調べていたポリドーリ伯爵は彼女に駆け寄った。


「確かに、徴税の帳簿のようだ」

「4月…これだわ。これがお父様の徴収量」

「こちらが、帝国からの徴収量の指示書………むぅ」

「………」


その2つの書類を見比べて、フランシスカは絶句した。


帝国から指示が出ている徴収量よりも、父親が徴収した量の方がはるかに多かったのである。

それはつまり、フランシスカの父親が不正を働いていたことの動かぬ証拠であった。


「…うそよ」

「…フランシスカ、君が悪いわけではない」

「お父様は不正なんかしてない!」

「フランシスカ、あまりに大きな音は私の魔法でも打ち消しきれないぞ!」


フランシスカはハッとして口をつぐんだ。それから動揺を必死に抑えながらポリドーリ伯爵との会話を再開する。


「お父様が不正なんて、そんなことを、するはずが…」

「…」


フランシスカは今まで、父親の潔白を盲目的に信じてきた。ところが、いまになってそんな信頼にほころびがが出はじめた。

父は…いつも私に笑顔を向ける傍らで、帝国と農民を騙して私腹を肥やしてきたのか。領主とはかくあるべきである、といった話をフランシスカにしていたこともある。悪事を行いながら、口では正義と公正を語っていたというのか。

そんな思いが、フランシスカの頭の中を一瞬でぐちゃぐちゃにかき回してしまった。


「フランシスカ、必要な情報は得た。ここから出よう」

「いえ、まだ…」

「フランシスカ」


ポリドーリ伯爵から促され、フランシスカはあきらめたように帳簿を元の位置に帳簿を戻しはじめた。その動きは脱力感から緩慢になっていたが、それでも三分もしないうちに机は来た時と同じ状態に戻っていた。


「…行きましょう」

「ああ」


ポリドーリ伯爵に先導され、フランシスカは部屋の扉まで歩いていく。気落ちしたフランシスカはうつむいて、ただ伯爵の足元だけ見て歩いていた。


ガチャッ


前から聞こえてきたその音に、フランシスカは反射的に顔を上げた。


「ポリドーリ伯爵…?」


彼女の目の前で、ポリドーリ伯爵は部屋の扉の鍵を閉めていた。そして、ゆっくりと伯爵はフランシスカに向き直る。


「君の従者の、ヴィクターくんだったか。彼には先ほど定期連絡を入れておいた『万事問題なく進んでいる』とね」

「あの、伯爵。なぜ今その話を?やるべきことは終わりました。今は部屋をでないと…」

「大丈夫。この部屋には誰もこない。この部屋の主はもういないのだから」

「何をおっしゃって…」

「バイロンは死んだ」


突然の発言に、フランシスカは一瞬思考停止した。


「あの、ポリドーリ伯爵?それはどういう…」

そう言いながら、フランシスカは直感的に危機を察知して伯爵から距離を置くようにじりじりと後退しはじめる。


「そのままの意味さ…。彼は死んだ。もう一か月も前の話になるがね」

「冗談を、言われてるのですか?」


フランシスカは表情に少し微笑を戻しつつ、言葉とは裏腹に伯爵の言葉がすべて真実だと確信していた。そう思わせるだけの雰囲気を、今の伯爵はまとっていたのである。

しかし、真実だというのであれば、夕食の時に見たバイロン伯爵はいったいなんだったのか?


「冗談。そう、冗談ならよかった。全てが夢であってくれたら…でもそれは、逃げなんだよフランシスカ」

「…」


フランシスカが自分から距離を取っていることを理解しながら、伯爵は語りを止めなかった。


「一か月前、バイロンとシェリー…そして君も。この城に集まって遊戯を楽しんだね。覚えているかな」

「ええ」

「君たちが帰った次の日、私がバイロンを殺した」

「…!」


ポリドーリ伯爵の自白に、フランシスカは嫌な汗がどっと出てくるのを感じた。目の前の人間が殺人を自供したから、だけではない。

この場で何故自供をはじめたのか、その理由に気づいたためだった。


「夕食の時バイロンを見ただろう?彼は私の協力者だ。不要だとは思うが、紹介しておこう」


その言葉の直後に、ポリドーリ伯爵の横に一人の男が現われた。


「あ、あんたは…!」


その男は、数日前にフランシスカを襲った魔法使いだったのである。


「まさか、お父様とお母様を殺したのは…」

「彼は、魔法を使って自分の姿を変えることができてね。一芝居うたせてもらったよ。やっぱり私は演者の方が向いているのかな?」

「私の質問に答えて!」


フランシスカの叫びに、伯爵は表情の中にあったわずかな柔らかさを完全に消した。


「君が思っている通りだよ。シェリー伯爵と夫人は私が殺した。彼に手伝ってもらってね」

「じゃあ…」

「農民たちを扇動したのも私だよ。数週間前から君のところの徴収人を買収して農民から大量に徴税した。伯爵に届けない分は徴収人の取り分にしてあげていたんだ。先ほどの徴収量は私が改ざんしたものだよ。シェリー伯爵は不当な徴税などしていない」


だが、とポリドーリ伯爵は言葉を続ける。


「彼にはこのまま『不当な徴税を行った悪しき領主』として歴史に名を刻んでもらう」

「どうしてこんなことを…!」

「知る必要はないよ。今から死ぬ君にはね。ちなみに君は父親の不正に絶望して自殺した、という筋書きになる」


ポリドーリ伯爵は、自分の懐から小さな瓶を取り出した。おそらくそれに毒物でも入っているのだろう。


「うぐっ!?」

フランシスカは急に体中を締め付けられるような苦しみに襲われた。どれだけあがいてみても、その拘束からは抜け出せそうになかった。


「口をあけたまえ」

ポリドーリ伯爵の言葉に強制されるように、フランシスカの意思とは無関係に彼女の口は開いていった。

「あっ…がぁ………!」


苦しさに喘ぐフランシスカを無視して、ポリドーリ伯爵はゆっくりと近づいていく。

「安心していい。この毒は苦しみを与えない。数分もすれば意識を失って、二度と目覚めることもない」


伯爵は悲しそうな表情を作りながら、瓶のふたを開けていく。身体も言葉も自由にならないフランシスカは、もはや心の中で助けを叫ぶことしかできなかった。

たとえ、それが無駄に終わるのだと、半ば理解していたとしても。


(誰か…誰か助けて!)


既に伯爵は、フランシスカの目の前に来ていた。そして、瓶をフランシスカの口に近づけ、ゆっくりと傾けていく。


(お父様!お母様!助けて!誰でもいい、お願いよ!)


「さようなら、フランシスカ」

ポリドーリ伯爵の目には、涙が浮かんでいた。


(やだ…………やだやだやだやだ!死にたくない、死にたくない、死にたくない!殺さないで!なんでも…なんでもするからっ!)


フランシスカは、自分の頬に涙が流れるのを感じていた。死ぬのが怖かった。両親を殺した奴を前に何もできないのが悔しかった。そして、その親の敵に心の中で命乞いをしてしまった自分自身があまりにも情けなかった。


まるで時間が圧縮されたかのように、すべての時間がゆっくりと流れはじめた。フランシスカには傾いた瓶の縁にもうすぐ毒が届くのがはっきりと見える。


その極限状態の中で、フランシスカの心に、一人の男の名前が唐突に浮かんできたのだった。


(ヴィクター…)


直後、すさまじい音と爆風が、フランシスカを襲った。


「げほっげほっ…な、何っ!?」

魔法の呪縛が解けたフランシスカは、衝撃の原因を確認しようと辺りを見回そうとしたが、それは確認するまでもなく彼女の目の前に居た。


たくましく、大きな体。まるで英雄譚から出てきたかのような幻想的な銀髪。

そして…はじめて出会った時、不覚にも「かっこいい」と思ってしまった整った顔つき…。


「ヴィクター!」


ロリコンでサディストで、誰よりも強い男がそこにいた。


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