バイロン伯爵家の方へ①
バイロン伯爵の城へやってきたフランシスカは、門前の騎士から信じられない言葉を聞くことになった。
「持ち帰った帳簿を確認しましたが、シェリー伯爵が農民側に過剰な徴税をしていたことがわかりました」
「な…そんなっ」
「しかし、伯爵はフランシスカ様には罪はないとのことで、城へ招き入れると言っております」
「…」
フランシスカはしばらくうつむいていた。そして、決心したかのように顔を上げる。
「帳簿を私にも検分させていただけますか?」
「…まさか伯爵が嘘をついているとお考えですか?」
「い、いえ。そういうわけでは…」
「では、一体どのような理由で検分を行おうと?」
「…申し訳ございません。先ほどの発言は忘れてください」
フランシスカは再びうつむくことになった。自分の父親が不正を働いていたなんて、とてもではないが信じられない。しかし、フランシスカはバイロン伯爵とも親しかった。そのバイロン伯爵が、父親を貶めようとする理由も思い当たらない。
だが、バイロン伯爵のところへ向かおうとして跳ね橋を降ろしたタイミングで農民は襲ってきたのも事実だ。まるでこれから出かけることが分かっているようなタイミングだった。その事実が、フランシスカの心の中にバイロン伯爵への不信を芽吹かせていた。
「一つお願いがあります。この従者の男も一緒に招き入れていただけないでしょうか?」
そう言って、フランシスカは一歩引いたところにいたヴィクターを呼んだ。
「農民の襲撃で唯一生き残った者です。できれば彼も…」
「ダメです」
「えっ!?」
身もふたもない騎士の言葉に、ヴィクターは思わず声を出してしまった。フランシスカから睨みつけられて、慌てて口をつぐむ。
「フランシスカ様以外は招き入れるなと伯爵から言付かっております」
「わかりました。では、そのようにいたします」
「えっ!?」
フランシスカの言葉に再び驚愕するヴィクター。そして、またもフランシスカから非難の視線を飛ばされる。いいから黙ってろ、とでも言わんばかりの眼光を緩めてフランシスカは再び騎士に向き直る。
「しかし、しばらくお時間をいただけないでしょうか。この者は私の従者。この都市で生活ができるように職を見つけてやりたいのです」
「わかりました。それであれば問題ありません。ダラスの羊皮紙職人が足りないという話をよく聞きますから、そこを尋ねたらいかがでしょうか」
「ありがとうございます。行きましょう、ヴィクター」
そうして、2人はバイロン伯爵の城を後にする。
ヴィクターは文字通り、門前払いを受けてしまったのだった。
◇
しばらくの間、フランシスカとヴィクターは城下町を無言のまま歩いていた。
「あそこに寄りましょう」
フランシスカが指差す先には、カフェらしき建物があった。
店に入り、適当な席に着いてマスターに軽食を頼む。
座ったままフランシスカは沈黙を続けていたので、それに耐えられなくなったヴィクターは声をかえた。
「あの、これからどうするんですか?」
「どうもこうもないわ。お父様が不正なんてするはずない」
「伯爵が嘘を言っていると?」
「ええ、でもそんな嘘を言う理由が分からない…」
バイロン伯爵はシェリー伯爵よりも領地の広さも魔法騎士団としての地位も上だった。そんなバイロン伯爵が、わざわざこんなことをする理由がフランシスカには見当たらなかった。
とにかく、父親の名誉が汚されたままになるのは我慢ならない。フランシスカの思いは決まっていた。
「…とりあえず、ダラスの羊皮紙職人に会いに行きましょう」
「え!?私、羊皮紙とかあんまり詳しくないんですが…」
「何職人になる気になってるのよ、情報を集めるためよ」
「どういう意味です?」
本当に羊皮紙職人になるのかと思ったヴィクターは、ほっと胸をなでおろした。しかし、行こうとしている理由はさっぱり推測できなかった。
「あの門番の騎士。きっと私と同じようにバイロン伯爵に不審感を持ってる」
「え?」
「あの騎士言ったわよね。『お父様が過剰な徴税をしていました』『でも私には関係ないから入っていいですよ』。最初の一言いる?」
「あ~なるほど」
「お父様の不正を理由に断るなら分かるけど、そうでないなら不要な情報よ。まあ、私に対しての嫌がらせなら効果抜群だけど…。あの騎士は知らない仲でもないし可能性は低いわ」
フランシスカは運ばれてきたライム水を口に含んだ。それを見て、ヴィクターも自分の飲み物に手を伸ばす。
「あの騎士は何かおかしなことが起こっているのを私たちに伝えようとしている。そうに違いないわ」
「それと羊皮紙職人のところへ行くのにどんな関係が?」
「ただの騎士が従者のために職を斡旋するわけないでしょ。羊皮紙職人のところになにかあるのよ」
ヴィクターはフランシスカの推理を聞いて、納得すると同時に安心した。どうやら羊皮紙職人にはならずに済みそうだ。最も、もし本当にフランシスカがその通りにしてきたら、暴力に訴えかけるつもりではあったが。
「じゃあ、早速向かいますか」
「ええ、食事が終わってからね」
「あ、そうでした」
ヴィクターの言葉が終わるか終らないかのところで、注文したメニューが出された。
「………?」
ヴィクターは、目の前に差し出された切り分けられたお好み焼きのような料理を前に思考停止した。
(これは…お好み焼き…なわけないよな)
見た感じはお好み焼きに酷似していたが、ソース、青のり、鰹節などはかかっていなかった。切り口を見ると、豆やキャベツらしき野菜が入っている。
ヴィクターは注文をフランシスカに一任してしまっていたため、これがどんな料理なのか全く分からなかった。
「あの、すみません」
「ん?」
フランシスカは、既にフォークとナイフを使ってその料理を食べ始めていた。
「これってなんですか?」
「オムレツだけど?」
「えっ!?オムレツ!?」
ヴィクターは驚愕と共に、再び目の前の料理を見た。彼の知っているオムレツ――溶き卵を加熱して固めた卵料理――とは正直似ても似つかない。
「あんた、オムレツ知らないの?あんたの世界にはなかったのかしら?」
そう言って、フランシスカはヴィクターをからかった。
「私の世界にもオムレツという料理はありますけど、卵だけ使って作るんです」
「ふ~ん………卵焼いて固めるだけ?それ料理なの?」
「ええ。ただ、私も久しく食べてないですけど…」
興味を持ってヴィクターはいろいろと聞いて見たが、どうやらこの世界にはイモの類がないらしい。あるいはまだ見つかっていないだけかもしれないが…豆、キャベツ、レタス、玉ねぎといった彼にとって一般的な野菜をフランシスカも知っていたが、ジャガイモ、タロイモ等はまったく知らなかった。
実際にこの世界のオムレツを食べてみると、触感は限りなくお好み焼きに近かった。使っている材料と調理方法が似ているから当然ではあるのだが。卵にすでに味付けがされているため、ソースなどは何もつけずに食べるのが一般的なようである。
実はヴィクターがもと居た世界でも「トルティーヤ(スペイン風オムレツ)」として似たような料理が存在する。もっとも、このトルティーヤにはジャガイモを入れるのがポピュラーである。
食事を終えた2人は、ダラスの羊皮紙職人に会いに向かうのであった。
◇
羊皮紙職人の店についたとき、ちょうどそこから出てきた人物の顔を見てフランシスカは「あ」と声を上げた。
それに気づいたその男は、フランシスカに気づくと驚きと喜びで顔をいっぱいにして近づいてきた。
「フランシスカ!」
「ポリドーリ伯爵!お久しぶりです」
フランシスカはポリドーリ伯爵と呼んだその男性と抱き合った。
「どうしてこの街へ?」
「なに、バイロン伯爵に話があってね…ところでシェリー伯爵と夫人は?まさか1人でこんなところに来たわけではないだろう?」
「え…」
フランシスカはポリドーリ伯爵の言葉を聞いて目を見開いた。ポリドーリ伯爵は2人が殺されたことをしらないのだ。
「伯爵は、バイロン伯爵にもうお会いになったのですか?」
「ああ、さきほどね。今は羊皮紙の注文を…私の領地のものよりここの方が質がいいものでね」
若干自虐めいたニュアンスを含めながら、ポリドーリ伯爵は笑った。
「…」
フランシスカの中にあったバイロン伯爵への不信感はどんどんと大きくなっていった。バイロン伯爵は、ポリドーリ伯爵に自分の両親の死を伝えていない。一体どんな理由があってなのか?
「実は、お父様とお母様には内緒で来たんです」
「えっ!?」
伯爵は目を見開いた。フランシスカがたった一人でこの街まで…その事実は隠された事情があることを悟らずにはいられないものだった。
「いったいどうしたんだい?とにかく、馬車の中で話そうか」
伯爵は声を潜めた。フランシスカも同様にして会話を進める。
「はい。ただ、従者の者も一緒でよろしいですか?」
「…ああ、わかった」
伯爵はヴィクターを一瞥するとフランシスカに向き直って許可を出した。
◇
「単刀直入に言います。お父様とお母様は死にました」
「なっ……!?」
伯爵の馬車に乗り込んだ後、フランシスカはそう切り出した。案の定伯爵は信じられないといった表情である。
「お父様が不正に税を徴収していると言って農民達が一揆をおこしたんです。私と彼以外の城の者は全員殺されました」
「ま、まってくれ。バイロン伯爵から私は何も聞いていないぞ。それにシェリー伯爵が殺された?彼は第二魔法騎士団だ。そこらへんの農民が束になってかかっても敵うはずがない」
「ただの農民だけならお父様は負けません。でも、中に第一魔法騎士団クラスの魔法使いがいたんです。回復魔法と…黒い光の柱のような魔法を使っていました」
伯爵は少し考え込むように顎に手をやる。
「マガツヒか…。確かにその話が本当なら第一クラスだ」
「私は嘘なんてついていません!」
「ああ、いやすまない。言葉のあやというやつだよ」
伯爵は慌てて自分の言葉を補足する。和やかな顔からスッと真面目な顔に代わると、声をひそめて会話を続けた。
「なるほど、フランシスカ。君はバイロン伯爵に不信感を持っている、ということだね?」
伯爵のその言葉に、フランシスカは若干ためらいながらも「はい」と答えた。
「たしかに、バイロン伯爵がそのことを私に話さなかったのはおかしい。だが動機が…彼らの仲の良さは君も知っているだろう?」
「はい…、確かに私の疑惑は勘違いなのかもしれません。でも、それを解消しないと前に進めない」
そこまで話してフランシスカは一度深呼吸をした。
「伯爵にお願いがあります。私と一緒にバイロン伯爵を調べていただけませんか?」
「…」
伯爵は、再び自分の顎に手をやる。それは彼の考え込むときの癖だった。だが、その考えも数秒のうちにはまとまったようだ。
「…わかった。君のためだ。協力しよう」
「…!ありがとうございます!」
馬車に乗ってから、フランシスカは初めて笑顔になった。彼女は自分の疑惑に確信をもっているわけではなかったが、これで真相に近づけることは確信していた。
ポリドーリ伯爵はバイロン伯爵と同じく第一魔法騎士団所属。フランシスカの言葉を信じる者がいなくても、ポリドーリ伯爵の言葉であれば帝国にも響かせることができる。
フランシスカとポリドーリ伯爵は、早速今後のことについて会話をしはじめた。
その傍らで、我らが主人公ヴィクターは全くのかやの外に置かれているのであった。
(完全に空気だな俺…)
ヴィクターにはバイロン伯爵がどんな人物かも、フランシスカの父親がどんな人物かもわからない。もちろん目の前にいるポリドーリ伯爵についても同様だった。
そのせいか、この事件についての真相解明にさしたる興味もわいてはこなかった。
しかし、自分の父親の名誉のために必死になって戦おうとするフランシスカの横顔は美しかった。
その顔を見てヴィクターは「まあ、とりあえずフランシスカちゃんの行動に協力しておけばいいか…」といつものように考えることを放棄したのであった。




